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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 振り下ろされたカーディナルブレイドが間合いへ入ったアストーの石を捉えたかに思えた一刹那。
 深紅の刃は振り切ることができず、半ばで止められてしまった。
 その獰猛とさえ言える剣を受け止めたのは漆黒の剣。まるで闇をくりぬいて作られたかのような刀身は周囲の光を吸い込んでなお暗く、何も映さない。
 それは縛霊剣――未来永劫呪われた剣。噴き出す禍々しい霊気は濃く、もしも煉に霊能力が備わっていたら、救われない魂魄の怨嗟の声すらも聞こえていたかもしれない。
 そして、その剣ごしに見えたのは、あやしくもなまめかしい色香をたたえた茶色の瞳だった。
「!?」
 目を合わせた瞬間、背筋を走り抜けた怖気に煉はさっと距離をとる。
「ふふっ…」
 女はふくみ笑いをしながら剣を下ろした。
 全身から発散されている気は不穏だというのに、それでもひとの目をとらえて離さない、妖艶ななまめかしさがある。
「おまえは…」
「残念だったわね、あと少しだったのに。でももう私が来たからにはアストーさまには指1本たりとも触れさせないわ」
 そう口にする言葉すら、悪意が飽和してしたたり落ちているのが目に見えるようだ。
 邪悪。
 心の奥深いところで必死に抗っているエリスと違い、今の己に髪の毛ひと筋も迷いを持っていない――いいや、それどころか陶酔すら感じているのが分かる。
「ふ……ふふ。ふはははっ」
 警戒する煉。そして煉の攻撃を受け止めた、まるで魔性の化身のような彼女を見て、ハジメは勢いづいた。
「分かったか! きさまらに勝ち目などないと言っただろう!」
 勝ち誇って笑う。
 次の瞬間。
「なーに言ってんだい、あんたが何かしたわけでもないだろうに」
 あきれ返った声が横手から起きた。
 腰に手をあてた斎藤 時尾(さいとう・ときお)伏見 さくら(ふしみ・さくら)が立っている。
「時尾……さくら…。おまえら……どうやって…」
「ロープで縛ったぐらいであたしらをどうにかできると、本気で思ってたのかい?」
「そうそう。動けないくらい具合が悪かったあのときはともかく、覚醒したあたしたちがいつまでもあの格好で転がってるわけないでしょ?」
 むしろ本気でそう思い込まれていたのを知って憤慨し、あきれ返っているようだった。
「覚醒……そうか、おまえたちもか…」
 報復しに現れたのではないかと内心びくついていたハジメだったが、そうではないと知って心に余裕が生まれた。
 ははっと笑った彼は、調子づいて煉や武たちを手で指す。
「なら、おまえたちの力で早くあいつらを――」
「だから、なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないのさ」
「そうそう。もちろんアストーさまはお護りするわ、大切なご主人さまだもの」
「だけどあんたは違う。覚醒した仲間でもない。そんなあんたに指図されるのは不愉快だね」
「う…」
 冷めた目で2人に見つめられ、追い詰められた思いでワイルドペガサスを後退させるハジメ。
 頭上から言葉が降ってきて、またもだれかの到来を彼らに知らせた。
「見つけた、の…」
 何か押し殺しているかのような少女の声。
 その言葉は間違いなく、ハジメに向けて発せられたものだ。
 振りあおいだ彼の目に飛び込んできたのは、空飛ぶ箒シュヴァルベに腰かけた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)だった。
 全身に拘束帯の形の赤いあざが走っている。密林に放置してきたときのままの姿だ。
「きさま……82番。まだ動けたのか…」
 彼女を見て息を飲むハジメの前、おもむろに黒銀火憐を取り出し、ふるおうとする。その手が時尾とさくらを見て、ぴたりと止まった。
「お母さん! さくらちゃん!! 無事だったの!」
「よォ、ハツネ」
「ハツネちゃんも無事みたいね」
 淡々と返事を返す2人の前、ハツネは目を涙でうるませる。
「よかった……無事だったの……本当に良かった…。
 大好きな2人が……またいなくなっちゃうかと……本気で思っちゃったの…」
 一時安堵を噛み締めていたハツネの目に、再び酷薄な光が戻ってきた。
「ハジメ…」
 ぴしりと空中で黒銀火憐が威嚇の音をたてる。
「お母さんとさくらちゃんを取り戻した以上、おまえを壊すのにためらいはないの」
「な、なんだと…?」
「壊れたくなかったら、静かにしてるの。そうしたら、少し傷めつけるくらいで許してあげるの。
 あと、ハツネは「ハツネ」なの」
 ひゅんっと宙を切って飛んだ黒鞭がハジメを打ち据えた。
 それはかつて黒銀と呼ばれた暗器に、さらにハツネが改良を加え、強化した物である。一見ただの革ベルトにしか見えないが巻きついた相手を絞めることに特化し、さらには黒い炎を吹き上げて炎熱効果をもたらす。
「……うわあああっ!!」
 ハジメはとっさにかばった腕に巻きついた直後、燃え上がった黒炎を見て悲鳴を上げた。
「ひいいいっ!!」
「うるさいの」
 レーザーマインゴーシュを、相手の死角をついて突き込む。
 自ら義手をはずすことでこの攻撃から逃れたハジメは覚醒型念動銃を抜いて反撃を試みるが、ハツネは軽々とこれを避けた。
「く、くそッ!
 何をボーッと見ている! あいつを止めろ! 私は仲間だぞ!? 密林ではちゃんとタケシさまのために動いて――」
 時尾は、フーッとくわえ煙草の煙を吐き出し、ぼさぼさの頭を掻いた。処置なし、といった風情だ。
「言っただろ。なんで覚醒者でないあんたにそんなこと言われなくちゃいけないのか、って」
「……さくらっ?」
「仲間じゃないもの。厳密に言ったらハツネちゃんも違うんだけどね、アストーさまを攻撃しないんならいいよ。勝手に壊し合えば?」
 それはつまり、ハジメに壊れろと言っているも同然だった。
「く……くそっ!!」
 ここに自分の味方はいない。うろたえつつもワイルドペガサスを操って、ハジメは上昇した。
(この研究が完成したら、82番、きさまを改造してやる! 絶対に俺に逆らえないようにな!!)
 覚醒型念動銃を乱射し、ハツネをけん制しながらこの場から離脱を図る。
「逃がさないの」
 シュヴァルベを操る腕がずきりと痛む。体の痛みは無視して、ハツネはカタクリズムを発動させた。力の風がハジメを巻き込んで吹き荒れ、ワイルドペガサスの操術がおぼつかなくなる。彼を、次の瞬間黒銀火憐が襲った。
「うわーーーーーーーーーーっ!!」
「あそこか!」
 黒い炎に巻かれて落下する男を見て、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は西へ向かいかけた動きを止めた。
 あそこにティアンがいるかどうかはまだ不明だが、見失った地点とすぎた時間を思えば今あそこにいる可能性は高い。
「行くぞ、広目天王」
「主」
 氷雪比翼を広げ、加速しようとする玄秀に、ガーゴイルの式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が告げる。
「ヴァルキリーがご入り用であれば、また契約すればいいのではありませぬか?」
 彼には、ティアンにそこまで玄秀が入れ込むのが不可解だった。
 広目天王もティアンも玄秀にとっては駒だ。広目天王はそれでいいと思っている。そうでなければ駒は駒としての力を完全に発揮できないからだ。
 戦場を盤と見るならば、玄秀は指し手。得手・不得手ある駒の能力を把握し、最も効果的に動かすことで戦局を自陣有利へと導く。ときには有能な駒を捨て駒として配置しなければならないことも十分起こり得ることだ。なのに駒の1つに特別に入れ込んでいたりしては、とても勝利など見込めない。
「…………」
 広目天王が言いたいことは玄秀も先刻承知だ。熱くなりすぎているという自覚もある。
 だが。
『……うぅ……何、なの…? こんな…。ああ、頭の中に何かが入ってきて…』
 突然腕のなかで苦しみだしたティアンの姿に、玄秀は本気でうろたえてしまった。
『ティア!?』
『いや……心が……書き変わってい……く…。私はこんなの、望んでな…。
 た、助け………………シュ……』
 さながら生死を分ける糸であるかのように彼にすがりつき、爪を立てたティアン。
 まるで心臓に爪を立てられたかのようだった。
『ティア!! 返事をしろ! 命令だ!!』
 彼の声も、揺さぶりも、堕ちていく彼女には届かない。
 完全に意識を消失した彼女が次に目を開いたとき。彼女は玄秀の知る「ティア」ではなくなっていた。
 それは、さながら魔物が羽化したかのよう…。
「…………」
 この腕のなかに、たしかにいたのに。
 失った。
(――いいや。失ってなどいない)
 きゅっと開いていた手をこぶしにする。
「絶対に連れ戻す。
 行くぞ、広目天王!」
 激した玄秀に無言で頭を垂れ、従いながら、彼は皮肉気な薄い笑みを口元に刷いていた。



 各所で戦闘が繰り広げられているなか、ティアン・メイ(てぃあん・めい)は中央でアストーの盾となって戦っていた。
 剣での攻撃には縛霊剣を、攻撃魔法には神獣鏡を。
 相対するは地を裂き走る炎と雷。迅雷斬と煉獄斬を続けざまに繰り出し、邪魔するものすべてを眼前からなぎ払おうとする煉。
 彼女だけであるならば、到底煉にはかなわなかっただろう。しかし彼女をサポートするように動く5人の少年たちが、それを可能としていた。
「ぐ…っ!」
 エネルギー弾と真空波が暴雨のように煉に襲いかかり、接近を許さない。
 そこに玄秀が走って到着した。
「ティア!」
「あら、シュウ。どうしたの? そんなに息せき切って」
「ティア、僕と帰ろう。きみが何をしたいのか分からないけど、でも、見知らぬ者たちの側に立ってコントラクターたちと戦うなんて、絶対間違ってる」
 ――クス。
 ティアンは鼻で笑いとばす。
「無駄よ、シュウ。説得も命令も泣き落としも、もうきかないわ。私は完全にあなたから解放されたの。
 なぜあなたなんかをあんなに意識していたのかしら? ただの人間でしかないのに。何を言われるか、いつ捨てられるか、びくびくして。すっかり萎縮して。ばかね。おろかだわ。本当の支配が何であるか、全く分かっていなかった」
 すらりと右手を伸ばし、左手でたどる。
「分かる? シュウ。この手、指先まで、私はアストーさまの「もの」なの。完全に満たされて、それでいて自由…。
 こんなにすばらしい思いは初めてよ。もうだれも私を傷つけられない。私は私を取り戻したの」
 妖美な彼女の微笑は、勝利に輝いていた。
 恍惚にひたっているようにも見える。
(――ちッ、完全にイッてやがる)
 今のティアンには何を言っても無駄だ。
 そう悟った玄秀は先からティアンがかばっている背後へと目をやる。
(あの剣の花嫁をかばっているはずがない。とすると、やはりその手のなかの物か。……ただの石に見えるが…)
 玄秀から視線で合図を受け、広目天王が動いた。
 毒虫の群れを発動し、来る途中で集めてきていた毒虫たちを少年たちへ向かわせる。まとわりつく虫たちに気をとられている隙に、毒蛾の鱗粉と見せかけて、それよりも強力なしびれ粉を風上からふり撒いた。
 異常に気付いた少年たちがバリアを張るなか、間を縫うように霞斬りで走り抜ける。
 彼が攪乱している間に、玄秀はライゼの真上へ飛翔した。
「……石であるきさまが人の言葉を解するかどうか不明だが…。
 きさまが何を求めているかなんて、僕の知ったことじゃない。勝手に何とでもするがいい。だがティアは返してもらう」
 ティアンは好機と見て走り込んだ煉からスタンクラッシュを受け、これを防御している。今を逃す手はない。
 マントを払って現れた手には、十二天護法剣が握られていた。
 刀身に護法の術式と12天将のレリーフが刻まれたこの剣にはおそるべき霊力が秘められている。玄秀はこのとき、完全にそれを解放した。
 血のりを拭き取るかのようにすばやく護法の術式をなぞるや大地に向かって投擲する。地に突き立つと同時に顕現した12の光球――それは12天将の式神である――がアストーを持つライゼをその内に囲うやいなや、神威の矢を射た。
「これは僕の「パートナー」を弄んでくれた礼だ。ありがたく受け取れ!」
 神の威を得る光矢は必中。疾く宙を駆け、敵を討つ――はずだった。
 だがティアンが掲げた神獣鏡が、それを許さなかった。
「……アストーさまには……絶対に…」
「邪魔をするな!! ティア!!」
「……アストー……さま…」
 激怒する玄秀の前、ティアンは倒れた。煉のスタンクラッシュを完全に防ぐことよりもアストーの防御を選んだ結果だった。
「ティア! ――うっ」
 倒れたまま動かないティアンの元へ向かおうとした玄秀を、少年たちのエネルギー弾が襲う。
「いまだ」
 ほとんどの少年たちの注意が上空の玄秀へ向いたのを見て、煉が仕掛けた。
 すばやくスキルサポートデバイスと接続させ、失われかけているカーディナルブレイドの力を補強する。
「この一撃にすべてをかける! 奥義、真・雲耀之太刀!」
 少年たちを斬り抜けた煉の、稲妻と見まごうばかりの斬撃がアストーの石へ襲いかかる。
 それを見て、それまでエヴァと戦っていたエリスが間に割り入った。
 いくら防御スキルを発動していても、煉の必殺の一撃をくらって無傷でいられるはずもない。エリスは悲鳴を発することもできず、袈裟懸けに斬られた。
 彼女から吹き出した返り血が、驚愕し、剣を振り切ったまま硬直した煉を頭から赤く染める。
「……エ、リー……?」
 がくり。両ひざをついた煉の手のなかから、完全に光を失ったカーディナルブレイドが転がった。
 魔鎧化を解いたリーゼロッテがエリスの横につく。
「……大丈夫、まだ息があります。早く病院へ――煉? どうしたんです、煉!」
「あたしがバイクで連れて行くよ!! ここなら教導団が近い!!」
 彼らがエリスを救おうと躍起になっている間に、ドルグワントやライゼたちは姿を消していた。
 エリスは一命を取りとめたが、意識は回復していない。
 そしてティアンは、安静にと運び込まれた病室から、いつの間にかいなくなっていた。