天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

地球に帰らせていただきますっ! ~5~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~5~

リアクション






 ■ 母と娘の心の内は ■



 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)にとって、これは10ヶ月ぶりの帰郷となる。
 懐かしい忍びの隠れ里。
 けれどそこに向かうフレンディスの足は重かった。
「はあぁ……憂鬱です」
 帰るつもりはなかったのだけれど、副頭領である母、ランゼリーゼからの帰還命令となれば逆らえない。
(それに致しましても、このような中途半端な時期に一体何故でしょう……?)
 年末に帰郷しなかったとはいえ、この時期に近況報告に来るようにとの呼び出しをされる理由が、フレンディスに思い浮かばない。だから余計に不安が募る。
「……は、まさか」
 理由を思いついた途端、フレンディスは青ざめる。
 まさか主君であるべきマスター、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)に異性としての意識を抱いてしまっていることや、パラミタの修行における任務達成率が芳しくないことや、ましてや。
(葦原内ではご近所様にまで、ドジッ娘ニンジャで名が知られてるなんてことが、バレてしまったのでは!?)
 もしそうだったら、もうパラミタには行かせない、そのまま里に残れと言われてしまうかも知れない。
「どうしましょう……」
 フレンディスはしゃがみこんで、頭を抱えた。

 やはりここは、里帰りに同行しようかと言ってくれたベルクの言葉に甘えて、一緒に来てもらったほうが良かったかも……とそこまで考えて、フレンディスは慌てて首を振る。
 それではベルクまで巻き込んで、迷惑をかけることになってしまうかも知れない。
 それよりはいっそ、母が知る忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)を連れてくるべきだっただろうか。ポチの助が獣人だったという報告もあることだし、母もポチの助相手なら若干態度も優しくなるかも……。
「……はっ!私がそのような弱気な考えではいけませぬ!」
 いけないいけないと、フレンディスは自らの心を叱咤する。
「これも修行の1つです。自らの力で現状打破、母様にはパラミタにおける失敗の数々を悟られぬようにいたしませんと……!」
 それにここは既に里の領域だ。
 どこで里の者が見ているかも判らない以上、フレンディスがここで逡巡している訳にはいかない。
 心が折れそうなのを励まして、フレンディスは屋敷に向かって足を進めた。
 フレンディスとて頭領の娘という自身の立場はわきまえている。
 里の中では毅然とした態度で丁寧に皆に挨拶しながら歩く。その様子からフレンディスの内心をうかがい知る里人はいないだろうが、実際にはくるりときびすを返して逃げ出したいのを必死に堪えているフレンディスなのだった。

 そして遂に屋敷に到着してしまった。
 もう覚悟を決めるしかない。
 フレンディスは精一杯平常心を装って母と対面した。

「ただいま帰りました」
 母の前では恭しく正座をし、きっちりと頭を下げる。
「カゲツちゃん、元気そうで何よりさね」
 そんなことを言いながら、ランゼリーゼはこちらをじっと見つめてくる。
 花魁に似た絢爛豪華な衣装も、母が着るとしっくりと似合ってしまうのは、やはり頭領の妻にして副頭領である立場が培った、迫力の為か。
「まだるっこしいことは無しと行こうさね。さっそく近況を報告してもらおうかね」
「は、はい……!」
 蛇に睨まれた蛙状態のフレンディスは、それでも必死に平静を取り繕って、パラミタでの出来事を……可能な限り都合の悪いことは省くようにしながら、報告していった。


 ――そんなフレンディスの様子に、ランゼリーゼは含み笑いを禁じ得なかった。
 必死に隠しているつもりなのだろうけれど……フレンディスが緊張で無意識に発動させた超感覚の耳と尾は、へたりと垂れきっている。視線も逸らし気味で、落ちつきなくあちこちさまよい、たわいない雑談でさえ受け答えはしどろもどろ、となれば、何か都合の悪いことがあるのは一目瞭然だ。
(うふふ、いつ見ても戦闘以外のカゲツちゃんは、嘘が下手で面白いさね〜)
 フレンディスがあんまりあたふたしているので、ついつい苛めたくなってしまう。あれこれと質問を重ねては、ランゼリーゼはフレンディスの反応を楽しむ。
 このフレンディスがよくぞ、過去、頭目争いはしたくない、と反抗したものだと思う。
 それに対して、パラミタで修行し、そこで優秀な成績を修めたら頭目争いから除外する、という約束でランゼリーゼはフレンディスを送りだしたのだ。
(どうやらこの様子では、まだまだといったところのようさね)
 それでも、ここまでフレンディスが頑張っているのは、まだパラミタにいたいという意思の表れなのだろう。
(里に帰るのが嫌なら、そう言えば融通きかせるのに真面目な子さね)
 フレンディスが里の跡継ぎに使えないのであれば、また自分が新しい子を作るだけの話なのに、と思いはしたけれど、ランゼリーゼがそれを口に出すことはない。
(面白いから、もう暫くはカゲツちゃんを苛めて愉しんでおこうさね)
 何か質問するたびぴょこっと跳ねる耳や、厳しいことを言われてへにょりと垂れる尻尾を存分に楽しむと、ランゼリーゼはその後のフォローはせず、フレンディスを部屋に下がらせた。


 ランゼリーゼの心の内を知るよしもないフレンディスは、しおしおと母の前を辞した。
 やはり何も言えなかった。
 本音を口に出せるのなら、「修行の結果がどうあれ、もう里に戻りたくありません。私は出会った皆さんと共にパラミタで生きていきたいです」と言いたいところなのだけれど。
 我が儘を言って、パラミタに修行に行かせてもらっている身、それ以上の我が儘を重ねるのも憚られるし、何より親に対する恐怖心がそれを妨げる。
 母からの厳しい発言に打ちのめされただけで終わったこの里帰りに、フレンディスはしょんぼりと肩を落としたのだった。