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第8章 深海の決闘

「多数の生徒が脱出してきている。何人かの生徒が、実験の影響等で暴走して暴れているようだ。まずは暴走している生徒を止めなければ、収拾がつかない」
 研究者たちは、海京アンダーグラウンド内でいま起きている問題について、緊急の対応策を話し合った。
 こんなときに、代表であるキイ・チークは、いっこうに姿をみせない。
 潜水艦に乗ってきた生徒と、自室で楽しんでいるようだった。
 キイのことは置いておいて、まずはどうすべきか。
 研究者たちは、ひとつの結論に達した。
 まず、自ら暴走して暴れている生徒たちを抹殺する。
 その邪魔になるようであれば、他の生徒たちも抹殺する。
 抹殺とは、未来に生じたであろうデータの消去を意味するが、仕方あるまい。
 研究者たちは、行動を始めた。
「殺せ!! 殺せ!!」
 暴走する生徒たちを取り囲んで、いっきに抹殺しようとする研究者たち。
 だが。
「待て! そんなことは、俺の目が黒いうちはさせない!!」
 大岡永谷(おおおか・とと)を始めとする生徒たちが、研究者たちの暴挙を止めるべく、攻撃を開始した。
 ここに至って、潜水艦の生徒たちは、ついに、研究者たちとの積極的な闘いを開始したのである。
「さあ、俺を追ってこい!!」
 永谷は、剣を振りまわして暴れ、研究者たちをひきつけた。
 陽動のつもりだった。
 ねらいは当たり、多数の研究者たちが永谷を追ってきた。
 あっという間に、永谷は捕らえられた。
「離せ! 消えろ!!」
 永谷は、必死で抵抗してみせた。
 時間を稼げば稼ぐほど、他の生徒たちの闘いが有利になるはずだ。
 永谷は、捨て身の覚悟だった。
「ふん! 観念しろ! おっ、お前、女か?」
 永谷の胸をまさぐっていた研究者が、ニヤッと笑っていった。
「やめろ!! 変態!!」
 永谷は、顔を真っ赤にして、かなり本気で暴れた。
 ばしっ
 そんな永谷を、情け容赦のない平手打ちが襲った。
「ふん、むしゃくしゃしてきたところだ。ちょうどいい、お前をこの場で即実験してやる!!」
 永谷は、押し倒された。
 勝ち誇った研究者が、馬乗りに乗ってくる。
 上着のボタンが乱暴に外され、下着に手をかけられる。
「くそっ、ここでストレス解消している間に死んでしまえ!!」
 永谷は、覚悟を決めようとした。
 そのとき。
「やれやれ。あまり無理はしない方がいいですよ」
 声がしたかと思うと、永谷にのしかかって身体をこすりつけていた研究者の身体が、びくん! と震えた。
 そのまま、研究者は永谷の身体に覆い被さるように倒れてくる。
「な、何だ」
 永谷は、どっしりと体重をかけてきた研究者の背中に手をまわして、どかそうとした。
 その手が、べっとりと濡れる。
 血であった。
「死んでいる!? 後ろからばっさりと斬られて!!」
 永谷は、驚いて立ち上がった。
 ずばっ、ずばあっ
 周囲の研究者たちも、みえない刃に次々に切り裂かれて、倒れていく。
「これで、この場の敵はいなくなりましたね」
 いって、姿をみせたのは紫月唯斗(しづき・ゆいと)だった。
「紫月さん!? 俺がやられる様をみているのは、楽しかったか?」
「何をいっていますか。早く、その胸元を隠してもらいましょう」
 唯斗は、永谷に背を向けていった。
「あっ」
 永谷は、あらためて自分の艶姿を眺めて、再び赤面してくるのを覚えた。

「奏さんー!! どこにいるのかだもーん」
 争乱の中、及川翠(おいかわ・みどり)は必死にパートナーを探してまわった。
「翠。いやらしい目をした研究者たちが、こっちに目をつけてやってきているわ。警戒すべきよ」
 ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が囁いた。
 多数の研究者たちが、2人を取り囲むように終結しつつあった。
 その濁った瞳は、翠が本命なのか。
 あるいは、ミリアか。
 どうであれ、捕まったら、変態じみた実験の犠牲にされるのがオチだ。
 翠たちは、闘う覚悟を決めた。
「上玉だな。よし、なるべく捕まえてみるか」
 研究者たちは、翠たちを取り囲むと、捕獲用のネットを射出した。
 わさっ
 翠の身体が、ネットに絡まった。
「ふふふ。縛りあげてやる。このワイヤー、肉に食い込むぞ」
 研究者たちは、翠という獲物をいかに実験するか、わくわくしながら考え始めた。
「い、いやだあ。変態さん、全員、消えろー!!」
 翠は、胸のうちからわきあがる嫌悪感をいっきに吐き出した。
 ウォーハンマーを振りまわして、レジェンドストライクを決めた。
 ぶちぶちぶちっ
 翠を拘束しているワイヤーが断ち切られ、研究者たちがなで斬りにされる。
「はあ、はあ。変態、死ねー!!」
 翠は、さらに襲いかかってくる研究者にウォーハンマーを投げつけた。
「う、うわあああ」
 ハンマーの刃を額にめりこませた研究者が、びくびくっと痙攣して倒れる。
「翠、まだ来るわよ。こっちに逃げましょう」
 ミリアが、暗い廊下へと促した。
「闘うもん!! 変態を一匹残らずやっつけるまで!!」
 いいながらも、翠はミリアの後を追っていった。
 襲いくる敵は、その都度ハンマーで斬り殺していく。
 そして。
「あーん、もっとー」
 ひどく色っぽい声が、目前の檻の中から聞こえてきた。
「この声は、もしかして……」
 ミリアは、檻を覗き込んだ。
「ふふふ、ミリア、もう研究などどうでもいい!! お前は、俺のものだ!!」
 大の字に壁にはりつけにされている名古屋宗園(なごや・そうえん)に、下膨れの研究者が、夢中になって鞭をふるっていた。
 びし、びし
 どご
 打たれるたびに、宗園はオーバーに身悶えてみせた。
「いい、いいわ!! もっと! もっとあなた自身を感じさせて!!」
「ははは。よーし」
 上着を脱ぎ始めた研究者に、ミリアの放った魔法が襲いかかった。
「はい、そこまでよ!!」
「あがあああああ」
 魔法の攻撃を受け、呻いて、倒れる研究者。
「何よ、もう。いいところだったのに」
 宗園は、膨れ面になった。
「監禁に適応している場合じゃないわ。そんなことをしてどうするの? 色仕掛けのマシーンに改造されて、操り人形になるのがいいのかしら?」
 ミリアは、呆れ顔で説教する。
「ほら、何ていうか……他に捕まっている生徒もいるんだから、もっと、状況をよくすることを考えないと!! ええと、何か忘れているような?」
 ミリアは、ふと不安になった。
 重要なことを忘れているように感じた。
 他に、捕まっている生徒?
 えーと。
「とにかく、行くわよ!!」
 宗園を解放して、ミリアは促した。
 こうして、もう一人の捕われのパートナーだったはずの、佐藤奏(さとう・かなで)はすっかり忘れられてしまったのであった。

「はははははは! 下らないわ、こんな施設!! ぶっ壊して、みんなで水圧に押しつぶされるといいんだわ!!」
 ツチノマリこと茅野茉莉(ちの・まつり)は笑いながら、破壊活動を続けていた。
 もはや、理性は喪失していた。
 茉莉をみた多くの生徒たちは、精神操作の失敗で彼女は狂ってしまったのだと信じた。
 科学の哀しい犠牲だった。
 だが。
「そろそろだな。本当に水浸しにされても困る。我も死んでしまうからな」
 そういって、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が、茉莉に近寄っていったのである。
「誰? あら、ダミアン。元気にしてたかしらー?」
 茉莉は、ダミアンをみて、ニッコリ微笑んだ。
「おかげさまでな。こんなに元気だぞ!! ハイ、ターッチ!!」
 ダミアンは茉莉に向かってダッシュすると、目にも止まらぬ速さでその背後にまわりこみ、手を茉莉の身体の正面にまわして、おへそに指を差し入れた。
 ぐりぐりぐり
 おへそを刺激され茉莉は、自己催眠が解けていった。
「はっ? ここは? きゃあ、なんて格好かしら」
 茉莉は、浴室からそのまま抜け出してきた自分の、赤ん坊のような姿を目の当たりにして、思わず手で身体を覆い、しゃがみこんでしまった。
「自己催眠というアイデアはよかったが、ここまで派手に暴れなくてもいいのではないかな」
 ダミアンは、茉莉をたしなめた。
「お、お尻が丸見え!! きゃあ」
 茉莉は、他の重要な部分を隠すとどうしても露のままになってしまうお尻を震わせて、全く動けなくなってしまった。
 そんな茉莉に、ダミアンは、黒いマントを被せてやった。
「風紀委員にみられたらどうするのだ? 立場がないな」
 そういって、ダミアンは、珍しく笑った。

「はあ、全ては、全ては、無に還る!! もう1度、いま1度、無限の宇宙のサイクルが繰り返される!! 無に還ることで、孤独も消えるであろう!!」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の暴走もまた、いっこうにやむ気配をみせなかった。
 意味のわからないことを口走りながら、ただ、出会うものを殺戮し、障害となるものを破壊していく。
 グラキエスには、暗い廊下が、地獄という名の無限回廊として目にうつった。
 どこまでも繰り返される、存在という虚しさの回廊。
 グラキエスは、いや、いまグラキエスを支配しているものは、その虚しさから抜け出したかったのだ。
「むっ、みつけたぞ。しかし、この感覚は? 災厄となる力の『核』は失われたはずだが」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、やっとみつけたグラキエスの暴走ぶりを目にして、一瞬言葉を失った。
 もう2度とみることはないだろうと思っていたものが、そこにあった。
 いや。
 違う。
 これは、「彼」ではなかった。
 そう悟ったとき、ウルディカは、捨て身でぶつかる覚悟を決めた。
「やめるのだ!! その身体は、もう、『彼』のものなのだ。彼は、いつでも、お前に抗ってきた。これからも、抗ってみせるのだ。俺とともに!! さあ、彼を、返してくれ!!」
 ウルディカは、グラキエスの前に立ち塞がった。
「誰だ? ずっと側にいられぬくせに、何を偉そうに!!」
 グラキエスは、暗い怒りを秘めた瞳をぎらつかせ、全身にみなぎる恐るべき力を解放しようとした。
「無駄なのだ。自滅したところで、無限の苦しみから逃れることはできない。肉体は滅んでも、魂は不滅だ。迷いがあれば、永遠に苦しみ続けることになる。苦しむ自分をみつめるのだ。そして、無限に乗り越えていこう」
 ウルディカは、グラキエスの身体を強く抱きしめた。
 水宝玉のイヤリングを、指でつまんで、念じる。
「中和!!」
(いま、俺がいったことは間違いでなければ、おおいなる力よ、俺に寄り添ってくれ!!)
 ウルディカは、大宇宙のエネルギーそのものに、身を委ねる覚悟だった。
 間。
「うう」
 グラキエスは、頭を抱えてうずくまった。
 グラキエスがやろうとした、「力」の大爆発は、起きなかった。
「お前は、『彼』か? それとも……」
 ウルディカは、慎重に尋ねた。
「ウルディカ。監禁されすぎて、少し疲れた。休ませてくれ」
 グラキエスは、それだけいった。
「おお……」
 ウルディカは、安堵のため息をついた。
 「彼」だ。
 回復したのだ。
 ウルディカは、うずくまるグラキエスの肩に、優しく手をかけた。

「あっは、あっは、うっふ、うっふ!!」
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)は、楽しくてしょうがなかった。
 殺戮という名のゲームには、飽くことのない快楽があった。
 殺しても、殺しても、楽しい。
 そう。
 虚しさもまた、次の殺しへのスパイスとなる。
 サツキは、血だけを求めた。
 それが、自分の仕事だから。
 それが、自分の全てだから。
 そこにしか、「自分」はなかったのだから。
 ふいに、サツキの口に銃口が押しこまれた。
「サツキ。ゲームオーバーだ」
 そういって、新風燕馬(にいかぜ・えんま)は銃を、サツキの喉へと押し込んだ。
「あ、あがが」
 サツキの目が、裏返る。
 脳裏で、爆発音が起こった。
 そういえば。
 前にもこんなことがあった。
(そうだ、あなたは……)
 あのとき、わたしを、ころしたひとだ。
「ぐ」
 サツキの目が、元に戻った。
 燕馬を見上げて、ニコッと笑う。
 燕馬には、それで通じた。
 次の瞬間、サツキは、倒れて、意識を失った。
「もう、3度目はやらないからな」
 燕馬は、ため息をつくと、自分のコートをサツキに羽織らせ、その身体を背負った。
 目が覚めたら、全ては夢だったといってやろう。
 あまりにも血なまぐさく、現実的だけど、夢だったと。
 アンダーグラウンド。
 そこに燕馬は、サツキの悪夢を置いていきたかった。

「海人さん、この辺にいらっしゃるんですかねぇ?」
 要は、自分を呼ぶような感覚が強まる方向へと、ひたすら歩き、ついに、目的地へとたどり着いた。
 目の前に、壁がある。
 そして。
 その壁をすり抜けるようにして、強化人間 海人(きょうかにんげん・かいと)が、要の前に姿を現した。
 海人は、山葉加夜(やまは・かや)に車椅子を押してもらっていた。
 海人と一緒に海底を移動してきた生徒たちも、海京アンダーグラウンドの内部に姿をみせていた。
(月谷要。久しぶりだな。あまり身体を大事にしていないようだが)
「いやはや。海人さんにはいわれたくないですね」
 精神感応で話しかけられ、要は頭をかきながらいった。
「いまのは、壁をすり抜けたようにみえましたが、実際は至近距離からの連続テレポートですか? 旦那」
(施設を目の前にして、やっと、結界のほころびがみつかった。この深さにまできて、僕の力はいよいよ強くなってきている)
 その後は、海人の声はしなくなった。
 要は、肩をすくめる。
 海人の力が異様に強くなっているということは、いわれなくても感じていた。
 その力は空気を伝わって感染してきて、百戦錬磨といっていい要でさえ、側にいると怖くなってくるぐらいの震えがはしるのである。
 加夜のように、海人を完全に信じることができれば、恐怖も感じないのだろうが。
 要は、その点、ダーティーな自分が恨めしかった。
「あっ、海人さん。ここにおりましたか」
 葛城吹雪(かつらぎ・ふぶき)もまた、海人をみつけて、駆け寄ってきた。
「葛城さんも、俺たちと一緒に闘うんですかい?」
 要が尋ねた。
「いかにも。超能力に秀でた者と、肉弾戦に優れた自分が組めば、鬼に金棒というもの」
 吹雪はうなずいた。
「いやー、やっとこれで、我も、隠密行動をやめて、堂々と姿をみせられるぞ」
 声と同時に、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が一同の前に姿を露にした。
 その瞬間、要が後じさる。
「やや、人のことはいえないが、怪しい奴ですぜ」
「うん、まあ、それは、本当に、人のことはいえんな」
 イングラハムは、要のことは見透かしたというような目で、いった。
「しかし、その姿は、まるで、研究対象にしてくれといっているのと同じですぜ。水族館の、ね」
 要は、タコのようなイングラハムの外観をみつめて、いった。
「だから、いままで姿を隠しておったのだろうが。だが、仲間とともに歩むなら、この身体をいい意味で、相手へのプレッシャーとして使っていけるぞ」
 イングラハムは、上機嫌だった。
(行こう。みんな)
 海人の声が、全員の脳裏に響いた。
「海人さん。何か、記憶を想い出しましたか? いつもと様子が違いますが」
 敏感な吹雪は尋ねた。
(一部の記憶を、はっきり想い出した。僕は、いや、現在の「僕」は、この海京アンダーグラウンドがあるところよりも、もっと深い海底の実験施設で生まれたんだ。海底で、パラミタ線にさらされながら生身を水圧の下に置くと、ごくまれに、超能力への深い覚醒が促される。100万人に1人、いや、もっと低い確率だが、僕は、その確率の中にいたのだ。僕と一緒に実験にかけられた、おびただしい数の人たちは、僕を残して、全員が死んだ。僕も、狂うと思った。だが、生きていた。そして、かすかだったが、パラミタ線の囁きが聞こえたんだ。そして、現在の「僕」は生まれた)
 海人の話を聞いて、その場の全員が水を打ったように静まりかえった。
「海人。わかったぞ。だからお前は、この施設での実験も許せないのだな」
 イングラハムがいった。
「海人。行きましょう。悲劇を繰り返さないためにも」
 加夜がいった。
「……」
 要は、終始無言だった。
(パラミタ線の囁きが聞こえた? そいつは、コリマ校長も知らないことなんじゃないんですかねぇ? それと関係あるのかどうかわかりませんが、海人さんは、なぜ、覚醒しても凶暴性が増すことなく、むしろその逆に、ひどく理性的な存在になることができたのでしょう?)
 もっとそのことを聞きたかったが、要は、それこそゾッとするような恐怖を覚えて、追求するのをやめていた。
 知ってはいけないことがある。
 要は、そう感じたのだ。
 どこかで、これと同じような恐怖を覚えたことがあるように思った。