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第2章 パーンチラス号、出発!!

(よくきてくれた。入りたまえ)
 扉をノックした非不未予異無亡病近遠(ひふみよいむなや・このとお)に、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)校長から、精神感応によるメッセージが届いた。
「失礼します」
 緊張しながら校長室に入る近遠。
 校長室には、校長と、他にも何人かの生徒がいた。
「ようこそ。君が、今度の死体の発見者か。通報してくれてありがとう。まず、このことは、学院の生徒に要らぬ動揺を与えぬためにも、許可なく口外してはならない。了解してくれたまえ」
 有無をいわさぬ口調で、コリマ校長はいった。
 その目は、近遠の心の中を全て見通しているかのようだった。
 もし口外したらどうなるのか。
 そのことを考えると、近遠はゾッとした。
「わかりました。約束します。そうすれば、ボクを解放してもらえるのでしょうか」
 近遠は、その場から早く逃げ出したかった。
「まだよ。それだけのために呼ぶわけないわよね。もう少し話を聞いて」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、近遠にいった。
「あっ、はい」
 近遠は、ビクッとしてうなずく。
「そう、びくびくするなよ。相手は、強化人間の保護を第一に考えている校長先生なんだ。とって食ったりはしないだろうさ」
 マグ・比良坂(まぐ・ひらさか)がいった。
「はい。そうですよね」
 そういいながら、近遠は、学院の生徒とはいえ、リカインもマグも、校長の前でざっくばらんすぎるように感じた。
 気のせいかもしれないが、二人が校長をみる目には、どこか、冷ややかなものがあった。
「二人のいうとおりだ。私は、学院に不当な迫害を加える者には容赦しないが、もし君をそうだと考えるなら、とっくの昔に手を下しているだろう。もう少しリラックスしたまえ。何しろ、私は君たちにお願いごとがあるのだから」
 コリマ校長は、油断のならない光を目に宿しながら、声をいくぶん穏やかにしていった。
「は、はい。お、お願いごと、といいますと?」
 近遠は、ドキドキしながら尋ねた。
「学院で、潜水艦を用意してある。他校の生徒も歓迎なので、体験学習ということで、君たちに乗ってもらいたいのだ。もちろん、本当の目的は、事件の真相を調査することにある」
 コリマの言葉に、近遠は目を丸くした。
「せ、潜水艦ですか? それでは、深海に?」
「そうだ。潜水艦で、海底を調査する。海京アンダーグラウンドの所在を求めてな」
 コリマの代わりに、佐野和輝(さの・かずき)が近遠に答えた。
 和輝たちも、コリマ校長に呼び出され、調査への協力を依頼されていたのである。
 コリマ校長は、他にも、いろいろと生徒を呼び出し、調査を依頼しているようであった。
 それにしても、と和輝は思う。
 よりによって、俺に依頼するということは、何かに勘づいたのか?
 コリマは、そんな和輝の顔を、じっとみつめていた。
 もちろん、思い過ごしかもしれない。
 コリマ校長は、ランダムに選んだだけで、和輝の正体になど気づいていない可能性もあった。
 だから、この場は、平然と振る舞う必要がある。
 和輝は、肚を決めた。
 もし、気づかれていたとしても、そのときにどうすべきかは、考えてある。
「か、海京アンダーグラウンド? そこにさらわれた生徒たちがいるというのですか? でも、あれは、単なる都市伝説で……」
 近遠は、うろたえるばかりだった。
「ああ、もう、その話は、さっきさんざんしたっていうのにー!!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、もどかしげな口調でいった。
「落ち着け、アニス」
 和輝は、そんなアニスの肩に腕をまわして、なだめる。
「う、うん! りょーかい、和輝ぃ」
 アニスは、一瞬にして機嫌を直し、和輝の肩に顔を寄せて、恍惚とした表情を浮かべた。
「まあ、もう一度話すしかないだろうな。コリマ校長は、一連の事件の真相を精神感応で探ろうとしても探れないので、海京アンダーグラウンドが実在するのではないかと、疑っているのだよ。というより、そこにしか事件の手がかりは得られないとの結論だ」
 リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)が、知的な口調でいった。
「そうですか。でも、海底にまで行くって、何だか怖いですね」
 近遠は、嘆息していった。
「怖がっていては、事件の真相はつかめない。わからないのか? コリマ校長は、死体を目撃したお前を、しばらく、一般人の間から離しておきたいんだよ。そのためにお前に依頼しているんだ」
 和輝が、近遠にいった。
「佐野くん。依頼を引き受けて頂けるのは嬉しいが、余計な詮索はしないでもらおうか」
 コリマが、和輝を睨んでいった。
「あっ、そ、そうですか。それなら……」
 選択の余地はない、ということだ。
 近遠は、依頼を受ける決心をした。
「それじゃ、早々に、この恐ろしい部屋からは退散しよう。港に、もう潜水艦がきているそうだ。行ってみよう」
 和輝は、近遠を促した。
 コリマは、どこまでつかんでいる?
 和輝にとっては、腹の探り合いに終始していて、落ち着かない校長室であった。

「ようこそ、ここは潜水艦パーンチラス号。僕が、調査隊の代表になったよ」
 榊朝斗(さかき・あさと)は、パーンチラス号内部に案内された和輝たちを、あたたかく出迎えた。
「佐野和輝だ。風紀委員か?」
 和輝は、朝斗の制服を一瞥して、いった。
「気づいたの? さすが! まあ、風紀委員だから、僕が代表にされたってわけじゃないだろうけど」
「だが、風紀委員として依頼されたんだろ?」
 和輝の問いに、朝斗はうなずいた。
「うん。まさか、校長が風紀委員会にも話を通してくるとは思わなかったけどね。確かに、一連の行方不明事件は委員会でも問題になっていたし、少しでも解決に協力できれば、と思って」
 朝斗は、意気揚々と、操舵室の内部を紹介してみせた。
「あの、代表ってことは、この艦の艦長ってことですか?」
 近遠が尋ねた。
「うん。まあ、そうなのかな。正直、潜水艦の操縦ってわかんないから、任せてるんだけど」
 朝斗は、計器の点検を行っている生徒たちを指して、いった。
「確かに、朝斗に操舵は任せられませんから、私たちが艦の目となり鼻となりますよ」
 シートに座って計器をのぞきこんでいたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が、くるりと振り向いていった。
「まあ、潜水艦の操舵は確かに専門外だけど、朝斗に任せたせいで全員海の藻屑となりました、じゃ、洒落にならないものね」
 アイビスの隣にいたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も、近遠たちを振り返っていった。
「おいおい。ずいぶんないいようじゃないか。でも、助かるよ。ありがとう」
 朝斗は苦笑しながらも、感謝の言葉を述べた。
「俺も、アイビスに任せておけば間違いないと思うぞ。それで、出発はいつだ?」
「ああ、準備ができ次第、全員揃い次第です。実は、校長から連絡がありまして、近遠さんが乗り込んだら、出発していいと」
 朝斗の答えに、和輝は深くうなずいた。
「なるほど。俺たちが最後の合流メンバーか。どうやら、近遠を早く隔離したがっている、という俺の予想は当たったようだな」
「え、ええ。そうみたいですね」
 近遠も、ドキドキしながらいった。
 学院にとって重要な機密を自分は知ってしまったのだと、近遠は思った。
 もっとも、最新の死体発見については、この調査隊の生徒たちには話が伝わっているらしく、この艦にきたことで、同じ境遇の人と一緒になれたという安堵を感じることができた。
「それじゃ、出発!!」
 榊は、調査隊の生徒たちに号令をかけた。
 ついに、パーンチラス号は未知の領域、海底へと出発したのである。 

「ふふふ。行ったわね」
 潜水艦の出発を確認してから、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、踵を返して、学院へ戻っていった。
 リカインたちは潜水艦に乗り組むはずだったのだが、依頼を放棄したことになる。
 リカインは、再び、学院の校長室へと向かった。
 ノックする。
「まだいるかしら?」
(戻ってきたな。待っていたぞ)
 精神感応でコリマの言葉が届く。
 待っていた?
 その言葉に、リカインは首を傾げながら、入室した。
「潜水艦は、出発したぞ。依頼を、引き受けてはもらえないということか?」
 コリマは、いった。
「ええ。私としてはまず、あなたを糾弾したいのよ。今回の一連の事件、学院の安全管理に問題があるということ。コリマ校長、あなた自身の責任についてどう考えているのかしら?」
 リカインは、堂々と言い放った。
 コリマは、リカインの目を静かにみつめてから、いった。
「むろん、責任はあると考えている。であるから、対応として、君たちにも依頼したのだ」
「責任があると認めるなら……」
 リカインの言葉は、マグ・比良坂(まぐ・ひらさか)によって遮られた。
「コリマ校長!! 事件がここまで進行していながら、状況を十分に把握できていなかったなんて、それこそ進退を問われることだ!!」
 マグは、鼻息も荒く、校長に詰め寄っていった。
「ようやく、本音をいってくれたな。だが、このことで私が進退を考えるようなことはない。この事態について、職責を全うすることこそ肝心だ。今回の事件の真相がわかれば、今後の学院の安全保障も充実することだろう」
「一般の生徒たちに真実を知らせず、内々で処理しようとするやり方にも賛成はできない!! そもそも、学院のやり方は不透明すぎる!! 死んでいった生徒たちの無念を考えたことはないのか? 一人一人の生徒が大事だと考えたことはあるのか?」
 マグは、いよいよヒートアップした。
「ちょっと、落ち着きなさいよ。校長、私たちがあなたに批判的であると、わかっていたわね。それなら、なぜ、あえて私たちに調査を依頼したのかしら?」
 いいながら、リカインは、背筋がゾッとするものを感じていた。
 自分たちが戻ってくることが、計算されていたのだとしたら?
 だが、リカインの思索など知らぬ顔で、マグは校長に飛びかからん勢いだった。
「君のいいたいことはわかった。そして、私は自分の考えを伝えた。職責を全うすることで、亡くなった生徒の無念を晴らすつもりだ。このことは、何度もいわなくてもわかるだろう。さて、どうする?」
「こうするまでだ!!」
 激昂したマグは、黄昏の星輝銃を校長に突きつけた。
「脅しか、それとも本気か? だが、脅しだとしても、校長である私に行うのであれば、それこそ安全保障上の問題となりうる」
 コリマの目が光った。
「あ、あああああああ!!」
 マグは悲鳴をあげて、銃を落とした。
 その身体が、宙に持ちあがる。
 校長の、恐るべきサイコキネシスが発動したのであった。
「わかったわ。私たちが、他の生徒に何かを吹き込む前に、直接対決の場面を設定しようとしたのね。そして、襲われた際には、正当防衛として、私たちを……」
 リカインの言葉は、またしても遮られた。
 校長のサイコキネシスは、リカインの身体も拘束し、宙に浮かび上がらせていた。
「学院を思ってのことなら、おおめにみよう。少し、頭を冷やすのだ」
 コリマ校長はいった。
 リカインは悟った。
 自分たちも、近遠と同じ扱いだったのだ。
 隔離されるのだ。
 でも、どこに?
 潜水艦に乗り組むのを拒否した自分たちを、どこに飛ばすのが妥当とコリマは考えるのか?
 だが、考えていられるのも、そこまでだった。
「安易に銃を突きつけるやり方は、感心できんな。もし、一般の人がそんなことをされたらどう感じるか、反省するがよい」
 コリマの言葉が終わると同時に、リカインたちの身体は、次元の狭間へと吸い込まれた。
 強制テレポートだ!!
 リカインたちは、悲鳴をあげる間もなく、その場からかき消えていった。

「はてさて。この浜辺に、最近女生徒の死体が打ち上げられているということは!」
 人工砂浜にたたずんで、日比谷皐月(ひびや・さつき)はいった。
「その女生徒たちはみな、行方不明になった生徒たちだ。ということは、海だ。この海の中に、何かがある。海底だからこそ、あのコリマ校長も手をこまねいているわけだ」
 皐月は、自分で自分の考えにうなずいてみせた。
 この海の中に、いなくなった七日がいるのだ。
 先ほど、潜水艦が出発していったのも、調査のために違いない。
 ことは、一刻を争う。
 潜水艦の調査の結果を待つつもりなど、皐月にはなかった。
 愛する者を我が手で守らなくて、どうするというのか。
 皐月には、どうにかできる方策はあるのだ。
 それは……。
「よーし、肚を決めた! いくぞ、武纏魔装!!
 背筋を伸ばして両腕を振りあげ、皐月は叫んだ。
「いっちゃっていいんじゃないかしら? でも、どうするつもり?」
 そういいながら、翌桧卯月(あすなろ・うづき)は魔鎧にチェンジして、皐月に装着されていった。
 一心同体。
 これも、愛だ!!
「全ての痛みに別れを告げろ!!」
「大人の時間はもうおしまい!!」
「エロス厳禁、健全健康!!」
「お子様たちの、待ち望む……」
「夢と希望のお時間だぁ!! あっ、そーれ!!」
 皐月と卯月の交互の叫びが終わると同時に、皐月の全身が光に覆われ、卯月を完全装着した皐月の姿は、まさに正義のマスクヒーローそのものであった。
「さぁ、御伽噺の始まりだぁ!!」
 誰にともなく指を指して叫ぶ皐月。

「な、なにあれ? 怖いー!!」
「怪人だぁ!?」
 通りすがりの小学生たちは、熱気ムンムンの皐月の姿に驚いて、ものかげに隠れ、ひそひそ囁きあった。

「とぉ、いくぞ!!」
 皐月は、跳躍した。
 眼下には、巨大な海原が。
「えっ、まさか?」
 卯月は慌てたが、もう遅い。
 ざぶーん
 皐月は、単身、海に潜っていったのである。
「ちょ、ちょっと、あなたが水圧に押しつぶされないように私にがんばれってこと? ひどいんじゃないの、それ」
 海中の光景に目を白黒させながら、卯月は、わめきたてた。
「ご名答!! さすが、鋭いじゃないか」
 そういって、皐月は笑った。
 一心同体のヒーローは、愛の素潜りを開始したのである。