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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   五

「誰か来るぞ」
 三道 六黒は、階段の下に目をやった。薄暗い壁際を、ゆっくりと上ってきたのは、風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)葦原島 華町(あしはらとう・はなまち)の三人だ。
「予感がしたものでしてね」
(いい勘だ)
 前回、調べものをしていた望たちは、危うく間違った結論に飛びつくところを、房姫の手助けで免れた。その恩返しも兼ねて、この洞窟行きに同行したのだが、目的は他にもあった。
「お尋ねしたいことがありましてね」
 華町が一歩前に出て、朗々とそれを諳んじた。

我が子が死んで嘆き悲しむ女がいた。そこに男が現れて、子供を甦らせた。女は大層喜んだ。
 けれど子供は、母の言うことを聞かず、男の言葉にのみ従った。
 女は男を責めた。男は已む無く、女に術をかけて殺し、子供と同じように甦らせた。
 ……しばらく後、女と子供を連れた男の姿が、時折見られるようになった。彼らが通った町は、死人の町と化した。男は、死神と呼ばれるようになった……


「……ミシャグジが現れる五十年ほど前の伝承ですが、この死神について貴方はご存知ありませんか? ええ、ご本人かもしれませんが」
 オーソンの作り物めいた目がコロリと回った。奇妙なことだが、ノートには笑ったように見えた。
(その話なら知っている……だが、私ではない)
「では、誰なのです?」
(この洞窟を作った男、そしてイカシたちに五千年以上に渡る宿命を背負わせた男……残酷な話だな? 私はたった一度だけ、あの女の手を借りるつもりだったのだ)
「ちょっと――待ってください。それでは、書物に伝わる『あのお方』が? 葦原島であちこち人助けをしていた人が――死神?」
(人助け――なるほど、そういえば、そんなことをしていたか。世界の理を知らぬ、愚か者であったが。――それはお前たちも同じだがな)
「それは誰なのです!?」
(……お喋りが過ぎたな)
 オーソンが腕を上げると、突如、地面から忍者が現れた。
(もう一つ、教えてやろう。この洞窟を作るのに、私も手を貸したのだよ)
 ノートは後ろの華町にそっと囁いた。
「……隙を作りますので、後は頼みますわよ」
「承知いたした」
 ノートの背に、三対の翼が現れる。光で出来たそれは、薄暗い洞窟を煌々と照らした。ほう、と感心したようにオーソンは呟いた。
「剣の戦乙女シュヴェルトライテの名、その身に刻みなさい!」
【ライド・オブ・ヴァルキリー】、「強化光翼」そして「空賊王のブーツ」、洞窟内部の不思議な力で空を飛ぶことは出来なかったが、ノートは最大限のスピードでオーソンへ斬りかかった。「飛翔剣」が素早く、そして鋭く、三度突き出される。
 手応えはあった。だがそれは、あまりに硬かった。灯りが消え、周囲が闇に包まれる。
「い、一体何事ですか!?」
 暗所恐怖症の望はパニックになりかけた。慌てて、嵌めてあった「光精の指輪」を擦った。百ワットの電球のような人工精霊が、望の傍に浮く。
「そ、備えあれば憂いなしでした……」
 ホッと息をつく。だが、オーソンたちの姿は既になかった。
「逃げ足の速い奴ですわね!」
 望は、下を覗き込んだ。オーソンも、更に下にいるはずの房姫たちも見えない。
「急いで追いましょう」
 望が階段に足を踏み出したとき、社祠がガトゴトと音を立てた。三人は一斉に振り返り、武器を構えると、固唾を飲んで見守った。
 ややあって現れたのは、人間が一人と――招き猫だった。
「……え゛?」
「葦原島の地祇が一柱、華町! いざ尋常に勝負でござる!」
 望が呆気に取られているのをよそに、華町が招き猫の頭部に向け、「花散里」を振り下ろした。
「おおっと!」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)がひょいとマネキ・ング(まねき・んぐ)を抱き上げた。
「避けるか、卑怯者め!」
「いえ、避けるのは卑怯でも何でもないと思いますけどね……」
 ノートは嘆息し、「華町、まだ敵と決まったわけじゃありませんわ。お待ちなさい」
「しかし、オーソンたちと同じ場所から出て来たでござる!」
「なに、オーソン?」
 招き猫――マネキは、社祠に目をやった。
「ほう、なるほどな……」
「俺たちは行方不明の機晶姫や剣の花嫁を探していたはずだが」
「ここはもしや、噂のミシャグジの洞窟か?」
 望とノートは顔を見合わせ、そうだと答えた。ここは取り敢えず、正直に答えて問題ないだろう。ただし華町は、警戒を解かず、マネキを睨みつけている。
「森の中を歩いていたはずが、こんなところに迷い出るとは」
「違うな……我らは葦原の危機を救うべく崇高な使命のもと動いているのだよ……」
「ではこれも、天の配剤だと?」
「そうだとも。さあ早速、行方不明の姫や花嫁を探そうではないか。右斜め上から六十度の角度で叩けば、彼女たちは元に戻るであろう」
「家電製品か!? それも昭和の!?」
「昭和でも、後の方なら無理だと思いますが。いえ、それはともかく」
 望は社祠と二人を交互に見た。
「森の中を歩いていたはずが、ここへ出たのですか?」
「そうだ」
と、セリス。
「オーソンは、この洞窟を作る手伝いをしたと言っていましたわよね」
「ほう、ならば話は早い。おそらくオーソンは、外から直接繋がるよう、細工をしておいたのだろう」
「五千年も前から――」
 望は絶句した。オーソンはそんな昔から、この事態を予測していたのだろうか?
「では、この中に入れば、外へ出られると?」
 ノートが社祠の扉を開け、首を突っ込んだが、何も起こらない。
「発動には、何か条件があるのだろう。今は分からんが」
 そこでマネキは黙り込んだ。その条件推考しているらしかった。――あわびの養殖についてかもしれないが。
「華町、いつまで構えているんですの? この方たちは、敵ではないようですわよ」
「そんなわけないでござる!」
「え?」
「招き猫でござるよ!? どう考えてもおかしいでござる! 怪しすぎるでござるよ!?」
「招き猫ではない。マネキキュール・レノア(中略)ロムソルド・ユングだ」
「長いのでマネキ・ングでいい」
「絶対に幽霊でござる!! 猫の呪いでござる!!」
「――ああ」
 華町は心霊現象の類が大嫌いだ。自分こそ、地祇という精霊のくせに、おかしな話だ。
「あのね、お華ちゃん……」
 マネキが幽霊ではなくポータラカ人であることを納得させるのに、それから三十分を要した。