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幻夢の都(第2回/全2回)

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幻夢の都(第2回/全2回)

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第4章 夢幻 2


 かつん、かつん。ガオルヴから闇の波動が放たれたそのとき、地下に迫る人影があった。
 その気配をいち早く察し、契約者の一人が、行く手を阻む。
 三道 六黒(みどう・むくろ)が、ガオルヴに近づこうとしているのであった。
「六黒っ! やっぱりお前かっ!」
 それに対して、鋭く言い放ったのは七枷 陣(ななかせ・じん)だった。陣にとって六黒は幾度となく戦ってきた相手である。闇の力を欲する六黒が、ガオルヴのもとに現れることは、予想出来たことであった。
「いくらでも参るとも。苛む妄執・慙愧・悔恨の類であれば、いつでもわしの傍におる。ガオルヴの求めるものの真価は知らぬが、全ての悪を統べる上、その力はわしが求めようぞ」
 圧倒的な波動が辺りを包み込んだ。
 ガウルとはまた違った闇の力であった。もはやガウルの力は、自分の心に宿る信念のそれによって生まれるものとなっているが、六黒は違う。ただひたすらに破壊と混沌を求める心が生み出す波動は、人間のそれを超越したものだった。
 さらには、そこに虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)の力が加わる。奈落人に取り憑かれた六黒は、獣を上回る速度で陣達に迫った。
「陣くん、危ないっ!」
 陣を助けようと、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が動く。だが、
「悪いが、そなたの相手は我が引き受けよう」
 人型形態になった六黒の魔鎧――葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)が、そこに斬り込んできた。『闇黒ギロチン』の刃を叩き込んでくる。リーズは咄嗟に、『女王のソードブレイカー』の刃でそれを受け止めた。
「ぐぬぬぬ……っ! 邪魔するなぁっ」
 『ゴッドスピード』で加速したリーズの背中に、半透明の六つの翼が生える。それはリーズの持つ精神力を具現化させた強化光翼であった。『トライウィングス・Ries』と名付けられたそれは、輝く金色からオーロラのような極彩色に変質した。
 まるで自分自身を現すような黄金のオーラを纏ったリーズは、狂骨と激しくぶつかり合った。
 その間に、陣と六黒の戦いも激しさを増している。格闘術に魔術とを織り交ぜた独特のスタイルで、陣は戦う。六黒はそれに翻弄されながらも、不屈の肉体を用いて、突進を繰り返した。傷ついても傷ついても、倒れることのない六黒が、次々に剣を振るってくる。
 猛攻は、止められることがなかった。
 六黒が、どうしてここまでガウルに執拗に迫るのかが、陣には分からなかった。だが、ここで六黒を先に行かせてはならないことだけは、確かであった。ガウルは闇から抜けだそうとしているのだ。自分自身との、決着をつけて。六黒を近づけさせては、もう一度、暗闇の中に引きずり込まれるかもしれなかった。
 絶対に、先に行かせはしない。
「うおおおおぉぉぉっ!」
 その思いを胸に、陣は猛々しく吠えた。


 エッツェルがガオルヴを喰い、支配しようとしていたその時――
 古代遺跡の別室に当たる地下では、祭壇を前に、シャノンとフレデリカ達が、巨大な魔法陣を形成しているところだった。
「私の魔法理論が正しければ、これできっと、アスターの幻術が破れるはず」
 フレデリカが自分にも言い聞かせるように言う。シャノンが壁画を基点として、魔法陣を床に描きながら、それにうなずいた。
「壁画は幻術の綻び。魔法陣の魔力が膨れあがれば、綻びを広げることが出来るはずよ」
 二人の魔法理論が、融合された末の魔法陣であった。
 ゼノビアやルイーザ、それに姫月達が、その魔法陣の周りを取り囲み、魔力を供給している。魔法陣の光が徐々に輝きを増してきた。祭壇に残っている、竜の壁画を見て、
「――解き放て、夢幻の竜よっ」
 シャノンとフレデリカが、同時に言い放った。


「ついに正体を現しやがったな」
 七刀 切(しちとう・きり)が、睨むようにガオルヴを見上げながら言った。
 今や、ガオルヴの姿は竜へと変貌を遂げていた。黄金の毛並をかすかに残してはいるが、その身体の殆どは鱗に覆われ、巨大な翼をはためかせている。突如として床に生まれた魔法陣の力が、邪竜の化けの皮を剥がしたというわけだった。
 アスターがついに正体を現したのだと、切は確信した。
 元の世界に戻るためにも、奴を倒さねばならない。切は『自在刀』と呼ばれる、刀身が伸縮する特殊な刀を構えた。ふと、ちらりと横を見る。
「……ルーンさんも、手伝ってね?」
「いいわよぉ」
 軽く答えたのは、ルーン・サークリット(るーん・さーくりっと)であった。
 実に軽い。見事に軽い。切はそれに不安を覚える。だが、この場でとやかく言う暇もなく、切は半ば諦めたように跳び上がった。
「必ず……元に戻してやるからなぁっ!」
 気合いの声が迸り、邪竜と切が激突する。
「断てぬモノすら絶ち落とせ、七刃『正宗』!」
 放ったのは、切が自ら考え出した抜刀術であった。数々の技術(スキル)を組み合わせたそれは、見えぬモノを叩き斬るとされている。アスターの身を、白刃が斬り裂いた。
 ルーンが戦いながら、それをぼんやりと見やった。こんな経験はめったにないと思う。伝承にある邪竜と、本物と、戦っているのだ。それだけで、知識よりも何よりも深い価値を持つものに思えた。
「俺も――負けてはいられない」
 切に続くように、『ホークアヴァターラ・ソード』を構える十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が、邪竜へと斬りかかった。邪竜が放つ幻術は『真実の鏡』によって弾き返す。盾代わりの鏡を手にしたまま、宵一も邪竜とぶつかり合った。
 自分は所詮、しがない賞金稼ぎ(バウンティハンター)だ。戦うだけでしか道を切り開けない。だがだからこそ、戦い続ければ光が見えると、宵一は信じていた。
 その思いに応えるように、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が宵一を支援する。地面に叩きつけた『藍鼠の杖』によって、大量の鼠がどこからともなく現れた。鼠の大群が邪竜アスターへと殺到する。
 更には、隠れ身を使って潜んでいたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が、じゃきっと銃を構えた。遠距離攻撃を可能とする『軍神のライフル』である。その銃口から放たれた弾丸がアスターを貫くと、その動きが一瞬、止まる。
 刹那、宵一の剣がその身を斬り裂いていた。
 それを皮切りに、ガウル達が、一気にアスターに攻めかかった。
 八卦術の訓練の最中、ガウル達と合流した東 朱鷺(あずま・とき)や、自称魔法少女を名乗る永倉 八重(ながくら・やえ)の姿もそこにはあった。
 正直に言うならば、朱鷺にとってガオルヴという存在も、アスターという存在も、大した意味を持ってはいなかった。八卦術の訓練にさえなれば良いと思っていたが、これが思ったよりも手強そうだ。朱鷺の顔が自然と笑みに変わっていた。
(良い訓練になりそうですね――)
 目の前に展開した八枚の呪符が、次々とアスターに襲いかかっていった。
「アスターっ! あなたには私を幻で騙したっていう借りがあるのよっ! その借りを返さない限り、目覚めが悪いってもんだわ!」
 八重も負けじと刀を構え、アスターに言い放った。
「それにね――幻から覚めたいまなら、分かる! そんな簡単になれるモノを目標にしたわけじゃないって! 目の前にいる皆を笑顔にすることが出来る正義の味方……それを目指す道が困難じゃないわけがない!!」
 幻から覚めたからこそ、分かるものを、八重は得たつもりだった。ぐるんと、刀を回してその切っ先をアスターに向ける。
「お前を倒し、私は幻に捕らわれた弱い自分を越えてみせる!」
 決意を口にして、八重が跳んだ。
 そのまま頭上から斬りかかるとともに、炎の魔力を迅らせる。
「必殺……フェニックスブレイカアアァァ!!」
 刀から迸った炎が、アスターの身を焦がすように、一閃した。
 次々と、仲間達がアスターとぶつかり合う。ガウルと、ゼノ、それに桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が、負けじと大剣を振るっていた。
「ガウル、行け」
 煉が言った。ガウルと、そしてゼノに向けた言葉だった。
 元の過去では、ゼノの力でガオルヴを封印するのがやっとだと聞いていた。だが、今は違う。もはやガオルヴは破れ、アスターという黒幕が正体を露わにした。そして、ゼノの大剣は、今や二つある。元の過去とは全く違う。二つが合わさるのだ。
 ゼノとガウルが目を合わせた。
 目の前の竜が真の敵であることは、もはやゼノには分かっていた。いや、すでに、ゼノの獣の本能は、ガウル達こそが『本質』であると感じ取っていた。
(幻――か)
 ガウルに聞いた話が本当だとするなら、自分は親友を魔獣として封印した戦士というわけだ。その未来がないならば、幻だとしても、あるいは良かったかもしれないとゼノは思った。
「――いくぞっ」
「おうっ」
 ゼノとガウルが声を掛け合って、アスターに挑んだ。
 仲間達がそれをサポートする。アスターはすでに弱ってきている。あと少し。あと一歩で、倒せるはずなのだ。煉がガウルに、大剣の使い方を目で見せて伝える。使い慣れない大剣だが、ガウルはそれを全力で振るった。幾度となく、刃がアスターの身を斬りつける。
 それでも倒れないアスターに、愕然となり始めたとき――。
 ずどぅん。聞き慣れない銃声が背後から聞こえた。瞬間、アスターの身体がのけぞって、一瞬だけ動きが止まっている。遠距離からのスナイパーライフルの一撃が、頭部を穿ったのだった。
 さらには、そこに巨大な三つの魔弾が飛来してきた。
 三つの属性を持った魔弾が、次々にアスターに撃ち込まれてゆく。アスターの動きが完全にストップした。
「やりなさいガウルっ! どっちが“本物”か、見せてやるのよ!」
 背後に振り返ると、スナイパーライフルを構えたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が言っていた。これまでガウルや戦士団達を背後から観察していたローザマリアは、ここぞという瞬間を狙っていたのだ。ライフルの銃弾は、その思いに応えるかのように、アスターの頭部に見事に命中していた。
 そして、隣には、硝煙を吐き出す銃をアスターに向けるレン・オズワルド(れん・おずわるど)がいた。その傍にはノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がついている。
 レンが見守るように笑った。
(ああ。これで、これで終わりに――)
 ガウルが大剣を振るう。ゼノの刃と重なりあい、刃は十字となった。
(してやる――っ)
 アスターの身体を二つの大剣が斬り裂いた。
 そして、ぴたりと動きを止めたアスターは、しばらくガウルを見下ろして沈黙したのち、その場にくずおれた。なぜ、最後に自分を見たのか。今のガウルには分かりようもなかった。