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第24章 アーデルハイトはやっぱり子供

 思い立ったが吉日、という言葉がある。
 地球にある自宅の窓から、メグミ・グーメルは空を見上げた。息子のザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、契約者になってパラミタとやらに行ってからめっきり帰って来ない。もうどのくらいになるだろうか。
「あの子ったら、全然帰ってこないんだもの。たまには顔を見せなさいと言っているのに」
 拗ねた少女のように少し頬を膨らませて、メグミは空に向けて話しかける。
 それが「あ」と何かを思いついた顔になって瞬きをする。近くに転がっていた簡単な答えを見つけたかのように。
「……会いに行ってみようかしら」

 だが、思い立たれた方は吉日とか言っている場合ではない。ザカコが、母がパラミタに来ることを知ったのはつい先程のこと。その内容は「今、パラミタに来てるから迎えに来て」というもので。
「むぅ……まさか母さんからいきなり連絡が来るとは……」
 事後報告も甚だしかった。確かに、退屈な地球からパラミタに来てからはあっという間で、久しく帰ってはいなかったが。
「よくよく考えれば、いつ来てもおかしくなかったですね……」
 割と後先考えずに行動する性格であれば尚更に。
 まあ、つまりは。
「急に来るとは参りましたね……」
 この一言に尽きるのだが。

「これがイルミンスール? 大きい木なのねえ」
 とはいえ、来てしまったものは仕方ない。イルミンスール魔法学校の案内でもしようか、とザカコはメグミを空飛ぶ箒に乗せて、学校まで戻ってきた。
『え? これに乗るの? 映画みたいに箒で空を飛べるの?』
 箒の後ろに座るように言った時は目を輝かせて興奮し、実際に空を飛んだ時には楽しそうにはしゃいでいて落とさないようにするのに苦労した。
 ちなみに、30代位に見えるメグミだが、実際は46歳だ。今日はロングワンピースに、肩掛けの鞄を提げ、大きめの包みを持っている。
 魔法学校に入り、各施設を案内していく。
「母さん、ここが食堂で……って、いない!?」
 だが、傍にいた筈のメグミが忽然と姿を消していて、ザカコは慌てて周囲を見回した。廊下を歩く生徒達の中に混じって、彼女の後姿が見える。急いで追いかけて、何とか母の腕を取る。
「勝手に動き回らないで! 迷うから!」
「あら、いなかったの? ……気付かなかったわ」
 きょとん、とした顔できょろきょろとして、ザカコを見てやっと状況を把握したのか驚いたように言った。
 てっきり、当然のように息子がついてきていると思っていたらしい。
「……やっぱり、自分の好奇心の強さは母さん譲りだよ」
 溜息を吐いて、今度は寮がある方面に歩き出す。とりあえず、自分の部屋を見せたら満足してくれるだろうと考えたのだ。
 寮は、その生徒が志している魔法の種類や出身によって幾つかに分けられている。ザカコはその内の1つに入り、自分の部屋までメグミを案内した。
「ここが、自分がいつも生活してる部屋だよ」
 連絡を受けてすぐに出かけたから彼女を迎える為の準備などは全くしていないが、幸いある程度は片付いているし大丈夫な筈――
「掃除はしてるの? あら!」
 だが、部屋に入った途端、テーブルの上を見てメグミは声を上げた。
「刃物が投げ出してあるじゃない。危ないわ」
「え? いやあのカタールはメンテ中で……わかったから! 片付けるから!」
 勝手に片付けようとする彼女からカタールを守ろうと、テーブルを囲うようにしてカタールを丁寧に然るべき方法で回収する。その間に、メグミは冷蔵庫の中身をチェックしていた。
「ご飯は食べてる? ……あら、りんごばっかり」
「! また勝手に……!? よく見て! りんご以外もあるから! 確かにりんごが多めではあるけど他にも入ってるから!」
「……ザカコ、りんごは確かに美味しいけど栄養が……」
「だから、奥も見て! 他の食材もあるから!」
「そうね、りんごしかないってことでもないみたい。それにしても、これ美味しそうね」
 りんごを1個取り出して、メグミは言う。
「これ、剥きましょうか。さっきの刃物で」
「母さん……カタールは果物ナイフじゃないからね……」
 そして、りんごを1つ剥いて2人で分けて、座って食べる。
「やれやれ……」
 何だか、すごく疲れた。ある意味、どこかに探索に行くよりも疲れた。だが、これでメグミも満足しただろう。
「母さん、そろそろ帰りましょうか」
「その前に、お世話になっている先生に挨拶しないとー。アップルパイを焼いてきたので一緒に食べましょう」
「その包みは何かと思ってましたが……そういう事ですか」
 ザカコはアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に連絡した。母が来ている事を伝え、軽いお茶会をしませんかと誘うと彼女は「うむ、では待っているぞ」と快く了承した。アーデルハイトには普段の衣装ではなくちゃんとした服装で会ってもらった方がいいかと思ったが、メグミは見た目に対する偏見は無いから大丈夫だろうとそれは言わず、彼は母を伴ってアーデルハイトの部屋を訪れた。

「あら? 可愛い子ねー」
 アーデルハイトを見ると、メグミは彼女に近寄って頭をなでなでした。
「! 母さん! 子供じゃなくて先生だから!」
「……え? 先生? ……あらやだごめんなさい」
 びっくりしたように瞬きし、口元に軽く手を当ててメグミは言う。その彼女に、アーデルハイトは「構わんよ」とにこやかに応えた。
(……全く、子守だの可愛い子だの……最近はよく子供扱いされるのぉ)
 とは思っていたが。
「と、とりあえず、アップルパイだけだとあれなので、ハーブティーを淹れてきましょう」
 ザカコは2人を残してお茶を淹れるために一度離れた。準備をし、3人分のハーブティーを蒸らしつつ運んでいく。
(母さんが変な事を口走らなければいいのだけど……って、何聞いてるんです!?)
 メグミは、にこにこと「若さの秘訣は何かしらー」とアーデルハイトに訊ねていた。だが、アーデルハイトはそう悪い気もしなかったようだ。
「そうじゃなあ……まずは、不死身になることじゃな」
 とか話をしている。ハードルが高い。
「地祇と契約してちぎのたくらみを使うという手もあるが……」
「アーデルさ……大ババ様、母は契約者じゃないんですが……」
 冗談とは分かっているが、ガマンできずに、ついザカコはツッコんでしまった。
「お? そうだったのお。まあ、おぬしは年齢よりは充分に若いと思うぞ」
「あら、そうかしらー?」
 アーデルハイトの言葉に、メグミは嬉しそうだ。そんな2人を見て、やれやれとザカコも力を抜いて笑顔を浮かべる。
(ただの雑談になってる気がするけど……まぁ、楽しく話した方がいいですね)
 ハーブティーを淹れに行っている間に、メグミは「これからもあの子を宜しくお願いしますね」とアーデルハイトにきちんと挨拶していたのだが、勿論、彼はそれを知らない。
(……何だかんだと振り回されましたが、久し振りに元気な姿を見れて良かったです。そのうち、実家にも帰りましょう)