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 第31章 おみやげはイエスノー枕

「あれ、お母さん……?」
 呼び鈴が鳴って玄関を開けると、そこには母の火村 建陽が立っていた。両親で来ると聞いていた山葉 加夜(やまは・かや)は、山葉 涼司(やまは・りょうじ)と顔を見合わせた。それから建陽に目を戻す。
「お父さんは?」
「お仕事がどうしても抜けられなくて。今頃は地球で頑張っていると思います」
 蒼い髪をアップにした和服姿の建陽は、娘達に上品に微笑んだ。加夜は事情が分かり、安心する。
「……そうですか。それなら仕方ないですね。寒かったですか?」
「そこまでではありませんが……。歩くのには、ちょうどいい気温かもしれないですね」
 場所を空けて、建陽を自宅に招き入れる。彼女は少し身体が弱いから、あまり無理はさせないようにしないと、と加夜は思う。
「ご無沙汰しています。お義母さん」
「結婚式以来でしょうか。仲良く過ごしている姿を見られたらと思いまして。今日はよろしくお願いいたしますね」
「あ、いえ、こちらこそ」
 涼司は頭を低くして建陽に挨拶する。そんなささやかな事がとても幸せなものに感じて。
「会うの、久しぶりですね」
 それが、加夜は嬉しかった。

 沢山の手料理が食卓に並ぶ。
「何年振りでしょうか、お母さんに料理を作ったのは」
 恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような気持ちで、加夜は卓を囲む準備をしていく。美味しいって言ってもらえるように、作る時には力を入れた。
「お2人にお父さんからのお土産があるんですよ。喜んでもらえるかどうかはわからないけど……」
 全員が席についたところで、建陽は持参していた紙袋を2人に渡した。中に入っていた包みを出して加夜が包装を解いていく。そこに入っていたのは――
「「……YESNO枕?」」
 2個セットの枕を見て、加夜と涼司は同時に声を上げる。正直、涼司はかなり度肝を抜かれた。よくまあここまで声量を抑えられたものだと、自分で自分を褒めたい気分に駆られた。
 メモが添えられていて、そこには『孫を楽しみにしているぞ!』と書かれている。
「……お父さん」
 照れながらも、加夜はちょっとため息をついた。建陽も困ったような笑みを浮かべる。
「必要ないと言ったのにどうしてもって聞かなくて……。ごめんなさいね」
 ともあれ、土産の受け渡しも終わり、3人は加夜の作った夕食を食べ始める。
「加夜、また上手になったわね」
「よかった、ありがとうございます」
 和やかな空気の中で食事は進む。用意されたのは、山葉家と火村家の家庭料理だ。
「こうしてゆっくり話すのは久しぶりですね」
 ここ最近に起こった事を話しながら、加夜は母に笑いかける。
「結婚式の時は、終わってからあまり話す時間も取れなかったですから」
「ええ、そうですね……」
 娘と涼司に微笑ましい目を向けながら、建陽は結婚式当日の事を思い出す。白無垢に身を包んだ加夜と、羽織袴を着た涼司が、神社で夫婦の誓いを立てる。
 涼司の姿が、自分が式を挙げた時の夫と彼が被って見えて不思議な気分になったものだ。
「涼司さんは、どことなく若い時のお父さんに少し似てる気もしますね」
「そ、そうですか?」
「どんな男の人を好きになるかも、私はお母さんに似たのかもしれませんね」
 どこか照れくさそうにする涼司を見遣り、加夜は微笑んだ。仲睦まじい様子が母としても嬉しく、建陽は2人に優しい眼差しを向ける。
「涼司さん、娘をよろしくお願いしますね」
 彼への信頼をもって、彼女は言った。

 食事を終えてから、家の中を案内する。綺麗に掃除はしてるし、大丈夫だとは思うけれど加夜は少しどきどきした。
「ここが客室です」
 どの部屋も、母として口を出すべきところは見当たらなかった。客室も然りで、清潔感のある部屋からは、家を出た娘がしっかりとやっていることが実感できる。
「今日は、ここに泊まっていってくださいね」
「泊まるつもりでしたけど……お父さんが心配だから帰りますね」
 建陽はゆっくりと首を振り、苦笑した。
「今日はありがとう」
 ドアに背を向け、彼女は改めて2人に礼を言った。加夜も別れの挨拶をする。
「来てくれてありがとう。今度は2人で泊まっていってね」
 帰ってしまうのは寂しいけれど、一緒に過ごせて嬉しかったから。
「ええそうね、またの機会に」
 そして、建陽は山葉家から火村家へと帰っていった。玄関ドアをしばらく見つめてからリビングに戻り、椅子に置かれた土産の枕に目を止める。
(……これ、どうしようかな……)
 少しだけ考えてから、彼女は1つを涼司に渡した。
「せっかくなので使ってみますか?」
「YES」と書かれた方を上にして。