校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
リアクション公開中!
25−1 12月25日、クリスマス当日。 董 蓮華(ただす・れんげ)は、シャンバラ教導団、金 鋭峰(じん・るいふぉん)の執務室前に立っていた。緊張して不自然に強張った頬を両手で叩く。扉脇に立っていた警備兵が、好奇心を含ませた目を蓮華に送る。視線以外は微動だにしなかったので、彼女はそれに気付かなかった。 (頑張れ、勇気出せ私! ファイト!) 両手を握って気合いを入れて、扉をノックする。入室を許可する低い声が聞こえ、蓮華は「失礼します」と中に入った。鋭峰は机に向かって書き物をしている最中で、一度手を止めて入室者が彼女だと確認すると、再びペンを走らせ始める。無言の中に用事を促す空気を感じ、蓮華は話を切り出した。 「あ、あの……団長……本日、御予定に空きはありますか? もし可能でしたら、遊園地に……デスティニーランドに、私と一緒に行きませんか?」 「……遊園地か。また随分と唐突な提案だな、蓮華君」 「……今日は、クリスマスですから。外で、祝い事の空気を感じてみるというのも悪くないと思うんです」 話せば話すだけ、心臓が早鐘を打っていく。それを自覚しながらも、蓮華は出来るだけの笑顔を浮かべ続けた。羽を伸ばすのも良いだろう、と彼に思ってもらえるようにと言葉を継ぐ。 「たまに行きますが、凄く楽しい所ですよ」 「…………」 「それに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)大尉も遊園地で団長にお見せしたいものがあるそうです。……いかがですか?」 「…………」 鋭峰はペンを置き、蓮華に真っ直ぐに視線を合わせた。無表情だけれども、何かを思案しているようでもある。断るのなら、最初の一言ではっきりと断るだろう。そう考えるとこれは、良い方向に傾いているような気もする。気もする……と、信じたい。 「無理なら……諦めますけど」 蓮華は、少し遠慮がちに目を伏せる。そこで鋭峰は、おもむろに革張りのノートを取り出した。それを開き、内容を読み上げるように彼は言う。 「今日の午後には、視察を予定している」 「…………。そうですか……」 ダメ元の誘いだったが、こうなるとやはり気落ちしてしまう。でも、鋭峰の仕事の妨げにはなりたくない。そうして肩を落とす彼女に、だが、彼は退室を促したりはしなかった。 「クリスマスという日の国民の様子を見る為の視察だ。行き先は決めていなかったが、人の多い遊園地というのもいいだろう」 「そうですよね。では、せめて視察に同行……え?」 断られたと思い込んでいた蓮華は、話の流れに遅れて気付き、驚いて顔を上げた。その間に、鋭峰は外出の支度を済ませて歩き出す。 「あっ、団長……待ってください! ……どうぞ」 慌てて追いかけて、先に立って扉を開ける。鋭峰が蓮華と共に出てきたことに、廊下の警備兵は驚いた。蓮華はどう見ても“クリスマスに団長を誘おうとしている無謀な団員”だったのだが、クリスマス中止やバレンタイン中止を謳う鋭峰が、まさか2人で出てくるとは思っていなかった。 まあ、警備兵もその発言が“団長に彼女が居ないから”であるとはっきり感じてはいたのだが―― 「視察に出掛けてくる。留守を頼む」 「は、はい!」 前を歩く鋭峰に、蓮華が付いていく。背後からの警備兵の視線を感じつつも既にちょっと幸せで。 (楽しかったと思って頂けますように……) と、彼女は思った。 ◇◇◇◇◇◇ 昼も近くなってきた頃、上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)はデスティニーランドの入口前に到着した。気が向いたら、と誘ってみたカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)の姿は見当たらなかった。唯識もカールハインツも、身長は180を超えている。 『お互いデカいからすぐわかるだろう』 と、場所や時間を指定せずに声を掛け、約束と呼べるほどのものではなかったので唯識は気にせずにゲートに向かった。 前日のイブは、薔薇の学舎の喫茶室でパーティーがあった。学舎の仲間達とそれなりに楽しむことができたが、先輩達や理事長である{SNM9999011#ジェイダス・観世院}や校長のルドルフも一緒で全く緊張しなかったかと言えば嘘になる。 パラミタに来て日が浅い唯識は、パラミタでのクリスマスをタシガン以外で経験したことがない。だから、デスティニーランドに遊びに行ってみようと思ったのだ。 カールハインツを誘ったのは、昨日、彼がクリスマスを好きじゃないという話をちらりと聞いたからだ。もとより、カールハインツの過去に何があったかとか、毎年どういうクリスマスを過ごしてきたのか等を聞くつもりはない。ただ、楽しんだことがないのなら少しでも楽しんでほしい。そんな、軽い気持ちでの誘いだった。 確かに、カールハインツは季節のイベントにあまり興味がないタイプにも見えるが―― (さて、どこからまわろうかな) 今日は一応、ペットのゆるスターも連れてきている。無理にとは言わなかったし、会えたら御の字であり会えなかったら適当に園内を見て回ろう。 元々、唯識はあまり細かく物事を考えない、かなり行き当たりばったりな性格をしている。イベントもあるみたいだし、何かのグループに混ざってみるのもいいだろう。 そう思いながらゲートを潜ったら、アトラクションがあるエリア手前の広場でカールハインツが唯識を待っていた。彼の姿を見つけ、つかつかと歩み寄ってくる。 「現地で待ち合わせっつっても、こうだだっ広くちゃ早々会えねえだろ。ちょっとは考えろよ」 渋面で呆れたような、不機嫌そうな声でカールハインツは言う。唯識は彼の顔を見て、素直に喜んだ。 「カール、来てくれたのか」 「まあ、暇だったからな。んで、どこに行きたいんだ?」 「そうだな……2人だったら……」 唯識は少し考えて、彼に言った。 「ちょっと気合いが要りそうな乗り物に乗ってみたいな。ジェットコースターとか、どうだろう?」 「ジェットコースター? ああ、いいんじゃねえのか」 「カールはああいうの、苦手じゃないのか?」 「オレに乗れない乗り物はねえ……と思うぜ」 言ってみたものの多少自信が無かったのか、少しだけ言葉を濁す。 「そうか。じゃあ行こうか」 そうして、2人は一緒にコースターのある場所まで歩き始めた。 実際に乗ってみると、カールハインツはジェットコースターを気に入ったようだった。分かりやすく笑顔になるとかではないが、気分が乗っているのが表情から分かる。 「次はこれに乗ってみないか?」 それからも絶叫マシーンに幾つか乗り、次に、唯識はファンシーなデザインのコーヒーカップの前で立ち止まった。ほのぼのとした空気が漂う、童話をモチーフにしたアトラクションだ。 「のんびりと小休憩するにもちょうどいいんじゃないかな。野郎が2人で変かもしれないけど……」 「…………」 カールハインツは微妙な表情で緩やかに回るコーヒーカップを見つめている。流石に恥ずかしいかと思ったが、彼は黙って列に並んだ。 「いいのか?」 「滅多に来る場所じゃねえし、これも経験だろ」 親子連れだったり恋人同士だったりで男も居るが、やはり女子が多い。2人は彼女達の楽しそうな声を聞きながら、照れ臭そうに顔を少々赤らめつつ一周を終えた。 それからも2人は、試し乗り感覚で幾つかのアトラクションを楽しんだ。クリスマスということもあって順番待ちの時間も結構あったけれど、その間も色々な雑談をして、あまり退屈も感じなかった。 ◇◇◇◇◇◇ 「話には聞いてたけど、やっぱり、ここすごいねー!」 パンフレットと実際に動いているアトラクションを見比べて、金元 ななな(かねもと・ななな)はシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)とナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)に太陽のような笑顔を向ける。なななは絶叫マシーンが大好きで、そして、このデスティニーランドには、極軽めのものからハードなものまで数多く揃っているのだ。 「もうわくわくするよー! ね、ゼーさん、シューさん!」 と、ななながテンションを上げるのも無理からぬことだった。そして、シャウラはこの笑顔を見たくて今日、彼女を誘った。以前に2人で遊びに行った時、とても楽しそうにしていたから。 『この前の遊園地、凄ぇ楽しかったぜ。この前一緒にスキーしたナオキが教導に来たんだ。歓迎会を兼ねて、今度は3人で行かね?』 『シューさんが来たの? うん、行こう行こう!』 そんな遣り取りの後に、こうして3人で歩いている。なななと相棒と一緒に、今日はとことん楽しみたいと、シャウラは思う。 「教導団にシューさんが来たなら、いつでも3人で出掛けられるね! 装置を落っことす心配もないから思いっ切り遊べるし!」 まあ、ここは空京なので装置はあまり関係ないのだが。 なななはにこにこと絶叫マシーンを見上げる。もう、遊ぶことで頭が一杯だ。 「なななには後輩が増えたわけだ」 「ん? そうだねー? でも、後輩というよりは宇宙刑事の仲間が増えたって感じだね!」 笑いながらシャウラが言うと、彼女は小首を傾げて自分の感覚を伝えてくる。 「ナオキ、宇宙刑事だったのか!?」 「いや、俺も知らなかった」 大げさに驚いてみせると、ナオキも呆然とした素振りでそれに応える。彼らのノリに、なななは満足そうに言い切った。 「ゼーさんも宇宙刑事だよ! 宇宙刑事3人組だね! 無事入隊おめでとうナオキ君、元気そうでなによりだ!」 「ありがとうございますななな隊長!」 上官ぶって言うなななに、部下っぽい口調で返すナオキ。何だかんだでなななも彼の教導団入りを歓迎しているようで、シャウラはそれに嬉しさを感じながらフリーフォールの列に並ぶ。 「今日1個目のアトラクションだね! 落ちるだけだから、絶叫系の中では軽い方かな?」 高度から自由落下していく先客達の様子を見て、なななは楽しそうな声を出す。本人は無意識のようだが、かなりの強者の台詞である。 「絶叫系を完全制覇して、俺達って凄いなーんて自画自賛しちゃおうぜ」 「うん! でも、ゼーさん大丈夫なの?」 「大丈夫だ!!」 なななは前回、シャウラがへたっていた事に気付いていたらしい。強気に断言し、彼はナオキに言う。ナオキも、絶叫マシーンには結構強い方だ。 「ナオキ、バランス感覚勝負だ! 負けないぞ」 そして、フリーフォールに続きサイクロンにバイキング、ウルトラコースターと連続で乗り―― 「もう、どっちが上か下かわかんねぇ」 「壊れてる……」 「壊れてるな……」 爆笑しながら歩くシャウラを見て、なななとナオキはひそひそと言葉を交わす。 「そろそろ一休みしよっか! ね、ゼーさん!」 「休憩? ……うん、戦士にも休息は必要すよね」 「そうそう。ゼーさんをなおさなきゃいけないから。なななはまだ平気だけどね!」 「……隊長は元気だなあ……」 へっへっへ、という擬音が似合いそうな笑いを浮かべていたシャウラは、降参、というように力を抜いた。 「んじゃ俺、飲み物3人分取ってくるよ」 2人の会話を見ていたナオキが、笑いながらそう言って離れていく。一拍の間の後、口を挟む隙もなく見送る結果になったシャウラは、同じく彼を見送っていたなななと顔を見合わせた。 ――好きな女の子と、ふたりきり。 (……もしかして、気を利かせてくれたのか?) ――建物の角を曲がって、人目につかない場所に入る。一度蹲ると、動けなくなった。脈打つような頭痛と、絶えることのない金属質なエラー音。強化人間手術の末の副作用だ。 精神が不安定になり、孤独感と不安に襲われる。 時々起こるこの症状は、コントロールが効かない。いつどこで起こるかも、分からない。どれだけ自分を確立していても、自分を説得しても、湧き上がってくる思いからは避けられない。これは、彼の心とは別のところから来る“肉体反応”だ。 シャウラ達に心配を掛けたくないから、ナオキは話を契機に1人離脱した。 どれだけそうしていただろうか。 余裕が無くて、時間感覚が麻痺している。 「……ナオキ!」 耳鳴りの奥で、声が聞こえる。振り返ると、シャウラが真剣な顔で駆け寄ってきた。いつまでもナオキが戻らないことに心配したらしい。 (……しまった、気付かれた) 急いで立ち上がる。笑顔で手を挙げて冗談の1つでも言おうとして……よろめいた。慌ててシャウラが彼を支える。 「馬鹿、気分が悪いならそう言えよ」 支えられて、感情のどこかから喜びににも似た何かが生まれてくる。それを否定するように手を払おうとして――払いきれなかった。 自覚している、強化人間の精神特徴である契約相手への依存性が自立を拒む。 確かに、シャウラは大切な相棒だ。だが、依存は良くない。対等で独立した関係を保っていきたい。そう、思っているのに。 「ななな……」 シャウラは思わず、なななに縋るような目を向ける。反射的に助言を求めたその視線を受けて、というわけでもないだろうがなななはナオキに近付いた。 「シューさん大丈夫? こういうの、よく起きるの?」 「……平気だ。たまのことだし、すぐ収まるから。でも、ありがとうな」 2人は、お互いに共通した認識の下で話しているようだった。 (……あ、そうか) その内容で、シャウラも不調の理由に思い至る。気付いても見ないフリをしてやればよかった、と咄嗟に声を掛けたことを悔やむ。ナオキは“こう”なる事について自分に知られたくはなかっただろう。 「何だ、何事があったのかって吃驚しちまったぜ。大したことなさそうだな」 平気だと言うのだから、それ以上心配を顔に出すのもナオキに悪い。だが内心は穏やかではなく、それを察したのか、ななながシャウラに提案した。 「ゼーさん、シューさんと救護室に行こうよ。一応、休んだ方がいいんじゃないかな」 「やっぱり、影響があったんだな」 暖かい救護室で、清潔なベッドに横になったナオキに話し掛ける。 「……ああ。専門家からは次第に頻度は減ると言われてる。少し休めば治る」 ナオキは会話を交わすうちに、心が穏やかになってくるのを実感する。だが、その穏やかさと同時に、腹立たしさも感じていた。シャウラに対してではない、思い通りにならない自分への苛立ちだ。 (副作用の特効薬は、シャウラとの会話や接触による精神の安定……か) 「どう? シューさん」 救護室の外に出て、シャウラは廊下で待っていたなななに頷いてみせる。 「咄嗟の事に呆けちまった。居てくれて助かったよ、ありがとうな」 浮かべた笑みは、いつもよりも弱々しいものだったかもしれない。何も出来なかった自分に対し、なななは的確な対処をしてくれていた。明るく振舞っているようで、ナオキのが強化人間になったと聞いて気にしてくれていたのだろう。 彼女には、心から感謝したかった。彼女の優しい心に、俺は助けられてる。 ――益々、好きになったよ。 言葉にはしないままに、シャウラはその気持ちを自覚した。