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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【行殺の悪魔とホスト達のサイドビジネス】

 戦いの場は、何もリングの上だけとは限らない。

 この日、フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)アンジェラス・エクス・マキナ(あんじぇらす・えくすまきな)の両名は何を思ったか、自らの意志でこの地下闘技場に足を踏み入れていた。
 騙されて連れてこられたカップルでもなく、かといって聖ヴァンダレイの手先として非リア充の味方をしているという訳でもない。
 実のところ、フランチェスカはこの日のイベントの裏に、何故か非リア充エターナル解放同盟の影がちらついているのを早くから察知し、自身との因縁に決着をつけるべく、秘かに戦いを挑もうとしていたのである。
 フランチェスカのこの読みは、的中した。
 リングサイドのVIP席に非リア充エターナル解放同盟の頭目であるラインキルド・フォン・リニエトゥテンシィの姿を見つけた時には、フランチェスカの中で怒りと闘志の炎が同時に燃え上がっていた。
「矢張り……そういうことだったのですね」
 観覧スタンドの一角から、ラインキルドの全く平凡で特徴のない顔を遠巻きに眺めながら、フランチェスカは腹の底から響くような低い唸り声を漏らした。
 その傍らで、アンジェラスが呆れたように小さく肩を竦める。
「フランが珍しくこんなイベントに興味を持ったと思ったら……やっぱり、そういうことだったのね」
「仮にも聖人の日を冒涜するなど、許せませんわ。主に代わって、この私が断罪致します!」
 昨年末、あまり正確には覚えていないのだが、フランチェスカは非リア充エターナル解放同盟と決して浅からぬ因縁を持つに至った。
 フランチェスカ自身がリア充かどうかというのは、これはこれでまた別問題なのだが、しかし少なくとも、フランチェスカは非リア充エターナル解放同盟は敵であると認識している。
 そして今回のこの非人道的なイベントの裏で、連中が糸を引いていると確信した時、フランチェスカの中で燃え上がった義憤の炎は、最高潮に達しようとしていた。
「全く、よくやるわねフランも……ところであのラインキルドって男、少し変な噂が流れてるようね」
「それは私も、心得ています」
 曰く、ラインキルドの周辺に近づいた者は、ことごとく自身の存在感が酷く希薄になったように思えてしまう上に、何をしていたのか、はっきりと認識出来なくなるのだという。
 世にいう、行殺、というやつである。
 しかしこの謎の魔空間の正体が一体何であるのか、そして己の存在感がほとんど完璧に消し去れてしまう現象が何と呼ばれるのかは、誰にも分からない。
 というか、ラインキルド自身も全く分かっていない様子である。
 いずれにせよ、目指す敵が見つかった以上は行動に移すだけなのだが、ラインキルドの周辺は意外とガードが固く、思うように近づくことが出来ない。
 何とか、接近出来る機会を窺うしかないのであるが――。
「そういえば、同じ志を持つ方々が、Pキャンセラーの破壊を意図してこの地下闘技場内に潜入しているとの情報を得ていますわ。その方達の行動が上手くいけば、或いは……」
 全くもって完璧に他力本願な話だが、具体的な接近方法が見つからない以上、ひとに頼るしかないのが現状である。
 アンジェラスはやれやれと、小さくかぶりを振った。
「全くもぅ……日頃から主の御加護だか何だか知らないけど、そんなのに頼る癖がついてるから、肝心な時に行動が出来ないんじゃないの」
「いいえ、主の御加護こそが全てを正しい方向に導くのです」
 駄目だこりゃ――アンジェラスは呆れて、閉口した。

 フランチェスカが期待を寄せるPキャンセラー破壊部隊の面々というのは、桜月 舞香(さくらづき・まいか)桜月 綾乃(さくらづき・あやの)、そして奏 美凜(そう・めいりん)の三人である。
 乙女の大切なイベントであるヴァレンタインデーを汚されたという怒りに打ち震える舞香が主導し、綾乃と美凜が手足となって行動する、というのがこの三人の指揮系統として確立されているようである。
 目的は至極単純で、Pキャンセラーを破壊し、この馬鹿げたイベントを早々に終わらせてやろう、というのが舞香の考えであった。
 その為に彼女は、自身の肉体を使って非リア充エターナル解放同盟に戦いを挑む決意である。
 肉体、といっても、リングの上で力と力をぶつけ合うような、真正面のガチンコ勝負という訳ではない。ここでいう体を使った戦いとは即ち、女の色気、であった。
 非リア充エターナル解放同盟のような連中であれば、舞香の色仕掛けに対抗出来る者はひとりも居ない、と踏んでの行動であった。
 ところが――。
「うぅむ……完全に、当てが外れちゃった……」
 地下闘技場内のスタッフは、非リア充エターナル解放同盟のメンバーが務めているとばかり考えていた舞香達だったが、実際は違った。
 今回の聖ヴァンダレイ・デイのイベントで働いているスタッフの大半(或いは全員、といっても良いかも知れない)は、何も知らないアルバイトか、バラーハウス専属の裏方スタッフばかりだったのだ。
「もしかして、非リア充エターナル解放同盟って、実はすっごいお金持ちばっかりだったのかしら」
 綾乃も不思議そうに、そして困惑した表情で小首を捻る。
 地下闘技場を貸切で利用するだけではなく、アルバイトや大勢のバラーハウス従業員をこの日のイベントに雇うだけの人件費を、きっちり捻出しているということは、即ち非リア充エターナル解放同盟にそれだけの資金力がある、ということであろう。
 ここで美凜がふと、何かを思い出したように右の拳を左の掌に打ち付けて、成る程、と呟いた。
「いわれてみれば、確かにその通りかも知れないアルねー」
 所謂、非リア充と呼ばれる連中には、当然ながら彼女が居ない。
 彼女が居ないということは、女性の為に使うお金も必要ないし、ましてや家庭を築くこともないから、誰かを養う為のお金も必要ない。
 収入はほぼ全て、己の好きなように使い回すことが出来るのである。
 実際、非リア充と呼ばれる連中にはヲタと蔑まれる人種が多いのも歴然たる事実だが、そのヲタと呼ばれる人種の資金力は、意外と潤沢であることも知られている。
 何万、或いは何十万もするような趣味の品々に、ぽ〜んと札束を出すことが出来るというのが、その際たる典型であろう。
 もしかすると、今の経済を下支えしているのは、彼らのような存在なのかも知れない。
 そのように考えると、非リア充エターナル解放同盟の資金力が極めて強大であるということも、あながち間違ってはいないように思われる。
 恐らく、ヴァンダレイ・シルバのような格闘家やその配下の連中を地下闘技場に出場させたのも、膨大な資金力の中から十分なファイトマネーを捻出した上でのことであろう。
 そう考えると、非リア充エターナル解放同盟の本当の恐ろしさが、何となく見えてきたような気がした。
「よくよく考えたら……バラーハウスも地下闘技場も、国営のちゃんとした施設なのよね。それを利用しようと思ったら、それなりの資金力と社会的信用がないといけない筈……私達、非リア充エターナル解放同盟の何たるかを、余りにも知らなさ過ぎたのかも」
 舞香の独白に、綾乃と美凜はやや青ざめた表情で呆然と聞き入っている。
 だが、諦める訳にはいかない。
 何とかして、非リア充エターナル解放同盟のメンバーに接触して、Pキャンセラーの在り処を聞き出さなければ。
「そういえば、連中のリーダーらしき男が、VIP席に陣取ってるって話らしいアルねー」
「仕方がないわね……そいつに近づいて、情報を得るしかないか」
 だが、彼女達三人は、それが如何に危険な行為であるかを、まだこの時点では全く認識出来ていなかった。
 ラインキルドに近づくということは即ち、己の存在感そのものが抹殺される、ということに他ならないのである。

 そのラインキルドの目の前で、ひとりのビッチ……ではなく、セクシーゲストがマイク片手に、たった今、死闘が終わったばかりのリングへ颯爽と駆け上がっていた。
 豪華なセレブ風ドレス(しかし実のところ、ぱんつは履いていない!)に身を包んだ妖艶なる美女雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が、付き人のベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)を従えて、敗者にヴァンダレイキックの嵐をお見舞いし終えた聖ヴァンダレイを向こうに廻し、過激なマイクパフォーマンスに打って出たのである。
「ちょっとぉ! これで終わりじゃないから!」
 何が、終わりではないというのであろう。
 その答えを、リナリエッタがマイクを通して、高らかに叫び上げる。
「お前ら、勝手にバラーハウスの名前出しといて、ただで終われると思うたんかワレェ!?」
 どうやらリナリエッタはここ最近、日本のヤクザマフィア系の映画にすっかりはまっているらしい。
 今夜のパフォーマンスも、その影響を大いに受けていることがうかがえる。
 リナリエッタの矛先は聖ヴァンダレイに――かと思いきや、最初の標的は意外にも、リア充たる拉致被害者のカップル達であった。
「あんた達、リア充なんでしょ? なにイベントにかこつけて、盛り上がろうとしてるのよ! リア充街道を突っ走んだったら365日、毎日盛り上がれや! 第一、バラーハウスはホストハウス! ふたりの夢は、ふたりっきりで見なさいよ! 見せつけんじゃないわよ!」
 的を射ているのかそうでないのか、よく分からない論理である。
 だが、リナリエッタの咆哮は更に続いた。次は、聖ヴァンダレイと非リア充エターナル解放同盟に対して、である。
「リア充を倒す為に決闘だあ? 恋愛に勝てないから戦闘に走るのは、敵前逃亡よ! リア充に勝ちたいなら、リア充以上にラブを作り出せばいいのよ! 即ち! 真のバラーハウス! ホストとしてラブをね!」
 しかし聖ヴァンダレイ以下、大半の格闘家達は別に非リア充という訳ではなく、単純にファイトマネーで雇われた戦士達であるに過ぎないことを、リナリエッタは知らなかった。
 リング上で槍玉にあげられた聖ヴァンダレイはただただ苦笑するばかりで、リナリエッタに反論する気配は全く見せない。
 それどころか、妙に親しみを含んだ笑みを浮かべ、やれやれとかぶりを振る始末であった。
「あのなぁお嬢さん……うちの選手には、もともとバラーハウス専属ホストとして働いてるやつも居るんだ。まぁバラーハウス自体、そういつもいつも営業している訳じゃないから、知らないのも無理はないがね」
「あ、あら、そぉなの?」
 予想外の回答に、リナリエッタは思わず声が裏返ってしまった。
 だが、バラーハウスの営業形態をよくよく考えれば、これは決して不思議な話などではない。
 もともと、バラーハウスと地下闘技場は地上と地下に分かれてはいるものの、完全に単一の物件であり、その資本はひとつにまとめられている。
 バラーハウスのホストが地下闘技場の試合に出たり、或いは地下闘技場の選手が臨時のヘルプとしてバラーハウスに入ったりすることは、決して珍しいことではないのだ。
 いわれてみれば――とリナリエッタがリングサイドに陣取る聖ヴァンダレイ配下の格闘家達に視線を走らせると、意外にも、それなりのイケメンが多いことに気が付いた。
「シャンバラにプロレス文化が根付いているのも驚きですが……ホストハウスと格闘技のコラボレーションが、既に為されていたというのも、ちょっとしたカルチャーショックですね」
「っていうか、あんたバラーハウスでホール主任やったことあるんでしょ? 何で知らないのよ」
 呑気に感心しているベファーナに、リナリエッタは呆れ顔ですかさずツッコミを入れた。
 しかしベファーナとて、常駐のスタッフではない。寧ろ、知らない方が当然といえば当然であった。
「まぁでも……そういうことなら、もう良いわ。後は好きにして頂戴」
 何となく気勢を殺がれた格好となったリナリエッタは、ベファーナを従えてリングを降りた。
 この後、彼女のもとには聖ヴァンダレイ配下の格闘家のうちの数名から、源氏名が記された名刺が届いたことを付記しておかねばならない。
 リナリエッタはほくほく顔で地下闘技場を後にする訳だが、それはもう少し後の話である。