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リアクション
【今度は法廷で会うわよ】
闇プロレス式シングルマッチ第四試合。
先ほどのバトルロイヤルを終えた後でも熱気は衰えることなく、観客からは歓声が沸き続ける。
そんな歓声を浴び、入場してきたのはカップル側の人間である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)。セコンドとして妻である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を伴っていた。
リングへと上がり、名乗り上げると更に高まる歓声に応える様に陽太が手を挙げる。
「大丈夫なの、陽太?」
歓声が収まる頃を見計らって、環菜が不安げな声で陽太に話しかける。
「ええ、大丈夫ですよ」
そんな環菜を安心させるように、陽太が笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、何の助けにもなれなくて……」
「何を言っているんですか。そばに居てくれるだけで充分頼もしいですよ」
だから、と陽太は続けていった。
「ずっとそばにいてください。そうすれば俺は強くなれますから」
「……当たり前じゃない。何があってもそばにいるわ。そう決めたから、貴方の妻になったのよ」
環菜の顔から不安そうな表情がやっと消え、笑みを見せてくれる。それに応える様に陽太が頷いた。
観客席から歓声が沸き出した。聖ヴァンダレイ側の刺客が入場しているようである。
もう一度、陽太は環菜に向き直り言った。
「必ず勝ちますから。明日のバレンタインは二人で楽しみましょう」
「ええ、頑張ってケーキを作るわ。その……味に関しては期待しないでほしいんだけど」
「環菜の作った物なら何でもうれしいですよ」
そう言った時であった。
「……何かしら……悲鳴?」
環菜の言う通り、観客席から上がっていたのは歓声ではなく悲鳴。一体何が起きたのか、と陽太がリングへと向き直った。
「ヴァレンタインに男同士が公然と裸でガチに組み合う……」
コーナーポストの上に、いつの間にか何者かが立っていた。
マントに身を包んだその者は、
「とうッ!」
掛け声とともにコーナーを飛び上がり、同時にマントを脱ぎ捨てる。
「それはむしろご褒美だとは思わんのかね?」
着地し『ビシィッ!』と効果音が付きそうなポーズを変熊 仮面(へんくま・かめん)が決めた。全裸で。
「おい! さっきパンツとシューズを渡したであろう!?」
慌てた様子で聖ヴァンダレイがリングへと上がってくる。
「おっと! いかんいかんどうも解放感が半端ないと思った!」
てへぺろと変熊が頭を掻く。その間も一切股間を隠す気は無かった。
ちなみに悲鳴が上がっていたのはコーナーに上がってマントの隙間からチラチラと見えていた為である。何がって? そりゃナニですよ言わせるな恥ずかしい。
「ふふふ、中々楽しめそうじゃないか……」
陽太を見て変熊が唇を舐める。ちなみに怒られたので渋々パンツとシューズは身に着けた。本当に渋々。
「……あれ、これまさかピンチってやつ?」
全身に走る悪寒に、陽太が呟く。その予想、恐らく正解。
* * *
――試合開始のゴングが鳴り響き、両者は身構えつつリング中央へとにじり寄る。
だがお互い一定の距離を保ち、様子を伺っている。
(相手が相手だ。まず出方を伺ってからでないとどうなるか……)
陽太が出方を伺っていると、変熊が怪しい笑みを浮かべる。
「ふふふ……そんな熱い視線で見ないでくれよ。興奮してしまうじゃないか」
(……出方を伺うのも危険だ)
身を捩らせ興奮に悶える変熊。一瞬呆れて陽太が構えを解いてしまう。
「その熱い気持ちに応えてやらねばな」
その一瞬を見逃さなかったか、素早く変熊は陽太の懐に入るとガッチリと組み合う。
「!? しまッ……」
即座に対応しようとするが、一歩遅い。ガッチリとヘッドロックで固められる。
(見かけに反して……強い……!)
逃れようにも固められ、陽太は身動きが取れなくなる。そんな陽太に、変熊はニヤリと笑みを浮かべると耳に口を寄せ、ぽそっと囁いた。
「好きだ……」
(いや見かけどおりだ!)
陽太の全身に悪寒が走る。
「可愛らしいその顔に反して情熱的な視線……俺様もビンビンだよ……」
何がって? だからナニだよ言わせんな恥ずかしい。
「好きだ愛してる……いや駄目だそんな言葉じゃこの想いを表現するのには足りやしない……こんな気持ち初めてだよ……もう頭の中からお前が離れてくれやしない……ふふ、ウブに見えて実は中々激しいじゃないか。嫌いじゃない、俺様はそういうのも嫌いじゃないぞぉ!」
(いや何だ!? 何してるんだ!? 妄想の中で俺に何をさせているんだ!?)
この辺りは皆様の妄想にお任せいたします。全年齢の壁に阻まれてしまったので。
「ああもう妄想だけでは物足りない……我慢できない今すぐ果ててしまいそうだ……! お前が欲しい……!」
「う、うわあああああ!」
この辺りで陽太に限界が来た。身を捩り拘束を緩めると、変熊の顎に掌底を当てる。
「おうッ!?」
思わず変熊が拘束を解いてしまい、陽太は慌てて逃れ、距離を取る。
「な、なんだなんだなんなんだ……!?」
陽太は混乱していた。目の前の、変熊仮面という男に。
「……はぁ……はぁ……!」
するといきなり変熊は息を荒げだした。
「なんだか興奮してきちゃった……!」
「え」
「もう我慢できんッ!」
いきなり陽太に向かって変熊が両手を広げて駆け寄ってくる。
「うわっ!? く、来るなぁッ!」
陽太も慌てて掌底突きで対処するが、
「むしろ御褒美です!」
全く怯まず、変熊が抱きついた。
「……っくぅぁッ!」
陽太の口から苦悶の声が漏れる。胴に回した変熊の腕に力が籠る。肋骨が軋み、悲鳴を上げる。
「……はぁー! はぁー!」
そして何故か息を荒げる変熊。
「この温もり……臭い……あぁ……たまらない……!」
変熊はそう言うと恍惚とした表情で腰を前後に振り始めた。股間を擦りつけるようなその動きは何処からどう見ても卑猥その物。おいカメラ止めろ。
「は、離れろぉッ!」
変熊の側頭部に何発も掌底を叩きこむと、漸く陽太を開放する。
「ふふふ、激しいなぁ……だが痛いのは嫌いじゃないぞぉ!」
そう言ってまた両手を広げ、変熊が飛びついてくる。
「せぇッ!」
鳩尾目がけ、陽太は前蹴りを放った。
「おぅッ!?」
流石に効いたのか、変熊は蹲ると動きを止める。その隙に陽太は距離を取る。
「……すまない、ちょっとトイレに行っていいかな? 今の前蹴り、なかなか良かったから思わず果ててしまいそうだ……」
頬を赤らめ、変熊がモジモジと股間を押さえながらはにかんだ。その姿に、陽太の背筋に更に悪寒が走る。
――この試合は、完全に変熊の世界へと染まっていた。
打撃で距離を取り、何とか反撃の機械を伺う陽太であったが、
「脇の甘い相撲取りっているけど、あれ本当に甘いのかな? ちょっと確かめてみまーす……じゅるり……ぺろっ……うん! 甘いッ!」
背後を取ったと思うとそんな事を言って脇を舐めてからバックドロップをかましたり。
「どうだッ!」
陽太が反撃に転じて腕十字を極めたかと思うと、
「ああ……もっとだ……もっとお前の息子を感じさせてくれ……!」
と、腕をやたらと擦りつけてきたり。これ全年齢やねんで?
「……も、もうやだ……」
完全に陽太は疲弊していた。肉体的にもだが、精神的な摩耗がひどい。
「陽太! しっかりして! もうやめてもいいのよ!」
リング下から環菜が声をかけるが、最早耳に届いているかもわからない。
変熊がやっている攻撃より陽太の攻撃の方が効果的であり、実際ダメージも与えている。だが変熊の行動一つ一つが、陽太の精神というかSAN値というか、まぁメンタル面をガリガリと削っているのであった。
「ほぉらもっと楽しもうぜぇ! 略してホモ楽しようぜぇ!」
楽しげに変熊は陽太の腕を取ると、ロープへスルーする。力なく動くのが精いっぱいな陽太は、ロープに身を預け反動で戻ってくる。
その目に映ったのは、自らのパンツに手をかける変熊。
「そぉら戻ってこぉい!」
そして、素早くパンツを下げるとそのままヒップアタックで飛んでくる。迫る生尻。恐ろしい事この上ない。
――陽太の中で、何かがキレた。
「お?」
生尻、でなくて変熊を陽太は両腕で受け止める。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!」
そして力いっぱいぶん投げた。必殺、列車投げ『弾丸超特急』である。
「おぉうッ!?」
変熊の身体はリングと水平に飛び、
「あうんッ!」
コーナーへと叩きつけられた。
「……もう終わらせてやる」
痛みに悶える変熊を無理矢理立たせると、陽太は屈む。狙うはもう一つの必殺技、真上に投げる列車投げ『超銀河鉄道』だ。
「……ふふふ」
だが、ピンチだというのに変熊は笑っていた。
「……よ、陽太離れて!」
リング下の環菜はその笑みに気付き、陽太に叫ぶ。それに気づいたのか、変熊は環菜を見て嫌らしく笑った。
「ふふふ、お嬢さんに問題だ。男の体の中で油断するとギンギンに伸びてしまう硬い部位はどこかな?」
「え? 油断すると……?」
変熊の問題に、環菜が少し考える仕草を見せる。
「まあ男に限った話じゃないが、答えは爪! って事でアイアンクロー!」
変熊は叫ぶと、陽太の顔面を鷲掴みにする。
「んぐぁッ!?」
指が頭に食い込み、陽太の口から苦悶の声が漏れる。
「あぁ……その息は止めてくれ……ドキドキしてしまうじゃないか……」
そして変熊の口から悦楽のため息が漏れる。
簡単に解説しておくと、今陽太の顔面は変熊の股間の前にある。変熊がアイアンクローでロックしているので首を動かす事すら陽太は叶わない。
「うーん、さっきの問題、アソコが正解かも……油断するとおっきくなっちゃう……」
頬を赤らめ、変熊が身を捩らせる。ちなみに陽太はぐったりと動かなくなっていた。何故かはお察しください。
――そこで、試合終了のゴングが鳴り響く。
見かねた環菜がタオルを投げ込み、レフェリーが試合を止めたのだ。
レフェリーが変熊から陽太を引きはがす。
「何をするんだ邪魔をしないでくれ! え? 終わり? 知らんわそんな事! 後もう少しですんごいのが来そう……お、おい何だ!? 何だこの屈強な男たちは!? はっ、わかったぞ! 俺様に乱暴する気だな!? 薄い本みたいに! でも嫌いじゃない! 嫌いじゃないぞぉぉぉぉ!」
試合が終わっても尚も暴れる変熊を、会場の警備員が抱えて何処かへ連れて行った。
「陽太! 陽太ぁ!」
ぐったりと倒れ込む陽太に、環菜が駆け寄る。
「ごめんなさい勝手な真似をして……でも、我慢できなかったの……陽太がこれ以上汚されるのが……」
「い、いや……ありがとう、助かった……」
泣きそうな環菜に、陽太が力なく笑う。
「ごめんなさい陽太――後は私に任せて」
環菜の表情が変わった。そして何処かへ電話をかけ始める。
「絶対アイツを後悔させてやるわ……ああ、私よ。ちょっと頼みたい事が……ええ、お金に糸目はつけないわ」
環菜が何処へ電話していたのか、そしてその結果何が起こったか。それはまた、別のお話。
後流石にこの試合を見て聖ヴァンダレイも不憫に思ったのかヴァンダレイキックは免除となった。仕方ないね。
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