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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【この試合(プロレス)に、愛をかけろ――】

『さぁーて続きまして行われるのは【闇プロレス式シングルマッチ】最終試合! 最終試合、すなわちメインイベント! というわけでメインイベントに相応しく実況をさせて頂きます、セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)でぇーっす!』
『えー、解説って事で付き合わされていますアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)です。ちなみに、本来は救護場所として扱う場所を実況席代わりに使っています』
『んもぅパパーイったらそんな裏事情いいじゃない! そもそもワタシ達、まともに治療なんてできないでしょ!? 基本的にここ座ってるだけなんだから!』
『全く以てその通りなんですがね。一体何を勘違いされて治療係にスカウトされたのやら』
『白衣着てるからでしょ! 白衣=医療関係とか物凄い単純な発想よね!』
『で、本当に何もできないからさっき『試合終わった後でヴァンダレイキックな?』って言われたんですよね、聖ヴァンダレイ氏に』
『裏方やったところで逃げられると思うなよ?』って本当にひどいわよね勝手に連れてきておいて! まぁこうなっては逃げられないのは確定的に明らかなので好き勝手やらせてもらいましょーってことで実況も無理矢理ねじ込んでやったわ……おっと、そんな与太話をしている間にカップル側から入場よ!』
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)選手、妻であるミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)をセコンドに従え入場!』
『涼介選手は今回この試合に関して事前にこう言っていました。『これはプロレスじゃない。セメントの異種格闘技だ。こんなのプロレスとは認めない。リングの上でプロレスの愛、純プロレスの凄さを見せてやる』と』
『プロレスを愛する涼介選手らしいですね』
『対する聖ヴァンダレイ側の刺客はジナイーダ選手富永 佐那(とみなが・さな))! バニーガルにタキシードジャケットという衣装に身を包んでの登場!』
『ロシア系ブラジル人の血統としてファイトスタイルは柔術、カポエイラ、サンボと異種格闘技よりですが、その実彼女もまた純プロレスに対しての想いがあるようです』
『闇プロレス、メインイベント。果たしてどのような試合が繰り広げられるか――今ゴングぅーッ!』


     * * *


――試合開始のゴングが鳴り響き、涼介、佐那の両名がゆっくりとリング中央まで歩み寄る。
 お互い、出方を伺う様に間合いを測る――と思うや否や、二人がほぼ同時に組み合った。
 これがお互いの出方の伺い方であるように、ロックアップした状態で動かない。
 そんな拮抗状態から、まず動いたのは涼介。佐那にヘッドロックをかけると、すぐさま腰投げの要領でリングへ倒し、グラウンドヘッドロックへと移行。
 だが佐那は直ぐに涼介へヘッドシザースで返す。それを跳ねあがる事で抜けた涼介は直ぐに立ち上がり、同じく立ち上がった佐那を再度投げグランドヘッドロック。それをヘッドシザースで返す佐那。
 この攻防を三度、繰り返しお互いほぼ同時で立ち上がり身構えた。お互いを見据えるその姿に、観客席から拍手が起こる。

『おっと序盤はグラウンドの攻防か! どちらも全く引かないわね』
『これはプロレスの定番ムーヴですね。成程、確かに両選手共にプロレスに思い入れがあるようです』

 お互い距離を測りつつ、再度ロックアップ。今度も先に動いたのは涼介であった。
「てぇッ!」
 組合を解くと、佐那の胸に逆水平チョップを放つ。パン、と乾いた音が会場に響く。
「せぇッ!」
 これに対して、佐那はミドルキックで反撃。涼介は胸を張り、これを受ける。
 そして逆水平。ミドル。逆水平。ミドル。
 打ち合いを制したのは、涼介。
「てぇあッ!」
 二度三度と逆水平を連発すると、佐那の身体をロープへ押し込みスルー。戻ってきた佐那へ、涼介は飛びあがりドロップキックを決める。
「くっ!」
 たまらずダウンし、場外エスケープする佐那。これを涼介は追わず、観客へと両手を挙げてアピールする。観客席から歓声が沸いた。

『こちらの打ち合いを制したのは涼介選手!』
『たまらずジナイーダ選手はエスケープしましたね』
『チョップとキックの激しい打ち合いだったわ。ジナイーダ選手も鋭いキックだったけど、やっぱり異種格闘技よりのスタイルでいるのかしら?』
『いえ、充分プロレスをしていますよ。涼介選手のチョップを避けることなく受け切り、ロープワークもこなしていましたから。相手の技を受け切る、というスタイルが見えていますね』
『相手の技を受け切ってまだ余裕が見えるジナイーダ選手、どちらも一歩も引いていないって感じね!』

 実況の通り、試合展開はどちらも一歩も引かない展開が続いた。
 試合が動き出したのは中盤。
 腕へのダメージ狙いで涼介がクロスアームバーを仕掛ける。だが関節技は佐那のが一枚上手であった。
 転がして腕を極める瞬間、自ら転がり技を解くと立ち上がった涼介に、同じようにミノルスペシャル1という技と同型の、横に旋回するような複雑な動きで飛びつく腕十字を極める。
「くっ……!」
 こちらはロープが近く、大したダメージは無い状態で涼介がロープブレイク。
(関節技は不利か……ならば)
 立ち上がると、涼介は佐那にエルボーを打ち込み動きを止めると背後に回ると胴をクラッチ。

『おっと涼介選手狙いますね』
『持ち上げてバックドロップ――あぁッ!?』

 涼介がバックドロップで持ち上げると、くるりと佐那は回転し、逆に背後を取る。即座に涼介の首に佐那は腕を回し、絞め上げる。

『ジナイーダ選手のスリーパーが完璧に決まった! これは逃げられない!?』
『いえまだ完全には決まって――いや、これは違いますね!』

 佐那はスリーパーを極めながら体勢を変え、腰投げの様に涼介に技を極めながら投げる。
 受け身が取れない涼介は顔面から落とされ、まるでムーンサルトプレスを失敗したかのようにリングへ着地。
 佐那は手を離さず、そのまま涼介に背負われるように胴も絞め上げる。

『パパーイ今の何!? 投げたの!?』
『逆落としという技ですね。コンパクトでシンプルな技とは裏腹に充分フィニッシュを狙える技です……ロープまで位置も微妙。試合が決まる可能性がありますよこれは』

 アルテッツァの言う通り、涼介が手を伸ばしても到底ロープまで届かない。がっちりとクラッチされ、動くのもままならぬ状態の涼介を、絞め上げていく佐那。
 これで決まるかと思われたが、涼介は佐那を背負ったまま、匍匐前進の様に這い出す。腕の力だけでロープへと自身の身体を運び、サードロープを掴んだ。

『逃げたよパパーイ!』
『あれで決まってもおかしくなかったんですがねぇ……でもダメージは軽くありませんよ』

 佐那が驚きの表情で涼介を見る。確かに決まってもおかしくなかった。だがダメージを与えたのは確か。
 ならばと次の技を狙うべく涼介を引き起こす。しかし、
「いぃやぁッ!」
掴んだ佐那の手を涼介は振り払い、その場で飛び上がり胸から首に掛かる辺りをドロップキックで蹴り抜いた。耐え切れずロープの間を縫って、佐那が場外へと転落。今度は涼介はその後を追った。

『おっとぉー! 試合はリングだけでは留まらず場外戦へと突入! 激しく両選手打ち合う――あれ、パパーイ何してるの? 機材片しだして、実況出来ないじゃない』
『大体展開的にわかるでしょう? ああ、はいこれ』
『メガホン……これで実況しろっての?』
『ええ。それより席から離れる準備をしますよ』

 試合では佐那が涼介を持ち上げようとパイルドライバーの体勢に入っていた。特殊なクラッチのゴッチ式。場外で決まればひとたまりもない。
 それは涼介も理解しており、腰を落とし踏ん張る。
「ちぃッ!」
 佐那はクラッチを解くと、涼介はすぐさま上体を上げる。
「しゅッ!」
 直後、佐那が涼介の頭目がけてハイキックを放つ。それを涼介は避けようと身を屈めた。
「せぁッ!」
 直後、ハイキックの軌道が変わり屈めた涼介の頭めがけ、足が振り下ろされた。ブラジリアンキック、と呼ばれる特殊な軌道を描くキックである。
 まるで降りかかるようなキックは、咄嗟の反応が遅れた涼介の頭を蹴り抜く。
 しかし涼介は耐えた。脳を揺らされ、ふらつきながらもダウンはしなかった。
 それを予想していたかのように佐那も即座にエプロンへと飛び乗る。そして涼介の位置を確認すると、飛び上がった。

『ジナイーダ選手飛んだぁー! 涼介選手目がけて両膝を立てる!』
『見た目はキングコングニードロップですが、立っている相手狙いですか……普通はダウンした相手に出すんですが、これはメテオラに近いかもしれませんね』
『しかしふらつく涼介選手動けない! これは決まったかぁ!?』

 セシリアが言う通り、ふらついたまま涼介は動かない。佐那の膝はそれでも迫る。
 避ける事もせず、やがて両者は衝突。
――だが、ここで信じられないことが起きる。
「……待ってたぜ、この時をなぁッ!」
 キングコングニーを放った佐那の身体を、涼介は受け止めたのである。
 そこから無理矢理抱え直し、完成した体勢はパワーボムのそれ。涼介は佐那のコスチュームを掴み、両腕で更に高く上げると実況席へと向き直る。
「てぇぇぇやぁッ!」
 そして、思い切り実況席のテーブルに叩きつける。テーブルは衝撃に耐え切れず、見事真っ二つに折れた。

『涼介選手のラストライド! 必殺オンザテーブルのラストライドが決まったわ!』
『これは完全に決まりましたね。実況席も真っ二つですよ』
『涼介選手、ジナイーダ選手を引き起こし、無理矢理リングへと上げたわ!』

 全く動けない状態の佐那をリングへ転がす。ダメージが大きく、動けない佐那は天井を仰いだ。
 そこで涼介は佐那の手を、彼女の胸に折り畳んで重ねる。まるで棺桶に眠らせる死者のような形になる。
 その上を、抑え込む。レフェリーがリングを叩き、カウントを取る。
 しかし佐那にはもう返す力は残っていない。遂には、三つ目が叩かれゴングが鳴るのであった。

『決着ぅー! プロレスを愛する者同士の戦いは涼介選手のテーブルへのラストライドで決着がついたわ!』
『しかし本当、見事に真っ二つにしましたねぇ机』

 リング上、大の字で倒れ込んだ涼介に慌ててミリアが駆け寄る。
「涼介さん、大丈夫ですか!? ど、どこか怪我でも……」
「あ、ああ大丈夫大丈夫。ちょっと疲れただけ……っと、ちょっとゴメン」
 涼介は起き上がると、レフェリーにマイクを要求。受け取るとスイッチを入れ、息を大きく吸い込んだ。

『これでわかったか!? 一番凄いのはなぁ! 純プロレスなんだよ!!』

 それだけ言うと、涼介はマイクを返した。
 すると、起き上がった佐那が涼介に握手を求める。素直にそれに応じ両者の手がガッチリと固められる。

『涼介選手とジナイーダ選手が固く握手を交わしているわ! これには観客も沸いているわね!』
『試合が終わってノーサイド、という事なのでしょう。いやいや激しい試合でした』
『……これでヴァンダレイキックが無ければいうことないんだけどねー?』
『いえ、そう甘くないみたいですよ。ねぇ?』

 そう言ってアルテッツァが振り返る。そこには親指を立てる聖ヴァンダレイが立っていた。

――この後アルテッツァ達と佐那にしっかりヴァンダレイキックの洗礼が待っていたのは言うまでもない。