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チョコレートの日

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チョコレートの日

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○     ○     ○


 ホストクラブを訪れた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は優子を呼んで、ぽんっとチョコを手渡した。
「あーあ、髪型が戻ってなければ様になったかもしれないのに」
「でも、似合わなくはないだろ?」
「そうね。男装は嫌いじゃないのね、優子さん」
 亜璃珠が手渡したのは、受付でもらったチョコだ。
 優子とゼスタが勝負をしていると聞いたため、とりあえず渡しておく。
 ゼスタが勝つのは面白くない。むしろ、こんな大切な日に、優子を引っ張り出されてしまい不愉快だった。
「で、2人とも大切なことを忘れてると思うんだけど」
 女の子たちと戯れてるゼスタにも聞こえる声で言う。
「このホストクラブ内にはかつて百合園生の話題を席巻したあの『怪盗舞士グライエール』がいるのでしょう」
 ガタン。
 食器を片付けていた長身のホストが、トレーを落とした。
「そ、それは……」
 優子は長身のホスト――ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)を見る。
「誰だそれ」
 ゼスタはその名を知らないようだった。
 咎めるような視線でファビオが亜璃珠を見る。
 構わず亜璃珠は一枚の写真を取り出した。当時の新聞の切り抜きだ。
「ほら、きっとお二人では勝負になりませんわ」
 写真には顔に仮面をつけた露出度の高い派手な装いの男性の姿が映っている。
「実はそのために、OBやかつての彼を知る方々に【根回し】しておいたの。『バレンタインの夜、貴女の心とチョコレートを戴きに上がります。――怪盗舞士グライエール』みたいな予告状風のメッセージカードまで作って!」
「あ、亜璃珠……その話題は穿り返すな。見ろ」
 優子が指差した先には、ずーんと落ち込んでいるファビオの姿があった。
「どうかしましたの? グライエールさ……んはいないようですわね。グラ……いえファビオさんも、一緒にどうかしら?」
「……結構です」
 亜璃珠をふて腐れたような顔で睨んで、ファビオはバックヤードに逃げていった。
「客が増えても困る。私も彼も、こういう場で何を話したらいいのかわからないし」
 ゼスタや、ルドルフは女の子達ととても楽しそうに会話をしているが。
「というか……なんでここ、こんなにロイヤルガードが多いの」
 優子、ゼスタは勿論。
 ルドルフにルカルカに、ヴァーナーに、リアに鈴鹿にと錚々たるメンバーが集まっていた。
「キミが予告状で人を集めたように、若葉分校生が私の名前を使って、ルドルフ校長らを呼んだみたいなんだ」
 額を抑えつつ、優子が言う。
「なるほど。ロイヤルホストクラブってところね。それじゃ、相応に楽しませていただきますわ」
 亜璃珠はテーブルにつくと、ファビオを含むホストをじゃんじゃん呼び、高級ワインや高価なスイーツをどんどん注文していった。

「よかったら、一緒に飲みましょう。奢りますわよ」
 亜璃珠は近くのテーブルの子達も招いて、大人数で豪遊しだした。
 シャンパンタワーにシャンパンが注がれ、集まった子達から歓声があがる。
 フルーツやスイーツも、どんどん運ばれてくる。
「亜璃珠……ダイエットはどうした。去年より体重増えてないか?」
「ふ、増えてないわよ、増えては。飲むけど食べないわよ……」
 こんな場で、デリカシーがなさすぎますわと、亜璃珠は優子を軽く睨んだ。
「そこのイケメンさん。トークが苦手なら、皆のグラスにお酒を注いでくれないかしら」
 そして酒を運んできたファビオに指示を出し。
「もっとこっちにいらっしゃい。可愛がってあげるわよ」
 優子の代わりに女の子を口説いてみたり。
 魅惑のマニキュアや熱狂の効果で亜璃珠の周りには沢山の女の子が集まっていた。
「せっかくですので」
 ガタッ
 突然、優子の肩が後ろからぽんっと叩かれた。
 反射的に優子は椅子から離れて、テーブルに衝突する。
「結構だ」
 打ち付けた脇腹を摩りながら優子が自分の肩を叩いた人物――ホストの志位 大地(しい・だいち)に言った。
「何がでしょうか? 『日頃からお世話になっていますチョコ』を運んできただけなんですか」
「だったら、正面から堂々と来てくれ、気配を消すな気配を!」
 優子はふて腐れたような表情でソファーに座りなおす。
「意図的に消したわけではないんですけれど……足音は殺しましたけどね!」
 くくくくっと笑いながら、大地は客用のケーキをテーブルに置き、優子の前には、手作りの甘さ控えめのブラウニーを置く。
「亜璃珠さんもいかがですか」
 大地は亜璃珠の前にもブラウニーを置いた。
 先ほどの優子との会話を聞いていたので、わ ざ と。
「……」
 美味しそうなブラウニーを前に、ちらりと亜璃珠は優子を見る。
「私が上げた特別メニュー、毎日ちゃんとこなしてるのなら気兼ねなくどうぞ」
「……も、持ち帰りで」
 優子に体重の相談をしたのは間違いだったかもと思いながら、亜璃珠は大地に言った。
「残念ですが、衛生面の問題で持ち帰りはご遠慮いただいています。また次の機会に差し上げますね」
 大地はすまし顔でブラウニーを下げる。
「性悪男」
 亜璃珠はぼそっと呟きながら恨めしそうな顔で見ていた。
 その顔を大地はすまし顔のまま密かに堪能していた。

 大地がバックヤードに戻ると、避難していたファビオがテーブルで項垂れていた。
「お疲れ様です」
 声をかけると、はっとした顔でファビオが大地を見る。
「……お疲れ様」
 ファビオは本当に疲れたような顔をしていた。
「ゼスタもキミも器用にこなすよな。普段の仕事の反動か?」
「は? 何の事です」
 自分はイルミンスールの一介の学生ですけどと言いながら、大地はファビオにもブラウニーを差し出した。
「お酒はもう飽きましたよね」
 それから、紅茶も淹れてあげる。
「ありがとう。いただくよ」
 大地の作ったケーキは、ストレートティーとよく合う味だった。
 ファビオの顔に、少しだけほっとした安らぎの表情が生まれる。
「ゼスタさんにもお渡ししたいところですが、お客様にお菓子やお酒を大量にいただいているようですから、持ち帰り用にしておきましょう」
「持ち帰り用の袋はないけど」
「ああ大丈夫です。持ち帰り用の箱、持参してきてますから」
 微笑みながら大地は切り分けたケーキを、ゼスタ用に包装したのだった。
「亜璃珠さんには、もう少しカロリーを抑えたケーキをいつかご馳走しませんと。抑えてもケーキなので、2切れで1食分以上にはなってしまいますけどねー」
 ふふふふと笑っている大地を見て、ファビオはなんだか寒気を感じた。

 少しして。
 亜璃珠は優子を引っ張って席を立った。
 そして、隅の席へと連れていく。
 自分が集めた女の子達は、今はホスト達と楽しく騒いでいる。
 隅の席には誰もいない。
「ほら、向こうが騒がしいだけ、なんだか世界が切り離されたみたいでしょう?」
 亜璃珠と優子、2人きりだった。
「うん。でも、どうサービスしたらいいのか。……何か甘くないものでも飲むか?」
「もう飲み物はいらないわ。無理してホストらしい話をしようとかしなくてもいいのよ」
 言って、亜璃珠は優子に身を寄せた。
「よっかかるものがあれば」
 そして、息をついて優子の足に手を置いた。
「……あと、実は割と限界かも」
「どうした? 少しなら甘い物食べてもいいぞ」
 大地からもらったブラウニーを一切れ、優子は亜璃珠に向けた。
「そうじゃなくて!」
 軽くむくれた後、亜璃珠はじっと優子を見つめる。
 酒を飲んだせいか、優子の顔は普段より柔らかく、僅かに赤かった。
「できればアフタもお願い……本命はそっちで渡すから……」
「了解。ゼスタは随分指名されてるみたいだけど、私はほとんど指名なしだから。ただの飲み会だと思って、楽しめばいいさ」
 盛り上げてくれてありがとうと囁いて、優子は亜璃珠の頭をぽんぽんと叩いた。