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第6章 見目麗しいホストと


 56階、ホストクラブの入り口前。
「そう固くなるな。いつも通りにしておればよいのだ」
 緊張した表情でついてくる二人に、織部 イル(おりべ・いる)は苦笑した。
「そうは言いましても、こういうお店は初めてなんですよ」
 困り顔で返す度会 鈴鹿(わたらい・すずか)の横で、鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)も黙って頷いた。
「すぐに慣れるさ」
 イルはそう言って薄く笑うと、心の準備がと慌てる鈴鹿を見なかったふりをして店の入り口へ向かった。
 入り口には見た目も愛想も良い内勤(ボーイ)がいて、イルが名前を告げると笑顔で扉を開いた。
 堂々としたイルの後ろをおそるおそるついていく鈴鹿。
 いらっしゃい、とかけられた声の中に聞き覚えがある声に気づいて見てみると、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)がいた。
 見知った顔に安堵した鈴鹿は、ようやく笑顔になって優子に会釈した。
 テーブルについたイルが指名したのはルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)だ。
「こんにちは、ご指名ありがとう。久しぶりだが元気だったかい?」
「ああ。ルドルフ殿とは校長になられてからは初めてお会いするのう。そなたも壮健そうで何よりじゃ」
「それじゃあ、お互いの無事な再会を祝して一杯どうだい? おごるよ」
「それはありがたい。せっかくだからバレンタインらしく、チョコリキュールをいただこうかの」
 和やかに進む二人のおしゃべりを、鈴鹿と珠寿姫はソファの端っこでホットチョコドリンクを手に、半ば唖然として眺めていた。
「イル殿、楽しそうだな」
「ええ。私達は何というか……。こ、これも社会勉強ですねっ」
「うむ……。ところで鈴鹿殿。ホストクラブとは、遊郭の男性版のようなところか?」
「ちょっと違うかな。男性とお酒や食事、カラオケをして遊ぶところですから」
「なるほど。それにしても、むさ苦しい鎧武者に囲まれるのは慣れておるが、ここは少々勝手が違って奇妙な気分になるな」
「皆さん、見目麗しい方ばかりですからね」
 こんなことをボソボソと話し合っていると、不意にルドルフから声をかけられた。
「二人共、こういうところは初めてなんだってね。まあ、それが健全な学生なんだけれど。飲み物や料理を追加しようか? お酒がだめなら紅茶やケーキなどのスイーツセットもあるよ」
「では、ルドルフさんお勧めのスイーツセットをお願いします。あ、和菓子や緑茶もありますか?」
「たいていのものはそろっている」
 ルドルフは頷くと、鈴鹿にはベリージャムとチョコレートケーキのセットを、珠寿姫には繊細な細工の練り菓子と緑茶のセットを用意した。
「ルドルフさんは何をお飲みなんですか? やはりコーヒーに塩辛い系のものかしら」
「そんな野暮はしないさ」
 と、イルに出したものと同じ、チョコリキュールを掲げてみせるルドルフ。
 その頃イルは、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)にちょっかいをかけていた。
「ゼスタ殿、今日は特に優子殿に対抗心をむき出しにしておるとか。わらわは特にどちらにとは考えておらなんだが……余興にこういったものはどうであろう?」
 イルは、ゼスタと優子がカラオケなどで勝負をして、勝利したほうにチョコ酒を進呈しようと言った。
「おもしろい案だけど、それやると俺が圧勝するだろ?」
 優子から呆れた視線が突き刺さるが、ゼスタは知らないふりをする。
 そして、イルの隣に座り、チョコレートリキュールを使ったカクテルを置いた。
「俺の代わりに歌う?」
「いや、それよりもそなたとももう少し話をしようかの」
 ゼスタとおしゃべりしているイルに気づいた鈴鹿は、小さくため息をついた。
 ルドルフのおかげでここに来たばかりの時の緊張感はほぐれたが、そうなると今度はイルが羽目を外さないか心配になってくる。
 鈴鹿のそんな様子に気づいたのか、ルドルフは安心させるように微笑んだ。
「あのパートナーもいるんだ。行き過ぎだと判断したら止めに入るだろう。もちろん僕も。ああ、でもその時はホストのほうが少々痛い目をみるかもしれないね。きっと先に調子に乗るのは彼のほうだろうから」
 優子に耳を引っ張られるゼスタを想像し、鈴鹿はすくっと笑う。
 何の心配もいらないことがわかると、自分ももう少し楽しんでみようと思うのだった。