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チョコレートの日

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チョコレートの日

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「こんにちは。お手伝いさせていただいても、よろしいでしょうか?」
 可愛いメイド服姿の女の子が2人、ピザ屋の厨房に訪れた。
 ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)と、風馬 弾(ふうま・だん)
 弾は男の子なのだが、ノエルの勧めで女装をしている。
「こ、こんにちは……」
 恥ずかしそうに俯いている弾は、純情な乙女そのものだった。
「百合園の皆さんが料理を担当されているということで、勉強させてもらえたらと……」
 そこまで言ったノエルだが、厨房の様子に目をぱちぱちと瞬かせる。
 台の上には変わった料理が沢山並んでいる。
(ピザ生地の上に普通の具材とピザソース。でもその上にチョコレート……?)
「百合園の料理って斬新なんですね」
 弾は普通に感激しているようだった。
「助かりますわ。わたくしはサイドメニューを担当していますの。手伝ってくださいます?」
 美緒が下敷きを手に笑顔を向けてきた。
(何故下敷き!? 料理には使わないと思いますけれど……)
 ノエルは疑問に思うが、美緒だけではなく、瀬蓮達も文房具を使って料理をしているため、百合園ではそれが普通なのだろうと、無理やり納得することにした。
「う、うん。よろしくお願いします!」
 弾はぺこっと頭を下げて皆に挨拶をした後、サイドメニュー作りに参加する。
(女の人ばかりで緊張するなあ……。でも、何で料理のお手伝いをすることになったんだっけ)
 弾はチョコレートを受け取りながら、軽く首をかしげた。
 今日はバレンタインデーだけど、弾はこれまで女の子からチョコレートを貰ったことがなかった。
 今年も誰からももらえなかったら、どうしよう惨めかな……と、ノエルに相談したところ、ノエルに、女の子になる――女装をすることを提案されたのだ。女の子になってしまえば、もらえなくてもおかしくないから、と。
 そっか、ノエルは賢いなあ! と、疑問を持たず、勧められるまま女装した弾だけれど。
 気づけばノエルに引っ張られ、ピザ屋に連れてこられていた。
(弾さん、頑張ってください)
 ノエルは円のDSペンギン達と食器洗いをしながら、弾を見守る。
 弾は百合園生と共にチョコレートを刻み始めた。
 彼はほとんど料理が出来ない。そして、緊張してしまい、主に年上の女性と話をすることが苦手だ。
 このままでは、老後が心配だ。料理も作れず、結婚も出来ず、孤独死をすることになったら……。
 そんな遠い将来のことに胸を痛め、ノエルは弾をこの場へと連れてきたのだ。
 料理と、女性とのおしゃべりの練習のために。
 でも……。
「あ、これチョコレートじゃない?」
 2個目のチョコレートを刻んでいたつもりの弾は、それがチョコレートじゃないような気がしてきた。
「……カレーのルーですね」
 小夜子が言った。
「ごめんなさい。チョコレートと混ざっちゃった」
 しゅん。とする弾。
「大丈夫です。カレーにチョコレートを隠し味として入れる方もいると聞きますし。チョコレートの中にカレーが入っていても、美味しいはずですわ!」
「そ、そうかな」
「ええ。溶かしてチョコソースにしましょう。あ、常温で固まってしまいますから、お醤油を入れましょうか。色的にもマッチしますし、こちらもカレーの隠し味として使われているそうですから!」
 美緒が目を輝かせて言う。
「そうですね、ええと、チョコフォンデュっていうのに使えますね!」
 弾も楽しそうだった。
「……」
 小夜子は眉を寄せて、拳を握りしめ。また、歴戦の生存術で耐える覚悟をする。
(そういえば、百合園は世間知らずの娘が多い、お嬢様校でしたっけ……。女子校なので料理上手な子が多いイメージでしたけど)
 ノエルは連れてくる場所間違えたかなと思いながらも、弾が楽しそうに女の子と話をしているので、よしとした。

「チョコピザ作ってるってホントですかーっ!」
 元気よく、厨房に女の子が入ってきた。
 眼鏡の似合う、空京大学の女の子、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
「ピザ屋なのに、甘っとろい匂いがしよる」
 その後ろから姿を現した目つきの悪い男を見て、百合園生達が委縮する。
 顔に傷跡のあるその男――清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)は、どこからどうみてもヤクザだった。
「ごめんなさい、驚かせて。場違いのようですから行きますわよ」
 後ろからセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)の手が伸びる。
「え? わしも、皆で仲良くピザ作りを……」
「わたくし達はホストクラブに参りましょう、チョコレートを届けに。
 それでは詩穂様、皆様、美味しいピザを作ってくださいませね」
 セルフィーナは、青白磁を連れて出て行った。
「詩穂も後でチョコピザ持っていくねー!」
 詩穂は2人を見送った後、ピザを作っている瀬蓮達に近づく。
「これって、名前こそピザだけど、ホットデザートやスイーツに分類されるのかな?」
「どうなのかな、瀬蓮ちゃん」
 レオーナは塩も砂糖もチョコも味噌もゴボウも良く分からなく、見栄えで選んで適当にピザに具材を乗せていた。
「んー。ご飯じゃなくて、おやつになるのかな。でもパンにチョコレートクリームつけても、おやつじゃないよね?」
 レオーナと共に、ピザに具材を乗せながら瀬蓮が首をかしげる。
「そうね、最初からデザートとして作ったら……もしかして、美味しいものが出来る?」
 魔姫は冷蔵庫を開けてみた。
 中には、デザート用の缶詰や、フルーツも入っている。
「ん? デザート風にするのなら、こっちの具材ももしかして使える?」
 円がクレープ作りに使っているバナナや、生クリームを持ってきてくれた。
「うん、バナナ合いそう! 缶詰もありがとう」
 詩穂は集まっていく具材と、瀬蓮とレオーナがトッピング中のピザを見ながら考えていく。
「チョコレートがメインだよね? だったら、生地はチョココロネに近いような焼いた時にカリッとしていた方が美味しいのかな? それとも、ピザの名を持つからにはモチモチした生地の方がいいのか……いや、ピザ生地にもサクッとカリッとしたものもあるよね」
 うーんうーん、詩穂は考えて。
「うん、両方作って試してみましょう!」
 ぽんっと手を打つと、生地作りから始めることに。
「では、ワタシも薄い生地の方で作ってみるわね」
 魔姫が発酵させたピザ生地を、さっそく薄く伸していく。
「瀬蓮もスイーツピザ作りたい!」
「私も瀬蓮ちゃんをスイーツにいや、瀬蓮ちゃんとスイーツピザ作りたい!」
 瀬蓮とレオーナも、今作っているピザを完成させると、詩穂と一緒にスイーツピザ作りに挑戦することにした。

「スライスしたアーモンドを乗せるのはいかがでしょうか? チョコレートとアーモンドッ!
この世にこれほど相性のいいものがあるだろうかッ!?」
 詩穂は力説して、アーモンドスライスをコンビニで購入してきて、チョコレートの上に乗せる。
「うわーっ。すっごく美味しそう。瀬蓮のにも入れるー」
 瀬蓮は詩穂に分けてもらって、アーモンドスライスを乗せていく。
「あと、火を通したマシュマロって美味しいよね☆」
 詩穂はマシュマロもぱらぱら乗せる。
「とびきり甘いのにしよー」
「うんうん、瀬蓮ちゃんと甘いの賛成!」
 瀬蓮はレオーナと一緒に、生地の上に、バナナと缶詰と生クリームと、その上にチョコレートをかけて、アーモンドを乗せて。
「お願いしますー」
 それからオーブンを守るレンに渡した。
「……」
 これでいいのか?
 本当に焼いていいのか!?
 疑問に思ったレンだが、彼女達に課せられた使命は、これまでのことで大体理解していた。
 なので言われた通り、受っとった「甘い具材」の乗ったピザ生地をオーブンに入れていく。
「あれ……順番が」
 生地を一度焼いてからトッピングしている詩穂が瀬蓮達を止めようとしたが、彼女の肩に小夜子が手を置いて、哀しげに首を左右に振った。
「止めてはいけないんです……。百合園の命運が彼女達にかかっているんです」
「は、はい?」
 良く分からなかったが、止めてはいけないらしい。
 気を取り直して。自分のピザを軽く焼き始め。
「えっと、チョコピザに合う飲み物もあったらいいよね」
 それから、詩穂は飲み物についても考えていく。
「ホットのミルクティーはどうかな。砂糖は入れずに、シナモンスティックで香りを付けたものが、よさそうかなと思うんだけど……」
「うん、作ってみよう」
 魔姫は茶葉とミルクを用意して。
 湯を沸かして、ミルクティーを作っていく。
「チョコピザってホットデザートだし、チョコだから冷たいのより、暖かい方が口の中で混ざってとろけあって美味しそうな気がするんです☆」
 出来上がったミルクティーの中に、詩穂はシナモンスティックを入れてかき混ぜて。
 焼きあがったチョコピザを試食しつつ、2人でミルクティーも飲んでみて、頷き合う。
「あー! 生クリームが消えたよ! ちゃんと入れたはずなのにー」
 瀬蓮達のピザも焼きあがったようだ……。
「チョコレートも色が変わってる! 煙も出てる! 瀬蓮ちゃん怪奇現象だよ」
 怯えた(振りの)レオーナが瀬蓮にひっついた。
「生クリームは溶けちゃったのよ……。質より量よ、瀬蓮。さあ、次作りましょう次!」
 魔姫がぽんぽん瀬蓮の肩を叩いて、次のピザ作りを勧めていく。
「ピザの方も……なんかすごいね。こういう料理もあるんだね! 勉強になるよ」
 チョコナゲットを作っている弾は、純粋に感心している。
「え、ええ。百合園生の皆さん、すごいですね……」
 ノエルは帰ったら、ちゃんとした料理の本プレゼントしないと……と心の中で思うのだった。

○     ○     ○


 レンは一人、ピザ屋の事務室で休憩をとることにした。
 冷たいお茶を手に、椅子に腰かけてサングラスを外し。
 濡れタオルで顔を拭く。
『お姉さま、それはチョコレートではなく、ソースですわ』
『いえ、チョコソースですからチョコレートです』
『まあ。でしたらこちらのトマトソースも、チョコレートなのですね』
 厨房で料理をしている百合園生達の声に、レンは微笑みを浮かべた。
 パートナーのリィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)も、彼女達と一緒にアレナに贈るためのチョコ作りをしている。
 リィナが作っているのは、モディカチョコ。
 割りチョコを溶かしたものではなく、カカオマスから作っている。
「メティスとザミエルもそれぞれの持ち場で頑張っているだろうか」
 冷たい茶を飲みながら、パートナー達の姿を思い浮かべる。
 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、同世代の友人としてアレナと接したいと望み、彼女と一緒に、屋上で給仕を行うと言っていた。
 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は、アレナだけではなく、若葉分校の生徒達との交流を楽しみたいと屋上へ向かって行った。
 皆が皆、それぞれの目線でこのイベントに参加していることを、レンは嬉しく思っていた。
『練れば練るほど色が変わる……テレッテー!』
「ふ……完成したようだな」
 リィナのチョコレート完成の台詞を耳にし、レンは笑みを浮かべて立ち上がる。
 リィナを連れて、屋上の様子を見に行こう。

 ――沢山の料理を終えた後のこと。
「瀬蓮ちゃん、これを受け取ってください!」
 レオーナは手作りの血世孤霊斗を瀬蓮に差し出した。
「あなたはとんでもないものを盗んでしまいました」
「え?」
 受け取りながら、瀬蓮は不思議そうな顔をする。
「私の心です」
「ん?」
「まずはお友達から仲良くなってください」
 瀬蓮の手を取って、レオーナは訴える。
「うん、ピザ作り楽しかったね。また一緒にお料理とかしようね。瀬蓮からははい、これ」
 瀬蓮は一番うまくできたピザをレオーナに贈った。
 ……ちなみに、食パンにバナナを乗せて、チョコクリームをつけただけのものである。

「お疲れ様」
 調理器具と化していた文房具を洗い終えた美緒に、小夜子もチョコレートを渡した。
「昨日作ったボンボン・ショコラなので後で食べてくださいね」
「まあ……ありがとうございます、小夜子」
 美緒は嬉しそうに微笑んで、貰ったチョコを胸に抱きしめた。
「わたくしからの手作りチョコは……」
「ええ、いただきました。沢山」
 小夜子はちょっと遠い目をした。
 でも、美緒が幸せそうだったから。小夜子の心も満たされていて、お腹もいっぱいだった。

「うーあー」
 円は鞄を手にもだもだしていた。
 散々チョコレートを見て、嗅いだ後だったし、チョコクレープも食べてもらったし。
 だから、渡すのはどうなのだろうかと迷ってしまっていて。
「円。これは円、へ」
「えっ?」
 円が渡すより早く、パッフェルが円に何かを差し出してきた。
「あ、ありがとう。ボクからもこれ、パッフェルに!」
 円が渡したのは手作りのチョコレートケーキ。
 袋の中を見て、パッフェルは。
「ありがと、う。あとで、大事に……食べる、わ」
 大切そうに抱えた。
「パッフェルのは、焼きチョコレートかな?」
「ここで、こっそり……作った、の。円の分だけ」
「ふふ、ありがと、パッフェル!」
 嬉しくて、円はパッフェルにぎゅっと抱き着いた。