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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
うそつきはどろぼうのはじまり。 うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション



1


(まったくアイツは! 毎度毎度、もうーっ!)
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は人形工房へ向かっていた。
 頭の中では、リンス・レイス(りんす・れいす)が倒れた、という茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)の言葉がぐるぐると回っている。工房の床に横たわるリンスが脳裏を過ぎった。
(倒れたって。倒れたって……!)
 人形作りに没頭するあまり、食事を忘れて栄養失調?
 それともどこか具合が悪くなった?
 なんにせよ、クロエ・レイス(くろえ・れいす)ひとりではリンスを病院まで運べないかもしれない。何より不安に思っているだろう。
「クロエちゃんお待たせ!」
 早く早くと急いで向かい、工房のドアをばんと開けると、
「おはよう。朝早くから元気だね」
 ドアのすぐ脇から声がした。声が。誰の?
「あ、リンス!」
「うん」
「ちょうどいいわ、運ぶの手伝って!」
「いいけど、何を?」
「何をって、そんなのリンスに決まって……あれ?」
 目の前の、『倒れた』らしいリンスは、表情の薄い顔に若干の疑問符を浮かべながら衿栖を見ていた。衿栖も、まじまじとリンスを見る。
 低血圧らしい白い顔をしているが、不健康のそれというような気はしない。
「……元気?」
「元気だよ」
「えー!? なんで元気なの!?」
「具合悪い方が良かった?」
「いやそういうわけじゃ。ああでもえっと」
「とりあえず落ち着いたら? 深呼吸して」
 言われるがままに息を吸い、吐く。少し落ち着いた、気がした。
「何があったの」
「何って――」
 促され、衿栖は思い出す。
 あれはそう、今朝のことだ。


 茅野瀬朱里の朝は早い。
 否、普段はそれほど早くもない。
 なぜ今日は? そう問われたら答えはひとつ。
「え・い・ぷ・り・る・ふーーーるっ」
 椅子の上に足をかけ、天井に向けて人差し指を突き上げる。何も知らない者が見たら首を傾げそうな光景だ。しかしノリノリの朱里はそんな些細なことは気に留めない。
「今日はずばり、嘘をつくことが法律で許されている日!」
 もちろんそんなことはないのだが、ヒートアップ真っ只中の朱里にはどうであれ関係のないことだ。
「嘘をつきます」
 不意に真顔になり、誰にともなく朱里は宣言する。
 自室から出て、ターゲット――衿栖の部屋に向かい。
 ノックもなしに、勢いよくドアを開けた。
「衿栖、大変だよ!」
「な、何……?」
「今クロエから電話があったの! リンスが倒れたって!」
「な、なんですってー!!」


 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)の朝は早い。
 朱里と違って毎朝早い。朝のティータイムが、レオンにとって欠かせぬ時間であるからだ。
 なので、今日がどういう日であれいつもと変わらず早起きをして新聞片手に紅茶を飲んでいたところ。
「待ってなさいよリンスー!」
 という叫び声と共に、衿栖が走って出て行った。
「レオーン! 工房は任せたからねー!」
 走り去った方向から、衿栖の声が響く。
 二言のセリフと、今日という日。朱里の早起き。なんとなくピンと来た。その上で、言ってやる。
「ああ、任せておけ。こちらのことは心配するな」
 言葉が届いたかどうかはわからないが、送り出した。
 開け放たれたままのドアを閉めると、
「大っ成っ功〜」
 愉快そうな朱里の声が背後から聞こえた。振り返ると、非常に楽しそうな顔で笑っている彼女がいる。
「ほどほどにしておけよ」
「ほどほどだよ? ねー衿栖、朝からリンスに会えるよ良かったよねー幸せな嘘だよねー」
 一応の注意に、朱里はあっけらかんと答えた。返事をする者がいない言葉と共に。
 楽しんでいるな、と苦笑混じりに見ていたら、はたと真顔に戻った。
「ところでレオン」
「なんだ」
「私たちの朝ごはん、どうしよう?」
 朝ごはんを作っているのはいつも衿栖だ。
 それなのに送り出してしまったとあらば。
「私は作らんぞ?」
「ううう。自業自得ってやつか……」


「……そうか。朱里の嘘だったのね」
 衿栖の頭の中で、朱里が高笑いを上げている。たまにちらっとこちらを見て、ドヤ顔をしながら。
 すっぱり騙されたことに悔しさを覚えるが、もう過ぎたことだ。来てしまった以上仕方ないとも思う。
「まーいっか。今日は一日休みってことにしようっと」
「そういえばちゃんと休んでるの」
「休んでるよ。リンスこそどうなの」
「大丈夫」
 いまいち答えになってないなーと呆れつつ、衿栖は椅子から立ち上がった。
「おなかすいた」
「はあ」
「朝ごはん食べた? まだよね」
 長く通っていた衿栖には、大体どれくらいの時間にこのふたりが朝食を摂っているのかわかっていた。
「何か作るからキッチン借りるわよー」
 返答を待たず、てきぱきと動く。
 勝手知ったる人の家、とはよく言ったもので、リンスの工房にあるものは大概が把握済みだ。エプロンの場所も、食器の場所も、調理道具の場所も。
「えりすおねぇちゃん、てぎわいい」
「でしょう?」
 クロエと会話を交わす余裕を持ちながら、朝食を作る。
「お待たせー」
「待ってない」
「そういうこと言わないでくれない? 返しに困るでしょ。ほらいただきますっ」
 三人だけの空間で、朝食を摂る。なんだか妙に、懐かしく感じた。
「まったく朱里ったら変な嘘ついてさー。おかげで大変だわまったく」
 その言葉は、本心からか、それとも少しの嘘が混じっていたか。
 どっちだったか、衿栖にもわからない。