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うそつきはどろぼうのはじまり。

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うそつきはどろぼうのはじまり。
うそつきはどろぼうのはじまり。 うそつきはどろぼうのはじまり。

リアクション



5


 ずっと昔、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は世間話の延長線で紡界 紺侍(つむがい・こんじ)の誕生日を聞いたことがある。
「へえ、エイプリルフールなんだ」
「だァから当日『オレ誕生日なんスよ』つっても信じてもらえないんスよね」
「でもさ、なんかコンちゃんらしいね」
 そんなやり取りをしたから、覚えていた。
「今日じゃん」
 当日になって思い出し、呟くとベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が反応した。
「何がですか?」
「コンちゃんの誕生日」
 せっかくだから、祝ってあげたい。
 お誕生日おめでとうと、嘘ではない言葉をかけて、祝福して。
 忘れられない日にしてあげたい。
 クロエやリンスならきっと協力してくれるだろうと思って、美羽は工房に電話をかけた。
「ねえクロエ。コンちゃんの誕生日、祝おうよ!」


 工房のキッチンにて。
「こんじおにぃちゃん、どのケーキがすきかしら」
「確か甘いものがお好きでしたよね? だとするとなんでも喜んでくれそうですが」
「コンちゃん二十歳になるんだよね。節目のお祝いみたいなのない?」
 美羽とクロエとベアトリーチェと、三人で顔を突き合わせて悩むこと十分。
「お酒を使ったちょっと大人なケーキにしてみましょうか」
 というベアトリーチェの意見で、大まかな方針は決まった。
 作ることになったのは、赤ワインのオペラだ。難易度の高い、凝ったものではあるけれど、不安はなかった。クロエはほとんど毎日料理をしているから、最初の頃とは比べ物にならないくらい料理の腕前が上がっているし、美羽だって。
「…………」
 そっと、キッチンから顔を出してコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の方を見た。コハクはリンスと喋っていて、美羽の視線に気付いていない。気付かれても恥ずかしいので、一目見ただけで引っ込んだ。
「美羽さん、コハクさんのためにお料理頑張っているんですよ」
「そうなの!?」
 その隙に、ベアトリーチェがクロエに耳打ちしたりして。
 気恥ずかしさに、頬が熱くなった。クロエがきらきらした目でこちらを見つめてくる。ああ、恥ずかしい。
「……ま、まだまだだし……あの、その」
「みわおねぇちゃん、かわいい」
「ね。可愛いですね」
「い、いいからオペラの作り方! 教えてほしいな、時間に余裕があるわけじゃないしっ」
 無理やり話題の方向を修正して、ケーキ作りに取り掛かる。
「工程が多いので、手分けして作りましょう。美羽さんはビスキュイ生地とガナッシュ、シロップをお願いします」
「わたしは?」
「クロエさんは、私と一緒にバタークリーム、イタリアンメレンゲ、グラサージュ・オペラを」
 わかった、と美羽はクロエと声を揃えて返事をした。
 美羽が、教わったとおりにビスキュイ生地を作っていると「そういえば」というベアトリーチェの声が聞こえた。何を話すのかな、と耳をそばだてていると、
「美羽さんは、もうすぐコハクくんの奥さんになるんですよ」
 予想の斜め上を行く会話が始まった。驚きすぎて声も出ない。
「そうなの!?」
 クロエが、ばっと振り返って美羽を見る。違う違う、嘘だから。それはベアトリーチェの嘘だから。
 美羽とコハクが恋人同士という関係になってから、まださほど月日は経っていない。ずっと一緒にいられたら、とか、この人のためにもっと、と思うことはよくあるけれど、『結婚』という具体的な考えは持っていないのだ。
 けれど。
(結婚、かぁ……)
 つい、想像してしまった。ドレスは白かピンクがいいな。形は、Aラインかプリンセスラインがいい。ベールをつけて、ブーケを持って、タキシードを着たコハクの隣を歩くのだ。
 きっとコハクは、照れながら「似合ってる」と言ってくれるだろう。美羽が、コハクもだよ、と返すと、「恥ずかしいな」とはにかむだろう。簡単に想像できた。
(なんか、そわそわするな。この想像)
 だんだんと恥ずかしくなってきたし、もうやめよう。そう思っているのに、
「みわおねぇちゃんみたいなおくさんだったら、コハクおにぃちゃんもしあわせね」
 なんて、騙されたままのクロエが素直な言葉を向けるから。
 新婚生活、まで想像してしまって、顔を真っ赤にさせるのだった。


 急いで来て、とクロエに呼ばれた紺侍が工房のドアを開けると、ぱぁんと軽い音がした。それがクラッカーだと気付いたのは、きらきらのテープが顔にかかってからだった。
「え、なんスか。何これ」
「ハッピーバースデーコンちゃん!」
「おたんじょうび、おめでとぉ!」
 美羽とクロエが満面の笑みで告げて、把握する。
「どこまで嘘?」
「? うそじゃないわ!」
「ふつーに、コンちゃんのお誕生日祝いだよ」
「マジすか。え。あれーマジか」
「何?」
「いやァ。嬉しくて。ちょっとニヤける」
「いいよーにやにやしなよ。驚かせた甲斐があったってもんだよね。ね、クロエ!」
「うん! あのね、ケーキもあるのよ。つくったの」
 わざわざ? とか、オレのために? とか、条件反射で思ってしまう。口にするのは野暮だろう。「ありがとうございます」嬉しい気持ちを言葉にして、笑う。
 テーブルの上にあった豪華なケーキに言葉をなくしつつ、みんなでわいわい、ケーキを食べる。
「あのね、こんじおにぃちゃん」
「はィな?」
「みわおねぇちゃん、けっこんするんだって!」
「うえぇ?」
 そうなんスか、と美羽を見ると顔を真っ赤にしていた。本当か、と思っていたら、それ以上に真っ赤な顔で、そして驚いた顔のコハクがいたから、ああ嘘か、と気付く。ベアトリーチェが笑っていたので、そこが出所だとわかった。
「おめでとうございます」
 嘘だと気付いた上で、意地悪く笑って言ってやる。
「式には呼んでくださいね。撮りますよ、記念写真」
「いい性格してるよね、コンちゃんって」
「いやまァどうせ、そう遠くない未来そうなるんじゃないスか」
「あのさぁっ」
「違ェの?」
「……どうかなー。どうだろうね。考えてないもん、知らないっ」
 耳まで真っ赤にしてそっぽを向く美羽に、紺侍は笑う。
 クロエだけ、よくわからないといった顔で、美羽やコハク、紺侍やベアトリーチェの顔をきょときょとと見ていた。