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2023年ジューンブライド

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 本日、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、重婚する。

 なのだが、唯斗の心の中には今日結婚式をするのだ、という実感があまり湧いてこない。と言うのは、去年既に結婚した嫁の他に、今年新たに二人と結婚するのだ。
(うわぁ、いつか刺されそうで怖いわー。ちゃんと話し合って決まってた事だけど、それでも普通に見たらやべぇよなぁ。まぁ、あの三人なら大丈夫だろう……多分、うん)
 などと根拠のない能天気なことを考えながら、唯斗は時計を見た。そろそろ、式場に向かう時間だ。
 そして唯斗は、結婚式場に向かうため空京の街に繰り出した。

 ちょうどその頃、川村 玲亜(かわむら・れあ)は、唯斗の向かう式場のほど近くで、店頭に並んでいるアクセサリーを見ていた。今日は、姉である川村 詩亜(かわむら・しあ)と空京に買い物に来ているのだ。
「おっかい〜もの〜♪ おっかい〜もの〜♪ わぁ、お姉ちゃん、これ可愛い!」
 そう言って、玲亜は詩亜の姿を探すものの--
「……あれっ? お姉ちゃ〜ん?」
 周囲に詩亜の姿はない。極度の方向音痴である玲亜は、今日も気付かないうちに迷子になっていたらしい。
「ま、まさか……私またまた迷子〜っ!?」
 玲亜が慌ててきょろきょろと辺りを見回しながら歩いているところに、ちょうど唯斗が通りかかった。
「おい、嬢ちゃん。どーした? 迷子か?」
 放っておくこともできず、唯斗は玲亜に声を掛けた。
「……お兄ちゃん、もしかして誘拐犯さんっ!? お姉ちゃん助けて〜! と言うか、お姉ちゃんどこ〜!?」
「一言目から誘拐犯って決めつけんな! っていうかまだ何もしてねえし!!」
 結局、唯斗はお菓子をあげることで玲亜の警戒を解き、詩亜を探すことにしたのだった。この手懐け方は、完全に誘拐犯の手法である。


 さて、唯斗が迷子の保護者探しを始めたために、時間の押している式場ではエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)が新郎の到着を待っていた。
「…………遅い! あの阿呆、何をしておる!? この妾の晴れ姿を放置だと……?」
「きっと何か事情があるんですよ、きっと」
 憤るエクスを、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がなだめる。
「これは、どこかで女の子引っ掛けてるかもしれないわねー」
 リーズが半分冗談のつもりで笑った時。--運悪く、現れた唯斗は玲亜を連れて式場にやってきたのだった。
「おーい、迷子の連れが見つからないん--」
 唯斗を、狩猟者(エクス)の目が見つめていた。冗談を言ったリーズも、ピシッと固まる。
 どう見ても、唯斗の姿は、結婚当日にナンパした女--否、幼女を連れてきた新郎の図だった。
「よりによって今日この時に……? ふ、ふふふ……これは、仕置きが必要だのぅ」
「……何故そんなに殺気を纏ってるのかな? 折角のドレスが台無しですよ!? っていうか俺の話を聞けええぇぇっ!!」
 迷子を抱えて逆走する唯斗、その前方に瞬時に回り込むエクス。あえなく掴まった唯斗は、しっかりと仕置きを受けることとなったのだった。



 唯斗たちの騒動の様子を、式場の受付の手伝いをしていたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が目撃していた。
「……あらっ? 玲亜じゃないの。……唯斗さん、遂に犯罪に手を--、は冗談として、どうせ今日も迷子なんでしょ、あの子……」
 玲亜の迷子癖を知るミリアは、すぐに詩亜に電話をかける。
「もしもし、詩亜? 玲亜、見たんだけど……」
『あっ、ミリアさん!? えっ、玲亜が結婚式場で新郎さんに連れまわされてたのっ!? ……えぇと、それって一体どういう状況なのよ……?』
 ただ買い物に来ていただけの詩亜からすれば、結婚式場に連れ込まれる理由からして謎である。
『と、とりあえずその式場に向かうわね!』
 そう言って、詩亜は通話を切った。

「はい〜、申し訳ありません〜。先方様の都合もありますしぃ〜、皆様の都合もおありですからぁ〜、このあたりは短縮する方向でお願いしますぅ〜」
 唯斗が式場に遅刻してきた上にエクスの仕置きでぶちのめされたため、スノゥは式場側と時間交渉中だ。ミリアもスノゥも何故かメイド服姿で仕事して回っているため、式場側にはただの招待客だと気付かれていないようである。
 一方、一向に式が始まらない式場内では、五十羽のわたげうさぎが大行進をしている。
「むぅ〜っ、普通新郎さんが遅刻するかなぁ……」
 わたげうさぎを放った元凶であるサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)は、わたげうさぎまみれの会場を眺めながらつまらなそうに足をプラプラと揺らしている。
「……とりあえず、暇なの。 サリアちゃん、何か面白いこと無いかなぁ?」
「む〜、面白いことなんて無いと思うよ? と言うか、本当に暇だよね、翠ちゃん……」
 サリアと一緒にいる及川 翠(おいかわ・みどり)も、式場内を我が物顔で闊歩--否、転がり回る、モフモフとした無数の毛玉たちを退屈そうに眺めている。
 純粋な興味本位で結婚式にくっついてきたサリアと翠には、暇つぶしの要素が圧倒的に不足していた。
「それにしても遅いなぁ……まさか、式中止です! なんて言わないよね……?」
 サリアがそう言った瞬間、式場に詩亜が飛び込んできた。
「翠ちゃんお願い、そのHC貸してっ!」
「えっ、詩亜ちゃん、HCさん貸してほしいの? はい、どうぞなの!」
 何やら鬼気迫る表情の詩亜に、翠はすぐ銃型HC弐式・Nを貸した。
「詩亜ちゃん、私もついていきたいの!」
 翠は「何となく暇つぶしできそう、面白そう」と判断し、すかさず詩亜に申し出る。
「本当? じゃあ、翠ちゃんも手伝ってくれる?」
 そう言って、詩亜たちはHC片手に飛び出して行った。
「いってらっしゃーい」
 サリアは相変わらず、うさぎを大行進をさせることにしたようである。


「時間がたつのって早いわねー。私が唯斗に会ったのが三年前、告白されたのが二年前、口説かれて唯斗のトコに来たのが去年、か。ホント、あっという間ね……」
「今まで、どれだけ振り回されたことか。全く、いつも通り過ぎて困るわ」
「うん。あの馬鹿に口説かれてついて来ちゃったけど……何故か唯斗の不幸体質に巻き込まれ易い気がするわ。慣れてきちゃってるのが怖いトコよねー」
「良いよ、どれもこれも今更変わる性分でも無かろ? 妾達は妾達らしく、それで良いであろうよ」
 玲亜の服に縫い付けた発信器を頼りに、式場内を駆けずり回った詩亜と翠がようやく辿り着いた先には。
 唯斗との思い出を振り返るエクスとリーズと、二人の前に倒れている唯斗と、唯斗の頬を心配そうに恐る恐るつつく玲亜の姿があったのだった。