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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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 プロローグ 



「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社”オリュンポス”の大幹部、天才科学者ドクターハデス!」

 相も変らず絶好調なドクター・ハデス(どくたー・はです)の高笑いが響いたのは、いくつかあるユグドラシルの通路の内の一つだった。
 ハデスをはじめ、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)達、オリュンポスの面々がこの場所を訪れているのには訳がある。オルクス・ナッシング。元々は目や手といった役目だけを持った、影のような存在であったナッシングのうちの一人でしかなかったが、ハデスと行動を共にし、名を得てからと言うもの、個としての人格を持ちつつあるオルクスは、何故か嘗ては同じ存在であったはずのナッシングを、吸収してまわっているのだ。
「ククク、我らが同志、オリュンポス死霊騎士団長オルクス・ナッシングよ! 他のノーマル・ナッシングどもを吸収し、今こそ完全体、パーフェクト・オルクス・ナッシングとなるのだっ!」
 びしいっと自信満々にハデスは、オルクスの隣でどことも知れぬ前方を指差したが、彼にも本当のところは判ってはいない。吸収を終えて完全体となったナッシングであれば、アールキングに影響を及ぼす存在になるはず……とは、予想と希望が入り混じった妄想レベルの乱暴な推測だが、本人はいたって大真面目である。
「まさかオルクス君が、ここまで自我を持つようになるとは思いませんでしたよ……さすが、ハデス君の行動は、僕の想定を超えてくれますね」
 そんなハデスと、今も一体の吸収を済ませたオルクスの背中を見やり、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は呆れ半分、感心半分といった様子で苦笑した。どうやら当初の計画は破棄した方が良さそうだ、と十六凪は冷静に判断して目を細め、虚ろな影からまた少し、人間のような気配を持ち始めてきたオルクスの横顔を眺めた。
「……もし、ハデス君の妄言の通りなら……ふむ。このまま、オルクス君が覚醒してくれることに期待しましょうか」
 一人呟き、積極的にはオルクスに近付かない様子の十六凪とは逆に、オルクスの傍で「無理はするなよ」と声をかけたのは、彼らと同じくオルクスに興味を持つ一人、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だ。
「もし傷付いたら、俺のところに戻って来い。俺がここにいるのは『癒す』為だからな……」
 その言葉に、反射のようにこくりと頷いたオルクスにヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はその頬をぺちりと叩いた。
「なんだか、段々可愛くなってきちゃったねえ」
「…………それ、は……無い」
 心なしかむっとしたようにも聞こえるのに軽く笑うと、呼雪は視線を上へ上げた。オルクスが進むままについてきてはみたものの、この通路の先も、アールキングの根と交じり合ったユグドラシル自身の樹皮によって塞がれてしまっている。
『アールキングの根を掴むには、こうするしかなかったのだろうな……すまないが、もう少しだけ耐えて欲しい』
 痛ましげに見やって、ユグドラシルに語りかけながら、呼雪は交じり合う樹皮にそっと意識を沿わせて眉を寄せた。
 混ざり合うアールキングから伝わってくるのは、まるで黒く塗りつぶしたかのような、破壊への願望と、暗い欲望ばかりだ。表層の苛立ちや敵意は、自身の侵食を阻むユグドラシルに対するものだろう。心の隙を巧みに突いて暗躍してきた存在にしては妙に単純で、主体性が見えてこない思考に、呼雪が困惑していると、ふと、二つの世界中の意思のうねりに混じる、ひとつの小さな意識に気付いた。

「……この気配は、荒野の王、か……?」

 それはまるで何かを“待って”いるかのように、呼雪には思えた。