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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

リアクション




進撃




 外で盛大な花火が上がっている頃、ユグドラシルの中でも爆音が響いていた。
「おーおー、外は派手にやってるな」
 大帝の目を使って、一行の目の役目をとるべく先陣を切る南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が呟いた。
「このまま何事も無きゃいいが、まあまずそりゃ無いよなー」
 アールキングの根を、いつ動き出すやらと慎重に掻き分けるようにして進みながら、奇襲ぐらいは何とかできりゃいいけど、とぼやいた。この狭い通路の中で、蔓延った根が一斉に襲ってくるようなことがあれば、足止めだけではすみそうにない。そんな危惧を抱く光一郎にオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が「光一郎よ」と口を開いた。
「いざとなればパラミタジャンボジェットハナアルキにセルウス殿、ドミトリエ殿を安全な地に飛ばす故、貴殿はその足止めとなるがよい」
 “エロいヤルガードここに眠る”の碑文はそれがしが刻んでやるが故、と続けるオットーに
「パートナーロストの危険性を忘れてますよ、鯉くん」
「だからっ、それがしはっ、ドラゴニュートであるとあれほry」
 おなじみなやり取りが繰り返されようとした瞬間、光一郎の逆側でアールキングの悪意の流れを警戒していたセルマがびくり、と足を止めた。
「退がれ……ッ」
「下から来る……塞ぐつもりか!」
 弾けるように警告の声を上げたのは同時、それに反応して皆がとっさに下がったところに、槍が幾つも連なったような根が、道を塞がんばかりに正面から突きあがってきた。瞬間、振り返った相沢 洋(あいざわ・ひろし)の視線を受けて、相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)は得たりと頷くと、小型空中機雷を突き上げる根の進行先へと、投げ込むような大胆さで割り込ませて爆破させた。逃げ場の密閉空間での爆発に、根が砕けたと同時、とっさに終夏が群青の覆い手でその残骸を押し流すと、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がアブソリュートゼロで床から天井までを凍りつかせて再生を阻いだ。
「長くは持たん、急げ」
 ダリルの声に、再び先頭を駆ける光一郎とセルマに並び、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が邪魔になるであろう床の根を引き剥がし、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が氷術で床を凍らせて道を作った。皆が通り過ぎる間の、足元からの不意打ちを防ぐためだ。
「どうやら、気付かれたようですね」
「まあ、この人数で気付かれずに忍び込むってのは、無理があるよな」
 トマスが言うのに、彼が作った氷で出来た道の上を走りながら、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が思わずといった調子で呟いたのに「最初が気付かれへんだけでええんですよ」と、キリアナが足を止めずに答えた。
「突入口を塞がれへんことが肝心やし、細かい気配一つ一つを察知できへんかも知れんて判ったのも、収穫や」
 先に気付かれていれば、潜入の前に外からふさがれてしまう危険性があった。そのために突入場所と、防衛ラインの配置を離し、先制攻撃のタイミングを突入のそれと合わせたのだ。一度突入してしまえば、中はユグドラシルの力も強く、樹隷達の協力もあるため、アールキングといえどセルウス達の行く手を完全にふさいでしまうのは難しい。
「せやけど……まさか、ここまで侵食されてたんは、予想外でした」
 キリアナは眉を寄せる。同じように、終夏が苦しげに表情を歪ませた。
「ユグドラシルが……こんな」 
 刹那の報告どおり、通路は辛うじて空間が保たれているものの、天井から床までびっしりとアールキングの根がはびこって、ユグドラシルを蝕んでおり、その互いのエネルギーのぶつかり合いによるものか、まるで動物の体内にいるような錯覚を抱かせる不気味さがある。ところどころ、根の部分が石化しているのは、先行偵察中の刹那によるものだ。一旦本隊まで帰還した刹那は、難しい顔で状況の悪さを告げた。
「厄介なのは、この通路もアールキングの支配下になりつつあるということじゃ」
 侵入に気付いたことで、その力をこちらへ意識的に向けてきているのだろう。偵察のために行き来を繰り返している刹那は、回を重ねるごとに侵食が酷くなっている様子を語った。
「守勢側と攻勢側の違いじゃな、ユグドラシルはどうしても守る範囲を狭めることが出来んが、アールキングはそうではないからのう」
 その言葉に、ユグドラシル警護が主任務である第三龍騎士団員のキリアナは、ぐっと複雑な顔で拳を握り締めた。樹隷であるセルウスにとっても、蝕まれているユグドラシルに、平静でいられるはずがない。
「早く、アールキングをなんとかしないと……」
 剣を握り、焦る様子のセルウスに「落ち着け」とドミトリエは宥めるように言った。
「余計な体力は使うな。お前の出番はここじゃない」
「そうだよ、ここは私達に任せてくれないかな」
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)も頷き、「あれ? それとももしかして……」とレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)もわざとらしく首を傾げて見せた。
「ボクたちじゃ頼りならないのかな?」
「まったくじゃ」
 ミア・マハ(みあ・まは)と共にからかうような言葉に、セルウスが目をぱちぱちと瞬かせるのに「安心して、セルウス。いえ、セルウス陛下」と祥子も笑いかけた。
「貴方様を無事に選帝の間へ送り届けるのが、我々の役目。陛下はゆるりと道が開くのをお待ちください」
 貴方の役目は他にあるのですから、と、口調こそ改まってはいるが茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せ、レキがセルウスの背中を叩いた。
「セルウスの相手は、荒野の王でしょ?」
 あっちも全力を尽くしてくるだろうから、セルウスも全力で相手をしないと。そのために自分達も全力を尽くすから、と。そんな思いをもう一度背中を叩くその手に乗せて、レキはにっこりと笑って見せた。
「信用してよね」
「……うん」
 力強く返る頷きに、満足げに笑って、レキは「よおし」と気合を入れ直して前を向いた。
「そうと決まれば、一気に行くよ!」
 一声と同時に、セルウス達はその足を速めた。
 根がはびこったせいで入り組んでしまった通路を、先行する刹那が導となって、前方をセルマと光一郎が警戒しつつ、テノーリオやミカエラとと共に葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が破壊した先から足元をトマスたちが固めて侵攻して行く。キリアナの言ったとおり、気配の細かい判別が出来ないのか、あるいは攻撃を細かく絞ると言う器用な真似が出来ない状態なのか、アールキングの根はセルウス達一行の前後左右の差異なく、次々に伸びて襲い掛かってきた。
 先頭のセルマとリンゼイの二人が正面からの根を斬り払い、光一郎の警告を受けながらドミトリエの武器が、伸びた根を強引に捻じ曲げて潰していく。ユグドラシルと、樹隷たちの努力によるものか、アールキングの根の攻撃は散発的だ。だが、彼らがアーグラ達のように定点で行動しているのではなく、段々と中心へと接近してきているのが判ったのだろう。悪意と殺意が志向性を持ってこちらへ向かってきたのを感じて、セルマは警告の声を上げた。
「来る!」
「……ッ!」
 次の瞬間。横合いから唐突に伸びた根がセルウスに向かったのを、その間へと飛び込んだのはレキだ。槍のように直進する根を、龍鱗化した腕をとっさに盾代わりにして受け、水龍の手裏剣で根を断ち切った。だが、反撃によっておおよその位置を把握したのか、一部の根が一斉にセルウスの付近めがけて襲い掛かったきた。
「セルウス、下がって!」
 手の平で掴もうとするかのような、多角からの襲撃だ。回避は間に合わない。セルウスを庇うように立つミアの更に前で、その身を盾にレキが足を踏みしめた。いくつかがその手足を割く感覚に眉を顰める中、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を構えた祥子が抜刀一閃、根の節を正確に斬り、ばらばらと根が崩れ落ちた。逆方向からの根はルカルカ・ルー(るかるか・るー)が落とし、リカインが張ったフィールドの中で、ミアがレキの回復を行っている間、ダリルと義弘のアブソリュート・ゼロが側壁を氷で埋めて追撃を阻んだ。
「細かい気配は察知できなくても、反撃されれば気付かれる……か、逆を言えば、一方に注視させておけば、細かい気配は察知されない、ってことだよねえ」
 僅かに一行の足の鈍る中、なぶらは呟くように言い、ちらりとこちらを見るフィアナに片目をつむって見せる。
「この国その物とも言えるユグドラシルと、この国を支え統治する新たなる皇帝をこの身を盾とし守護する事が、騎士たる俺の、今の役目だよね」
 うん、今俺良い事言った、と満足げななぶららは、生暖かな目線を向けるフィアナを意図的に見なかったことにして、セルウスに向けて、頭を下げて見せた。
「と言う訳で、出来る限り盾となるので……立ち止まらずにまっすぐ突き進んでください、皇帝方」
 散々呼び捨てし、立ち塞がりもした相手に今更敬語と言うのにお互いに違和感を覚えながらも、なぶらはセルウスよりやや後方へ位置を取ると、挑発するように意図的に根に攻撃を仕掛けると、それらの根が自身をより多く向くように挑発的な攻撃を繰り返した。
「っと、引っかかってくれたかなっ」
 それに苛立ったのか、危険と捉えたのか、先程までセルウス側へ向いていた根も、その先をなぶらに向けて槍のように、矢のように伸びてくる。避けるより受ける構えを取ったなぶらに、根は容赦なく降り注いだが、なぶらの足元は揺らがない。前方を走る皆より常に数歩下がった位置を保ちながら前進しているが、ダメージが無いわけではない。寧ろ、細かいものは擦過傷から、時折腕や足を抉られ裂かれとしているが、それでも立ち止まらないのは何割かのやせ我慢と、着込んだ鎧の回復力と回復魔法のあわせ技だ。極限まで消耗を抑えた回復防御の構えは、悪く言えば敵の目を引くに丁度良いサンドバックである。
「まったく、言っていることの割りに、やってることは下っ端も同然じゃないですか」
 溜息を吐きながら、そうやってなぶらに集ってくる根を叩くのはフィアナの役目だ。またそれが根を刺激して、集中攻撃を誘っているわけである。佳奈子やエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)のフォローもあって、大事には至っていないため、侵攻の速度は変化なく順調だ。
「あれを見る限り、少なくともアールキングにセルウスの気配を見分けることは出来ない、ということか」
 そんな風にして、なぶら達めがけて襲ってくる根の攻撃パターンに、フラメルが呟くように言った。
「侵入者の探知は出来ている、が、細かく誰それとわかっているわけではない、といったところか」
 その推測に、外からの通信を受けるニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が「そうでしょうね」と頷いた。
「大尉達が言うには、繊細な制御はできないだろうってことだから、邪魔者をセルウスと見なして、排除を実行しているんじゃないかしら」
「タコやイカの足なんかみたいなもんか」
 そんなことを言うドミトリエに、通路一杯に広がるタコの足を連想して、佳奈子が微妙な顔をした。
「喩えにしても、想像するとちょっと気持ち悪いかも……」
「そうか?」
 首を傾げるドミトリエに、佳奈子はエレノアと顔を見合わせ何とも言えない顔で笑うと、きらんと目を輝かせた光一郎がずずいっと二人に近寄った。
「じゃあその想像を、ちょっと違う方向に動かしてみない? こう、うにょうにょなしょく……じゃない、手足が、アレしてコレしてっ! おっとドミトリエが危ない!」
「その手をよさんかっ」
 うにゃうにゃと怪しげに手を踊らす光一郎をオットーが叱りつけたが、佳奈子達は良く判らなかったようで、首を傾げるに留まった。
 自分の何が危ないのだろう、と首を傾げていたドミトリエに、黒崎 天音(くろさき・あまね)はひょい、と近付いて囁くようにして問いかけた。
「セルウスを大帝として立てる、って考えたことはあるかい」
 またろくでもないことばかり囁く、とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が呆れたように息を吐き出す中、ドミトリエはわりとあっさりと「ない」と答えて肩を竦めた。
「あいつが相応しいかどうか、俺にはわからないし」
 その答えに意外そうにする天音に、ドミトリエはこちらの会話に気付いたふうもなく、前だけを見据えて進み続けるセルウスをちらりと見やって、やや目を細めた。
「ただ……手を貸すと決めた以上、あいつか何処に行こうと、何になろうと、最後まで付き合うさ」
「だな」
 ドミトリエの言葉に、光一郎がにかっと笑って答え、佳奈子も笑って頷いた。
「私も手伝うよ、二人のこと。ね、エレノア」
「ええ、勿論よ」
 そんな彼女等の素直な心意気に、天音はただ目を細めるに留めたのだった。