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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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10.終焉


 研究所の外に、カールハインツはいた。
 空は鈍く暗雲がたちこめ、怪しげな気配に満ちている。
 ――奴らは、きっと来る。
 このまま終わらせるわけがない。
「悪いな」
 ぼそり、とカールハインツは祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)に詫びた。
 レモの警備を申し出てくれた彼女を、ここに連れ出したのはカールハインツだ。
 もしも、やってくるのがソウルアベレイターのなかでも、ナダだったとしたら……きっとナダは、祥子を狙うだろう。おそらくは、レモよりも先に。
 レモとカルマから少しでも引きはがすために、カールハインツは祥子を利用させてもらったのだ。
「かまわないわ、それくらい。むしろ本望よ」
 レモとカルマのことも、もちろん気にはかかる。しかし、そのためにも、今自分ができることは、あのソウルアベレイターを釣ることだと祥子は理解していた。
「とにかく目障りな奴になってやるぜ」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、そう言うと片手の拳で手のひらを叩いた。小気味よい音が響く。
「あまり、無理はするなよ」
 ぼそりとカールハインツが言う。かつみに対しても、カールハインツはどこか決まり悪げだ。
「……あのな、気にしてねーよ。おまえには」
 かつみは軽く首をすくめ、カールハインツの肩を叩いた。
 実際、操られていたカールハインツに吹っ飛ばされたとはいえ、かつみは全く根に持ってはいない。むしろ、事情も聞き、ソウルアベレイターへの腹立ちが増したくらいだ。第一、自分のことを、童顔とはいえ『坊や』などと呼んでくることもムカついている。
「そうじゃねぇって。かつみは、もう少し自分も大事にしろ。……まぁ、オレも人にはそう言われたけどさ。オレも気をつけるから、あんたもそうしろってこと!」
 前髪をかきあげながら、カールハインツは決まり悪げに注意する。
「んー……まぁ、な」
 曖昧な返事をして、かつみは笑った。
 長く一人で生き抜いてきたせいで、誰かに頼るのが苦手、という意味では、かつみとカールハインツはかなり似たもの同士だったかもしれない。もっとも、カールハインツの場合、レモに言わせれば『自覚の無い甘えん坊』なのだが。
 そんな彼らの前に、そして、やはり予想通りにソウルアベレイターが黒い靄とともに現れる。
「正直、お待たせしちゃったかしら??」
 冷ややかな眼差しで笑みを浮かべるそれは、ナダだ。ぴったりと体にそったドレスを身にまとい、男女どちらともつかないその姿は、一種異様な妖気を放っている。
「……とくに、そちらの貴方。お会いしたかったですわ」
 蛇のような舌なめずりをして、ナダは祥子を見やる。いや、むしろ、最初から。ナダは祥子しか見ていない。
「魔導書の坊やが小癪なことを企んでいるときいてやってまいりましたけど……先に、しなくてはいけないことがあるようですわね」
「かくすれば、かくなるものと、知りながら……か。レモやカルマがそう決めたというなら、私に止める権利はないわ」
 これまで関わってきたとはいえ、本来部外者だ、と祥子は思っている。
「だからせめて、やりたいことをやり通せるようにしてあげる。それが大人の……教師見習いとしての役目よ」
 祥子はそう言いながら、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)}、またの名を同田貫義弘をその手に構えた。研ぎ澄まされた刀身が、光を放つ。
「そういうわけだから…ここは通さないわよ、ナダ」
「ええ。私も、正直、貴方を捨て置いてはいきませんわ」
 憎悪を瞳に宿し、ナダは笑う。
 その瞬間、ウィップがしなり、ナダを襲う。
「悪いが、こっちもあんたには色々返したいんだよ!」
 カールハインツが声高に叫んだ。
 だが、ナダは予測済みというように、その身を軽々とかわしてしまう。しかし。
「俺もだ!」
 カールハインツに意識を奪わせた隙で、その懐にまで飛び込んだかつみが、その手のクリスタルの銃口をナダにつきつける。
 炎の弾丸が、正面からナダに撃ち込まれた。
 ――だが。
「はっ!!!」
 ナダは自ら炎の弾丸を掴むと、その炎ごと、かつみの体を後方に吹っ飛ばした。
「かつみ!!」
「目障りでしてよ、坊やたち」
「……くっそ。だから、坊やって呼ぶんじゃねーよ!!」
「おだまり。可愛い坊や」
「…ぐっ!!」
 転がっていた岩を念力で持ち上げ、ナダはかつみを狙って放った。
「させっか!」
 岩を間一髪、カールハインツの鞭が粉砕する。
「あらぁ……貴方、闇の力がまだ残っているようですわね? よほど、私たちと相性がよろしいのかしら」
 ナダの指摘に、カールハインツの肩が一瞬震えた。たしかに、カールハインツは、以前よりその力を増している。それを自覚し、恐れていた分、カールハインツはぐっと言葉に詰まってしまった。
「関係ねぇだろ、んなこと。耳を貸すなよ、カールハインツ!」
「そうよ。ナダたちの一番の武器は甘言……わかっているはずでしょう?」
 かつみと祥子の叱責に、カールハインツははっと我に返る。
「行くわよ、義弘」
「うん!」
 『ポイントシフト』の瞬間移動で、祥子の姿が消える。
「はぁっ!!」
 次の瞬間、気合のかけ声とともに、ナダの首を狙い義弘をイナズマのごとく一閃する。けれども、それは空を切った。
「同じパターンですの? 正直、飽きますわ」
 身を退いたナダが、鋭い爪を祥子に振り下ろした。それを、再び『ポイントシフト』で祥子も身をかわす。
「さぁ、どうかしら」
 黒髪を揺らし、祥子は再度ナダとの距離を詰める。現れては消え、消えては現れ。義弘とナダのツメがぶつかり合い、火花を散らして、祥子はナダと丁々発止とやりあった。
 ナダのリズムを崩そうと、脇からカールハインツも鞭を振るうが、もはやナダは無造作に振り払うのみだ。ひたすら、祥子だけをその目に見据えている。
「――くっ!」
 何度目かの打ち合いののち、つばぜり合いの果てに、祥子の手から義弘が弾けるようにして離れる。ナダの攻撃を、受け止めきれなかったのだ。
「うわぁ〜〜!!」
 義弘が声をあげ、後方の地面に突き刺さった。
「終わりね。なにか、遺言はあって?」
 ナダが勝利を確信し、ニヤリと笑ったときだった。
「今日は特別でね。もう一人来てるのよ」
 祥子が言う。それと、ほぼ同時だった。
 武器はない。だが、最後の武器は彼女自身だ。
「そういうこと! ここぞという時の、助っ人の朱美さんだよ!」
 今の今まで大人しくしていた、魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)がそう声をあげる。
 祥子は、至近距離のナダを掴んだ。そのまま、その手のグローブにエネルギーを集中させる。
「それに、ここにいるのは私だけじゃないわよ?」
 カールハインツの鞭が、ナダの体にまきつき、より逃げられないように締め上げる。同時に、融合機晶石【バーニングレッド】の力で炎に包まれたかつみが、その拳をナダの背後から振り上げた。
「祥子、ドカンとやっちまえ!」
 朱美の声とともに、祥子の『鳳凰の拳』と爆炎掌がナダの顔面に炸裂する。同時に、かつみの炎の一撃が、背後からナダの背中に思い切り放たれた。
 二重、三重の炎が、爆炎となって吹き上がる。
「ぐ……ぁ、あ……」
 さしものナダも、これだけの同時攻撃をくらっては、無傷ではすまない。
 よろり、とその体がかしいだ。



「……アンタ、意外とやるじゃない」
 ラー・シャイがふてぶてしく口元を歪める。
 共工とラー・シャイは、ナラカの宙に向かいあったまま、傍目にはほとんど動いていない。ただ、かわりに。
 二人が纏った闘気のようなエネルギーが、巨大な二の腕のような形を形成し、ガチンコの殴り合いをし続けているのである。
 紅い拳と黒い拳がぶつかり合い、爆発するような音とともに空気が激しく震える。とても余人には入り込むこともできない、すさまじい戦いだ。
「共工!! 完成したのだよ!」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が高らかに告げる。まさにその時、ナラカの太陽を包みこんだ光の包囲網が完成したのだ。
「…………」
 共工はその手を上げた。纏っていた闘気が消え、かわりに、その力が全てナラカの太陽へを覆う包囲網へと放たれる。
「あら、……ではやらせてもらうわよ!」
 がら空きになった共工自身へと、ラー・シャイは容赦なくストレートパンチを繰り出した。
 しかし。
「――――く、……っ!」
 四肢がばらばらに砕けてもおかしくはない衝撃を、控えていた相柳が共工の代わりに受け止める。かろうじてその場に踏みとどまり、相柳は滅多に崩さぬ表情を、苦痛に歪めていた。
「主上、お気になさらず」
「泣かせる忠義ねぇ。あ、愛情だっけ?」
 ラー・シャイはあざ笑うが、相柳は答えない。
 共工の力を受け止めた包囲網の、網目状につながった線の一つ一つが、ビシバシと音をたてて火花を散らしていく。やがてそれが全体を包み込んだ時、変化はついに起こった。
{font large}ドオオオン!!!!{/font}

 轟音を響かせ、暗闇の柱がナラカの空にそびえ立つ。かつては細い糸のようだった道が、共工によって押し広げられ、タシガンのカルマの元まで一気にエネルギーが届くようになったのだ。
 ナラカの太陽が、身をよじるようにさらにその形を変え、渦巻く。だが、はりめぐらされた包囲網を破ることはできない。

 そして。
『カルマ、落ち着いて、ゆっくり飲み込むんだ』
 レモとカルマは、意識の世界にいた。
 ぴったりとカルマに体を寄せ、その感覚を同一にしながら、レモは慎重にカルマをナビゲートしていく。
 この力を飲み込むのはカルマだが、それをコントロールするのはレモだ。
 一歩間違えば、カルマ自身が壊される。あるいは、暴走し、ソウルアベレイターたちのもくろみ通り兵器となるだけだ。
『そう、……大丈夫、僕が……僕達が、いるよ』
 カルマの意識にも、想いが編み込まれたミサンガは絡みついている。その糸をカルマに握らせ、レモは勇気づけていた。
 二人の足下から、のど元まで、黒い靄のような闇の力が押し迫る。
 飲み込まれてしまいそうなほどの、膨大で強烈なエネルギー。
 それを、すべて、こちらから受け入れなければならない。
『無駄だ』『憎い』『ずるい』『ねたましい』『殺す』『どうでもいい』『死ね』
 無数の負の声が、耳元に谺し続ける。
『……れ、も……』
 苦しい、とカルマが喘ぐように呟く。感覚を共有しているレモにも、それはわかる。
『大丈夫。僕たちにはできるよ。大丈夫だよ』
 レモもまた、苦痛に耐えながら、そう繰り返す。
『……頑張るね』
 不意にかけられた言葉に、レモは顔をあげた。
 その視線の先には……ウゲンがいた。いつものように、ただ、笑っている。
『創造主たる僕に逆らえるとでも思うの? 思い通りになるとでも?』
 レモの血の気がひく。まさか、ここにきて、邪魔をしにくるだなんて。
『無駄なんだよ。なにもかもが』
 谺するその声。
 ――ああ、でも。これは、ウゲンじゃない。
 レモは、そう直感する。
 これば、僕が作った幻。闇が見せている、僕らへの攻撃にすぎない。
『無駄じゃない』
 レモははっきりとそう言い返した。
『僕はそう思わない。僕らは、君とは、関係ない!』
 叫んだ瞬間、ウゲンの姿はかききえた。
 そして、同時に……世界の色が、変わる。
 押しつぶされそうな闇の色から、もっと澄んだ、透明で柔らかな光に満ちたものに。
『カルマ……?』
 その光は、カルマ自身から放たれていた。そして、レモからも。
『レモ、……できタ、よ』
 カルマは微笑んだ。