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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

6.太陽

 研究所にたどり着いたカルマとレモは、カルマの本体の前にいた。
「無理しないように、できる事をやれば良いのですから、気を楽に」
 随行してきた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、二人に柔らかくそう声をかけてくれる。
「翡翠さん」
「はい?」
「……見守ってきてくれて、ありがとうございます」
 レモが微笑む。それに、「嫌ですよ」と翡翠ははにかんで、それから、首を横に振った。
「たいしたことは、なにもできていません。それよりも、最後みたいな挨拶は、どうかやめてくださいよ」
「それも、そうだよね。みんなにも、そう約束してきたんだから」
 レモは笑い、カルマの手を取る。
「目を閉じて? ……そう。大丈夫。僕が一緒だから。それに、天音さんから、共工様のことも教えてもらったんだ。僕達のために動いてくださってるって。だから、大丈夫だよ……」
「…………」
 カルマの体から、力が抜ける。かわりに、水晶柱はぼんやりと淡い青い光を灯した。カルマの意識が、すべて本体に移ったのだ。
 小さな体を受け止めて、かつて祭壇ともなった床にレモはカルマを寝かせた。
「僕も、意識を保っていられるかわからないから……この体のほうは、頼んだからね」
「ああ」
 カールハインツが頷いたのを確認してから、レモもカルマを抱きかかえるようにして横たわった。
「必ず、護りますから」
 翡翠もまた、そうレモに約束する。
 やがて、レモの瞼も閉じた。……後はもう、見守る他はない。
 水晶柱のあちこちで、見たことも無い虹色の光が灯りはじめる。まるでそれ自体が巨大な一つのコンピューターのようだ。回路が繋がっていき、鈴が鳴るような響きとともに、ゆっくりと、起動を開始する。
「これが、本来のカルマさんの姿なんですね」
 山南 桂(やまなみ・けい)が、感慨深げにそう口にした。
 本当に『目覚めた』カルマの姿が、そこにあった。
「…………」
 カールハインツは上着を脱ぐと、丸めて折りたたんだ。それを、レモの頭の下にしいてやる。
「レモ……」
 そのまま、しばしじっと、カールハインツはレモの顔を覗き込むようにして見つめていたが、やがて立ち上がる。
「翡翠、桂。悪いけど、ここはまかせていいか?」
「かまいませんが、カールハインツさんは?」
「オレは、外で警備してるぜ。なにかあったら、呼んでくれ。よろしくな」
 カールハインツは大股で部屋を出て行った。
(じっとしていられないのかもしれませんね)
 性格的に、ありえそうな話だ。そう思いながら、翡翠はカールハインツの背中を見送った。



 ナラカのよどんだ空気のなかを、共工はゆっくりと下降していた。
 彼女がここまで降りてくるのは、初めてのことだ。
 そこの付き従うのは、相柳と、空飛ぶ箒に乗ったリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)、そして白銀に輝くペガサスに騎乗したララ・サーズデイ(らら・さーずでい)だった。
 KSGの面々も、ララが選び出した精鋭10人が小型の龍に乗り、付き従っている。憧れの愛する共工の手伝いならば、彼女らはナラカといえど飛び込む気合はある。ただ、念のため、共工が用意させた護符を、KSGもその身につけていた。
 共工自身は、重力など関係のないことのように、その身を宙に浮かせている。赤い髪がゆっくりと、美しくたなびいた。
「まもなく、見えてくるはずじゃ」
 共工が指をさす。リリとララはそちらに目をこらした。
「……あれか……」
 巨大な、闇の塊だった。
 どれほどの大きさか、距離感が掴めなくなりそうな程にそれは大きく、しかも、太陽と言っても正確な球形はしていない。ゴボゴボと沸騰するような音とともに、全体が収縮し、あるいは膨張し、不定形な闇の塊がそこにはあった。
「ふむ。実際に見るとなると、さすがに異形なのだよ」
 リリは呟く。
「……近づくのは、ここまでにしておけ」
 相柳が龍を停止させ、リリとララにもそう警告する。
 周囲から薄くたなびくように瘴気を強烈な力で吸い込むナラカの太陽は、ブラックホールのように、なにもかもを巻き込んで己のものとしてしまう。うかつに近寄ろうものならば、その餌食となるのが関の山だ。
 なによりも、その瘴気。太陽に近づくものがその温度に炙られるように、凝縮された穢れはデスプルーフリングをつけているリリたちにしても息苦しいほどだった。
「長居をするところではなさそうだな」
「そのようなのだよ」
 ララの意見に、リリは同意しつつも、言葉を続けた。
「それでも、闇が穢れとは限らぬのだ。呪いから得る力もあるのだよ。……そういう意味では、たしかにこれは素晴らしいのだよ」
「使いよう、ということじゃな」
 共工が愉快げに笑った。
「皆、散ってくれ。ただし、十分注意はするように」
 ララの号令で、KSGの少女たちは一斉に動いた。ナラカの太陽の周囲を旋回し、安全距離を保ちながら、ぐるりと取り囲む。
「急ごしらえじゃが、少しは役に立つであろう」
 窮奇の協力で作り上げた装置は、一つ一つは銀色の小型の球体だ。そこから光線が広がり、ナラカの太陽全体をネットで包んでしまうのが目的だった。
 その内部では、共工の力の作用を増強させることができる。その目的は、この太陽から、目に見えないほど細く続いているであろうカルマへの道筋を、さらに太いものにすることで、浄化のスピードを速めることにあった。
 ララの提案を共工は受け入れ、急ぎ、この装置を用意させた。とはいえ、ほとんど試作品のようなものだ。うまくいくかは、保証の限りではない。それでも。
「失敗したところで、かまわないさ。なにもしないよりは、遙かに美しいことだ」
 諦めずに、粘り強く戦え。それは、リリがレモに伝えたかったことでもある。
「はじめるのだよ」
 全員が位置についたことを確認すると、ララは号令をかけた。
 各自が装置を起動し、ゆっくりと球体から、赤い光が四方にむかって放たれていく。
 それでも、巨大な太陽の周囲を囲むとなると、一つ一つの光が伸びていく様は、ひどくじりじりとしたものでしかない。
 だが、そのとき。
「……ついにこっちまで来たわけね」
 ラー・シャイの声が響いた。
「床下のネズミがうるさくてたまらぬ故、仕方なくじゃ」
 共工はそう答え、虚空を見つめる。やがてそこに、闇が凝縮し、ラー・シャイのゆるんだ巨躯が姿を現した。
 すかさず、共工を庇うように相柳が槍を構える。
 ララも加勢を考えたが、この装置が起動を完了するまでは、持ち場から動くことはできない。そしてそれには、まだしばらくの時間が必要だった。
「契約者がここにいるってことは、魔導書ちゃんとは手を切ったわけじゃないようですわね。でも、いかがかしら? いっそ、あたしたちともう一度手を組まない? 正直、地下世界の仲間じゃなくて?」
 ナダもその姿を見せ、もう一度共工を誘いかける。しかし、「話にならぬな」と共工はにべもなく一瞥する。
「あんたたちねぇ、どうせアタシたちが手を出さなくたって、どうせ全部滅びんのよ? しかもそれは、最初っから仕組まれたことなんだから。みみっちぃ国だの地域だのに愛情なんかもって、ばっかみたい」
 いつになく熱くラー・シャイは憤慨し、肉を揺らして吐き捨てた。
「哀れだな」
 呟いたのは、ララだった。
「あら、なによアンタ」
「君は強そうだ。しかし、強いだけの存在だ。……愛する心を持たない者には、真の強さは得らないよ」
「……生意気なこと言う小娘ね」
 ラー・シャイは鼻で笑った。だが、地上からの気配を察したのだろう。……まだ細い細い糸でしかない繋がりが、このエネルギーを吸い上げはじめていることに。
「起動したようね……てっきり、泣き寝入りするかと思ったけど。ちょっと、ナダ」
「なあに?」
「地上に行きなさいよ。ほら、アンタが気にしてる娘。いるかもしれないわよ?」
 その言葉に、ナダの細い眉がやおらつり上がった。彼女の身にまとう闇の気がさらにその深さを増し、怒りが吹き上がっている様が目に見えるようだった。
「……あら、いいの? 正直、嬉しいですけども」
「いいわよ。こっちは、アタシがなんとかするから」
「では、遠慮無く。……みなさま、ごゆっくりしていらしてね」
 ナダはそう口元だけで微笑むと、再び姿を消した。……タシガンに向かって。
「……ニヤンみたいなケツの青い子とは、アタシは違うわよ。共工サマ」
「それは嬉しいことじゃ。たまには我も、本気を出したい。タングートでは、我が国が傷ついてしまうからの」
 相柳に目配せし、共工はラー・シャイに対峙する。
(我もまた、時間を稼がねばならぬ。相柳、あの者たちを守ってやるのじゃ)
「………御意、主上」
 視線だけで伝えられた意志に、相柳は短く答えた。
「余裕だけど、いいわけ? あんたのその大事な国も、今無事じゃないかもよ?」
「笑止。その足だけで立てぬほど、我が民は脆弱ではなかろうよ。それよりも、己の命を危ぶむが良い」
 ――赤と黒。二つの力の塊が、ナラカの太陽を背に、激しい闘気をはらんで膨れあがった。