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リアクション
【5】
数日前のこと。
「……たくさんの人間が集まる場所ならば、我らオリュンポスの活動資金を稼ぐのにちょうどいい」
秘密結社『オリュンポス』の大幹部ドクター・ハデス(どくたー・はです)は秘密の研究室でフハハハ! と高笑いを上げていた。
研究資料が山積みのデスクには、商店街で配っていた雲島リゾートのちらし。
「名付けて“空の家オリュンポス出店計画”!」
配下の戦闘員たちがどよめく。
「飲食物の提供はもちろん、雲サーフィンのインストラクターや更衣室の提供、空着の貸し出しなど、幅広い営業戦略で稼ぐのだ!」
高笑いするハデス……とは裏腹に、戦闘員たちは計画に懐疑的な様子だった。
ハデスはムッとして、
「……なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「そのー。気を悪くしないでくださいよ、ドクター。何分うちは慢性的な資金不足でして、そうあれこれ詰め込むと予算のほうが……」
「ああ、予算か……」
オリュンポスにおいて、正義のヒーローの次に目障りな問題である。
彼の天才的頭脳を持ってしても、食材代を捻出するので精一杯、貸し出し用の空着を準備する予算は出て来ない。
「となれば……アレを使うしかないな」
そして迎えた今日。
空の家オリュンポスの看板を頂くお店の屋根の上で、本日もまたハデスは高笑っていた。
「フハハハ! 我が名は悪の秘密結社オリュンポスの大幹部にして、空の家オリュンポスの店主、天才科学者ドクターハデス!」
下から見守る戦闘員たちは海パン姿でぱちぱちと拍手した。
「見よ、このオリュンポスオリジナルの空着を」
高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)とペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が持ってきたのは見たところフツウの空着。
だがこれは雲遊び用の魔法の雲でこしらえたもの。これなら元手はかからないし、貸し出し料はまるまる自分たちのものになる。
「我ながら何と優れたアイディアか」
ちなみに、空着には一枚一枚着色されているが、これはハデスが夜なべして染めたものである。
「開店準備は整った! アイトーンはインストラクター兼ねた宣伝に向かわせた! 咲耶、ペルセポネと戦闘員たちは接客担当だ!」
咲耶とペルセポネと戦闘員はビシッとオリュンポス式敬礼。
「それではいざ開店……!!」
ところが開店宣言の直後、ハデスは倒れた。
「に、兄さん!?」
咲耶はぎょっとして目をまるくした。
空の家の企画から空着の制作まで、ほとんどひとりで考えほとんどひとりで制作したハデスである。
そりゃそれだけ色々やっていれば、倒れるのも当たり前だ。
「体力ないのに無茶するから」
「俺としたことが……」
ハデスはおしぼりを頭にのせてぐったりと横になった。
「調理担当の兄さんが倒れてしまっては仕方ありません。私が空の家オリュンポスの料理を作ってみせます」
おおーーっ! と戦闘員から声が上がった。
「ペルセポネちゃん、どんどんお客さんから注文取ってきてね」
「は、はいっ、分かりました、咲耶お姉ちゃん」
「……と、その前に着替えて来ようか」
「あ!」
まだペルセポネは着替えていない。
「ここでは空着に着替えないといけないんでした。お店の貸し出し空着の中から、サイズ合うのを選んできますね」
そう言って奥に引っ込む。
そして、咲耶は空着の上にエプロンをしめ、気合いを入れた。
しかし唯一にして最大の懸念がここにあった。誰が呼んだか、咲耶は『殺人的調理師』の異名の持ち主なのだ……!!
「なんだこれは……?」
ひと休みしようと店に入った風森 巽(かぜもり・たつみ)は、テーブルに置かれた真紫の“ヘドロ”に戦慄していた。
「確か注文したのはカレーのはずだが……?」
「ええ。お持ちしたのはカレーです」
戦闘員は答えた。
「カレー……?」
ゴシゴシと目をこすってもう一度よく見てみる。うん、紛うこと無きヘドロだ。
「もう一度訊くぞ。持ってきたのはカレーだよな? 産廃じゃなくて?」
「おそらくカレー……のはずです」
戦闘員もちょっと言葉を濁した。
「なんで自信なさそうなんだよ!!」
「青い空、白い雲……」
結城 奈津(ゆうき・なつ)は、さんさんと降る光を浴びて砂浜に立っている。
プロレスで鍛えた健康的な身体にビキニの空着がよく似合う。
「最新リゾートへの無料招待! きっとバイトと練習に明け暮れるあたしへのプロレスの神様からのプレゼントだぜ!」
秦野 萌黄(はだの・もえぎ)とミスター バロン(みすたー・ばろん)と一緒に来た雲島はまるで夢の国のようだった。
「そう言えばマホロバにいた頃も家族で遠出なんてしたことなかったなー」
萌黄も目をきらきらさせた。
「やっぱりいいよね、こういうの。ずっと憧れてたんだー、みんなで遠出するのに」
「プロたる者オンオフの切り替えはきっちり付けるものだ。存分に遊ぶがいい」
バロンは深く頷いた。ビキニパンツの彼は齢70を超えるはずだが、そうは見えない見事な肉体をしている。
「ま、その前にメシだメシ!」
空の家オリュンポスにて、お昼ご飯を頼んだ奈津たち。
ところが戦闘員の運んできた料理に、3人の表情は北極のバナナよりも冷たく凍り付いた。
「……おい、なんだこれ」
皿の上には、真っ黒な金たわしと汚水に浸かった金たわしが置いてある。
「んだよ、これ! あたしらに皿洗えってのか!?」
「ち、違います。オリュンポス焼きそばとオリュンポスラーメンです」
「や、焼きそばとラーメン?」
ゴクンと息を飲んだ。
「どー見ても金たわしにしか見えねーけど」
「この間、ホームセンターで見たよ、こういうの」
「よしんば焼きそばとラーメンだとしてバリカタにもほどがあるだろう……」
奈津と萌黄、バロンは互いの顔を見た。
「ま、まぁでも見た目で判断するのはよくねぇよな。見てくれは悪くてもイイヤツはいっぱいいるし」
奈津は自分に言い聞かせ、焼きそばを頬張った。
次の瞬間、がっしゃああああーーーーんっ!! と皿に顔面を叩き付けてダウン!!
「な、なっちゃん!?」
「俺の愛弟子を一撃で葬るとは、侮れん料理……!」
ふとまわりを見れば、マズイだの金返せだの、医者を呼んでくれだの文句がマグマのように噴き上がっている。
「ど、どうしてこんなことに……」
完全に原因である咲耶は首を傾げ、ペルセポネはラーメンを持ったまま戸惑っている。
とその時、どういう調理をすると麺がホムンクルスばりに生命を持つのか不明だが、オリュンポスラーメンが暴れ出した。
「きゃあっ!」
麺はスープを撒き散らして暴れる。
「やだっ、スープが空着に……えっ!?」
実は、雲で作った空着は水に弱い。スープを浴びた空着は面積が少なくなり、溶けてしまった。
「きゃあああああああああーーーっ!!」
必死に秘密の花園を隠すペルセポネ。恥ずかしさで耳まで真っ赤になっている。
この嬉し……もとい突然の出来事に、他の店行こーぜ、となっていたお客さんの足が魔法にかかったように180度回転。
「も、もうしばらくここにいようかな」
「そ、それもありだな。今から別の店行っても込んでるだろうし、うん」
しれっと戻る男の客に、ペルセポネは叫ぶ。
「帰ってくださぁーーーいっ!!」
「よいしょ、よいしょ……」
桂輔とアルマは、空の家まで忍を運んでくるとパラソルの下に寝かせた。
雲海のせいであまり実感がないが、ここはパラミタ大陸の太平洋に突出した部分である。
つまり雲海の下には、本当の海まで何万メートルという空が広がっている。
そんなところから落ちたらどうなるかと言えば、カッチコチに凍ってしまうのだ。
桂輔は冷たくなった忍の頬を叩き、意識の有無、呼吸の有無を確認する。
「だめだ。意識がない。呼吸も止まってる」
「医務員には連絡しました。先に応急処置をしましょう」
「“人工呼吸”か」
「ええ」
2人は顔を見合わせ、頷き、目で行動をうながし、それでも誰も何もしないのでしばしの沈黙が訪れた。
「……え? 俺がするの?」
「他に誰がするんですか」
「そりゃアル……」
「嫌です」
「拒否がはえーよ!」
「人命救助は監視員の仕事です。迷っている暇はありません。こうしている間にも尊い命が失われていくんです」
アルマは桂輔の頭を掴むと、強引に忍の顔に近づける。
「さぁ早く人工呼吸を!」
「うわっ何すんだよっ!?」
とその時、忍の目がカッと開いた。
「……や・め・ろ!」
よほど男子の唇がお気に召さなかったらしく、忍は自力で復活するという力技を見せた。
そこに、医務員の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と冬月 学人(ふゆつき・がくと)がやって来た。
2人ともラッシュガードを着ている。
「怪我をされた方はどこです」
「ああ、こっちだ。この凍ってるやつ」
「え? こ、凍ってる……?」
予想外の状態に戸惑ったものの、ローズはヒールとナーシングで治療を行う。
だんだんと解凍されていき、真っ青だった顔に赤味が戻ってきた。
「……た、助かった」
「あとはしばらく安静にしていてください。体力さえ戻ればもう大丈夫ですよ」
「ありがとう、美しい先生。感謝のしるしに俺の甘い口づけをプレゼン……ぐむっ」
「お大事に」
ローズは忍のアプローチを躱して、口にバンソーコーを貼り付けた。
「あ、そうそう。遊びに行く時はきちんと準備運動をしてくださいね。事故のもとになりますから」
彼女は浜辺にいるお客さんにも同じことを呼びかけた。
「みなさーん。遊ぶ前には必ず準備運動しなくちゃ駄目ですよー。ちゃんと第二まで。体操を笑うものは体操に泣く、ですからねー」
「あれだけ面倒くさがりだったローズが率先してこんなことをするとは……真面目になったもんだなあ」
学人は感慨深そうに彼女を見守っている。
それから、ローズはその場で準備運動を始めた。
「さぁまだの方はご一緒に。イッチニ、イッチニ……あら?」
素直に準備運動をする人達の後ろに、のそのそと歩く疲労困憊のハデスの姿が見えた。
「……何が体操だ。うるさくておちおち寝てもいられん。どこか静かな場所でひと眠り……」
「そこのあなた、体操をサボりましたね?」
「は?」
ローズはソリッドステート・スカウターを左目に装着し、鋭い眼光でハデスを見た。
「ふん、やはり準備運動をサボったせいで戦闘力は悲惨なもののようだな。貴様には特別な準備運動をくれてやる! かかってこい!」
「な、なにを……」
身の危険を感じて、ハデスはあとずさり。
「逃げる気かぁ! クソッタレェェェーーッ!!」
プッツンとキレてしまったローズは口調も表情も修羅に。全身を黄金色に輝く闘気がバリバリと音を立てて覆った。
「ハァァァ!! 本気狩る☆光殺砲!!」
一撃で大岩を粉々にするレベルの闘気を、指先から乱れ撃つ。
「ローズが真面目に……そう思っていた時が僕にもありました。てか、一体あいつは何と戦ってるんだ」
学人はマイクを取り出し、浜辺の人達に避難を呼びかける。
「お下がりください。お下がりください。ローズのボルテージが最高潮に達しております。非常に危険です」
飛んでくる本気狩る☆光殺砲を伏せて躱す。
「ああっと荒れておりますローズ! 容赦ない攻撃! 眼鏡の男性、コーナーに追い詰められたぁーーー……って」
何故、僕はプロレスの実況のような真似を……?
と言うか、何故、マイクなんて持ち歩いてるんだ僕は……?
「振り回されるのにも慣れたってことかな……。ハハッ、ワロス」
パサパサに乾いた笑いしか出て来ない。
そんな彼を尻目に、ローズは指先をばちばち光らせ、焦るハデスを値踏みするように見た。
「ほぉ、私の光殺砲を避けるとはな……。戦闘力も少しは上がったようだな……ディ・モールトよし、行っていいぞ!」
「は?」
「聞こえなかったか? アリヴェデルチ(さよならだ)」
「な、何がなんだかわからんが……」
ハデスは逃げた。
ローズは闘気を解除して振り返る。
空の家の陰や、倒れたテーブルやパラソルの、砂の中に隠れていた人達は一斉にビクッと身を震わせた。
「ほら見て下さい。準備運動をきちんとしたお陰で、元気に走り回ってますね」
再び菩薩のように穏やかになって、逃げるハデスを指差す。
「準備をしなかったらすぐにバテてしまいますよ。皆さんきっちりやりましょうね」
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