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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【駐屯地にて・2】


 ワッと両手で背中を叩かれて、壮太は目を丸くしながら後ろを振り返る。
「ニンジャの後ろを取れるとは思わなかったわ。私も腕が上がったのかしらね」
 へへへと笑っていたのはジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)だった。ファイティングポーズが全く様に成っていない辺り、『腕が上がった』とは到底思えない。悪戯が成功したのは恐らく壮太の集中力が、慣れない会議への参加で完全に切れていた所為だろう。
「壮太、どうしたのこんなところで」
 こんなところ。――今壮太が居るのはプラヴダの駐屯地の外部の契約者には立ち入り禁止とされているエリアだった。密偵を送り込んでいた舞花と、突入に先駆けて『影』を送り込む予定の壮太が内部の会議に参加していたという内容を話すと、ジゼルはふむふむと頷いている。
「あれ、じゃあ舞花は?」
「トーヴァおねーさんと一緒に戻ったよ。そっちこそどうしたんだよ。おにーちゃんと一緒だと思ってた」
「んー、私ね、会議とか出してもらえないの」
「マジで?」
「うん。お兄ちゃんにはハッキリ『ダメ』って言われたし、トーヴァにも苦笑いされたわ。
 私軍人さんじゃないけど、ちゃんと静かに出来るのになんで座ってるのも駄目なのかなーって思ってたんだけどね、『隊士のキンチョーが著しく削がれるから』だって。この前ハインツが教えてくれたの」
 ニコリと文字が書いてあるような、そんな花のような笑顔を前に、壮太は確かにそうかもしれないと苦笑しつつ、ジゼルと共に廊下を歩き出す。二人が向かっているのは作戦協力者の契約者の集合場所である内舎のロビーだ。そこそこに整備された建物の天井を見上げ、壮太が呟く。
「結構綺麗だよな」
「うん、良く分からないんだけどお兄ちゃんは日本式って言ってたわ。一部のえーと……下士官さんの下の軍人さんはココがおうちだから」
「寮あるんだ」
「寮もあるしー、庭というかグラウンドとか体育館とか射撃場とか、奥の倉庫が目立つけど何でも有るよー。食堂とかお風呂とか医務室とかあるから普通に生活出来ちゃう。
 壮太も今度一緒に遊びにこよーね。
 あ、そだ。さっき聞いたんだけど皆そろそろ集まって来てるみたい。壮太、早かったよね」
 流石弟、と背中を突つかれて、壮太はぼんやりと口を開いた。
「おにーちゃんは前、ろくに口聞いたこともねえオレの命を助けてくれたんだよ。
 『助けておにーちゃん』の一言だけでさ。
 それ見てオレは、こいつすげえ懐が深い奴だなと思ったわけ」
 密かなくらいの笑い声を上げる顔を覗き込むと、ジゼルは「私もね」と切り出した。
「助けて貰ったの。去年の冬――、そっか、そんなものよね。なんか凄く昔の事みたいだけど……。
 女将さんのお使いでザンスカールまで行って、迷子になって、転びそうになって」
「助けて貰った?」
「うん。全然話しも聞かないし、質問責めにしたのに『厭な顔しながら』付き合ってくれたの。何だか似てるね」
 ジゼルが微笑したままこちらを見ているのを横目で一瞥して、壮太は続けた。
「助けて『おにーちゃん』って言葉の根底には、ジゼルは勿論だろうけどきっとミリツァとの思い出とか繋がりみたいなのがあるんだろうなと思ったんだよ。
 そんなおにーちゃんが大事にしてる実の妹が、ただ皆に迷惑かけて消えちまうクソガキなわけないだろ。
 多分なんか理由があるんだろ。
 だったら何としても救いだして、おにーちゃんのところに連れ帰らねえとなと思ったわけ」
 ふっと息を吐き出して、「友達の作り方についての答えも聞いてねえしさ」と付け足す壮太に、ジゼルは小さく、深く頷いた。
「さ、てと――」と伸びをして、壮太はジゼルに笑みを返す。
「オレ先に準備行くわ。気をつけてな」
「壮太も」
 ロビーに到着して別れると、早々に「ジゼル!」「ジゼルさん」と呼ばれる声がする。
 そちらへ視線を向ければ椎名 真(しいな・まこと)双葉 京子(ふたば・きょうこ)の二人に少し遅れて篠原 太陽(しのはら・たいよう)が、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「皆、きてくれたんだ」
 有り難うと言うジゼルに、皆は当然だとばかりに笑顔で答えてくれた。
「私、皆と一緒のところでは戦えないの。
 だから、あのね……皆気をつけて、怪我しないでね!」
 自分が一緒に居て戦力になるかどうかは不明だが、見届けられない戦場に友人達が向かう事を心の底から心配するジゼルを、エースはそっと抱きしめる。
「ゲーリングは徹底的にシメていいから。でも自分が怪我しないようには気を付けるんだよ。玉の肌に傷がついては大変だからね」
「私は平気! 昨日もちゃんと8時に寝たし、ご飯も一杯食べたし、とっても元気よ!
 それに……アレクが一緒だから。今なら何でも出来る気がするの」
 頬を染め、自信を滲ませるジゼルの表情に、エースは「参ったな」と苦笑する。
 自身が推察する中で恐らく一番危険な場所に陽動としてたった二人でジゼルが向かうと聞き、エースは複雑な気持ちを抱えていた。(アレクが付いているから大丈夫)と頭で判断しても、多分これは理屈ではないのだと思う。
 しかし――、これはどうだろう。恐らくジゼルはアレクに対して、エースが思っていたよりも強く、絶大な信頼を寄せているのだ。ただ戦いの面で頼りにするのではない、精神的に揺るぎない支えとしているからこそ、こんな顔が出来るのだろう。
(心配はしてるけど……うん、この顔。きっと大丈夫だな)
 ジゼルの頭を柔らかく撫でて、エースは彼女へ笑顔を向けていた。彼に入れ替わるように、リースがジゼルの前に立つ。
「こ、この間ツァンダで美味しいお店を見つけたのでこの事件が無事解決したら、一緒にクレープ食べに行けたら良いなって思ったんです」
 戦いを前に敢えて日常を口にしたのは、リースの優しさだろうし、先日の答えでもあるのだろう。
 それに気づいているのかジゼルの顔が本来の彼女らしくパッと明るくなる。
「クレープかぁ……。リースは何が好き? 私イチゴの入ってるのー。
 カスタードと生クリームのダブルホイップでーチーズケーキとか入っててー…………やばい! こんな時間なのにお腹減ってきちゃうぅ」
 いつも通りの反応にリースはクスクスと笑い出している。
「ツァンダなら私ジェラートのおいしいとこも知ってるよー。
 中にねー、お花とか入ってて超カワイイの。そこも行こうよ!
 あーでもでも、たい焼きって知ってる? お魚のかたちしててー、こんくらいので中にあんことかクリームとか入ってるの。今秋限定の味が出てて、それが甘くて美味しいんだけど、誰かに分かって欲しいのでそこも行きたい!」
「折角だから……ぜ、全部行っちゃってもいいですね」
「思い切ったねー! でも、ねー、この際もう1キロくらい増えてもいいやー」
 リースと笑い合って、ジゼルは真へ向き直る。
「真、あれ決まった? 好きなもの」
「うん。俺、豆腐料理が大好きで……揚げ出し豆腐、つくってもらえるかな?」
「揚げ出し豆腐! バイト先でよく作るわ。お客様に提供してるものだから自信有ります!」
「豆腐料理か……悪く無い」
 ぼそりと口に出した太陽に、ジゼルは「太陽の分も一杯作るね」と笑う。
「でもそれだけじゃおかずよねぇ……あと何品か欲しいところ……」
「あー、あと生麩もいいな、うん!」
「生麩! 渋いねぇ真は。でもあれお菓子にもなるよね。私は作った事無いけど、お饅頭にしたりお砂糖と一緒にねりねりして作るの」
「そうそうあんこ入れたりみたらしかけたり――ってごめん、好物でちょっと熱くなっちゃった」
「分かる!」
「さ、さっきなんてまさにそうでしたよね」
 リースに突っ込まれてジゼルは照れ笑いをしつつ、もう一度得意分野に没頭し始めた。
「うーんでも、揚げ出し豆腐と生麩だけじゃやっぱり足りないぞー……。
 和食なのは決定として、あとはご飯とお吸い物と香の物……和え物、煮物、今が旬なのはキノコ系とかサツマイモとか、うーん……真はお肉とお魚どっちがいい?」
「肉と魚……迷うなぁ…………うーん……」
 唸り出したジゼルと真に、京子は笑いを漏らしている。
「ふふふ、私も料理作るときはお手伝いさせてね!
「うん、レシピ決まったら相談させてー」
 そんな風に、やがて美羽も交えて話しだしたジゼルを見て、コハクは静かに深呼吸をする。普段は温和な彼も、今回の状況――ゲーリングに対しては激しい怒りを禁じ得ないでいた。
 しかし戦いに出る前に気持ちを落ち着けなければと思っていたところでのこの会話だ。彼女達の様子はいつも通りでコハクをも、いつもの笑顔にしてくれる。
「ご飯か……。
 ミリツァを助けたら、皆でご飯を食べよう」
 コハクの提案に彼等は動きを止め、顔を見合わせた。
「やっぱりスイーツかな」
 と言う美羽にコハクは続ける。
「ジゼルのバイト先で、ミリツァにも美味しいものを食べさせてあげたい。
 ジゼルの得意料理とかどうかな?」
「出来るなら、ミリツァの好きなもの作りたいな。お兄ちゃんにも聞いてみる。
 この間ね、ミリツァカラオケの時にティエンの薦めたハニートースト、美味しそうに食べてた。私ね、時間が掛かったとしても、ああいう顔で言葉が交わせたらいいなって思ったの」
「そうだね。みんなで一緒に食事をする楽しさとか、友達と遊んだりする楽しさを、これからミリツァにも教えてあげよう。
 きっと彼女にはそういうものが必要な気がするんだ――」
 コハクのその言葉にジゼルは過去を思っていた。こういう風に接してくれる友人達に自分は今迄どれだけ救われただろうか。
(だからきっと、ミリツァも大丈夫。私に出来るのはミリツァがこの場所に届く様に、暖かい場所に居られる様に向き合う事――)
 ジゼルが戦いに抱いていた恐怖感はもう消えている。皆が傍に居て、誰かの為に戦えるなら――、ジゼルの中でこれ程単純な事は無かった。
「皆、頑張ろう」
 ジゼルの意志に、皆は同じ瞳で頷き合っている。一人未来予知をしていた太陽は、ジゼルの手に細長い紙を握らせた。
「……これを持っておくといい」
 光りにかざす様にそのルーンの護符を見て、効果が良く分からずに首を傾げているジゼルに、太陽は首を横に振る。
「只の気まぐれだ、気にするな」
「うん。気にしない。でも嬉しい、ありがとう」
 好意を素直に受け取るジゼルに、太陽は後ろ頭を掻いている。それを見て微笑む京子に気がついて、太陽は素早く目を反らすのだった。