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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【駐屯地にて・7】


 駐屯地のシンプルな庭の一角に花が咲いている。そこにしゃがみこんでいるトーヴァ・スヴェンソン(とーゔぁ・すゔぇんそん)の近くにやってきた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、彼女に倣って隣にしゃがみ込んだ。
「綺麗でしょ。このお花ね、ジゼルちゃんとキアラちゃんが植えたの。
 この時期に咲く花だったのね、芽が出てたのに知らなかった――」
 義妹キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)の名前を出す時に、トーヴァの瞳が一際優しくなるのを武尊は見ていた。
「オレ今回はキアラ嬢の分隊入るよ」
「うん、有り難う」
 武尊の想いを汲み、話の先を読んでトーヴァは返答に礼を含めた。
「キアラ嬢はあの通りブルっちまってるからサポートに回る人員が多い方が良いだろうし、この前結構な事をやっちまってるから、助けとかないと」
「その結構な事に加担してたのはアタシもだけどね」
 言いながらトーヴァは何時もその形の良い唇に浮かんでいる微笑を消していた。
「しょーじきさ、今回もアレクはアタシの下にキアラを付けてくれると思ってたのよ」
 言葉の裏に含まれた意味を、武尊は理解する。トーヴァはキアラと居る事を望んでいたし、共に有るのを当然と思っていたのだろう。
「それにキアラちゃんは何時迄も甘えっ子で、ちゃんと出来るのにやろうとしない、アタシの可愛い妹で居てくれるって思ってた……」
 その後トーヴァが武尊に話したのは、何故かプラヴダの込み入った事情だった。
 武尊らが誘拐されたジゼルを救出するという作戦を行ったあの後、リュシアンという参謀であり、心神喪失したアレクを傀儡と使っていた存在が消えた後の事だ。

 当時プラヴダはアレクとトーヴァが行っていた遊びの延長線上にあった為、最早犯罪者を相手にしただけのテロリスト集団に近い状態だった。
 この状態にあってこれまで放置してきた諸問題を解決するには遅く、面倒だとアレクはトーヴァ、そして今迄避けていたハインツと共に、結局部屋の掃除をするのに中身ごと一度外にだすような乱暴なやり方でプラヴダを変えてしまった。
 まずリュシアン、そしてゲーリングに傾倒していた隊士は膿と出された。
 更に上下関係はありつつも隊長クラス以外に明確な差異が無かった組織に階級を導入する。階級を割り当てる際ベースとされたのは、元々隊士達が持っていたものだ。
 上下関係がフランクであっても、隊士一人一人に求められていたのはどのような状況下にあっても折れない根性で有り、能力であった。その為、始めから隊士の多くは何らかの軍閥に所属した経験のあるものばかりだったのだ。
 そして彼等が所属する、或はかつて所属していた軍での階級をベースに、相当するものと割当てた後現れたのは、中隊。要するに軍組織である。
 これを運用していく為、スポンサーとして名乗りを上げ(させ)たのは地球の何カ国かの軍であった。
 実は地球出身の軍人がパラミタに趣きエレベーター式に教導団に所属する事はリスキーな問題とされる部分が有る。
 団長という巨大なカリスマを前に彼に心酔すれば、兵士が出奔したまま地球に、元の軍閥に戻って来なくなるという自体が憂慮されていたのだ。(それでも国軍に所属する教導団に自国の兵士を派遣する事で得られる利益は大きかった為、各国は変わらず教導団へ所属する事を推奨していたが)
 軍を学校と無理矢理比喩するなら、交換留学に近い制度は存在する。スポンサー達は、各国ごった煮のインターナショナルスクールのそれに近いものとしてプラヴダを認めた。
 認めたと言ってもこれはあくまで非正規で有り、施設や隊を保って行くのに必要な経費のみ与えらるだけで給料等は存在しない。一種のボランティア団体という形だ。
 これによって出て行ったのは、教導団に所属していた者達である。教導団団長は中国人であり、つまり教導団はある種中華系の軍閥と言える。そこへ所属している者達が、米国や中欧、東欧等の支援を受ける団体に所属するのは色々と面倒があったのだ。
 このような経緯を経て最終的に残ったのが、今のプラヴダの面子だ。
「――って風にね、ここは変わったの。見れば分かると思うけど、ココはボランティア団体という名の軍隊よ。
 軍隊として軍人達が仕切る様になったら、とーぜん訓練も厳しくなった。だからテキトーにやってた仲間は出て行ったの。アタシはキアラちゃんに今彼等と一緒に出て行っても構わないって言ったわ。でもその後も、キアラちゃんはココに残った。
 今迄とは違う意識でね」
 息を吐き出し一度区切って、トーヴァは続ける。
「お姉様と居られればいいからって言ってたあの子は、皆と会って変わったって思うのよ。
 人を護る事、責任を負う事を覚えて、誰かの為に頑張るようになった。
 それを見ていたアレクは、あの子に特例の階級を与えた。他の皆もそれを認めて歓迎したわ」
 横目で見ていたアイスブルーの瞳は、僅かに濡れている。自分への後悔か、妹分が巣立って行く寂しさか。否、きっとそれは色んなものが混ざった結果なのだろう。
「私だけが成長を見ようとしてなかったのよ、多分甘えてたのは私だったのね……」
 立ち上がって、トーヴァは武尊に手を伸ばす。引っ張られながら二人視線を交わす時には、トーヴァの顔には何時も通りの笑顔が浮かんでいた。
「武尊君、キアラを宜しく。アタシの、大切な妹なの――」
「ああ、分かった」
 サングラスの下に答えそのままを宿した瞳がこちらを向いているのを見て、トーヴァは安堵の吐息を吐き出していた。



 武尊と別れたトーヴァは、ぱたりと友人たちに出くわした。
 神崎 輝(かんざき・ひかる)と彼のパートナー一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)水瀬 灯(みなせ・あかり)の四人だ。
 明らかに気が立っている様子に、トーヴァは何時もの調子で挨拶をするが、輝達の口から出たのは謝罪の言葉だった。
「この前の事、本当にすみません!」
「……いいのよ。アタシの方も悪かったというか……元々はミリツァ……様? が悪いし、更に辿ればあの子を唆したゲーリングが悪い。
 一概に誰がどうとは言えないわ。謝らなきゃならない相手は決まっていると思うけど」
 暗にその謝罪はジゼルへ向けるべきだと示して答えるトーヴァに、瑞樹は頷いている。
「私達、とんでもない事しちゃったな……」
 その言葉を、トーヴァは敢えて否定はしなかった。
 操られていたとは言え、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)によるジゼルの殺害未遂を幇助してしまったのは事実なのだ。
「ジゼルちゃんは優しいわ。その優しさに甘えてはいけないと思うけど、アタシ達に出来るのは兎に角謝って、行動で返す事じゃない?」
 下を向いた瑞樹の肩を叩いて、トーヴァは考え込んだ様子の輝へ向き直る。
「輝君?」
 どうしたのと問いかけるような声に、輝はハッとして決意し悩みを打ち明けた。
「はい。あと、そのことと言うか、関係なくもないかと……」
「うん?」
 肩をすくめて先を促すトーヴァに、輝は続ける。
「東雲さんの事なんです。
 何だか、あれからずっと元気が無いみたいで……流石に不安なので、一緒に励ましてもらえないでしょうか」
 そう真剣な眼差しを向けて、最後の言葉に苦笑混じりになりながら輝は「ほんとは、ボクがしっかりしなきゃいけないんですけどね……」と付けた足した。
「そうね――」
 腕を組むのを逡巡する間と置いて、トーヴァは改めて口を開く。
「この間の件に輝君たちは関わってしまった。
 でもあれは元々彼の問題よね。
 多分……第三者のアタシ達に出来るのは少ないわ。
 洗脳やら黒幕やら考えると自体は複雑に思えるけど、一度バラバラに開いて纏め直すとこれって単純な事だと思うのよ。
 つまり恋愛の問題というか……結局は本人の意志よね。彼がどうしたいかをアタシ達は知らないし、聞いたところでそういうのってどうしてやる事も出来ないわ」
 複雑な顔で言葉の続きを待つ輝に、トーヴァは考えを纏めもう一度口を開く。
「相手が悩んでいる時に手を差し伸べてあげたいと思う輝君の考えは優しいと思うし、アタシは好き。
 でもね、距離をとってあげるのも、優しさだと思うのよ」



 契約者が集合迄の僅かな時間は終わり、一団は目的地へと向かう。
 それぞれが配置に着き行動を開始するのに先んじて、ジゼルが構造色の羽根を顕現させると、アレクと二人施設の表へ堂々と進んで行った。