天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

人魚姫と魔女の短刀

リアクション公開中!

人魚姫と魔女の短刀

リアクション



【駐屯地にて・4】


(アレ君が誰かのために何かをしようとするとろくなことにならない、だから軌道修正する……)
 頭の中でそんな事を考えながらやってきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、ロビーでアレクの姿を見つけるなり彼の前で仁王立ちしてみせた。
「アレ君、屈みなさい」
「やだよ」
「なんで」
「厭な予感しかしないから」
 答えた瞬間明らかに舌打ちをした音が聞こえてきて、アレクは息を吐く。リカインの与えてくる試練と遭遇するのはこれが初めてでは無いから、大体予想もついていた。
「念の為聞くけど……何するつもりだった?」
「頭突き」
「俺そこまで神経過敏に見えるか?」
「見えるわ」
「…………それは……仕方ないよな、だってあいつ人のものを……。
 碌でもない事って続くものだよ、ナンバーテン(*米軍スラング・最悪)」
 途中からアレクは泥のように濁った目を歪ませ、引き攣った笑顔を浮かべている。
「ポーチドエッグと女は二つに割れないんだよ。割れたとしても両方俺のだけどな。しかし、まあ……巫山戯た事言いやがって本当もう殺してやりたい」
 地獄耳は精密に音を捉えていたようだ。本来ならばあって然るべき残虐シーンが行われなかったのは、リカインが先にアレクのところへやってきた事と、ハインリヒが先に動いたお陰だろう。
「アレ君、顔危ない、危ない」とリカインが注意していると、そこへジゼルがやってくる。
「ジゼル君、丁度いいところに。アレ君を冷静に戻す為に頭突きして」
「え?!」
「私じゃ届かないけど、ジゼル君は飛べるし。避けなさそうだから」
「え、えと……んと……」
 リカインの提案に髪を撫で付けたり視線を彷徨わせたりと散々してから、ジゼルはふわりとその場で舞い上がった。二人が黙って様子を黙って見守っていると、徐に伸ばした両手でジゼルはアレクの頭を掴む。というかそっと包み込む。
 考えの末にジゼルは「ぎゅっ」と、わざわざ声に出して、アレクを頭突きどころか優しく抱きしめながら黒髪を撫でていたのだ。
「ジゼル君、それは頭突きじゃないわ」
「その……そうなんだけど。頭打ったら『私が』痛いし、冷静にっていうならこれでもいいかなーって。抱きしめて貰ったり、撫でて貰うと安心するでしょう?」
「ふおおおっ何コレ! 何コレッ! 視界が幸せ!! 感触が幸せ!!」
「更に興奮状態になってる気がするけど……」
 学生服のブラウスと下着しか身につけていない豊かな胸にホールドされてアホ丸出しの発言を始めるアレクを見て、落ちてきた長い髪を片手で後ろへやりながらリカインは言った。
「でまあ薄情なようだけど今はミリツァ君のことは忘れて目の前の相手、ジゼル君との共同作業に集中しなさい」
 アドヴァイスだけして戻ろうとしたリカインは「ああそう」とくるりと後ろを振り返る。
「忘れるところだったわ。
 ジゼル君、君の勝負ぱんつの件だけど、これが終わったらちゃんと説明する」
 そう言って、舞台人らしく背筋を伸ばし歩いて行くリカインの格好良過ぎる後ろ姿に、ジゼルは叫んでいる。
「待って、パンツって何!? ちょ、リカイン行かないで! 今説明して!!」
 しかし長い足で進んでいるからか、後ろ姿は既に豆粒と化しており、おまけにホールドしていた筈の相手に捕まる形に成っていたジゼルはリカインの説明を聞く事が出来なかった。
 がっくりと項垂れる彼女の後ろに、呆れたような笑い声が聞こえてくる。
「心配してたけど、やっぱりいつも通りよね」
 ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)が眉を上げながら、ティエン・シア(てぃえん・しあ)高柳 陣(たかやなぎ・じん)と共にジゼルの元へやってきた。
「これ終わったら、みんなでどこか遊びにいきましょ。温泉でゆっくりしたいわね」
 そう日常を口に出して、本当に言いたい言葉――
(だからちゃんと、怪我しないで帰ってきなさいよ)は、心の中に止める。
 そんな義姉の横で、ティエンがアレクの服の裾を引っ張って、指切りしようと小指を差し出す。
「絶対にミリツァお姉ちゃんを連れて帰るから、アレクお兄ちゃん達も無事に帰ってきてね」
「アレクは大丈夫だろ」
 と、微笑いながら言うのは月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。遠野 歌菜(とおの・かな)がそれに続く。
「アレクさん、頼りにしています!」
 にっこりと笑って、今度はジゼルに向き直った。
「ジゼルちゃん、アレクさんの手綱をしっかり握ってね」
「アレクさん、ミリツァさんのこと任されました!
 ですから、ジゼルさんのこと任せましたよ!」
 次百 姫星(つぐもも・きらら)が握りしめた拳で約束を誓う様に、胸の前に掲げる。
「どうぞ、御武運を……」
 しとやかな様子で言いながらルゥルゥ・ディナシー(るぅるぅ・でぃなしー)は(イジる相手がいなくなるとつまらないから)の部分を巧妙に隠している。
 こうした皆のエールを受け取って、漸く解放されたジゼルがとても嬉しそうに「うんっ」答えた。
「私はアレクに手綱を括って握ってでもアレクに任されてアレクは歌菜に頼りにされながら私を任されて無事に帰れって、それで今度皆でお出かけ!」
「否、全部足さなくても――足してもいいんだけど……なんだか頭がおかしくなりそうだ」
 思わずこめかみを抑えるアレクに皆が笑っていると、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が輪に加わった。
「アレクー、紹介するね。これ、私の姉でうちの旦那の嫁候補のニーナ・ジーバルス。
 族長がハコと結婚するように言って、私も賛成して今ふっつけてる途中♪」
「えっと、ハコくんから『この前はおかしな事をして申し訳ありません』と。
 私も謝罪するわ……ごめんなさい、せめてもの償いとして今回は手伝わせてほしいのだけれどもいいかしら?」
 頭を下げて、ニーナはそう言った。
 『ハコ』とはソランの夫で、先日仕事で毒を浴びたというのに外に出ようとした為自宅のベッドに縛られているハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の事だ。
 先日の白雪姫作戦の時、アレクたちを偶然街で見かけたハイコドとニーナらは何故か彼等を追いかけ撮影していた。その行動をかつてストーカー被害に遭っていたアレクに不愉快だと反応された為、謝罪にきたのだろう。
 アレクが厭がったのはそれだけではなく、ソランという妻が有りながらニーナとも関係を持っているであろうハイコドの不誠実さも含まれていたのだが、今のソランの言葉を聞く限り、三人の関係は妻公認――むしろ妻が後押ししている状況だった。
 それの原因はソランが幼い頃に溯る。
 姉のニーナが亡くなった後、族長候補であり繁栄の証を持った彼女を死なせたということで、ソランの家族は軽い村八分状態にあった。
 鈍ら刀の鞘しか仕事を回してもらえなくなった鞘師の父。
 自らの結婚式には若い衆と族長しか来ない。
 ソランがそんな状況に鬱憤を募らせていたある時、とある事情でニーナが復活したのだ。
 直後、皆がソランらに対して掌を返したかのような対応を取り始める。
 その時からソランは思っていた。
『こいつらが二度と私達家族に何も言えないようにしてやる』と。
 そしてそれを形にしたものが、幼い頃姉と約束した『2人でハイコドのお嫁さんになる』だったのだ。
 族長候補のニーナがハイコドと結婚すれば、一族の中で二人は揺るぎない地位を手に出来る、延いては自分の幸せも含まれるだろう。
「2人を結婚させてほしい」とソランに言われた族長は、そんなソランの考えを見抜きながらもハイコドとニーナに結婚するよう告げたのだ。
「私がどんな考えか、これで分かるよね」
 そう言って、ソランは昂りに歪ませた唇をニーナへ押し付けた。
「んぅ!?」
 有無を言わさない強引な口づけに、姉は悶えるような声を出すが、ソランはニーナの胸に自らの胸を押し付けるようにピッタリと密着し、離れない。
 ――数十秒か、それよりも上なのか。
 間があってやっと離れると、ソランはアレクへ艶然とした笑みを向け勿体ぶった口調を作る。
「私、あなたが思ってるような女じゃ無いわよ?」
「こんな人の多い所で何するのよ!」
 此処はロビーなのだ。話し掛けた相手のアレクどころか、皆が見ていた。頬を火照らせたニーナがソランへ詰め寄るが、唇を歪ませているソランの目はしらっとした冷たさを持って無言で居る。
「You are annoying.」
 間を挟まずにアレクの呟きにジゼルが即座に「アレク!」と嗜めたのを見れば、あれが余り良い意味で無いのはソランにも伝わっただろう。
 彼女が眉を顰めたのに、自分の行動が失敗だったとジゼルは反省したが「あんた鬱陶しいんだよ」などと言う喧嘩腰な言葉がパートナーから出たのだから黙っている事は出来なかったのだ。
「……ええとねソラン」
 無礼をフォローをするつもりの微妙な切り出し方でジゼルは始めた。
「あなた達になんとなく――、事情が有るのは分かるわ。
 けどそれってアレクに『今』関係ある事かしら……」
 ジゼルが今ソランとアレクの間に入っているのは、どちらかを守ろうとしているのだろうか。何れにせよ余り好ましく思えない状況に、羽純達は何時でも割って入れる様にと身構えつつも、ジゼルを見守る。
「『そういう』文化や考えの人が居る事も知ってるけど、それって誰もが認めてくれるものじゃないと思うの。
 悪いけど、私は余り好きじゃないわ。だから……」
 ジゼルはさっき、コードの申し出を断ってきたところだった。
 ただでさえ互いにただ一人だけを愛すると誓う結婚に夢を描いていた年頃と時期だというのに、世間では重婚という考えが有る事を突きつけられるとマリッジブルーに陥ってしまいそうだ。
「堂々とするのは良いけど、理解を押し付けるようなやり方はきっと良く無いわ」
 首を横に振るジゼルに続いて、アレクが口を開く。しかしこちらはソランに対する答えでは無かった。
「償いだとか言うんだったら今直ぐ帰って貰って構わない。俺はそんなもの望んで居ないし、筋合いも無い。あんたらがやった事については正直どうでもいい」
 明瞭な言葉でそう告げられて、ニーナは肩を震わせた。アレクの前に顔を出す事自体(ソラもいるし大丈夫、怖くない)と気持ちを半分ねじ曲げてきたのに、こんな風に言われるとどうしても踵を返して走り去りたくなる。
「此方とあちらの戦力差、情報量から言って状況は圧倒的に有利だが、命を掛ける事に変わりはない。
 戦う理由を他人の為とするのを否定はしないが、それはただの自己満足だ。その自己満足が自身の目的に繋がるならいい。繋がるならな。
 ――なぁ、アンタは償いなんて聞き心地の良い言葉に置き換えて、いざ死にかけたら自分の行動のバカさ加減を肯定出来るのか?」