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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 15 己のするべきこと。

 ――治療スペースにて。
「た、大変なことになっちゃったね……」
 隣で不安そうな表情を浮かべていたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)が、影月 銀(かげつき・しろがね)の袖を引っ張って言った。彼女の手は震えてはいない。おろおろとした様子ではあるものの、怯えてはいないようだ。銀は、まずそのことにほっとする。彼女を傷つけるのはもちろん、怖い思いもさせたくはない。
 なので、ぐるりと辺りを見回した。まずは状況把握をしなければどうしようもない。
 見たところ、生物兵器らしき兎が人を襲っている。それ以上でもそれ以下でもない。なぜ普通のデパートにそんなものが湧いたのかは甚だ疑問だが、考えてもわからないことなので考えないことにした。
「……よし!」
 銀が周囲の様子を見ていると、後ろでミシェルが気合を入れる声を出した。なんだろう。この状況に彼女の優しさスイッチが入ったのだろうか。
「できることをやらないと」
 そのようだ。ミシェルは独り言のように呟き、「銀!」と銀の名を呼び走りだす。追いかける。
「何を?」
「怪我をしている人を探してここに連れてくる!」
 言うが早いかミシェルは治療スペースを出て行った。銀もその後を追いかける。ミシェルに危険なことはさせたくない、というのが本音だが、彼女の意思も尊重したい。
 ミシェルは剣の結界を展開し、目立つように仕向けて動いていた。銀はそんな彼女の前に立ち、神経を尖らせ注意深く進む。
 そうした状態でまず治療スペース近辺から探したが、この辺りにいた怪我人は軒並み保護されたらしく、床に血の跡はあるものの人はいないという光景が続いた。
 呻き声を聞いたのは、さらに少し探し歩いてからだった。急ぎ早足で声の方向へと向かう。
 曲がり角の先に、男が倒れていた。中肉中背の、いかにも一般人といった男だった。男の腹に、兎が噛り付いている。絶叫もの痛みだろうに男が悲鳴を上げなかったのは、ショックで半ば意識が飛んでいるからのようだった。虚ろな目が宙を泳いでいる。
 銀は素早く一歩踏み込んだ。兎までの距離を大股で詰める。兎は男しか視界に入っていなかったらしく、銀の存在に気付いていなかった。そのせいか銀に対する反応は拍子抜けするほど遅く、呆気なく首が宙を舞った。
 ミシェルが男の傍に駆け寄り、ヒールで応急手当を済ませた。呼吸が浅く速いが、生きている。生きて治療スペースに辿り着ければ、まだなんとかなるかもしれない。
「頑張って! もうちょっとだから! 助けに来たから!」
 必死で声をかけ、ミシェルが男を背負った。
「た、助けて……」
 その時、店舗から這うようにしてまた別の男が現れた。彼は足を怪我していて、床を這って銀たちに近付く。ミシェルが銀を見た。銀は首を横に振る。
「俺が背負うのは無理だ。誰が戦う?」
「でも置いていけないよ」
「応急手当は?」
「あくまで応急だもん。傷をきちんと塞いで歩かせるのは、ちょっときついよ」
「ならばもう一度来るしかないな。急ぐぞ」
 冷静に判断して動いたつもりだが、足を負傷した男は見捨てられたような気分になったのだろう、急に大声で喚きだした。このまま叫ばれると厄介だ、兎が寄って来るかもしれない。
 眠っていてもらおうか、と考え一歩近付いた時、銀たちがやってきた角の先から見覚えのある男が顔を出した。目が合う。思い出せないが見覚えがあった。
「ん? お前は……」
 向こうにも覚えがあったらしく、ぎくりとしたような顔をされた。その表情で思い出す。いつぞやかの写真屋――紺侍だ。
「昔俺たちをこっそり撮った奴だな」
「うわあわあああ。その節はすんません!」
「落ち着け、責めるつもりはない」
 が、責任を感じているなら丁度いい。
「手伝ってくれ」
 親指をくいと後方に向ける。紺侍の視線がそちらへ向いた。惨状を見て眉を顰め、それからこくりと顎を引く。無言で男に近付いて、軽々と抱え上げた。
「で、どうするんスか?」
「治療スペースの場所を知っている。行くぞ」
 行きと同じように率先して進む。血の匂いに惹かれたのか兎が寄ってきたが、相手が動くより先に動いて忍刀で切り伏せた。
 先手を取り続け、どうにかして治療スペースに着くと全員が全員ほっと息を吐いた。
「助かったよ、紡界さん!」
 ミシェルが紺侍に微笑んだ。紺侍もミシェルに笑い返す。
「いやいや。お役に立てたなら何よりで」
「お前はこの後どうするんだ」
「オレはちょっとやることが」
 会話に銀が割って入ると、紺侍は端的に答えを返した。「おふたりは?」と質問を重ねる。
「もう一度怪我人がいないか探しに行く」
「手伝ってくれたらありがたかったけど……」
 銀の言葉をミシェルが継いだ。紺侍は眉を下げ、すんません、と謝る。
「探してる人がいるんです。オレ、今日その人とこの階で待ち合わせしてたから……」
 みなまで言わずともわかった。ミシェルも同じだったらしい、言葉の続きを飲み込んで、そっか、と頷いた。
「紡界さん、どうか、無事で」
「ありがとうございます。おふたりもお気をつけて」
 治療スペースの入り口で紺侍と別れ、銀たちは再び怪我人を探しに向かった。


 洋服の生地を買いに来ていた。趣味の衣装作りや、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)の洋服を作ろうと思って。
 他にも気になった店があれば見て、最後にはみんなでデパ地下を回り試食をし、今夜の夕食の惣菜を選んだら帰ろう、と富永 佐那(とみなが・さな)は計画していたのだ。
 それがこんなことになるなんて。
 後悔じみた気持ちを抱きながらため息を吐き、佐那はこんな状況でも変わらず役目を果たしているコインロッカーに買った荷物を詰め込んだ。
「ごめんなさい。私が猫を見たいって言ったばかりに……」
 佐那の後ろでは、ソフィアが涙声でごめんなさいを繰り返している。そんなソフィアの頭をエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が撫で、慰めている。
「気に病む必要はありませんわ、ソフィーチカ」
「でも……」
「可愛い動物を見ているととても心が安らぎますわ。ね?」
「……はい」
「ですよね。だから、騒ぎが落ち着いたらまた来ましょう?」
「……ごめんなさいぃ……っ!」
「だから、平気ですのに」
 泣いてしまったソフィアが落ち着くのを待って、佐那は移動を提案した。
「このままここにいても兎の餌になるだけですわ。出口を探しましょう」
 しかし、出口はなかった。エレベーターは扉が開かず、階段やエスカレーターはシャッターが降りて封鎖されている。また地下であるため窓もなく、外へ出る方法もない。
 八方塞りだ。再びため息を吐きたくなったがソフィアの手前自粛する。
 ひとまず歩き回っていると、治療スペースがあることに気付いた。
「怪我人が多いですもんね……」
 エレナが治療スペースを見ながら呟く。救助がいつ来るかわからないのだ。放っておくと死ぬような怪我を負った人間もいるだろうから、こういった場ができることは想像に易い。
「ちょっと休んで行きましょうか」
 提案すると、エレナもソフィアも無言で頷いた。異常事態での緊張もあって疲れが溜まっているようだ。治療スペースの一角に腰を下ろし、このままどうするのかと作戦会議を開く。
「大きく分けて選択肢は三つね」
 佐那は、一本一本指を立てつつ案を述べた。
「このままここで助けを待つか、兎を駆逐するか、脱出経路を切り開くか」
 とはいえ、二番目の案はあまり現実的ではない。佐那たちの純粋な戦闘力はそう高くないのだ。一、二羽迎え撃つくらいならできるかもしれないが、何羽いるのかもわからないものを全滅させるとなると、それはもはや夢物語に近い。
 ではこのまま助けを待つか、というと、それも性に合わないわけで。
「脱出しましょう」
「はい……じっとしてるなんて、できません。脱出経路を見つけて、みなさんにお教えできたら……」
 どうやら全員意見は一致したようだ。顔を見合わせ、頷く。立ち上がり、治療スペースを後にした。

              ⇔

 ばたばたと、大きな足音が響いていた。反射的に佐那は身構え、エレナはピーピングビーを空中に潜ませる。ソフィアは影に潜む大猫――ゼフィールを呼び出して牙を剥かせている。
 足音の主がこちらへ向かってくるのが見えた。紺侍だ。紺侍の後方には兎が六羽いる。兎は壁を蹴り飛び掛り狂爪を振るった。紺侍はそれを手にしたナイフでかろうじて防ぎ、つんのめりながらも走る。その目が佐那たちを見つけ、「逃げて!」と叫んだ。
 もちろん、逃げない。
 佐那は無言のままパラキートアヴァターラ・グラブを装着した。パラキートアヴァターラ・グラブは風の力が込められた『ギフト』で、装着して風術を使用すると風の力を凝縮できるようになる。これは、同じく『ギフト』であるキーウィアヴァターラ・シューズと組み合わせることで真価を発揮する。
 と、いうのも――。
 凝縮した風は、サッカーボール大である。本来なら触れると怪我をするであろう風の弾に、この靴は難なく触れることができる。
 触れられて、そして対象がサッカーボールなら、あとは蹴るだけでいい。
 蹴り飛ばした風の弾は紺侍の後方、床の上で炸裂した。地面にいた兎が吹っ飛ぶ。さらにその直後、吹雪が舞った。エレナの展開したホワイトアウトの効果だ。これで五羽が戦闘不能となった。残り一羽は壁に張り付いていたが、戸惑っているところをゼフィールに丸呑みされた。
 ぽかんとしている紺侍の手を、佐那は引っ張る。
「逃げて」
 先ほど彼が言ったセリフを、そっくりお返しする。紺侍が走ってきた方向から、騒ぎを聞きつけたのかさらに数羽の兎が追って来ていたからだ。逃げる直前、佐那はシュレーディンガー・パーティクルを発動させる。ホワイトアウトの吹雪もあるし、なかなかいい妨害になるだろう。
 しかし根性のある固体が一羽いたようで、その固体だけはぼろぼろになりながらも四人を追跡してきた。それを見たエレナが足を止める。どうしたのかと呼びかける前に、エレナは兎に向かって封印呪縛を施した。続いて封印の魔石に兎を捕獲する。
「捕まえるの?」
「先ほどソフィーチカに提案をされたんです。この兎をなんとか捕まえられないか、と」
「原因がわかれば、今後の対処のしようもあると思って……」
 なるほど、それもそうだ。「素敵な提案です、ソフィーチカ」ソフィアのことを褒めつつ、走る。目的地は適当な店だ。店内なら棚が多く、隠れる場所には事欠かない。
 ひとけのない店に入ると、ピーピングビーを棚の上に潜ませるなど警戒体制を敷いて一息ついた。
「大丈夫ですか?」
 連れてきた紺侍に声をかけると、彼は息を整えながら「はい」と頷いた。細かい傷は多いものの、見たところ大きな怪我はないようだ。
「ひとりで逃げていたのですか? おひとりでは危険だと思いますが……」
「ああいえ。人を、探していて」
「人を」
「はい。この階で、待ち合わせをしていて。たぶんその人、オレんこと探してると思うし。オレも探さなきゃ」
「けれどお互いに捜していたのではすれ違ってしまいませんか? どこかで待っていた方が……」
「迷子ならそれでいいと思うんスよ。でも今、そうじゃないでしょ? 怪我してたら? ねェ、どうすりゃいいんスか」
「…………」
 紺侍は、外見からはわからなかったが相当焦っているようだった。本人も自分の発言を聞いて気付いたようで、はっとした顔をしていた。
「……すんません。なンか、当たるような真似」
「いいえ。こちらこそ、余計なお世話を焼いてしまいました。どうぞ、行ってください。お気をつけて」
 そう伝えると、紺侍はぺこりと頭を下げて店を出て行った。
「……あの人、探している人に会えるといいですね」
 紺侍の走り去る姿を見ていたソフィアが、ぽそりと呟く。
 そうですね、と頷いて、佐那は店の入り口に目を向ける。
 紺侍の姿は、すでに見えなくなっていた。