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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 11 通さぬ決意、その身を挺して

 重傷者を治療するエリア。その外には当然血の匂いが漏れていく。それに惹かれるように大量の兎達が集まってくるのもまた道理。
 そう、ここは最前線。常に死と隣り合わせの危険な場所。
「あー……そろそろ、限界、かねぇ……」
 そう呟く男性の身体からは無数の触手が伸びており、それぞれが兎を絡め取って行動不能にしていた。
 兎の数は多く、次第に触手ですら対応しきれなくなってきているのを感じているハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は最後の手札を切るかどうかを思案する。
(でもあれやると……怒られそうだよなぁ……どうすっかな……)
 他の契約者達が前線で抑え込んでいるが、兎の数は増える一方である。
 後方の最後の防衛ラインともいえるここまで、なだれ込んでくるのも時間の問題と言えそうだった。
 彼の視線の先に兎の群れが見えた。前線を突破し一直線に突っ込んでくる集団。あれが彼の後ろを突破したら、簡易なバリケードに守られているだけの治療スペースはひとたまりもないだろう。
「行くしかないか、まあ……あとで怒られとこう」
 苦笑いを浮かべた彼は兎の一団へと突進する。兎の一団と相対し、彼は両腕をいっぱいに広げてその前に立ちはだかる。その様子は敵勢をたった一人で仁王立ちし、止めた古の武士のように。
 彼の身からは無数の触手が壁上に展開され、兎の侵入を阻む鉄壁の壁となった。
 兎は壁を食い破ろうと触手に次々と噛み付くが、噛み付いている間に触手に身体をぐるりと縛り上げられ行動不能になっていく。
 きぃきぃともがく兎達であったが次第に体力の限界だったのかぐったりと動かなくなる。
(すまないな、こんな苦しい方法でしか止められなくて……ぐぅっ!)
 痛みで彼の顔が歪む。触手の壁を展開するには彼自身がその中心にいなくてはならない。いうなれば、その身を攻撃に晒し続けなければならないのである。
 兎達が無遠慮に彼の身体へと喰いついていく。高い防御能力の為か、食い破られるには至っていないが、それでも激しい痛みが彼を立て続けに襲った。
「ぐぅあ……結構きついねぇ……だがな、退くわけにはいかねえんだ……」
 更に増え続ける兎の群れを睨み付け、彼は吼える。
「さぁ兎共、この先行きたければ覚醒したケンセイの俺を喰らい尽くしてみなぁ! そんなチンケな歯で俺を殺せるとは思えないがなぁッ!」
 そう吼えた彼の頭部目掛けて一羽の兎が飛び掛かる。流石にケンセイといえども頭部を潰されれば終わり。
 奥の手を用いて、兎を殺すしかないかと思ったその時、兎が燃え盛る何かによって吹き飛ばされる。
 それはニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)がサイコキネシスで放った焔狼牙【魔剣『朱雀』】であった。
 加減をしていたのか、吹き飛ばされ地に落ちた兎は荒い呼吸をしている。命を奪ってはいないようだ。
「急に走ったから急いで来てみれば、何を無茶してるのよっ!」
「たはは、兎共を押さえる壁を作るには触手の長さ足りなくてさ……俺自身、体を晒さないとダメなんだよな」
「いくら拳聖だからってそんなことしたら死ぬわよ!? もう、心配するこっちの身にも……!」
 会話してる間にも飛び掛かる兎を弾き飛ばし、ハイコドの身を守るニーナ。
 触手の壁に阻まれ、ハイコドよりも前には出られない為、サイコキネシスで武器や周囲のものを上手く操作し彼女は兎がハイコドへ達しない様に防衛する。
 彼女は無造作に転がる冷蔵ケースと思わしき箱に目を付ける。
 それの蓋をあけると、兎達をサイコキネシスで持ち上げ中へと放り込んでいく。ぎゅうぎゅうに詰められた兎達はさながらゲームセンターの景品の様にも見えた。
 限界まで詰まったのを確認したニーナは、箱の蓋を閉じると、その上にいくつもの椅子や机を重ねた。
「これだけすれば、自力では外に出られないわね、よし次っ!」

 後方にて、縛り上げられた兎の前に立つソイル・アクラマティック(そいる・あくらまてぃっく)白銀 風花(しろがね・ふうか)
 二人は何か兎を救う手だてがないかと、模索する為兎に刺さった注射器の分析と兎の診察を試みようとしていた。
 風花がまずは兎をヒプノシスで眠らせる。眠った兎の体表は元の白い色へと戻った。
「これなら、もしかしたら……」
「ああ、まずはこの注射器を調べてみよう」
 ゆっくりと丁寧に頭から注射器を抜き去ったソイルはそれを風花へと手渡す。
 二人は注射器と懸命に調べたが、未知の薬物反応が検出されるだけで手掛かりのような物は一切見つからなかった。
 調べている間にわかった事といえば、兎は眠っていれば大人しいものの、起きればまた牙を剥きその身を変容させる事ぐらいであった。
 途方に暮れる二人の元へ他の契約者達から連絡が届く。
 兎を救う手立ては存在せず。彼らを苦しみから救う方法は……殺して安らかに眠らせてやることだけだと。

 ――――風花はラビットバスター【メルトバスター】を兎へと静かに向ける。
 兎はすうすうと穏やかな寝息を立てて眠っていた。彼女の腕が震える。本来なら、こんな事したくはないのだと。
 一発の銃声。
 ……それは断末魔の様に。
 ……それは木霊する。
 ……それは響き渡る。
 ……それは誰かの泣き声のように。
 不意に風花の後ろから声が掛かる。ソイルだった。
 彼の頬には涙の痕が見えた。静かに立つ彼のその表情は暗い。
 彼の後ろには静かに横たわる兎達の亡骸があった。
「終わらせよう……彼らを、苦しみから救う為に」
「……はい」
 二人は歩き、ハイコド達のいる前線へと向かう。
 兎達を苦しみの呪縛から解き放つ、その思いを胸に。

              ⇔

 兎は治療スペースの一角に誰もいないような場所を見つける。
 ――アソコハ、ダレモイナイ、アソコハアンゼン。
 そう言葉を交わしたかのように兎の群れは本能に導かれるままに空いたスペースへと殺到した。
「悪いねぇ……誰もいないんじゃないんだ、君らにはわからないだけだよ」
 その言葉を聞いた兎の視線がゆっくりとずれていく。最初は何が起きたかわからぬままに足を動かそうとするが、いう事を効かない身体。次の瞬間には、兎は頭部のない自分の身体を見つめていた。
 目を見開いたままの兎の頭部を踏みつぶすと、八神 誠一(やがみ・せいいち)は鋼糸刀・華霞改【アーム・デバイス】を躊躇なく振るう。
 目に見えないほどに細く、薄く長い銀色の鋼糸は扇状に展開され、玉ねぎのスライスよろしく飛びかかる兎をあっさりと三枚下ろしにした。ずるりとずれた兎達は自らに何が起きたかも理解できぬままに、床へぐちゃりと叩きつけられる。
 一旦攻撃の手が止んだのを確認した八神は鋼糸刀・華霞改【アーム・デバイス】を地面に突き立て目を閉じて意識を鋼糸の制御のみに用いる。
 近づいてくる兎の一団。その進行方向に鋼糸を順次展開する。まずは一層、多くの兎が斬り裂かれ、肉の塊へと変わった。まだ半数も減っていない。
 一層目の直撃状況を考慮し、二層目の鋼糸は向きと密度を変えてみる。本能のまま突進する兎達は腕を飛ばされ、足をもがれ、半身を失ってもなお、引きずるように前進してくる。彼らを動かすのは細胞の本能。生を求める為に死を求める。悲しき本能。
 三層目は一層目と二層目から割り出した兎の通れないであろう幅を計算し、展開する。辛うじて走れる状態であった一部の兎達も鋼糸に触れた瞬間、痛みを感じる暇もなくモノ言わぬ肉の細切れとなる。
「ミンチにしないと、その動きを止めないなんて……胸糞悪い手を施してくれたもんだねぇ……黒幕さんはよ……」
 一瞬だけ冷たい目線に変わった八神はすぐに元の表情に戻ると、鋼糸刀・華霞改【アーム・デバイス】を地面から引き抜いて溜め息をつく。
「はぁ……多層展開なんかやるもんじゃないねぇ……一個一個の制御が面倒で仕方ない」
 遠くに見える兎の一団を見ながらやれやれといいながら、彼は歩いていく。兎を殲滅する為ではなく、治療スペースを守る壁となる為に。
 そして、その中でちらりと治療スペースを振り返った。そこでは、青い髪をした少女が一生懸命に怪我人の治療を続けていた。それを確認して、再び誠一は前を向く。
 ――ここでの戦いは、俺にとっては、正直どうでもいい戦いだ。
 だが、知り合いの知り合いがここでくたばったりしたら、それはそれで後味が悪すぎる。
 事が収まるまで、安全な場所を作り上げてやっても罰は当たるまい――
 そう思いながら、彼は兎達を葬っていった。

              ⇔

 初めは休日を台無しにした兎へ、また、その兎を作り出した男への恨みを込めての一撃だったのだが。
「せっかくの! お買い物! だったのに!!」
 鞭で攻撃したことにより、ルシェンは完全に女王様モードに突入していた。奈落の鉄鎖で封じた兎を歴戦の武術で滅多打ちにするその姿は、喜びに溢れているとしか思えない。
 実際、彼女は歓喜の笑顔を浮かべている。
「この! 責任は! 取ってもらうわよ!!!」
 彼女の足の下では、踏まれた兎がわたわたと慌てている。手足をばたばたさせてきーきー言って何とかルシェンの足から逃れた兎は、その瞬間にヴァイパーウィップで攻撃されてぶっとばされた。そして、重力の過重をかけられて動けなくなった兎がすぐに新たな踏み台となる。その兎も手足をばたばたさせてきーきーと……
(か、関わりたくねー……)
 Sっ気全開で吹っ切れ、遠慮会釈なく鞭を叩きつけている彼女を遠目に、ラスもまた光条兵器のハンガーを出して向かってくる兎に逐一止めを刺していた。さて、ハンガーといえば多くの者が真っ先に思いつくのは武器ではなく洋服をかけるアレだろうが、最初に光条兵器を出した時――壊れた携帯電話も何とかそこだけは機能した。通話不能でもピノと繋がってはいるらしい――光る洋服かけが出てきたことは秘密である。ピノが洋服を見回りまくっている所為なのか、自分の中でもハンガーといえば洋服かけという認識が第一位に来ているのかその理由はあえて突き詰めないが。
「……で、お前はそれ以外に武器はねーのか?」
「最初に洋服かけを出した方に言われたくはありませんわ!」
「…………」
 兎を蹴り付け、相変わらず足からズドンと何か――銃弾を発射して攻撃を続けているノートは、ラスの台詞に兎から目を離さずに言い返す。彼女が先程から使っているのは、冬ブーツ兼、として履いて来ていたファイアヒールだ。しかしこれは、魔法攻撃力0のところを見るとエネルギー弾形式のブーツではない。銃弾に限りがあるのではなかろうか。
「剣は、1階のコインロッカーに預けていますのよ!」
 ズドン、とまた一羽、兎が吹き飛ぶ。
「……ちなみに、何を持ってきたんだ?」
「シュヴェルトライテ家に伝わる家宝を二本、持ってきていましたわ。簡単に説明しますと、黒い剣と光の剣です。ですが……!」
 ズドン、とまた一羽、兎が吹き飛ぶ。
「デパートへの買い物に、武器防具完全フル装備で来る様なTPOの何たるかも判らない買い物客が居るとお思いですの!?」
『……………………』
 治療スペース周囲の戦闘は、全羽を葬ると決めてから激化している。戦闘音が常に響く中でのノートの発言は、武器を振るう皆の動きを一瞬止めるのに充分なものだった。遠くで戦うガルディア達も、聞こえていたらきっと動きを止めているだろう。女王様化したルシェンでさえ、目を点にする。彼女の足元から、兎が一羽、逃げていった。

 ――その頃、平和な平和なツァンダでは――
「今、お嬢様が不特定多数の相手へメタ的なDisりをした様な気が……」
 ――イディアと遊んでいた風森 望(かぜもり・のぞみ)がはて、と首を傾げていた――

「だから、こういう護身用のもの位しかありませんのよ!」
 自分以外の皆の反応には気付かずに、ノートはまた一羽、兎を葬る。ズドン、ズド……
「あら? 弾が……」
「戦えないなら避難誘導でもしてくればいいんじゃないか?」
 ぷす、ぷす、と空気だけを射出するファイアヒールを見下ろし、ラスは言う。ノートは「くぅーーーー!」と地団駄を踏みそうな表情でブーツを見下ろすと治療スペースから駆け出した。
「見てなさい! わたくしが完璧な避難誘導を見せてさしあげますわ!」
「……ラスさん」
 カタール二本を手にした、TPOの何たるかが判っていないらしいザカコがそこでラスに話しかけた。時と共に怪我人が増えていく治療スペースを示して続ける。
「やはり、兎を全て倒しきるまで全員がここで待機しているのは得策ではありません。脱出経路を探しましょう」
「……脱出経路?」
「一緒に手伝ってくれませんか?」
 そんなものあるのか、という顔をするラスにザカコは説明する。清潔とはいえないこの場所に怪我人を長時間留めておくのは危険でもある。今は落ち着いていても、傷口からいつ雑菌が入って体調が悪化するか分からない。
「……分かった。……で、心当たりはあるのか?」
「ありません」
「…………」
 笑顔ではっきりと言い切った彼に抗議の視線を送ってから、ラスはザカコと二人で治療スペースを離れた。その後ろでは、兎達の動きをじっと見詰めていたスカサハが外に出て、ルシェンやエリシア、大地達に声を掛けている。兎の攻めてくる角度やパターンが防衛計画により掴めてきたらしい。
「兎はあの棚の裏からよく飛び出してくるであります! それと、この影から……。後、脚の力が強い兎はそこの柱を上って……」
 更に、彼女はクランとウアタハにも指示を出していく。迎撃態勢が向上したのか、ルーン文字が展開する結界に兎が激突する回数は減っていった。だが、完全に全ての兎を未然に倒すことは出来ず、何羽かの兎が戦いの折々でぶつかってくる。
 その時、また一羽が結界に正面衝突した。同時に避難者達が悲鳴を上げる。今の衝突で、結界の耐久力が限界に来たのだ。そのままスペースに飛び込んできた兎は、怪我人目掛けて牙を向く。
「きゃああっ!」
「……!」
 咄嗟に、朱里は狙われた女性の前に立って意識を集中させた。それは僅かな時間だったが、無事にトリップ・ザ・ワールドが発動して彼女達の半径一メートル範囲に結界――特殊なフィールドが展開される。跳ね返された兎は再び治療スペースの外に出て、真司に切り伏せられる。
 エネルギーソードを手に兎を見下ろした真司は、避難者達の怯えた顔を前に考える。アブソリュート・ゼロで大気中の水分を瞬間的に凍らせて厚めの氷の壁を作れば――彼等が戦いを見て怯えることもないのではないか。
 何より、壁で覆ってしまえばさしもの兎も侵入できない。
 先程、結界に阻まれ続けて中に入れなかったように。
「リーラ、兎達は任せた」
 そう思った真司は、早速氷壁を作るべくスキルを発動させた。