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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 7 ウサギノココロ

 時と共に、収容人数は増えていく。重傷者に対応していると、どうしても軽傷者は放置されてしまう。重傷者ですら即の対応が難しくなってきて、朱里アイビスはワールドぱにっくを使ってミニチュアサイズのキャラクターを大量に発生させた。
「ということで、皆、お願いね」
 アイビスが状況を説明すると、二人分のミニキャラ達はちょこまかと動いて治療道具を運んだり絆創膏を貼ったりと活動を始めた。それだけで随分と余裕が生まれ、それぞれに手を動かしながらではあるが、今後の相談をしようと皆は集まる。結界も未だ耐久力を残していて、後から兎の個体がぶつかったりしているが、中までは侵入不可のようだった。
 ネバーギブアップな兎を諒が眠らせていくその近く――だが、安全圏内での話が始まる。そこには、無事にザミエルとの合流を果たして治療スペースに辿り着いたノアと、やはり事件に巻き込まれていたエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)、そして封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の姿もある。
「せ、千二百羽ですかっ!?」
「そりゃあすげえな……」
 レンから話を聞いたノアとザミエルは、さすがに驚きを隠せなかった。二人だけではない。他の皆も同様で、シーラやセラでさえも驚かずにはいられなかったようである。その理由は――否、それは第6章を参照していただくとして。
 余りに常識外れなその数は、今、この地下二階がどれだけ異常な事態に陥っているかがよく分かるものだった。
「そんなにいっぱい……。ピノちゃんがこの事を知ったら、どう思うだろう……」
 諒がまず心配したのは、小動物から蛇、巨大生物まで、動物を大切に考えるピノのことだった。これだけの事件になった以上、新聞の片隅にちょこっと載るだけではないだろうしニュースにもなるだろう。知らないではいられず、何より、彼女も今、このデパートに居るのだ。自分の足の下で大量の兎が変異し、死んでいったとなればそのショックは相当のものだろう。
「悲しむ程度で済めばいいんだけどな……多分、それだけじゃ終わらない。下手したら、一生の傷になるかもしれない。ピノの心すら壊れかねない……一羽でも怒るだろうに、千以上だからな。流石に、俺でもどうなるか想像がつかない」
「……そうか、それで怒ってたんだな」
「それだけじゃねーけど……」
 納得した様子のエースに、ラスは何とも面映い気分になった。確かに、その大半はピノの反応を想像して余計な事件を起こしたという事に由来するものだ。だが――買い物客全員の命が助かっても、確実に消えざるを得ない命が千以上在る。兎が特別好きな訳ではないが、それは個人的にも面白い事象では決してない。
「今は、時期が時期だしな。なるべく波風立てないようにしておきたかったんだ。“彼”が来る、とは言われてても、その原因を作らなければ……って、お前この話知ってたっけ」
「状況を見れば何となく分かるよ。彼女が来てから、もう随分経つしね。自由にさせているようで、ピノを一人にしないように気をつけてたりもするだろう」
 苦笑しつつエースが言うと、メシエも彼に声を掛ける。
「ピノの事は私も心配している。手伝える事があれば連絡して欲しい」
「! ああ……ありがとな」
 不意の言葉に驚きつつ、ラスはメシエに礼を言った。途中からは皆とは少し離れて話していたのだが、聞こえていたのかファーシーが僅かに移動して訊いてくる。
「え? え、何の話? ピノちゃんがどうしたの?」
「あ……いや、こっちの話だよ。で、これからどうするかについてだけど、あまりのんびりはしてられないよな」
「そうだな。怪我人のことを考えると時間はない」
 エースに応えつつ、レンは床に直接横たわっている負傷者達を見渡した。そこで、ルークが皆に言う。
「ついに、俺が役に立つ時が来ましたね」
「まだ何かアイテムを持っているのか?」
「アイテムだけの男みたいに言わないでください! もう……それは、実際に動くのは俺じゃありませんけど……」
 レンの返しに若干いじけつつ、ルークは携帯電話を出した。空京まで一緒に来たソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)の番号にコールする。
「ソフィアが外に居るので、連絡して関係各所への根回しを頼みます」
 そうして、電話に出たソフィアに彼はデパート地下二階の状況を説明し、ビル管理会社と空京警察、加えて教導団に現状を伝えて怪我人の搬送先となる病院への手続きをするようにと伝えた。電話を切ると、彼は通話を見守っていた皆に少し得意気な表情を浮かべる。
「社会は大きな流れです。だから『交通整理』さえすれば意外と上手く収まるもんです」
「確かに、社会にはそういう側面がありますわ。脱出後は迅速に対応してもらえそうですわね」
「そうだな。それで……」
 ノートが頷き、真司がちらりとヴェルリアとリーラを見る。精神感応を使ったわけではないが、彼女達二人には真司の考えが伝わったようだ。ルークに対し、リーラは言った。
「これからは、どうするつもりなの?」
「え?」
 きょとんとするルークに、ヴェルリアは少し遠慮がちに問い掛ける。
「やっぱり、シャッターが開くまではここにいるしかないのでしょうか? 怪我をした皆さんは、出来るだけ早く病院に運ぶ必要がある気がします」
「……え、えーと、それはですね……」
「結局、現状は何も好転していませんわね」
「……そ、そこまで言わなくても……」
 最後にエリシアがトドメを刺すように言い、ルークは何だか萎れてしまった。この後、彼の連絡を受けたソフィアがファインプレイを起こすのだが、それは彼自身にも、未だ空京移動中のソフィアにも分からないことだ。
 エリシアは続けて、皆に言う。
「まあどちらにせよ、兎がまだ沢山活動しているようですし、今の状態でシャッターが開いてしまったら兎が上の階に移動して人を襲う可能性もありますわ。それを考えると、今すぐに封鎖が解けても怪我人が増えてしまう結果になるかもしれません」
「そうですね。……ルークさん、ソフィアさんはこの地下二階の件についてご存知のようでしたか?」
 ザカコに訊かれ、ルークは「いえ」と即答する。
「初耳だったようです。噂にもなっていないようですよ」
「では……やはり、ここで何とか食い止めておきたいですね」
 話しながら、ザカコはこれまでに見た兎達について思い起こす。刺さっていた注射。あの中には、少量ながら薬がまだ入っていた。
「あの薬をラスさんに注入してみたら、大幅強化で一気に事件解決……」
「……したとしても、誰がやるか」
「ですよね、やっぱり」
 思いっきり苦い顔をするラスに、ザカコは苦笑する。その中で、真面目に解決策を考えていたレンが口を開く。
「確かに、広い範囲に千近い兎達が放たれるのは避けたいな。だが……最悪、どれだけ待ってもシステム復旧の見通しが立たないようであれば、シャッターを力づくで壊して怪我人を運び出すことも考えないといけないだろう」
 その時は、自分が全力で守ろう――そう思いながら、彼はシャッターについて考える。壊す場合はメティスに頼む事になるだろうが、彼女は避難誘導を終えただろうか。もう一度、彼女にテレパシーで呼びかける。
『レン? どうしました?』
(外がどうなっているのか確認したかったんだ。避難は無事に終了したのか?)
『はい。既に終了して、地下一階は私以外、誰もいません』
(そうか。……悪いんだがメティス、暫くそこで待っていてくれないか。シャッターを壊すように頼むかもしれない)
『もうやっています』
(ん?)
『先程から壊そうと試みているのですが……全く壊れる気配がありません。まだ、皹すら入っていなくて』
(…………)
 報告を聞いて、レンは少しばかり黙考する。やはり、この事件は全て仕組まれたものだ。
 そもそも、兎はどの時点で注射を刺されたのか。
 頭に注射器が刺さった状態の兎がペットショップに入荷されれば、当然店員は気付く筈だ。だが、美咲の話では紺侍は『知らない』と言ったそうだ。それならば、兎は店に入荷してから何かの薬物を打たれたと考えるのが妥当だろう。
 ――とはいえ、兎の全てに注射器が刺さっているわけではない。それは全体の一割か、多くても二割だろう。だとしたら注射器の刺さった兎だけが特別なのだろうか。否、刺さっていない兎も強さは変わりないし、変異の仕方も共通している。
 ならば、後、可能性として残るのは――
(入荷の前に注射をしたが、一部だけそれを抜き忘れたか……)
 そう考えれば、紺侍が気付かなかったとしても無理はない。彼とて、千二百もの兎を全て確認はしていないだろう。目視したのは、注射が抜かれた状態の兎だったのだとしたら。
 何にせよこの事件は、実験動物が先の偶発的な事故ではなく。
 この今の状況こそが、実験の舞台として用意された可能性が高かった。
 不自然なシャッターの降下も――何らかの力が働いているのだろう、シャッターが壊れないのもそう考えれば頷ける。
「結局、あの注射を誰が打ったか……恐らく、それを知る事が解決にも繋がるのだろうな」
「……調べてみましょうか」
 それを聞き、大地は神妙な顔でレンに言った。現状を頭の中で整理しつつ言葉を続ける。
「兎に刺さっている注射器に。あるいは兎自身にサイコメトリをすれば何か分かるかもしれません」
「サイコメトリ……なるほどな」
 それならば、注射器についての詳しい事や、兎が注射を受けた時の背景なども確認出来るかもしれない。
「諒くんが眠らせた兎が近くに居ますし、試してみましょう」
 そう言って、大地はすやすやと眠っている兎の背にもふりと触った。その兎は残念ながら、注射器が刺さってはいなかったが――
「……………………」
『……………………』
 サイコメトリを使う彼を、皆は固唾を飲んで見守った。治療スペースに、かつてない無音の時が流れ、やがて「にゃー?」とちびあさにゃんが首を傾げ、それを通訳するかのようにファーシーが彼に声を掛ける。
「どう? 大地さん」
「……この兎は……」
『……………………』
「シーラさんへの恐怖で記憶が上書きされていますね。いくら記憶を探っても、シーラさんのイイ笑顔しか見えません」
「あら〜?」
 その報告に、怪我人の一人に大地の祝福を使っていたシーラはのんびりとした声を出す。
『……………………』
 そして、皆は数拍の間の後で脱力した。話を聞いていた避難者達も脱力する。
「だとすると、そこで眠っている兎達を調べても同じ……何も判らないという事でしょうか……? あ、でも、新しく眠らせた兎なら……」
 白花の言葉を受けて調べた兎からは、『イタイ』『イタイ』という思いしか読み取れなかった。結界に体当りするのは、やはりかなり痛いらしい。中には買い物客を襲った生々しい記憶を持った個体も居たが、それ以上の情報は得られない。
「魔石に封じた兎を調べてみますか? 中から出す必要がありますけど、注射器も刺さっていますよ」
 次に提案したのは、先程の戦いで兎を捕獲していたセラだった。彼女が封印の魔石から兎を出すと、諒が素早く眠らせた。三度訪れた沈黙の中で、大地はまず注射器を調べてみた。器具を通して見えるのは、実験室らしき暗い場所だった。ビニール袋にでも入っているのだろうか、中身が空の状態の注射器に囲まれた視界に、紫色の液体の入った硝子瓶が置かれている。高さ五十センチ程度と推察されるその瓶は、一際大きいクーラーボックスに仕舞われた。室内で動いているのは一人で、体つきから見ても男だろう。白衣を着用しているが、首から上――つまり顔は見えなかった。注射器はその後、旅行鞄のようなものに入れられて何も見えなくなる。情報はここまでのようだった。
 続けて兎そのものに触れてみると、読み取ったイメージの中で兎の赤い瞳と目が合った。不意に上から伸びた手に保定されて頭に注射を打たれた兎は、一瞬びくっとしてから元気を失くしてへたりこんだ。その時点で、薬が満たされた注射は抜かれずに放置される。突然のことに心配する大地視点の兎も尻に痛みを感じ、やがて得体の知れない体調不良に座り込む。
『けけけ、あと少しだ。あと二時間で……祭りが始まる』
 声が聞こえる。兎の頭では何を言っているのか解らなかったが、何故か不安が押し寄せてくる。
 ――さっきまで、楽しかったのに。おうちから離されて、ちょっと寂しくて心許なかったけれど友達も居て。これからどんなところに住むのか話したりして、希望さえも、持っていたのに。それなのに――怖い。
 怖くて、堪らない。
 思い出なんて、まだ少なくて。
 でも、毎日が楽しくて。育ててくれたおかあさんは優しくて。
 疑うことを知らなかった。悪い人の存在も、そんな感情があることさえも知らなかった。
 兎の全ては、暖かさと優しさに満ちていて。
 それが全てなのだと思っていた。
 それなのに。
 どうして、こんなに怖いんだろう?
 もう、楽しい日々はやってこないような気がする。
 二度と、光を見ることはないような気がする。
 終わったんだ……ボクは。
 ボクはもう、消えちゃうんだ。
 ――キエチャウンダ。ナニモ、ナインダ。ナンデコンナコトニ、ナッチャッタノ?
 ――ボクハ、ナンノタメニウマレテキタノ?
『え? 何、このダンボール……動いてる。中に何が……って、兎じゃない。注射……? あっ』
 オンナノコノコエガキコエル。ナニヲイッテルンダロウ?
『しまった……逃がしちゃった。追いかけなきゃ』
 コエガ、アシオトガトオザカッテイク。イカナイデ。イカナイデ――
 コワシテアゲルカラ、イカナイデ。
 ――真っ黒い感情。計り知れない破壊衝動が膨れあがる。狂ってしまった心――心とも呼べないその中で、兎はただ、鳴いていた。人の血の、体内に溢れる熱を、温かさを、求めていた。走らずにはいられない。噛まずには、血を感じずにはいられない。
 果てしない欲望と、それが満たされる狂喜。そして、求めても求めても足りない、孤独と恐怖を……寂しさを消す、何か。

 記憶がぷつっと切れた後も、大地は暫く、兎から手を離せなかった。