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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
「そうか、あいつなんだな?」
 ガルディアの問いかけにリナリエッタは無言のままこくりと頷いた。その表情には恐怖の色が見える。
「となると、今回の依頼者……クラヌはあいつという事になるか」
 リナリエッタに言われ、ガルディアが彼の前に歩み出る。
 依頼者は「実験用の兎の処分」とガルディアに依頼してきていた。
 サイコメトリーから得られた情報を考えれば、単独犯。仲間はいない。そうなると依頼を出せたのは犯人のみ。
 犯人は……依頼者のクラヌ、という事だろう。
「やっと会えたな……依頼者クラヌ」
「え? キミは、何を言って……一般人の俺が何をキミに……」
 ガルディアは刀を抜いて彼の首を飛ばそうと振るった。
 ぴたりと首に当たる寸前で彼は刀を止めた。彼は身をよじるでもなく、恐怖するでもなく、そのままの表情で座っている。
「これこそが、証拠ともいえるだろう。一般人を装うならば、どこぞのペットショップの人間のように……怯えて見せるんだったな」
 一般人が何も知らされずに武器振るわれたら、恐怖で身体が硬直するか、身をよじって逃げようとするか、声を上げるかのどれかである。
 表情一つ変えずに武器を振るう者を見続けていられるのは不自然なのであった。
「ははは……そんな事で、ん?」
 ちらりとクラヌはダリル達の背後に隠れるように立つ、リナリエッタの肩の震える様子を見て合点が言ったかのように頷いた。
「そうかそうか、優秀なサイコメトリーを行える者がいたようだな……兎達の意識に恐怖でも植えつけなかったのは誤算だったようだな……ククッ……そうだ、俺が依頼者のクラヌだよ……クククッ」
 彼の眼は虚脱するような妖しい光を宿した者に変わり、口からは恐怖を覚えるほどに嫌な笑いが零れる。
「ゲームセットのようだな。いいだろう、まあ予測していたよりはずいぶんと早くゲームセットになってしまったが……まあ、いい。実に面白い実験だったよ、くはははははははははははははははははははははッ!!」
 肩を震わせ、笑い上げるクラヌ。その笑いには狂気が色濃く滲み出ていた。
「実験だと、お前はッ! 自分が何をしたのか……わかっているのか!」
 治療を受けながら話を聞いていたハイコドは痛みを忘れて立ち上がり、怒りをあらわにしてクラヌの胸ぐらを掴み上げる。だんっと壁に叩きつけられたクラヌは冷めた目で彼を見ている。
「……何を怒っている? 実験動物が消耗され、モルモット役の屑どもが……死んでいっただけだろう。俺の実験に協力できたんだ、感謝こそすれ、激怒するような事はないように思えるのだがなァ……ククッ、ハハ……クックック」
 ハイコドの精神を逆なでするかのように彼は言葉を吐く。わざと怒りを買って楽しんでいるようにも思える。
「ぐっ……お前……!」
「そこまでにしろ。こいつに怒りをぶつけた所で……失われた命は戻らない」
 ガルディアに肩に手を置かれ、ハイコドは冷静さを取り戻す。
「そうだねぇ……すまない……少し熱くなり過ぎたようだ」
 床に捨てる様に放られたクラヌへ再びガルディアの刀が向けられる。
「……殺すのか? 構わんぞ……俺を殺せば、俺は恐怖の対象として永遠となる……人々は恐怖するだろう、今日の出来事は簡単には消えないからなァ、犯人は捕まったのではなく、死んだ……もしかしたら生きているかもしれない、再び今日の悲劇が、繰り返されるかもしれない、憶測が憶測を呼び、恐怖は連鎖する……それこそが、俺の望んだカタチィィッ!」
 ゆらりと身を起こし、彼は狂気の瞳でガルディアを見る。
「どこぞのバカのせいで、私は重傷者として手当され、ここに運ばれて生き長らえた……本来ならばあの子達、我が優秀なる息子達に喰い破られ、恐怖に彩りを添える事になっていたはずなのだがなァァ……」
 彼は笑い、空を仰いで更に笑う。それは嘲笑にも似た笑いであった。
「どこぞのバカ?」
 そこで、この一言が聞き逃せなかったのか、通称『どこぞのバカ』であるラスがクラヌの前までやってきた。こめかみをぴくつかせて、問答無用で男の顔を踏みつける。シリアスにはあまりそぐわない、「むぎゅ」とか「ぐみゅ」とかいう声が男から漏れた。
「助けてって命乞いしたのはお前だろーが。それを忘れて、勝手に人を馬鹿呼ばわりしてんじゃねーよ」
 命乞いされなければ、ラスは100パーセント、クラヌを見捨てていただろう。ファーシーとは違い、彼は見知らぬ人間の生死に対してそこまでの関心は無い。絶対に助けよう、などという正義感は持ち合わせていないのだ。
「後味が悪いから助けただけだ……言っとくけどな、お前、俺に手を伸ばしてきた時……本気だったぞ。本気で、死にたくないっつー目をしてただろ。見捨てかけた時、絶望したように見えたのは気のせいだったのか? それも演技だったら、お前は名優になれるよ」
「…………」
 顔に足が乗っている所為で、クラヌは何も返すことはできない。乗っていなくても、何も言っていなかったかもしれないが。
「まあ、今はちょっと後悔してるけどな……。お前みたいなクズを助けた事を。お前に、クラヌなんて名前は勿体ねーよ。一人の人間として見る価値もない。そうだな、モブ男……お前はモブ男で十分だ」
 言いたい事を言い切ったのか、ラスはクラヌから足をどけた。くっきりと顔に足跡をつけた男に対して、最後に言う。
「死にたい、なんてな。いくら思ってたって、いざ近付けば生きたいと思うもんなんだよ。……生存本能ってやつだ」
 そして、彼は合流したピノの所に戻って行った。今、ピノにはファーシーが事件について説明している。
 彼はラスの背中を見ながら笑う。静かに笑う。それは死ぬ事が目的だったのに、助けを求めてしまった、無意識にも手を伸ばしてしまった自分への嘲笑なのか。
 それとも、あの日の。昔の自分への。かつて友と笑っていたあの頃の……もう戻れない自分への嘲笑なのか。
「イイだろう、生き長らえたんだ……我が研究の足跡を貴様らに教えてやろう……心して聞くがいいさ……あの日の、忘れもしないあの日の、出来事をな……」
 泣いてるような笑っているような、よくわからない表情で語り始める。
「数年前、ある研究施設で薬物の研究が行われていた。それは非人道的な研究ではなく、人々の明日の為に行われていた新薬の開発だ。それを完成にまで導いたある人物がいた。ファレーズ……俺の親友だ。俺達は二人で協力し、人々の身体治癒力を活性化させ、現在では治らないとされる病気への効果的な新薬の研究を行っていた。そう、あの日まではな……」

 ――――数年前。研究施設、薬物研究エリア。
 白衣の男は顕微鏡にセットしたトレーをみて、驚愕の表情をする。
 肩は震え、喜びに打ち震えているようにも見えた。
「おい、クラヌッ! これを見てくれよ……ついに、ついにやったぞ!」
 頭を掻きながら、クラヌと呼ばれた気怠そうな男はゆっくりと歩いてくる。
「……一体なんだってんだよ、こっちは徹夜で寝不足なんだぞ……ってお前これ!!」
 顕微鏡を見たクラヌは驚いた、ずたずたに引き裂かれ、再生は不可能だと思っていた細胞が活性化し、自ら再生をしているのである。
「ついに見つけたんだ、自己再生する組み合わせを! 寝ないで、合コンにもいかず、研究つづけたかいがあったぜ!」
「合コンってお前……それは関係ないだろ、まったく俺を呼びもしない癖に」
「だってお前が来ると専門知識の話しばっかりになっちまうだろ? それじゃあ女の子も逃げてしまうってもんだ」
 手を大仰に広げてクラヌは溜め息をついた。
「構わねえよ、俺は俺の価値を理解してくれる奴を捜すさ……」
「おいおい、いるのかよ、そんな博愛主義を持つような女神のような女性が」
「それ、どういう意味だっ俺だってなァ……」
 二人は他愛もない話で笑いあいながら研究のまとめに入った。
「さて、そろそろ飲み物でも飲んで休憩としようぜ、ファレーズ」
「あー……今、すごくいい所なんだ、悪いが飲み物を持ってきてくれないか?」
 溜め息交じりにしょうがねえな、と答えて財布を白衣のポケットにねじ込み、クラヌは研究室の外に出る。
 自販機までは歩いて五分程度。大した距離ではないが、研究で疲れている身体にはきつい事この上ない。
「もうちっと近い位置に置いてくれねえかなこの自販機。そうしたらもっと買って、売り上げに貢献してやるのによォ……」
 炭酸飲料を二本購入し、財布とは別のポケットに突っ込むとクラヌは研究室へと戻った。
「おい、ファレーズ。いつもの奴を買ってきたから代金を……ん?」
 風を肌に感じ、彼は研究室を見渡す。やけに静かだ。喋りながら研究する癖があるファレーズがいれば騒がしいくらいだというのに。 
 壁に面した窓が開け放たれていた。窓から流れる風が冷たい。一体、誰が開けたのだろうか。
 窓を閉めようとして足に何かが当たる。目を落とした彼が見たのは、血だまりに倒れるファレーズであった。
「お、おいっ! 何があったっ!! おい!」
 抱き抱え、必死に声をかけるクラヌだったが……ファレーズの閉じられた瞼は二度と開くことはなかった。
 彼の白い白衣が赤く染まっていく。
「やっとのことで、見つけて……これからだったというのに。なんで、なんでこんな……ファレーズ、目を開けろ……ファレーズゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 翌日、クラヌは所長室の前を通りがかった時だった。
 所長室の中から話し声がする。時刻はとうに真夜中を過ぎている。この時間に面会者が来るとは思えない。誰か同じ研究者だろうか。
「昨日の一件、ちゃんと綺麗に片付くんだろうな?」
「勿論、手筈は全て整っています……憐れな不審者による殺害事件、不慮の事故、いかようにもなるかと」
「よろしい。まったくあのファレーズも馬鹿な男だ」
(どういう事だ……昨日の一件? ファレーズ?)
「そうですね、研究成果を大人しく我々に引き継げばいいものを。頑なに拒否するから……命を失う事になる」
(な……それじゃ、あ……ファレーズは……こいつらに……!!)
「その通りだ。あれだけの金を積まれても首を縦に振らんとは……馬鹿としか言いようがないな」
 下品な笑い声が響く所長室を後にし、クラヌはファレーズの研究室へと向かった。
 警察の事後処理に関係で、立ち入り禁止のテープが張ってあったがそれを無視して中へと入る。
 薬品ケースに残ったサンプルの注射器を白衣のポケットにいれると彼は研究室を出ていった。
(今に見ていろ……あいつらは……俺が……)

 自分の個人研究室へと戻ると、彼は薬品の改良に取り掛かった。
 彼の眼にはもう、正常な光は宿っていない。常軌を逸した……狂気的な光が宿っている。
「はは……はははは……俺の生物の身体強化に関する研究を……あいつの研究と組み合わせれば、ククッ……クハハハハハ……」
 実験用の動物には兎を選んだ。大人しく、体も小さい。薬の効果時間を予測するのにも楽だったからである。
 試薬第一号を打った兎は体が変異し、それに耐えきれずに数分で自壊してしまった。
 試薬第二号では、身体の強化には成功したものの、自我が崩壊。呼吸すらせずに死亡した。
「なぜだ……なぜだ……自我を保てば、強化が上手くいかない……強化を優先すれば……自我が保てない……どうしたら……」
 ふと彼の頭に狂気の考えが浮かぶ。
「そうだ。自我を失くして……一つの本能に絞ればいい。そう……一番強い生物の基本本能……生存本能に……はは、ハハハハッハハハ……」
 完成した薬を手に持ち、ピュッと薬液を先から出す。
 ゆらりゆらりと兎に近づくクラヌ。兎の瞳には物言わぬ恐怖が映っているようにも見えたが、今の彼はそんなことは気にしない。
 注射器を刺し、薬液を注入してしばらくたったあと、兎の体毛が毒々しい赤と紫のまだらに変化し、牙は鋭利な刃物とかした。
「クク、完成だ……これで、俺の息子達が出来上がるゥ……手塩にかけた最強の生物だァ……まずは手始めに……ククッ」

 血だまりの中に彼は立っていた。ただただ、紅い血だまりに。
 目の前には無残に喰い散らかされた所長と、先程所長と話していた研究者と思わしき男の亡骸が転がっている。
(ハハハハハハ、カンセイシタンダヨ、見ているか? ファレーズゥ……お前と俺の研究が……形になった……あとは、永遠……永遠に忘れられない存在になれば……俺達は……オレタチハ、クククク)
 聞けば誰もが背筋を凍らせるであろう笑い声を上げながら、クラヌは研究所に火を放つ。
 燃え盛る研究所を背にして彼はその場を去っていった。


 クラヌが語り終わり、彼は嘲笑するように大きく笑った。それは狂気に落ちた自分を笑ったのだろうか。それとも……。
「あとは……そこの女がサイコメトリーした通りの結果だァ……息子達を大量に生み出して、ここにに運んで……宴を開いた……ハハハ、最高の宴だったダロゥ?」
 かっと見開いたその表情は常軌を逸している。狂気に歪んだ彼はもう友の事など、覚えていないのかもしれない。
 ガルディアが語りかける。
「友は……こんなことを望んでいたと思うのか」
「友? ああ、友、友、友、友、友……ハハッ……奴らは……あいつを……あいつをコロシタァ……。俺のタイセツな親友を、ヒヒッ……虫でも殺す様にナァァ、あっさりと殺しやがったァァァ……ククククク」
 狂気の色に染まる彼の目にはもう、友の事など、昔の思い出など……まったく見えていないようであった。
 彼は壊れたのだろう。死んだのだろう。友が死んでしまったあの日に。
 全てを置いて来てしまったのかもしれない、心も、思いも、志しも。自分自身さえも。
「俺の息子達は、最高だとオモワナイカ? 強い生存本能が、あいつらを兎を、息子達を、最強の殺人生物へと仕立てあげる……。寂しさを埋める為に死を求めるッ! 実に悲しい生き物……だとは思わないか? 求めても、求めても足らず、手に入るモノは狂気による狂喜……ククッ、ハハハハハハハッ!」
 友の為に復讐に燃え……自らさえも燃え尽きさせ、殺してしまった憐れな狂人――クラヌ。
 彼の狂った笑い声が治療スペースに悲しく響き渡る。
 彼は笑う、自分を。
 彼は笑う、世界を。
 彼が笑う、未来を。
 彼は笑う、己の運命を。 
 彼の笑いが尽きることは、この先、二度と訪れないことだろう。