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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



2


 三月に執り行われるリィナ・レイス(りぃな・れいす)との結婚式の準備もあらかた終わった。
 ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)はふう、と一息ついて次に取り掛かるべきことの確認をする。
「えーっと……招待状配らないとな」
 誰を呼ぶのか何枚いるか。指折り数えて、途中でやめる。多い。それに数えたってどうにもならない。とりあえず呼びたい人を招待しよう。そうしよう。
 住所がわかっている相手には住所を書いて郵送で。
 わからない者には届けに行こう。
 その筆頭は、ディリアー・レッドラムと兄弟たちか。
「まあ魔女サマは簡単に会いに行けるだけ優しいよな。うん」
 住所を書いた招待状を出すついでに、ウルスは『Sweet Illusion』に立ち寄った。営業時間外の、フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)しかいない店内はしんとしている。
「よう、元気? 魔女サマいる?」
「さー。居留守もあるから、私にはなんともー」
「居留守とか。随分世俗的だな」
「困ったものだよ」
 フィルは、おどけたように肩をすくめてみせた。本当だな、とウルスも同じポーズを取る。
「……あ、フィルにも招待状出しといたから」
「三月だっけー? おめでとー」
「それは当日言ってくれ」
「私、行けるとは限らないんだけど」
「ええー。来れねーの」
「行けるようにはしたいけどねー。仕事次第だよねー」
「うん。ま、そこは冗談。来れたらでいいよ」
「ん。それでいいなら、期待しないで待っててよ」
「ういうい。じゃ、奥借りるわ」
「はいどうぞ。会えるといいねー」
 フィルの声を背に受けて、ウルスは奥の部屋へ入った。
 部屋のドアをノックして、三秒待って、戸を開ける。
 真っ白な空間が、そこにあった。
「良かった。あんな話の後だから、居留守使われるんじゃないかって冷や冷やしたよ」
「あらアタシ、そこまで単純じゃないわよォ?」
 心外ね、と魔女が子供っぽく口を尖らせるのを見て苦笑する。見れば、彼女の隣でマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)もウルスと同じように笑っていた。
「そもそも居留守は興味本位のお馬鹿さんにだけ。ちゃァんとアタシを必要としてる人には扉を開けて招き入れるわよォ」
 しかし続いた言葉にお見通しなんだな、と感服した。……まあ、ウルスがここに来る理由の大半はそれ関係なのだが。
「……で、どこにいるんだ? オレの残りの兄弟は」
 問うと、何もなかった宙に世界地図が広がった。半透明の地図に、魔女の白い指が向けられる。指の先にあった国が赤い丸で囲まれる。丸は、行方の知れない兄弟の数だけ地図に咲いた。
「大体この辺りねェ」
「ちょっとアバウトすぎね?」
「法外な請求してもいいならもっと調べるけどォ?」
「そりゃ困る。ひとまずこれで許してくれよ」
 差し出したのは、結婚式の招待状だ。ディリアーとマナで、二通。それぞれに、手渡す。
「これじゃ利息分くらいかしらねェ」
「あ、足しにしてくれんだ。やっぱあんた優しいなあ」
「だァから、そう言ってるでしょォ。アタシは善い魔女よ、って」
「うん。心からそう思うよ」
 だって、あなたがいてくれたからリィナに会えた。
「感謝してる。本当に、ありがとな」
「どォいたしまして」
 嫣然と笑う魔女に一度頭を下げて、ウルスは部屋を出る。
 魂の兄弟の居場所は把握した。今まで消息不明だった彼らは、既に会った兄弟たちよりもクセの強い奴ばかりだ。だけど、リィナには会っておいてほしい。
 だから、ウルスはリィナと共に兄弟たちを捜しに行く。
 目標は、式までに全員に会ってかつ、全員を式に連れてくること。
「地味にハードル高ぇ」
 ひとり苦笑を零し、リィナがいると言った教会へ向かった。


 結婚式を挙げる予定の教会で、リィナはひとり祈っていた。
 祈りというより、懺悔だった。けれど、告解室には入らない。入れない。言えることではなかった。
 死んだ身でありながら現世に留まったこと。
 想いが繋がりながらも、清算するために成仏したこと。
 去るために傷つけた誰かがいること。
 遥か未来からここに来たこと。
 あちらでも傷つけてしまった誰かがいること。
 詫びることだらけだ。
 だけど、赦しは乞わない。乞うにしても、相手が違うから。
 ただ、聞いて欲しくてここにいる。
 誰にも言えない心のうちを、神様だけに明かしている。
 昔、神を信じていた。
 人生が終わった後、長い階段を上った先、不平を訴えるための神を。
 今、神を信じることにした。
 人生が終わった後、長い階段を上った先、感謝を伝えるための神を。
 指を解いて、顔を上げた。ステンドグラスが月の光を浴びてきらきらと輝いている。粉のような雪がちらちらと舞っている。
 綺麗、と思った。
 見惚れていると、外で音がした。愛しい彼のお迎えだ。
「リィナ」
「うん。いいよ」
「よし。じゃ、行こう」
 短く言葉を交わして、ふたりは旅に出る。


*...***...*


 ウルスがここへ来てから数日が過ぎた。
 あの日から、寒の戻りが続いているような寒い日々が訪れている。
「魔女様、お身体は平気ですか?」
 大丈夫だろうと確信しながら、マナはディリアーに問う。案の定彼女は「平気よォ」とのんびり間延びした声を返してきた。
「そうですね。魔女様が風邪を引くようでは世も末です」
「そもそも永劫の世を生きる身体で病気になんてならないわよォ」
「へえ。そうなのですか」
「そ」
 短い返答で、会話は途切れた。魔女が話に踏み込んで来るか来ないかは完全に彼女の気まぐれだ。今日は後者の気分だったらしい。そういう場合は自分で言葉を繋ぐことにしている。
「何故このような話をしたかと言いますと、東洋では季節の変わり目に節分と呼び招福魔除を祈願して豆をまくそうです」
「あれねェ。鬼役も大変よねェ」
「おや、ご存知でしたか」
「面白そうなことなら一通りなんだって」
「左様でございますね」
「で? それに倣って豆まき? それとも年の数だけ福豆をいただくのォ? そうすると街から豆がなくなるけれどォ」
「住民の皆様に悪影響を及ぼさないよう考慮して、意趣を凝らしたものを用意しましたのでご心配なく。さあ、こちらへ」
 恭しく礼をして、テーブルへと促す。テーブルの上には既に用意が済ませてあった。
「豆を用いたゼリーです。本来は大豆ですが、違うものでお作りしました」
「意趣を凝らせて?」
「ええ、意趣を凝らせて。少しビターな味付けですので、この甘口ワインと一緒にどうぞ」
 なんの豆を使っているかは食べてからのお楽しみ。
 ワイングラスにワインを注いで、乾杯してからゼリーをいただく。
「コーヒー豆とカカオ豆ねェ」
「さすが魔女様、良い味覚をお持ちです」
「……カカオ豆、ねェ」
 じっ、と魔女がマナを見る。にやにやと、目と唇を弧に歪めて。
 ああ、これは最初から気付いていたのかもしれない。なかなか上手く隠し通すのは難しい。
 けれどここまで来たならそ知らぬふりで言い切ってやろう。
「そういえば、今日は二月十四日ですね」