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リアクション
4
オーブンが、チン、と軽快な音を立てた。キッチンにある椅子に座ってレシピブックを見ていた秋月 葵(あきづき・あおい)は立ち上がり、オーブンを開ける。オーブンの中には、こんがりいい色に焼けたクッキーが規則正しく並んでいた。それを見て、葵は顔を綻ばせる。
「うん、上手くできてる〜」
今日のティータイムが待ち遠しいな、と鼻唄を歌っていたら、ばたばたと大きな音がした。廊下を走る音だ。
「?」
疑問符を浮かべながら葵がキッチンの入り口へ目を向けた時、丁度フォン・ユンツト著 『無名祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が飛び込んできた。頬が赤く、目がきらきらしている。
「ますたー! ますたーますたー!」
「どうしたの? 落ち着いて〜」
「あのですねえっとですね! 外が! 外に雪が!」
ほら! と無名祭祀書は窓を指差した。見なくてもわかる。昨日降った雪が、まだ溶けずに残っているのだ。
「もうあったかいのにね〜。まだ、残ってるんだね」
「そうなのですよ! あったかいから、明日には溶けちゃうかもなのです! だからますたー、今日はお外で雪遊びをするのです! あっ、アルちゃんも起こしにいかなきゃー!」
葵が何か答える前に、無名祭祀書は来た時と同じような慌しさでキッチンを駆け抜けていった。
「というわけで、起きるのですよー!」
布団に包まっていると、謎の大声がした。
次いで、ばっ、と布団が引っぺがされる。これにはさすがの魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)もムッとした。寒いから、暖かいベッドの中でもう少し眠っていたかったのに。
「何をするですかぁ……」
抗議がてら口を開けば、
「雪遊びするですよ!」
まったく関係ない話で返された。ええ? と眠い目を擦り、アルは無名祭祀書の姿を見る。すでにすっかり防寒対策を済ませ、準備万端といった様子だった。
それでもアルがベッドの上から動かないでいると、無名祭祀書は「ほら!」とアルの腕を引いた。
「寒いですぅ」
「遊んでるうちにあったかくなるですよー。それに今日は暖かいのです」
「えぇ……」
なおも渋っていたら、無名祭祀書はクローゼットからアルのコートを持ってきた。それをアルの肩にかけ、袖を通し、出てきた手には手袋をつける。もう一度クローゼットに戻り、マフラーと帽子を持ってきて、巻く。かぶせる。
「ほら! あったかいですー」
「…………」
ここまでされても動かないのは、どうだろうと思った。
それに実際、暖かくなったわけで。
「まあ……少しくらいなら、付き合ってあげるですぅ」
「わぁい! じゃあじゃあ、どっちがすごい雪だるまを作れるか勝負するですよ!」
「えぇ……嫌ですよぅ……」
「問答無用なのです! わーい雪だるまー!」
強引だなぁ、と思いながら、アルは無名祭祀書に手を引かれて部屋を出た。
玄関に立った時点で既に寒気が感じられ、思わず「うぅ」と唸ったが、それも無名祭祀書には関係なかった。お構いなしに、外へ飛び出す。
「シスターちゃん、なんで雪だるまが三段なんですぅ?」
「ええ? 雪だるまって言ったら三段が基本なのですよー」
「基本は二段だと思いますぅ」
「それじゃあ足がないですよー?」
「でも、二段の方が可愛いですぅ」
「けど、足がないですよー?」
「……作りやすさを考慮してくれたですよ」
「納得いかないですー」
アルと無名祭祀書のやり取りを聞いて、葵はくすりと笑った。一体どんなやり取りをしているというのか。
ふたりは、黙々と雪だるまを作っていた。かと思えば、今のように何気ない会話を交わし、笑わせてくれる。見守っているのは楽しいなあ、と葵は自作した雪うさぎを見て「ね?」と首を傾げる。
「できましたー! ますたーますたー、これ! これどうですかー!」
雪の上で跳ねながら、無名祭祀書が雪だるまを指差した。立派な雪だるまが出来ている。三段の雪だるま、という奇抜な発想を聞いたときにはどうなるかと思ったが、意外と普通だ。顔も、墨や枝、にんじんを用いたポピュラーなもので可愛らしい。
「あっ、これ忘れてました」
ふと思い出したように呟いて、無名祭祀書は自分の巻いていたマフラーを外した。雪だるまに巻いてやり、「完成ですー」と笑う。
「うんうん、可愛いねー」
「わぁい、褒められました! アルちゃんは? アルちゃんの雪だるまは、まだですかー?」
「急かさないでほしいですぅ……あとちょっと……」
アルの方を見たが、まだ半分しかできていなかった。
「もうちょっとだね、頑張れ〜」
エールを送ったあと、強い風が吹いた。葵は身体を震わせる。暖かくなったとはいえ、外はそれなりに寒かった。
動いてないから寒いのか、それとも気温自体が下がっているのか。完成まで見守っていてあげたかったが、このまま外にいたら風邪を引いてしまいそうだ。一度部屋に戻ろうと、葵は踵を返した。
キッチンに入ると、朝焼いたクッキーがいい具合に冷めていた。あ、と思う。そうだ、これを持っていこう。暖かい飲み物とクッキーを、差し入れるのだ。外は確かに寒いけど、その方があのふたりは楽しんでくれるかもしれない。
湯を沸かしながら外を見ると、無名祭祀書がアルの雪だるま作りを手伝っているのが見えた。
紅茶を淹れて戻ると、アルの雪だるまも完成していた。無名祭祀書と違い、ポピュラーな二段の雪だるまだ。頭にバケツが乗っており、表情はみかんと石、小枝で作られていた。
「手は? 手はつけないのですかー?」
「だるま、という言葉にこだわった結果ですぅ。いいですかシスターちゃん、だるまには、手も、足も、ありません。だから、二段なのですぅ」
「むー。納得できるような、できないような、ですー」
やり取りが一段落したところで、葵は両手を叩いてみせた。ぱん、と響いた音に、無名祭祀書とアルが振り返る。
「ふたりとも、頑張ったねー。立派な雪だるまさんです」
「ますたー、ますたーはどっちの雪だるまがすごいと思いますかー?」
「あたし、結構しっかりしたものを作れたと思ってるですぅ……どうですか?」
どうやらふたりは勝負をしていたようだ。ふたりが頑張っていたのを見ているし、どっちもいい出来だと思う。
正直勝敗なんてつけたくなかったので、
「うーん、どっちもすごいと思うんだよね……。とりあえず勝敗はお預けで、クッキー食べない? 紅茶も淹れてきたんだ。食べながら雪だるまを見比べて、みんなで結果を出そうよ」
と提案してみた。
「クッキー!」
「あったかい紅茶、飲みたいですぅ」
ふたりともすぐに乗ってくれたのは助かった。この分なら、ティータイムを楽しんでいるうち勝敗なんて忘れてしまうかもしれない。
「で、で、どっちですー?」
「マスター……」
……残念ながら、そこまで甘くはないようだ。
ええとね、と言葉を濁しながら、葵はふたりの作った雪だるまをじっと見比べるのだった。
*...***...*
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