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そして春が来て、君は?

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そして春が来て、君は?

リアクション

7.


 そして、日も傾いた頃。

 ゆっさゆっさと背中についた白孔雀の羽を揺らし、着物も白、そこに金糸で桜の刺繍が施された絢爛豪華な衣装姿で、夜桜の下、花見に興じる男が独り。そして、鯉が一匹(?)。
「まさか、本当にやってしまうとは……」
 はぁ、とオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はため息をつく。
「まぁ、いいんじゃね?」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)はひらひらと片手を振って、オットーの憂いを一蹴する。
 この衣装は、ジェイダスの屋敷からちょっと拝借したものだ。
「なにがジェイダス様最近ゴージャス分が足りてないんじゃないですか? ならイエニチェリも張った俺様がまとめて引き受けてやりますよーであるか? ええい!」
 オットーはなおも憤慨している。
 実際、声をかけてきた近習はいたが、「これは我らが死に装束。誰の許しを請えというのか」と光一郎はキリリと言い返し、堂々と持ち出してきたわけだ。
 どのみち、ジェイダスはわかって見逃しているし、それを光一郎もわきまえては居る。
 ちなみに、セリフにはたいして意味はない。ただ光一郎が言ってみたかっただけだ。
「はー……」
 見上げた空には、ぼんやりと闇夜に灯る夜桜と、白い月。
 風が吹く度、はらはらと舞い落ちる。
 タシガンでは珍しい桜の名所であるこの場所だが、今宵はどうやら、光一郎たちの貸し切りだ。
「平和だねぇ」
 そう、ふとしみじみと光一郎が呟く。
 『彼』が求めていたのは、こういうものかもしれないなと、ふと思いながら。
 折れそうな華奢な見た目で、心優しい常識人である反面、時折吃驚するような無茶を平気でする男だった。
(信じるものは曲げねぇっつーにも程があるっつーか……)
 けれどもそこが、なによりも、『彼』の魅力だったのだ。
 この夜桜のような。
 美しくて怖い、そんな反面性。
 静謐な内側に、燃えるような情熱を秘めていたのだろう。
「そのくせ、南臣は無茶ばかりだとか言いやんのな。ちぇっ……」
 頬杖をついて、光一郎は苦笑する。
 また、強く風が吹く。舞い散る花びらは、どこか雪景色にも似ていた。
 『彼』もきっと、こんな風景を見ていることだろう。その、故郷で。
「…………」
 光一郎はただ、そう思いを馳せる。直接口にはしないけれども、ただ、去りゆく彼への餞に、相も変わらぬ自分が似合わぬ無言でこの夜を捧げよう。
「光一郎……」
 物思いに耽る光一郎の肩に、そっとオットーは手を置こうとして……あっさり払いのけられる。
「なあ鯉くん一人にしてくれないか?」
「…………」
 ちょっと寂しげに、払われた手を胸元で握りしめるオットーだった。



「来てよかったですね、ルドルフ校長」
 セイロンティーを手に、ヴィナが言う。
「ああ、本当に」
 ルドルフもコーヒーを飲みながら頷いた。
 和やかなパーティは、まだ続いている。ジェイダスの傍らを一時辞し、片隅のテーブルでヴィナとルドルフは一息ついていた。
 楽しそうな生徒たちの姿に目を細めつつ、ジェイダスのカリスマに一層心酔し、かつ、まだまだとルドルフは自戒を強めているようだ。そんなルドルフの気持ちが、ヴィナには手に取るようにわかった。
(ルドルフさんは、ルドルフさんなのにね)
 もちろん、向上心は大切だが、ジェイダスとはまた違う魅力がちゃんと貴方にはあるのだと、ヴィナは思う。
 ただ、それをこの場では口にせず、ヴィナはただこう尋ねた。
「ルドルフ校長は、新しい目標はあります?」
「……そうだな。遠駆けの時間を作ろうかなと思ってるよ」
「遠駆け?」
「ああ。最近はようやく余暇もとれるようになったしね。僕の馬にも、退屈させてしまっていそうだから。それで、タシガンをもっと見て回りたいな」
「それは、良いですね」
 運動にもなるし、見聞を広めることにもなるだろう。ルドルフが颯爽と馬を駆る姿を思い浮かべ、ヴィナは微笑んだ。
「ヴィナは?」
「俺は、政治をもう少し勉強したいですね。俺はどうも前線で戦うには向いていない。後方で戦場を整える方が性に合ってます。それに……今も昔もこれからも…無駄な血は流れない方がいい、その為に最大限に努力するってことかな」
 たしかに、政治によって直接的な争いは回避することもできるだろう。
 そのために……。
(ルドルフさんが望んでくれるなら傍にいたいけど、ルドルフさんに好きな人が出来たら、俺は部下に戻らなきゃならないし、ルドルフさんが傍にいてほしいと望んでくれるとは限らないから、ね。そういう意味では、空大で政治を学ぶのも悪くはないかもしれないとは思うけど)
 ヴィナは、そんな風にも考えている。ただ、口では。
「それと……うーん、家事?」
 そう、小首を傾げて付け加える。
「家事?」
 少し予想外の返答に、ルドルフがそう尋ね返す。
「いい加減、奥さん達に張り倒されないよう家事も出来る男を目指そうかなと。料理が特に難しいです。ルドルフ校長は、家事、特に料理出来ます?」
「料理か……レシピが決まっているものは出来るけど、あるもので作る、というのが難しくてね。あれはそもそもの引き出しが多くないと、難しいね」
 弱ったように眉を下げるルドルフが少し可愛らしい。
「たしかに、そうですね。……そういえば、佐々木くんが、真珠舎で料理の講師を始めたとか」
 料理といえば、という薔薇学の名シェフの名前をヴィナが口にする。たしか、書類で見かけたはずだ。
「そのようだね。僕も改めて、一度挨拶に行かなくてはいけないし。ヴィナ、二人で彼に習おうか?」
 ルドルフの提案に、ヴィナは笑って「いいですね」と答えた。
 タングートも一度案内したいと思っていたところだ。
「……パラミタへ来て、もうじき5年になるけど、これからの5年、俺達はどう過ごし、どう変化していくんでしょうね。先のことは誰も分からないけど、皆笑ってるといいですね」
「ああ、本当に」
 ヴィナの言葉に、心から、ルドルフも頷いた。


 まだ賑やかな喫茶室からそっと抜け出して、カールハインツとレモは、薔薇園に居た。
「いいのか? 理事長に相談しなくて。なんか、あるって言ってたろ」
「それは、いいんだ。もう、あれだけで十分」
 ジェイダスの言葉は、本当に嬉しかった。それに、もう、レモには迷いはないのだ。
「あのね、カール……」
 振り返り、レモはようやく、封印していた『告白』の言葉をカールハインツに告げたのだった。




 ――時は巡り、花が咲く。
 それぞれに、春はやってきた。






担当マスターより

▼担当マスター

篠原 まこと

▼マスターコメント

●ご参加いただき、ありがとうございました。お待たせして申し訳ございません。
少しでも、楽しんでいただけたのなら、幸いです。

●みなさまにとっての、新しい目標や夢をきかせていただき、とても楽しかったです。
真珠舎も無事開校し、特色豊かな学校になれそうですね。
楽しいアイディアとご協力、本当にありがとうございました!

●また次のシナリオで、お会いできれば嬉しいです。
なお、レモとカールハインツの告白がどういうものだったかは、マスターページのほうで更新します。もしご興味があれば、そちらをご覧ください。




▼マスター個別コメント