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そして春が来て、君は?

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そして春が来て、君は?

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 四人が訪れた教室では、ちょうどネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が講義を始めたところだった。
 まだ生徒はそれほど多くないため、教室にいるのは2〜30人ほどだ。
 前列のほうには、花魄たちの姿もある。ノートを開き、真剣な面持ちだ。
「今日は講義内容についての説明だよ! わからないこととかあったら、いつでも質問してね」
 ネージュは教壇の上から、明るい声ではきはきと言う。
「プリントを配るから、一枚づつね」
 用意してきたプリントを、ちょこちょこと小さな子が配る様は、先生というよりお手伝いっぽく、なんとも微笑ましい光景だ。
「フランカちゃん、この席で良いの?」
「だいじょうぶ!」
 フランカとエセルは並んで席につき、プリントを受け取る。ミーナとレナンは、教室の一番後ろで、立ったままで授業参観だ。
「あたしが教えるのは、一つは料理技術。一つは、幼児保育についてだよ」
 料理、という単語に、キラキラと花魄の目が輝く。
 どうやらやる気も、一段と増したようだ。
「料理については、ハーブやスパイスの種類、効能、料理別の処理方法や、調味料の調合方法、ミルなどの挽き方とかかな。調味料を料理に合わせて、きちっきちっと調整すれば、おいしい料理が誰にでもできると思うから、頑張ろうね」
「はいっ!」
 大きな声で返事をしたのは、花魄と、フランカだった。
 咄嗟に花魄が振り返り、フランカと目が合う。にこぉ、と笑ったフランカに、花魄も『一緒に頑張ろうね』と小さくガッツポーズをしてみせた。
「幼児保育のほうは、歌とか、読み聞かせとか、体操とかもね。大事なのは、自分もちゃんと楽しむこと。お料理も、保育も、愛情が一番だもん」
 プリントにまとめられたレジュメにも、きちんとそういった説明が書かれていた。見た目はまるきり幼女だが、講師としてはしっかりしているようだ。
「そしたら、ええと……今日はさっそく、ハーブをいくつか持って来たから、実際に匂いを嗅いだり、食べたりしてみようね。みんな、集まってね」
「先生、……ピーマンは、食べませんか?」
「ピーマン? 今日はないけど……」
 唐突に遠藤 サトコ(えんどう・さとこ)に怯えながら尋ねられ、訝りつつもネージュはそう答える。
「そうですか! よかった!」
 途端にサトコは上機嫌になって、ほっと安心している。
「好き嫌いなの?」
「いえ、私は……あ、いえ!」
 うっかり自分から正体(?)をバラしかけ、サトコは慌てて首を振る。
「こっちはシャンツァイで、……これは、なんでしょう」
 一方花魄は、さっそく並んだハーブに興味津々だ。スパイスは多く扱うが、生のハーブはあまり馴染みがないらしい。
「いいにおい!」
「これは、乳鉢で優しく潰すとね……」
 丁寧な手つきで、愛用の乳鉢にリーフを入れて、ネージュがすりつぶす。より鮮やかな香りが、ふわりと教室に広がった。
「これはこのまま、お茶にしても美味しいんだよ」
 ネージュがそう指導する。
 くんくんと匂いを嗅いで、きちんとフランカはノートに一生懸命名前ややりかたを書き込んでいる。合間には花魄やエセルとも感想を交わし、きゃっきゃと楽しそうだ。
「かわいいですね〜。百合園の初等部でもあんな感じなのかなぁ? 今度見学させてもらお♪」
 パートナーバカっぷりを遺憾なく発揮しつつ、ミーナもミーナなりに、この授業を堪能しているようだった。



 次の授業は、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)による、『魔料理法』だ。
「こんにちは。皆さん、よろしくお願いします。あ、彼はアシスタントの佐々木 八雲(ささき・やくも)です」
 紹介され、ぺこりと八雲も頭を下げる。
 今日は二人とも女装ではない。講師としてであれば、女性である必要はないためだ。
 しかし、見慣れない男性相手ということで、若干の緊張が教室内には漂っている。ちょっと違うのは。
「弥十郎さん、講師に来てくださったんですね」
 楽しみです! とわくわくする花魄と、(マメだなぁ)と自分のことを棚に上げて感心しているスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。
 弥十郎も、スレヴィの存在にはもちろん気づいているが、あえてそこには触れずに、あくまで講義を続ける。
「えー、魔料理学とは、【サバイバル】【薬学】【調理】を融合した新しいスタイルの料理学です。極地に放り出されても食べていけるよう、食料調達、調理法、元気がでる料理を教えます」
「さばいばる、やくがく、ちょうり……」
 口の中で繰り返しつつ、フランカはまた真面目にノートをとっている。花魄も同様だ。一方、サトコは(……極地には、たぶんピーマンはありませんよね?)と相変わらずのことを考えていた。
「まぁ、口で説明するよりも、実際にやったほうが身につくとは思いますから」
 弥十郎が合図すると、八雲は木箱を教壇へと運んだ。中にはぎっしりと、キノコがつまっている。
「えぇ〜このキノコ、名前は、パラミタワライタケといいます。これはですね。非常に美味しいのですが毒を持っています。誤って食べた場合は確実に数日は寝込んでしまいますねぇ。ふふふ」
「あの……毒キノコなのに、美味しいんですか?」
 花魄がおずおずと尋ねる。
「いい質問ですね。そう、とても美味しいです。ある方法を用いれば、ですが。その方法とは、一つは食べた後に。もう一つは、食べる前に出来る方法です。そうですねぇ……」
 実際見てもらうのが一番、という顔で弥十郎は教室を見渡す。
 知り合いだし、同じ学校のよしみということで、ここはスレヴィに犠牲になってもらおうか、と思ったときだった。
(…………)
 ふと感じたのは、八雲の妄想だ。【精神感応】で繋がっている以上、漏れ聞こえてくることは、ままある。
 その内容については、まぁ伏せておくが。日頃男ばかりの薔薇学にいる反動か、こうして女の子にばかり囲まれていると、ついアレコレと妄想してしまうのは男のサガかもしれなかった。
(ワタシはそういうの、ありませんけどねぇ)
 一途な弥十郎としては、ちょっとお灸を据えておきたい気持ちにもなる。
「ちょうどいいですから、食べてみてください」
 急に矛先をむけられ、俺!?と八雲は内心で驚く。
『おい、なんで俺が……』
『嫌ですか?』
 テレパシーでそう伝えつつ、にっこりと毒キノコをすすめられ、八雲は妄想がバレていたことを悟る。
 こうなれば、もう、食べる他にない。
「では……いただきます」
「大丈夫ですよ、あくまでテストですから。すぐに処置はします」
 弥十郎の腕に関しては信頼している。ひきつりながらも、八雲はままよ、とばかりにキノコを口に放り込んだ。
 しんなりした歯ごたえと、見かけよりも芳醇な味わいを感じたのは、一瞬だった。
 目の前が突如虹色に輝き、ミラーボールのように世界がくるくると回り出す。そして、その光を浴びて見えたのは……何故か、指をぱちぱちと鳴らしながら、ノリノリでヒップホップダンスを踊る鼠白だった。
 ――まぁ、実際には、やおらシャツの前をはだけて笑いながら踊り出したのは、八雲のほうだったりしたのだが……。
「きゃあ!」
 驚くエセルたちに、「大丈夫ですよ〜」とのんびり言いつつ、弥十郎は当て身を一発食らわせた。ぱたり、と八雲がキノコのせいもあり、簡単にのびる。
「あとは薬を飲ませておきますから」
 キノコの効能に怯える少女たちのなかで、スレヴィだけはぬいぐるみの中で大爆笑だった。めったに見れない姿が、可笑しくてしょうがなかったのだ。
「八雲さん……大丈夫でしょうか」
「大丈夫…ですよぉ。丈夫ですから〜」
 笑いを堪えつつ、心配する花魄に、スレヴィは裏声で言う。
「では、こうならないように、毒抜きの方法を教えますね。その上で、今日は鶏肉とパラミタワライタケの蒸し焼きを作りますよぉ〜。ポイントは3つ。埋める前に火のついた炭を敷くこと。焚き火の下に埋めすぎないこと。割ったお腹を上にすること。最後のは蒸し焼きした時に肉汁がお腹に溜まるようにするためですね。極地では肉汁も立派な水分ですから」
「はーい!」
 元気よくフランカが答える。そういえば、そろそろお昼ご飯だ。おそらく弥十郎の授業が終わり、ちょうどよく料理もできあがるころには、お昼になるだろう。
 白目を剥いたままの八雲はご愁傷様だが、講義は和やかに、かつ穏やかに、すすんでいったのであった。