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そして春が来て、君は?

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そして春が来て、君は?

リアクション

5.


 タングートの植物園では、桃の花が盛りを迎え、艶やかな紅色に空気までもほのかにそまっているようだった。
 花びらの下、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、ふと足を止めた。
 近くには、美しい大理石で作られた東屋もある。暫し休憩をするには、うってつけだろう。
 無言のまま、視線をあわせる。それだけで、互いにそう思っているのはわかった。
 微笑み、さゆみとアデリーヌは手をつなぎ、東屋に向かうと、そっとベンチに腰を下ろす。睦まじく、寄り添って。
 華やかで、美しい風景を、じっと見つめていた。
 ――たまの休みに、『変わったところに行こう』ということで、二人はタングートに遊びに来ていた。コスプレアイドルデュオ<シニフィアン・メイデン>として、また同時に、学生としても多忙な日々を生きる二人にとっては、こうして誰も自分を知らないところで、一般人としてゆったり過ごせるだけでも嬉しかった。
 でも、それも、なによりも。
 『ふたり』だから、幸せなのだ。
 白く細い指先を絡め合い、密やかに二人は微笑む。
 この景色は、咲く花は、本当に綺麗だけれども。
 もし独りきりだったならば、こんな風に、『綺麗』だとは思わなかっただろう。無味乾燥なものとしていしか、感じられなかったと思う。
 それほどまでに、大切な相手。そんな彼女に出会えて、心から、良かった。
「…………」
 さゆみはそっと、アデリーヌの肩に甘えるように額を寄せた。柔らかな黒髪が、さらりと流れる。
 アデリーヌも微笑んで、さゆみの華奢な肩を抱いた。
 先ほど街中を散策していて、真珠舎という新しい学校を見かけた。
 どうやら、出来たばかりの女学校らしく、緊張気味に登校する生徒らしき少女たちの姿もあった。おそらくは、それぞれに、胸に新たな目標と夢をめいっぱいにつめこんでいるだろう姿だった。
(新しい目標……というほどでもないけど、願うのは、ひとつだけだわ。アディと、変わらぬ日々を送ること。そのかけがえのない時間を大切にする、ということよ)
 たとえ何度目の春に出会っても、何度こうして花を見つめても、きっとそれは変わらない。
 ――その一方で、わかってもいる。
 その繰り返しは、『永遠』ではないと。
 いつか、必ず、その『とき』はくるだろう。この命が、儚く消えるときが。愛おしいこの時間が、終わってしまうときが。
(でも、それでいいのよ)
 さゆみは、そう思う。
 その分、自分の残りの生涯全ての時間を、愛するアデリーヌのために捧げつくせる、ということでもあるから。
 花びらが舞い散る様が美しいのと同じように、永遠でないからこそ、今を輝けるのだ。
 無限に生きることが、すなわち永遠ではなくて。
 刹那的、と謗られるかもしれないが、……一瞬の刹那の中にこそ、本当の『永遠』に通じるものがあると、さゆみには思えていた。
「…………」
 そんな風に、『永遠』に想いを馳せるさゆみを、その黒髪を撫でながらじっとアデリーヌは見守っていた。
 さゆみが何を考えているかは、アデリーヌには手に取るようにわかる。だからこそ、やるせない気持ちにもなるけれども。
(あなたは、間違っていませんわ……)
 心からそう伝えたくて、アデリーヌは、さゆみの頬に触れると、その唇を重ねていた。
「…………」
 心まで、触れあわせる。伝え合う。そして、できれば貴方の全てに、この愛情を刻みつけたい。
 そんな風に、長く、長く。
 桃色に煙る花霞の中、美しい少女たちは口づけていた。



「あれ、鼠白殿、ひとりだけ?」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、久しぶりに紅華飯店に食事に来ていた。
 昼食時ということで、お運びの店員は数名いたが、厨房にはいつもの花魄の姿がない。
「花魄は、学校である」
「学校?」
「真珠舎と申すところで、本日より学徒となったのだ」
 相変わらず、見た目巨大鼠が堅い口調で料理人をやっている様は若干異様だが、魔界と思えばまぁこんなものか、という感じだ。
 そんなことよりも。
「へぇ、今そんな風になってんの。ってことは、女子校?」
「左様だ」
 鼠白は頷くと、生徒だけでなく講師も募集中で、まだまだこれかららしいが、と付け加える。
「それなら俺は関係ないなぁ」
 そう言うと揚げたてのごま団子を口に放り込み、「あつっ」と舌をヤケドしかけたアキラは、そのまま慌てて水差しの水に飛びついた。当然、ルシェメイアは冷ややかな視線を送るのみだ。
「うむ。花魄はそれがしの負担になるとしきりに恐縮しておったが、なんのこれしき、ひとりでも十分」
「うむ、美味であった」
 ルシェメイアは大変満足だ。
「とくにこの蒸し物が気に入ったの」
「かたじけない」
 ルシェメイアの賛辞に、鼠白はぺこりと会釈し、「では、ごゆるりとお過ごしくだされ」と再び厨房に戻っていった。
「アキラの言うとおり、タシガンか空京に出店してくれればとはわしも思うたが、ひとりで切り盛りするとなると、やはり難しいじゃろうな。のう?」
 ルシェメイアは、そうアキラに声をかける。しかし。
「…………」
「アキラ?」
 水を飲み干したかと思うと、今度はやけに静かだ。
(いやいや、もしかして、女子校ってことは……)
 アキラの脳内に、薔薇色の予(妄)想図が途端にもやもやと思い浮かんだ。
『センセー、セイルーンセンセー、ここわからないの〜。教えてくださぁい』
『ずるぅい、私が先に教わってたのよぉ』
 妙に襟元が広く開いたセーラー服と、短い丈のスカートをひらひらとさせた女子高生たちが、我先にとアキラのもとにむらがってくる。さながら、花を見つけた蝶のようだ。
『はっはっは、ちゃんとみんな順番に教えてあげるから、俺のために争わないでおくれよベイビーちゃんたち』
 キラッと白い歯を光らせて、アキラが少女たちに微笑むと、『きゃーん!』と矯声があがる。数人、かっこよさに失神してしまった子もいるようだ。(あくまでアキラの妄想だが)
『おいおい、大丈夫か? 誰か、保健室に……』
 倒れてしまった彼女に手をかすと、頬を染め、瞳を潤ませた彼女は、そっとアキラの袖を掴んで上目遣いに。
『センセ……それなら、あたしの部屋に送っていって……? あたしもっと、二人っきりで、じっくり教えてほしいな。い・ろ・ん・なコ・ト』
 そう、甘く囁いてくる。するとすぐに。
『あ、抜け駆けは禁止よー! だったら、私だって……!』
 たわわな胸をおしつけるようにして、他の美少女たちも、アキラの腕をぎゅうっと抱き締める。
『イケナイコト、教えて? センセ』
「……うひょ、うひょひょひょひょひょひょ!!!!」
 ――妄想をひとしきり展開させ、アキラはぶるぶると腕を震わせた。
「アキラ?」
 最後の笑い声だけは、実際に洩れてしまっていたらしい。ルシェメイアは食後の茉莉花茶をすすりつつ、すっかりあきれ顔だ。
「キタ。きたきたきたきたきたアァァァ!!! 俺のハーレムフラグが、ついにキタアアア!! 思えばタングートにきて長かった。フラグはことごとくへし折られ、男の夢の幻想郷、エル・ドラドなどないかと諦めかけていた……だが、ついに、ついにだ!! ルシェメイア、俺は真珠舎の教師になるぞォォォ――ッ!!」
「……ふむ。で、貴様は一体何の教科を教えるつもりなのじゃ?」
「あ」
 盛り上がりきったところで、ルシェメイアに冷静に突っ込まれ、アキラは一瞬呆ける。小首を傾げて、「えへ?」とかわいこぶってみたところで、ルシェメイアの冷たい視線が緩むわけもない。
 正直いって、アキラの成績は中の下、ぎりぎり赤点ではないがの低空飛行だ。そもそも年がら年中あちこち放浪しているのだから、ほとんど授業にも出ていない。
 そんな彼が、教えられるものといえば。
「えっと……強くて硬い泥団子の作り方、とか?」
「そんなの誰に需要があるのじゃ」
「でも、ピッカピカにできるぜ!? あ、じゃあ、カレーと饅頭を一度に口にいれても、混ざらないで食べきる方法とか!」
「……そんな不気味なことを誰がしたがると?」
 ……その後も、アキラの提案はことごとくルシェメイアに却下される。
「俺のオアシスが……そこまで見えたのにぃ〜」
「それは蜃気楼じゃな」
 ばっさり言い切られ、ごん、とアキラはテーブルに額をぶつけて突っ伏したのだった。


「楽しかったですね!」
 今日のオリエンテーションを終え、花魄はまだ興奮気味だ。
「毒キノコでも、毒を抜けばあんなに美味しいなんて、初めて知りました。ハーブとかスパイスも、まだまだ知らないことばっかりで……!」
 今日は料理関係の授業が多かったせいか、朝の怯えはどこへやら、すっかりやる気満々だ。
「本当に、楽しかったですねぇ〜」
 ここは、大通り沿いの甘味屋だ。放課後の寄り道を、花魄は少ししぶったのだが、「これも学校生活の楽しみですよ」と誘いかけたのはスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)だった。すっかり二人と打ち解けた遠藤 サトコ(えんどう・さとこ)も、甘味屋ならばピーマンが出てくる(料理をされる)心配もないということで、にこやかにあんみつをつついている。
「こういうお店に来るのも、初めてです」
 花魄ははにかんで笑う。修行一筋に撃ち込んできた上に、極端に内気だった彼女にとっては、好きな人とこうして甘い物を食べる時間など、本当に夢のようだった。
「中庭も綺麗でしたから、今度はそこでお弁当にしましょうか?」
「いいですね! そしたら私、張り切って作ってきます。……あ、ちゃんとピーマン抜きにしますね」
「あ! ……は、はい!」
 花魄はすっかり、サトコは『極端なピーマン嫌い』なのだろうと思っている。
「なんでも美味しく食べたほうがいい、とは言いますけど……どうしても苦手なものって、ありますもんね」
「はぁ、まぁ……」
 苦手というより、自分がピーマンである(と思っている)故に、自分も食べられそうで怖いだけなのだが。それについては、サトコは黙っておいた。
 せっかく二人と仲良くなれたのだ。秘密は心苦しいけれども、気づかれないうちは、隠しておきたかった。
「私は、園芸の授業が面白かったです〜」
 一方、スレヴィは裏声でそう言って、可愛らしくぴょこぴょこと肩を揺らしてみせる。……ぬいぐるみをかぶっている以上、多少動きはそれらしく、と心がけているのだ。
「スレヴィさん、植物お好きなんですね」
「花魄さんは? 好きな花とか、あります?」
「そうですね。……百合が好きです」
 花魄はスレヴィの着ぐるみについた百合の頭飾りをちらりと見やってから、おずおずとそう答えた。
「私は特に種類はありませんが、白い花が好きです」
「だから、百合の?」
 スレヴィは頷く。「そういえば、ピーマンの花も白くて可愛いですよね」と付け加えたので、サトコはちょっと照れてしまった。幸い、不審には思われなかったようだが。
「ねぇ、花魄。学校とお店の両方がんばるのは慣れるまでは大変だと思いますが、リズムを掴めばきっとどっちもうまくできるようになりますよ。私も授業を聞きに来ますので、お菓子とお弁当を楽しみましょうね」
「はい! ……あ、でも、勉強は?」
「勉強は…二番目です。ふふふ」
 内緒ですよ、というようにスレヴィが笑う。その言葉に、ぷっと花魄とサトコも吹き出し、三人は楽しげに笑いあった。
 そのまま暫し、女(?)生徒たちの放課後ティータイムは、賑やかに続いたのだった。