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リアクション
4
テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、皆川 陽(みなかわ・よう)のことがわからない。
先月晴れて嫁になれて、傍にいることができるようになったけれど、近くにいればいるほどわからなくなってくる。
前から思っていたけれど、陽はなかなか複雑な人間だ。こうなのかな、と思うと違う。そんなことが何度もあった。
大人しいと思えば激しくて、手に入れたと思えば逃げられて。
今回の嫁騒動も、その振れ幅の一環だったらどうしようかと少し悩んだが、どうやら違うようだった。陽の態度は、あの日と変わらない。吹っ切れたらしく、言いたいこともずばずばと言ってきた。それはれっきとした変化で、厳しい物言いもあったけれどテディは安堵した。
きっと、『どうあるべきか』ではなくて、『どうしたいのか』を考えるようになったからなのだろう。それはお互いがより良い関係になるためのもののように思えた。だから、テディも陽に倣って考えることにした。
考えて真っ先に浮かんだのは、陽の部屋のことだった。
彼の部屋は、いつ尋ねていっても綺麗に片付けられている。
ソファの上に読みかけの雑誌や脱ぎ捨てた服が置かれていたことなんてないし、テーブルの上だって埃ひとつなく空拭きされている。カーテンも常に清潔で、床の上に抜け毛が落ちていたこともない。
完璧すぎる部屋だった。だからこそ、居心地が悪かった。陽の部屋、という感じがしなかったのだ。
完璧な部屋の奥に続く、恐らく普段寝起きしているであろう部屋に繋がるドアに手をかけたことが、一度だけあった。その時陽はただただ無言で怒りを表し、以来テディがそこに触れることはなかった。
けれど今は、気になる。
あの、外面から切り離された部屋にこそ、陽のあるべき姿があるのだろう。
全て見せて欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。
前ならそうだと思っただろう。だってあの頃のふたりの関係は、主従だった。陽の言うことは絶対だった。入るなと言われたら入らない。それで当然だった。
だけど今は夫婦だ。夫婦とは、対等なものだろう。対等なら、言えるのではないか。
「ねえ、陽」
「ん?」
綺麗な綺麗なソファの上に、膝を揃えて座っていたテディは紅茶を持ってきた陽に声をかける。
「あの部屋に、入りたい」
指差した先を、陽の目が追う。ドアを見てすぐ、陽の眉根が寄せられた。不平不満の声が上がらないのが不思議なくらいに嫌そうな表情だ。一瞬前言撤回しようかとたじろいだが、『どうしたいのか』を思い出して踏みとどまる。
「僕を、入れて欲しい」
そして、同じ言葉を繰り返した。陽は相変わらず眉をひそめたままでいたが、はっきり嫌とも言わなかった。
誰も招き入れることのない部屋に、自分を入れてもらいたい。
そして、自分以外は入れないでもらいたい。
以前なら思っても言わなかっただろうことを、つらつらと語った。
陽は何も言わずに聞いていた。
まったくこの男は突然何を言い出すのだろうか。奥の部屋に入りたい? あの、プライベート丸出しな汚部屋に? なんの冗談だ、エイプリルフールはまだ先だぞ知らないのか。
テディの言葉を受けて、陽は咄嗟にこんなことを頭に思い浮かべた。が、浮かべただけだった。言いはしなかった。どうしてこんなことを言ったのか、と改めて考えたからである。
知りたい、ということだろうか。
この、綺麗な部屋があからさまな上っ面だと見抜いて、本質の部分に介入したいと。
他の人は入れないで、という一言で、恐らくそうなのだろうと確信した。単なる好奇心で言っているわけではないとわかったので、少し、考えてみる。
テディがこうして要望を言ってきたことは、何度あっただろう。
一方的に押し付けるのではなくて、こうしたいのだと願い、折り合いをつけようとしてきたことは、何度?
「…………」
陽は、じっ、とテディの目を見た。テディは唇を引き結び、陽のことを真っ向から見返してくる。こういう反応も、なんだか新鮮だ。
「……嫁、だもんね」
ぼそり、と呟いてみた。
きちんと正面から目を見ることも、願望を口にするのも、対等な関係だからだ。対等な関係は、陽が願ったものだった。彼は、陽の願いに釣り合うようにしてくれた。
だからだろうか、ほんの少しでも「見られても別にいいや」と思ったのは。
けれども結局思いとどまった。あの部屋に人を招くなんて本気か、と心の奥で抗議が聞こえたからだった。
自分だけの空間。何もかもから隔絶された世界。面倒の一切がない、陽だけの楽園。
「…………まだ、駄目」
考えた末に出した結論は、これだった。たぶん本当は、今入れることになってもさほど問題はないのだろう。だけどなんとなく、そう答えていた。もう少しだけ、時間が欲しかったのかもしれない。なんのための時間だろう。わからない。わからないので、そのままにしておいた。
「まだ」
テディは、陽の言葉の一部を反芻していた。まだ。そう、まだだ。
「じゃあ、いつかいいんだ」
そういうことになる。が、肯定してやるのはなんだか恥ずかしかったので、ぷいとそっぽを向いておいた。ふふっと笑うような声がしたのでじと目でそちらを向くと、テディは嬉しそうに笑っていた。
こんなことで喜ぶなよ、と呆れる反面、こんなことで喜んでくれるのか、と驚いた。同時に、彼の喜ぶ顔を見るのも悪くない、と思った自分にも驚いた。
なんだこれ。
まるで。
まるで、ちゃんと、恋人同士でいるみたいではないか。
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