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Buch der Lieder: 夢見る人

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Buch der Lieder: 夢見る人

リアクション

 空京――、ある劇場ロビーは演目が終了した事で人で溢れ返っていた。ただ今日は本番ではないから、それは一瞬の出来事だ。足早に帰路へつく腕章をつけたマスコミ関係者を遠目に、二人の青年がベンチへ真っ直ぐ向かう。
 「めっめー!」
 小さな腕を精一杯伸ばしている5匹の中で、菓子を手に入れたスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)は仲間を一瞬勝ち誇った目で見て、袋を抱きしめる。四匹からめーめーと抗議の鳴き声が上がる中、与えたそれを上から取り返すと、切れ目を破いてもう一度子山羊達の群れへ放り込んだ。
「スヴァローグ、独り占めしない。それと皆、夕ご飯の前に食べ過ぎちゃ駄目だよ」
 そんな注意に、子山羊達が揃って手を上げた事へハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)が目を細める様子を見て、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)は「それで」と会話を切り出した。
「久々のフランツィスカ・アイヒラーのステージはどうだった?」
「どうも? 特に変わりはないかな。相変わらず綺麗で、上手くて、情熱的。
 ……あの年になって変わりないってのが、逆に怖いよね。契約者より余程“アレ”だよ」
 姉を褒め称える弟に、アレクがくつくつと肩を震わせる。と、そんな折、声をあげながら此方に近付いてくる集団がある。
「お兄ちゃん、ハインツ! 良かった、間に合ったのね」
「二幕目が始まるまでにいらっしゃらなかったので、もう間に合わないのではと話していたんです」
 ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)に続いてツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)が飛びついて来た子山羊達を受け止めながら、友人達を振り返る。――忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だけは早々にアレクの頭へ飛び乗っており、視界から姿が消えていた。
「も〜遅いのよ! 一幕のラストが良かったのに」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)の言葉へコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が同意しているのに、瀬島 壮太(せじま・そうた)はアレクの隣に腰掛け
「仕事じゃ仕方無ぇよな」
 と、手元のフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)と、苦笑する。
「はい。とってもパワフルで、客席にあっても完全に入り込んでしまい…………なんだかお腹が空きました!」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の少しズレた感想に、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が溜め息をつき、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が何時ものやり取りだというように皆へ顔を向ける。
「うん、そうだね。もし時間があるなら下で食事でも……と、僕はその前に姉さんのところに寄らないとか。
 あの人、感想言わないと不機嫌になるから」
「俺も一緒にご挨拶に伺って構いませんか?」
「お礼が言いたいわ」
「勿論。
 むしろ今日のフランツィスカがご所望なのは、弟じゃなくて妖精さんたちの方だからね」
 冗談めかして差し出す腕の片方をツライッツが戸惑い見つめる間に、片方にジゼルがきゅっと掴まると、ハインリヒが「君たちも良ければ」と皆を誘う。
「俺はコンラートカイをからかい……じゃなかった挨拶に言ってくる」
 不穏な言葉を上機嫌で吐くアレクと一旦分かれ、彼等はフランツィスカの楽屋へと向かった。

 さて、演目はミュージカルな上ラフな服装でも観劇出来る内容だったが、皆それなりの服装でやってきている。
 万年Tシャツのアレクがシャツを着ただけでも上出来だったが、それ以上に気を遣ったものも居たようで、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)らは華やかなドレスを着込んでいた。
 実は彼女等二組のカップルは最近結婚したばかりだったので、ちょっとしたお祝いも兼ねて居たのだろう。
 多くの人はその特別さに気付きもしないが、お洒落に敏感な人種は違う。
 キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)ミリツァ・ミロシェヴィッチ(みりつぁ・みろしぇゔぃっち)は二組とすれ違うと、
「特別な事でもあったのかしらね」と、囁き合った。
「何かあったのか?」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が覗き込んでくるのに、彼のぼさぼさの髪型を一瞥したあと、キアラは首を横に振る。
 彼のパートナーのエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)、それに知識の多いノーン・ノート(のーん・のーと)や感受性の強い千返 ナオ(ちがえ・なお)と違い、かつみにこういう部分を理解してもらうには、経験値が足りないだろう。主にファッションの部分で。
「フランツィスカさんの歌、素敵だったね!」
 結婚したばかりといえば同じくな小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、夫のコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が笑顔で頷く。
「クレープでも食べていこっか?」
「いいっスね! 佐那ちゃんたちは?」
 一緒に行けるかと振り返るキアラに、富永 佐那(とみなが・さな)とパートナーのエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が賛成する。
「武尊君も!」
 と、キアラにぐいっと引っ張られ、国頭 武尊(くにがみ・たける)もついての、ちょっとした大所帯になった。

「クレープかぁ……」
「トーヴァさんも行きますか?」
 笑顔で首を傾げる友人の神崎 輝(かんざき・ひかる)に、トーヴァ・スヴェンソン(とーゔぁ・すゔぇんそん)は軽く否定した。
「折角久々に皆と会えて、積もる話もある事だし、おねーさんはどこか落ち着いたところがいいかにゃー」
「そうですね。下にカフェとかありましたし、その辺なら長居出来るかも」
「輝お兄ちゃん、ボク、スイーツが食べたいにゃー」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)神崎 瑠奈(かんざき・るな)が案内板を見ながらトーヴァと相談を始めるのに、輝は一人劇場の入り口を振り返る。
 今日のステージはドレスリハーサルだというのに、本当に素晴らしかった。どこをとっても一流と言える出来で、文句を言う人があるとしたら、それはもう好みの問題だろう。
 舞台の主役である役者――歌手たちも、流石パラミタに招かれる程の実力だというのが、アイドルとしてみせる側の輝には、ひしひしと身にしみるように感じられた。
「いいなぁ、ボクもこういうところでやってみたい……」
「うん、一緒に頑張ろう!」
 神崎 シエル(かんざき・しえる)に背中を叩かれ、輝は新たな目標が出来た気持ちで、その場を後にする。


 そうして退出する多くの人々と逆流していたアレクが劇場に戻ると、
「おにーちゃん遅いの!」
 及川 翠(おいかわ・みどり)サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)が彼の姿を見つけて、何時ものように飛びついて来た。
 彼女達の保護者役であるミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が続き、そのやり取りに気付いた南條 託(なんじょう・たく)御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が席を立ち上がり此方へやってくる。
「パーパと伯父さま、間に合ったんですね」
 スヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)は呟いて、隣に座っていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)へ向き直った。
「皆さんこのあとお時間は?」
「特に予定はないが」
 ウルディカが答えるのに、グラキエスとロアはこの後の展開を想像して顔を見合わせる。“これはウルディカの為を思うと遠慮した方が良いかもしれない”とか、そうした上で“何処かから様子を覗こうかな”とか、二人はそれぞれ思いを巡らせた。
「じゃあ一緒にお茶でも行きませんか?
 この下にタルトの美味しいお店があるんですよ。あ、でも時間が時間ですし、先に夕ご飯を――」
 食べる事が大好きなスヴェトラーナは、自分の考えにのめり込んで盛り上がっている。ウルディカには申し訳ないが、これは離れるタイミングが無さそうだとグラキエスとロアは内心苦笑して、四人揃って席を立った。
「俺達も旨いもんでも食べに行こーや」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が誘う声に、トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)は少し考えているようだ。パートナーのスヴェトラーナは先に下りて行ったようだが、まだ幼い彼女は一定の時間を過ぎれば保護者の指示を仰ぐ必要がある。
「アレク達がどうするか分かんないから……」
 言いながらアレクを見てみれば、彼はまだ託達と話している最中だ。ジゼルやハインリヒの姿も見当たらない。
「取り敢えず先にスヴェータんとこ行ってくる」
「おう、待ってるな」
 ぱたぱたと慌ただしく駆け出すトゥリンへ、軽く手を振り見送る唯斗。
 それに紛れるようにして、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)をカツラのように頭にのせたまま動き出す。
 観劇中、コンラートとカイの姿が目に入ったからだ。ハインリヒの二人の兄に何か悪事をされた訳では無いし、特別関わりも無いのだが、リカインは『兄』という存在それだけで無意識に反抗意識を持ってしまう習性がある。そんな部分を自分でも理解しているから、彼等とは距離をとったほうが良いと思ったのだ。
 リカインがすり抜けて行く通路の付近ではルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が観劇の余韻にひたっていた。

「ゲネプロとはいえフランツィスカの歌声がこんな間近で聴けるなんて……たっとい……」
 余韻どころか、完璧に酔った様子なのは東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
「かがっちゃん、おまえさんのパートナーは酔ってるの?」
「ロビーで酒でも飲んできたのか?」
「大丈夫? 回復した方が良いかな」
 佐々良 睦月(ささら・むつき)佐々良 皐月(ささら・さつき)を伴い“家族デート”にきていた佐々良 縁(ささら・よすが)が、歓喜にぶるぶると震える葵を見て、東條 カガチ(とうじょう・かがち)に質問する。
 フランツィスカ本人にリハーサルに招かれたというだけで、あれ程感動してはしゃいでいたのだ。何時も被っている仮面が崩れかけているがまあ仕方ない、とカガチは腕を組んでウンウンと頷く。
 勿論そんなわざとらしい仕草に友人達が気付かない訳はなく、椎名 真(しいな・まこと)はパートナーの双葉 京子(ふたば・きょうこ)原田 左之助(はらだ・さのすけ)と顔を見合わせ、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)と笑い合った。
「葵さんのキャラが崩壊してるんだけど」
「回復は必要なさそうですけど、時間は必要かもしれませんね」
 くすくすと漏れる声を聞きながら、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は時計を見やってユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)へ声をかけた。
「俺等もそろそろ出るか……」
 と、そこでティエン・シア(てぃえん・しあ)がステージに向かって声を上げた。
「あれ? ステージにいるの、ハインツお兄ちゃんだ!」
「は? なんであいつが――」
 振り返る陣は、にこにこと笑顔で弟の腕をがっしり掴んだフランツィスカを見て、その経緯を理解し息を吐いた。
 指揮者へ曲名をお願いするプロデューサーが席につくと、ハインリヒは一瞬みせた不本意そうな表情を見事な作り笑顔に変えて客席を見る。
 近頃彼のそういうところを覚えたユピリアは、離れた位置に居るアレクと同じタイミングでぷっと吹き出してしまった。
「頑張ってハインツ“お兄ちゃん”!」
 と囃し立てれば、ステージの上から恨めしげに睨まれ、いよいよ笑いが止まらない。
「まさか、姉弟デュエット……!?」
 葵はステージの上に立つ彼等を、キラキラした瞳で瞬きもせずに見つめている。ハインリヒとしてはもう何年も舞台人ではない自分が此処に登る事は失礼にあたると思うし、この上なく不本意だったが、この期待に応えない訳にはいかなかった。
「……僭越ながら一曲歌います」
 突然始まったイベントに客席へ集まって来たスタッフにハインリヒが挨拶し、指揮者が腕を上げた瞬間、姉弟の持っていた慣れ合う空気が一変する。
 雑多な空気になっていた劇場を、静かな歌が包み始めた。

 事件が起こったのは、その数分後の事である。