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第3章 花婿さんと花嫁さん

 2日目の日中。
 食事後の自由時間に、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は幼児化したアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を連れて、近くの式場で行われるという野外パーティ会場に訪れていた。
 式場のスタッフが、2人だけで挙式をあげた新婚さんのお祝いをしてくれる人を募っていたため、見学に来てみたのだ。
「……ん?」
 何組かのカップルのうちの1人に康之は目を留めた。
 どこかで見たことがある人物だ。
「ああ、いつぞやの事件で魔道書探してほしいって言ってた人か?」
 隣にいる優男――花婿は知らない人だった。
「いや……どこかで見たことがあるような気も。
 確かパートナーがエリュシオンの龍騎士とか聞いたから、その人か?」
「はるみ、さんと、レストさんです……2ねんまえ、こんやくしき、いきました」
「……あ、ああそうか!」
 小さなアレナの言葉で、康之は思い出す。
 2年前、エリュシオンで行われた第七龍騎士団の団長、レスト・フレグアム御堂 晴海(みどう はるみ)の婚約式を。
「パートナー同士の結婚か。苦楽を共にした二人が同じ道を歩むってのは、やっぱりいいもんだな」
 康之は2人の姿を微笑みながら見た後、アレナに目を向ける。
 アレナは康之を見上げて微笑み、首を縦に振った。
「あの2人の婚約式は結構人沢山来てたけど、結婚式は2人でやったんだってな……。
 俺のイメージだと、結婚式こそ、親や友達を呼んでわいわいやるもんだと思ってたけど、そういうやり方もあるんだな」
「すてきだと、おもいます」
「ん? アレナも2人だけの結婚式が理想?」
 康之が問いかけると、アレナはしばらく考えた。
「かぞくと、パートナーはいっしょがいいです。でもたくさんは、はずかしい、です」
 ちょっと赤くなって答えた。
 アレナは目立つことがあまり好きではない。
 優子の後ろにいることが好きであり、優子より目立つことには特に抵抗があった。
「やすゆきさんは、どいういうのがいいですか?」
「んー、俺は、普通にやるのもいいけど参加してくれた皆が楽しんでもらえるような仕掛けをして、思い出に残るカンジにしたいと思ってる。具体的に何をやるかなんてまだ決まってないけどな」
「やすゆきさんは、おともだちたくさんよんで、わーってにぎやかにやるのがあってるきがします。みんなとたのしそうなやすゆきさん、みてるの、わたしきっととってもたのしいです……っ」
 凄く嬉しそうにアレナが言った。
 康之の輝く笑顔は、アレナの心の癒しになるのだ。
「となると……そうか、挙式は少人数、披露宴は親戚も世話になった人達も、友人も呼べるだけ呼ぶ! 2次会は人類全てを招待する! が良さそうだな」
 康之がそう言うと、アレナは小さく声を上げて笑った。
「ま、話だけじゃピンとこないし……今日はアレナも小っちゃい状態だし、時期が来たら模擬結婚式ってのに参加してみないか? それで結婚式ってどんなものか実際に体験したら、改めてどういう風にやりたいとかもイメージしやすくなるはずだぜ!」
「もぎってなんですか?」
「本当に結婚式をやるまえに、結婚式を体験してみようってことだ……わかるかな? そうして自分が本当にやりたい結婚式ってのをアレナと一緒に作っていきたいんだ」
「れんしゅう、ですか?」
「練習より前の段階だな。結婚てのは一番大切な人と一生一緒に生きていくって誓う大事なモンだ。それを最高の思い出の一つにしたいだろ?」
 康之がそう言うと、「いっしょう、いっしょ」と呟いた後、アレナはこくりと頷いた。
「だいじな、おもいでつくるための、じゅんび、です」
「ああ!」
 にこにこ微笑んでいるアレナを見ながら、康之はふと思う。
(キリスト教式でやる場合、アレナはバージンロード、優子さんと歩くんだろうな)
 そして自分と途中で交代する。その状況を思い浮かべ、康之は軽く緊張するのだった。

○     ○     ○


 子供用の衣装を借りて、5歳児と化した遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)も、新婚さんのパーティ会場に訪れていた。
「おにーさん、おねーさん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます。しあわせになってください」
 20代半ばくらいの男性と、20歳くらいの女性の新婚さんに2人で近づいて、子供らしい笑顔で祝福した。
「ありがとう。お2人もとっても可愛いわ」
 純白のドレスを纏った花嫁さんは、ちょっと屈んで2人に笑みを見せた。
 隣の花婿さんも優しい目で歌菜達を見ている。
「すごくすごくきれい……!」
 席に向かう新婚の2人を、歌菜は目をキラキラ輝かせてみていた。
「おねーさんたちがしあわせになれるように、いっぱいいっぱいおいわいしなくちゃ!」
「そうだな、たくさんいわったほうが、しあわせになれそうだ」
 2人は沢山のおめでとうの言葉と、余興の時間に歌を歌って新婚さんを祝福するのだった。

「小さな花嫁、花婿さんを募集しているのですが、少しお時間をいただけませんか?」
 そんな2人に、式場のスタッフが声をかけてきた。
 式場では幼児の花嫁、花婿モデルを募集しているそうだ。
「はすみくん、やろっ、いっしょにやろっ!」
 歌菜はとっても乗り気で、羽純の腕をぐいぐい引っ張った。
「モデル? どうしてオレまで……」
「おねがい、おねがいー。はすみくんとやりたいっ」
 羽純はあまり乗り気ではなかったが……。
「おねがいっ」
「……そこまでいうのなら……」
 押しに負けて、歌菜と共に式場へと向かい、幼児用のかわいらしいドレス、タキシードを着せてもらうのだった。

「……すこしきゅうくつだ」
 着せてもらった服は動き難くて、羽純には窮屈に感じられた。
「えへへへへっ」
 ウエディングドレスを着せてもらった歌菜が、スタッフに連れられ羽純の前に現れた。
「……カナはにあってる、な」
 可愛らしい歌菜の姿に、羽純はどきどきしていたが無表情で頷いた。
「はすみくん、かっこいい! あっちでしゃしんとるの!」
 歌菜も羽純の可愛くて凛々しい姿がとっても嬉しくて、彼の手を強く引っ張った。
「そんなにひっぱるな、ころぶぞ!」
 羽純は歌菜が転ばないように、ゆっくりと子供のペースでカメラの方へと歩く。
「はすみくん、カナのてをぎゅっとしてっ」
 カメラの前で、歌菜は羽純に笑顔でお願いをする。
「そうだな」
 と、羽純が歌菜の手を握った途端。
「うれしい。はすみくん、だいすきー」
 幼児化している影響で、普段人前では言わないこと、しないことを歌菜は大胆に自然に表現していく。
 歌菜はいきなり羽純の手を強くひっぱると、近づいた彼の頬にちゅっと口づけた。
 嬉しそうな歌菜のキスと、少し驚いた表情の羽純の姿を、カメラマンはしっかりと写真に収めた。
「カナ……」
「つぎは、こんなポーズがいいかな? どうですか?」
 歌菜は羽純の腕に抱き着いて、カメラマンに笑みを向ける。
 羽純も軽く微笑んで、カメラに目を向けた。
 2人の可愛らしい姿は沢山写真に収められ、式場のパンフレットや店頭に飾られたのだった。

○     ○     ○


「……まだか。まったくおんなのきがえは……」
 式場の控え室で、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は眉間に皺を寄せて、パートナーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)達を待っていた。
 ちなみにタキシード姿の5歳児である。
 幼児化については一度……いや二度も三度も拒否したのだが、ルカルカに強くせがまれて断りきれず、薬を飲んでの同行だった。
 ルカルカには付き合ってやるが、ドレスは一着にしろと言ってあったのだが、色々着て試しているようだ。
「おまたせ、ダリル」
 ようやく彼女達がダリルの前に現れたのは、ダリルの着替えが終わって30分が過ぎた時だった。
「どう、にあう? アレナがえらんでくれたの」
 5歳児の姿をしたルカルカは、ローズピンクの幼児用ウェディングドレスを纏っていた。
「ん? アレナもダリルにみてもらって、ほら」
 ルカルカは自分の真後ろにいたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を前に引っ張り出した。
 アレナはネイビーブル−の幼児用ゲストドレスを纏っていた。
 明るい笑顔を浮かべているルカルカも、恥ずかしげな顔のアレナも、とても可愛らしく、ダリルは思わず言葉を忘れて見入っていた。
「……ダリル、かんそうは?」
 ルカルカに尋ねられ、ダリルは軽く咳払いをした。
「にあってる……ぞ」
「あれ? ダリル、かおあかくない? ルカたちがかわいかったから、みほれてたでしょー」
「それはない」
 きっぱりとダリルは否定する。
「ルカはともかく、アレナがかわいくないと?」
「……あっ」
 恥ずかしそうにしているアレナを、ルカルカは前に押し出した。
「それもない。ふたりとも、にあってて……かわいいとはおもう」
「ありがとうございます。ダリルさんも、かわいい、です」
「……あ、ありがとう」
「ふーん、アレナにはすなおにおれい、いうんだー。ダリルほんとかわいい、かわいいよー」
「おまえはいうな」
 ダリルはルカルカをじろりと睨んだ。
「きちょうよねー、ダリルのちいさなころ、ルカしゃしんでもみたことないし」
「つくられたころからおとなのすがただったから、ようじじだいというのがなかったんだ」
「なんだかもったなーい」
「もったいなくない」
「ふふ……」
 ルカルカとダリルのやりとりを、アレナはにこにこ楽しそうに見守っていた。
「さ、いくぞ」
 ダリルは2人を連れて撮影室に向う。カメラマンも首を長くして待っているはずだ。

「こんなポーズどう?」
 えいっと、ルカルカはカメラの前で、グラビアモデルのようなセクシーなポーズを決めた。
「ちょっと自然じゃないねー」
 カメラマンにそう言われてしまった。
「それじゃ、こんなのは? あとは、てんじょうから、ロープをさげてくれたら、つかまってターザンみたいに」
「いやいや、そういうしゃしんはいらないだろ」
 ダリルにつっこまれて、ルカルカはうーんと考え込む。
「はいいいよ、こっちのレンズみてねー」
 対してアレナは、渡された花束を手に、恥ずかしそうに微笑んでいるだけだったが、何枚も写真を撮られていた。
「アレナをみならってみようかな。こう?」
 ルカルカはやや横向きで、顔だけカメラに向けてみる。
「うん、いいよー」
「ふふ、それじゃ、はなむこ、まんなかでどうかな?」
「おい……」
 袖にいたダリルを引っ張って、ルカルカは強引に真ん中に立たせた。
「りょーてにはなーっ♪ えーい」
 そして花吹雪を空に撒いた。
「うん、可愛いよ。撮るよー」
 やれやれと微笑するダリル、照れくさそうに笑うアレナ、楽しそうな笑みを浮かべているルカルカを、カメラマンは可愛く綺麗に写真に収めた。

「なんどきても、ウエディングドレスはいいよね。ふだんはスカートはかないんだけど、こういうのはとくべつ」
 撮影が終わった後、ルカルカはパーティ用ドレスに着替えていく。
 スカートを穿かないのは嫌いだからではなく、動きにくく、足に傷もつきやすいからだ。
「そういえば、こんどデパートでバーゲンあるじゃん? いっしょにいかない?」
 着替えながら、アレナを誘うとアレナは嬉しそうに頷いた。

「いくぞ」
 パーティ用の服への着替えも、ダリルの方が早かった。
 アレナは撮影の時に着ていた服のままだ。
 なんでも、近々フィアンセと模擬結婚式をやるので、ウエディングドレスはその時着たいとか。
「はい、パーティ、いきましょう」
 小さなアレナを見ながら、ダリルはアレナのウエディングドレス姿を思い浮かべる。
(一生懸命、幸せになってほしい)
「……?」
 アレナが視線に気づいて、顔を上げた。……2人の目があった。
 ダリルは口を開きかけたが、言う事は出来ず、ただアレナに微笑む。
(アレナの結婚式、俺はどこにいても祝いに駆けつけるよ)
 ダリルの視線に、アレナはまた少し恥ずかしそうに微笑み返した。