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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【カナン・5】


 やがて、ティエンの【癒しの木漏れ日】で回復を果たした騎士たちも戦線へ復帰した。心身を蝕んでいた瘴気はなく、契約者たちという心強い味方を得られたことに、剣を振る動きにも冴えが戻っている。
 人形たちを押しやり、イシドールのいる陣営まであと少しという、そんななか、戦うカファサルークと人形との隙間ギリギリを狙ったかのように、どこからともなく飛んできた気弾が人形たちを粉々に砕いた。
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だった。
「なんだ、てめーもいたのかよ? 気づかんかったわ」
「…………」
 あの気弾はカファサルークの肩もかすめていた。ふてぶてしく嗤う竜造に、これははたして故意か偶然かと内心首をひねる。
 そうされてもおかしくないと思える程度には因縁のある間柄であるがゆえに判断に悩みながら屋根の上の竜造を見上げていると、竜造は何かに気づいたような表情をして、屋根から飛び降りた。
 カファサルークの上を軽々と飛び越え、カインの近くへ着地する。
「よぉ、ひさしぶりだな」
 攻撃態勢のままこちらを向いたカインが攻撃する直前、味方との判断から剣を引いたのを見て、渋そうに眉をしかめる。
「言っとくがな、これは共闘じゃねえ、単に行先が同じなだけだ。俺ぁてめェと慣れ合う気は一切ねぇぞ」と、その頭をめぐらせ、視線をイシドールへ向ける。「あの野郎、相当強そうだ」
 強い相手との殺し合いが何より好きな竜造らしく、ふてぶてしく笑う。
 カインが何と思うか……反応を待つように視線を戻した先では、カインは味方と判断した竜造に対しすでに興味を失った様子で、人形を砕く戦いに戻っていた。
 そのことに鼻白みながらも、ふと竜造は彼女の戦い方がこれまでと違うことに気づいた。カインの攻撃方法は障害物が多く通常なら動きが制限される場所で真価を発揮する。すべてを足場とし、体に仕込んだ多彩なアイテムで空中でも自在に動いて常に相手に攻撃を仕掛けるスタイルだ。しかし今、彼女は守りに入っていた。常にバァルを視界に入れ、ある一定の距離以上バァルから離れない。敵を倒すことよりもバァルを守ることが優先で、彼にわずかも当たる可能性があると判断すれば、矢面にわが身をさらすのも厭わない。
「……なんであいつ、あんな戦い方をしてやがんだ。あんな人形どもの攻撃なんざ、かすらせもしないで戦うことだってできるだろうがよ」
 動きが制限されること、それによって自身が傷つくことよりも、バァルの無事を優先する。それは、臣下として当然の行為ではあったが、彼女の場合、どこか行き過ぎているように見えた。
 竜造の独り言に答えたのはカファサルークだった。
「彼女は、バァルさまの異母姉らしいという噂が昔からあります」
 まさか返答があるとは思ってもいなかったと軽く驚きつつそちらを振り返る。
「は?」
「昔の話です。カインの亡くなった母と当時の領主が、嵐のせいで数日同じ館にとどまることになった……。
 結婚前、二人は恋人同士だったという話もあって、そういう噂が流れたのです。それから少しして、カインの母の妊娠が発覚したものですから……」
 育ったカインは母親似だった。そして、成長した彼女に前領主が領主家の紋章入りのナイフを渡したことも、噂をさらに助長させる結果になった。
 このことについてカインは一切口を閉ざし、ひと言も漏らさないが、サディク家当主から12騎士の地位を奪ってまでもバァルに仕えようとする、あの異常なまでの忠誠心は、血を分けた弟に対するものではないかと疑う者は当時も今も大勢いる。
 真実を確かめようにも、2人ともとうに鬼籍だ。今となっては分かりようもない。カファサルークは肩をすくめて戦闘に戻る。
「なるほどね」
 そういったホームドラマめいたことには興味はないが、カファサルークの語る家族愛だの肉親愛だのとあの淡泊なカインとがあまりに結びつかなくて、竜造はつい鼻で笑ってしまう。あくまでも噂、他人はそう考えてるということだが。
「ま、今はそれについて考えてるときじゃねーな」
 ひとまず、ある程度納得しておくことにして、竜造はイシドールへ到達する道をつくる作業に戻って行った。