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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【シャンバラ教導団】


 行動が開始されると、ゆかりとマリエッタ、エースとメシエとリリアら契約者は、打ち合わせていた通りシャンバラ教導団校舎の人気の少ない場所へと飛ばされた。
「じゃぁ、予定通り俺達は近場を、ゆかりさん達は遠方をお願いするね」
「はい。校内は全て頭に叩き込んでいますので任せてください。
 そちらは一般でも開放されるような部分ですので、気にせずお願いします」
 プラヴダの基地では、その方面に長けた兵が幾種幾多の瘴気対策をしてくれたが、念には念をとマリエッタがマインドシールドを張る。
「じゃぁ、あちらの基地で」
「はい」
 今立つ場所に戻る必要性は無い。時間が来れば勝手にプラヴダ基地内の先程まで居た応接室へと――破名の能力で――戻される手筈だった。
 とにかく、手渡された撮影用の映像機器に校内の様子をとにかくたくさん撮影すれば良いのだ。
 早速と彼等は二組に分かれて行動を開始する。

 非常時ということで記憶違いやニアミスを避ける為に、ゆかりは校内の見取り図の内容を記憶術で頭に叩き込み避難路を含め網羅していた。
 指定された撮影場所まで最短ルートを選び向かっていたゆかりは、マリエッタに止まれと片手で合図を送る。廊下の死角に身を潜み、瘴気に当てられゆらゆらと彷徨う生徒をやり過ごす。
 校内に残っているのは避難が遅れてあえなく瘴気に飲まれた生徒や場合によっては教師もいるだろうが、圧倒的に生徒が多いのは予想がついていたが、実際目の当たりにすると遣る瀬無い思いもある。
「此処かしら」
 該当の教室に辿り着いたゆかりは手にしている映像機器の電源を入れて教室内を走るように撮影を初めた。
 無事に教室の撮影を終え次に向かおうとドアを通過したゆかりの前に人影、
「誰だきさ――」
 皆ままで言わせず男子生徒の両肩を掴んで、ゆかりはヒプノシスで彼を眠らせる。
「カーリー」
「急ぎましょう」
 床の上に男子生徒を横たえさせてるゆかり。マリエッタは警戒の目を廊下の向こうへと向けて、誰も居ないことをパートナーに知らせた。



「鉢合わせはきついな」
「俺達は戦闘は避けたいんだけどね」
 メシエの声に、深翠を基調にした弓幹部分には流れるように金の翼の装飾が入る翠賢弓アムルタートの一矢を使い、周囲の植物に襲われる形で生徒の拘束に成功したエースは我ながら乱暴な手段だなと肩を竦め、同意だと頷く。
「そうね、こういうので手間取るのは良くないわ」
 リリアは右も左もわからない場所は厄介ねと零す。
「しかし、逃げ遅れの生徒が多い」
 回避できるものなら回避しようと、ディメンションサイトを使ってみればあちらこちらと敵意が点在していて、自分達が未知の領域で活動しているのだと改めてメシエは実感した。
 そんなメシエに、でもやるしかないよとエースは声をかける。
「映像、上手く撮れているといいね」
 巡らなきゃならない場所は他にもまだある。



 先に伝えられていた制限時間が迫っている。
 あとは何処を回ればいいのかと階段を駆け上がりながら発したゆかりにマリエッタが、確か、と受けて答える。
 残り一秒まで、時間が欲しい。
 一秒、コンマを切っても託された機材を両手で持ってマリエッタがポイントシフトの連続使用で廊下を、教室を、此処だと言われた場所を、記録し続けた。


 * * * * * 



 瘴気がどれだけの速度で浸食し影響を与えるのかわからない為、学校に滞在する時間は決められていた。
 契約者達に支給されていた映像機器は、瘴気が発生していると思わしき場所を撮影すると言う任務を終えると、即座に回収される。
 そこで基地に残っていた兵士達が、映像を反射する『秘宝・グレムダス贋視鏡』の鏡面を目視で確認する。こうして鏡の能力によって暴かれた備品に擬態していた瘴気の場所は、速やかに各隊へ伝わり浄化された。
 東カナン代々の領主に伝わる秘宝。このような状況に見舞われ、使用許可は返却時に事後報告という形になってしまうが、これを使わなければ浄化云々どころではない。学校全体を浄化すればいいという単純な話でもないのだ。現に逃げ遅れれば『飲まれて』しまう。
 経験者達は精神を強く持って跳ね除ければ良いと言うが、それが可能な人間がどれほどいるだろう。
 人間は揺れ動き、惑う生き物なのだ。校舎内でそれを見て来たばかりのゆかりは、溜め息をついた。
「現時刻では、どの様な状況ですか?」
 ゆかりの質問にヴォロドィームィルが簡潔に伝えた現状は、事態がかなり好転しているというものだ。
「サヴァス・カザンザキスは瘴気のあるところを自由に移動出来るようですが、所詮一人ですからね」
 ルカシェンコが魔法世界の人間の考えは理解出来ないと苦笑しつつ言うのに、ゆかりも釣られてしまう。軍隊の強さとはイコール数だからだ。サヴァスがどれ程の魔力を持っているのか知らないが、此方の中隊は二百。その後ろには万の旅団、更に後ろには数十万の兵士、兵装と艦船が控えている。そしてそれは、あくまで『陸軍』だけだと考えると、腹の痛い話だった。
 それにこうして瘴気を浄化していけば、シャンバラの国軍である教導団も自由に動けるようになるのだ。
 被害者は出る。場合に寄っては複数の死者も出るだろうが、迅速に動いてしまえば、サヴァスの散撒く瘴気は脅威とも言えなかったが――
「冗談はさておき、このまま消耗戦になるのだけは避けたいところですね。
 目標の魔力が底なしだと仮定すると、笑い話が途端に恐ろしい話になりますから」
「ええ、そうですね。
 補給の問題が出てくる前に、向こうが尻尾を出してくれるといいんだけれど……」
 ゆかりが呟いたところで、ミリツァが渡りに船の言葉を二人に向けた。
「サヴァスの気配が……。それも、はっきりとよ」
 浄化が進み瘴気が薄れていけば、その濃さを隠れ蓑にしているサヴァスをミリツァが認知するのは当然の話だった。
「はっきりと?」
 ゆかりが赤紫に輝くミリツァの左目を見つめると、彼女は確信めいた表情で頷いて返す。
「同じ位置から動かないのよ。微動だにしないのだわ」
 瘴気を散撒いて動いているサヴァスが一カ所に留まった。
 その理由は一つだ。
「浄化に気づいたのね」
 ゆかりが声に出したのを合図にするように、部屋の中の契約者と兵の動きが慌ただしくなる。
 皆がすっかり準備を整えた様子なのに、破名は首を傾げてミリツァを見た。
「俺は皆をどこに運べばいい?」
「『蒼空学園』本校舎屋上。そこでサヴァス・カザンザキスが待っていてよ」
 彼女の言葉は決戦の火蓋が斬って落されたのだと示していた。