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あの日あの時、あの場面で

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あの日あの時、あの場面で
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【幸福の共有】



 アールキングとの最終決戦後の、エリュシオン帝国は世界樹ユグドラシル。
 その内側に広がる帝都の更に中心、エリュシオン宮殿と言う、帝国の心臓とも言うべき場所で、新皇帝 セルウス(しんこうてい・せるうす)を前に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、ソファーに寛ぎながら友人たちと和やかに過ごしていた。


「わぁ、えらい別嬪さんどすなぁ」
 キリアナ・マクシモーヴァが感嘆の声を漏らした。
 見ていたのは、美羽とコハクの、先日行われた結婚式の写真である。
 眩しい純白の衣装に、淡く化粧をした姿は、普段の元気一杯、といった健康的な可愛さとは違い、美しい、と形容するのが正しく見えた。
「わぁ、キレイだねっ!ねっ、ドミトリエ」
「ああ」
 セルウスも、友人の普段と違う姿に興奮しきりだ。表情をあまり変えてはいないが、ドミトリエも感心したように写真に釘付けである。
「ちぇ、ちゃんと見たかったなぁ……」
「仕方ないよ」
 口を尖らせたセルウスに、美羽は苦笑する。前日のアールキングとの決戦の折りに、キリアナにもそれとなく尋ねてみたが、キリアナとドミトリエならば兎も角、流石に皇帝と言う身分は、例え友人だろうとも顔を出すわけにはいかない。せめてお忍びでとセルウスも訴えたが、示しがつかないからと方々から叱られて諦めたのである。
 だからこうして、美羽とコハクの二人で、報告と披露に来ているわけなのだが……
「……それを何故ここでやる」
 苛立たしげに言ったのは荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)だ。
 そう、一同が集まっていたのは、ヴァジラを軟禁している部屋である。
 流石に一国の主が他国の契約者と私的な会見を堂々と行うのは外聞の問題がある。そこで、片はヴァジラへの面会、片はヴァジラへの処分検討のための事情聴取という名目で寄り集まっているのである。 単純に利用されたこと自体が気に入らないらしく、不機嫌を隠しもせずにヴァジラは椅子に身体を預けて明後日を向いている。そのまま迷惑な客人達が帰るまでやり過ごそうとしたらしかったが、当然、そうは問屋が卸すわけがなかった。
「もー何拗ねてんだよ、こっち来いって」
 そんなヴァジラを、セルウスの腕が強引に引いて、一同が腰掛けるソファに殆ど無理やり座らせたのである。美羽達が思わず肩を震わせるものだから、ヴァジラの機嫌は下がる一方だ。その内殺気だったことになりかねないヴァジラの様子に「まあまあ」と宥めるように美羽は苦笑した。
「ちゃんとヴァジラにお土産もあるんだよっ」
 そう言って美羽がテーブルに並べたのは例によってドーナツである。新婚旅行のお土産である東カナンの焼きドーナツは、甘いチョコレート味はセルウス用、甘さ控えめなココア味はヴァジラ用だ。使用人たちが淹れたお茶と共に、それをかじって少し態度は軟化したあたりは、何のかんのと子供らしい一面が残っているようだ。と言うよりも、他人から好意を持って贈られたもの、に対してのささやかな敬意らしい、とはキリアナの弁である。
 ともあれ、そうして漸く空気も和んだところで、セルウスがふと「あれ?」と首を傾げた。
「コハク? どうしたの?」
 先程からずっと黙っているのだ。あ、とその理由に気付いたのはキリアナだった。
「コハクはんも、勿論素敵どすえ」
「! う、うん、凄く格好いいよ!」
 その言葉にセルウスも追従する。
「……いいよ。結婚式は、花婿は添え物だしね」
 溜息を吐き出したコハクは、拗ねるというほど大した程ではなかったようで、肩を竦めただけで直ぐに笑みに戻った。
「けど、ほんまに綺麗どすなぁ……」
 感嘆の息と共にしみじみと言うキリアナに、美羽はすす、と顔を近付けると「もしかして」とつついた。
「着たい?ウェディングドレス」
「! 嫌やわ、そんなん……無理に決まってます」
 慌てて首を降ったが、その頬には赤みが差している。どうやら興味はあるようだし、外見は美少女のキリアナである。さぞや似合うだろうなと美羽は目を細めた。
「本当に?誰か着たい相手とかいないの?」
「ん?キリアナ、結婚するの?」
 そこへ、ドーナツを食べるのに夢中で話半分だったセルウスが混じったものだから、話は斜めにズレて行く。しまへん!とぶんぶんと首を振ったキリアナにセルウスは首を傾げて「絶対ドレス似合うのにね」「ね」と美羽と顔を見合わせるのに「もうっ」と世の男性を釘付けにするようなはにかんだ笑みで、キリアナは息をついた。
「そんなん言うて、セルウスは……陛下こそ、お似合いになるんと違います?」
 思わず以前の調子で気安く声をかけそうになってから、こほんと誤魔化すように咳き込みつつ、キリアナは反撃とばかりにわざとらしく首を傾げてみせる。
「そうだね、セルウスにはそう言う予定無いの?」
「無いよー」
 美羽も乗っかったが反応は淡白だった。思わず目を瞬かせる美羽とコハクに、代わってドミトリエが肩を竦める。
「こいつの場合、結婚は自由になるもんじゃないからな」
 見た目はまだ少年であり、こうやって友人としての顔を見せている間は忘れがちになるが、セルウスはエリュシオンという大国の皇帝である。その結婚には、当人の意思以外に必要な条件が多すぎるのだ。それでなくとも樹隷という出自のこともあって、本人達のあずかり知らぬところで、伴侶選びは難航しているらしい。
「ピンと来ないなあ……仲良くなれそうな人ならいいけど」
 そんな感想を漏らす当たり、達観している、というよりはまだ感覚が子供のままなのだろう。そんな様子に、ヴァジラはふんと鼻を鳴らした。
「せいぜい、有益な嫁をあてがわれるよう、祈る事だな」
 こちらの方が事情を良く理解しているようで、嫌味たっぷりな笑い方をするヴァジラに、むっと顔をしかめて「そんな事言ってるけど」とセルウスの矛先はヴァジラを向いた。
「ヴァジラこそどうなんだよ?」
「は?」
 その言葉に、ヴァジラは呆れたように思わず漏らし、直ぐに眉を顰めた。
「貴様は、余程に余の立場を忘れるのが得意とみえる」
 底冷えのする声音は、嫌味を超えて嘲弄に近い響きをしていたが、一瞬ピリリと一同の間に微妙な空気が流れかかったのを気にした風もなく「それとこれとは別じゃん」とセルウスはあっさりとその空気を霧散させた。
「オレがそういうお嫁さんの取り方になっちゃうのはしょうがないけどさ、ヴァジラはこれからじゃん?」
 先のことは判んないんだし、とあっけらかんとしたセルウスの物言いに、美羽達と共にヴァジラもその反論を失っていると「だからさ」とセルウスはにじり寄ってヴァジラの顔を眺めた。
「どんな子がいいかとか、どんな結婚したいとか、ないの?」
 ぐいぐいと押してくる質問に、ノーコメントを貫きながらヴァジラが思い切り嫌そうに顔を顰める。その様子にコハクは思わず「仲良くなったよね」と漏らした。瞬間。
「「なってない」」
 と、見事にハモったものだから、一同の間にくすくすと笑いが漏れた。益々ヴァジラが渋面を酷くするのに、ごめんごめん、と声だけで言って「まあ結婚とかもうちょっと先のことは兎も角」とコハクは目を細めた。
「これから、どうするの?」
「さあな」
 他人事のようなヴァジラだったが、ドミトリエとセルウスは軽く目配せしあい、キリアナも僅かに表情を消す。何のかんのと、こうしてのんびりと言葉を交わしているが、ヴァジラが大罪人であることは動かしがたい時事であり、先延ばしになっているだけで、何がしかの処分は免れない身の上である。
「ヴァジラとキリアナは留学生としてシャンバラに来れないかな?」
 エリュシオンでは難しい立場でも、シャンバラでなら少しは柵から離れられるんじゃないか。そんなコハクの提案に、ヴァジラは鼻を鳴らして皮肉げに笑った。
「エリュシオンにしてみれば、厄介払いには絶好だろうが、貴様らには何のメリットも無い話だ」
 下らん、と言わんばかりのヴァジラの言葉に「何で?」と美羽が首を傾げる。
「歓迎するに決まってるじゃない」
 そんな邪気の無い率直な笑みに、ヴァジラも反論を失い、複雑に溜息を吐き出すと、僅かにだけ苦笑を浮かべると「そうか」とどうにか応じるのだった。


 ――それが実現するのは、それから暫く後。
 言葉通り、二人を歓迎することになるとは、そのときの美羽たちには知る由も無いことなのだった――……