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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●イルミンスールの秋祭りで

 黒いスクリーンのような夜に、橙色の光がともる。
 光はひとつではない。いくつも点灯して夜を彩るのだ。
 夜の黒に、それも秋の夜に、オレンジの光が似合うと、見つけた人は誰なのだろう。
 ここはイルミンスール魔法学校、恒例になった秋の祭りが開かれているのだ。
 いつかの秋、董 蓮華(ただす・れんげ)はこの夜を金 鋭峰(じん・るいふぉん)とともに歩いた。あの光同様に、ほの温かい思い出だ。あの夜、ダンスのため握られた彼の手の感覚を、蓮華は今も覚えている。
 今宵もまた蓮華は、その光栄に浴していた。
 偶然が重なって団長と二人きりになれたこと、これを蓮華は、もうただの幸運とは思っていない。
 これは運命、なのだ。
 ――もしかしたら、今夜……。
 団長に告白されるかもしれない。正式に交際してほしい、と、あの鷹のような瞳で言われるかもしれない。
 当然四百パーセント蓮華の回答は「イエス!」だが、さてどう答えるべきか、それにはつい悩んでしまうのだ。
「了解です!」と軍隊式に敬礼したら受けるだろうか……いや、受けてどうする……?
 じゃあ、「はい! 喜んで!」だろうか? しかしこれも、軍令を受けたときみたいに聞こえてしまって、自分の意志ではないように聞こえるかもしれない。だとしたら鋭峰は喜ばないだろう。
 そもそも、あの、いい意味で超真面目人間の鋭峰である。交際してほしいなんてまどろっこしいことを言わずにいきなり、「私と祝言を挙げてくれ」とストレートにプロポーズしてくるかもしれない。恋人段階なんていきなりジャンプスルーというわけだ。
 だって、あの鋭峰なのである。これまでの淡いささやかな思い出も、彼はすべて『デート』としてとらえているかもしれない。いや、鋭峰なら『デート』ではなく『男女交際』と言いそうだ。そうして、「もうとっくに恋人同士と思っていた……」とかさらりと言いかねない。
 いやはやどちらにせよ、予感に心ときめかす乙女、それが今宵の蓮華なのである。

 さて、そんな蓮華と鋭峰の、後方十数メートル地点。
 人の往来するなかを、蓮華のパートナー三人が歩んでいた。
「なー、こういうのデバガメって言わねえ?」
 もぐもぐとイカ焼き(大阪風)をパクつきながら、アル サハラ(ある・さはら)は言うのである。
「若い男女の後をつけて、恋愛が成就するかどうかを見守るってーのはさ」
「そういう下世話な感情じゃない……と言いたいなあ、僕は。これは蓮華のパートナーとして、彼女の大願成就を影ながら見守り、いざとなれば一緒に祝う……って気持ちからの行動で……」
 かく言うブライアン・ロータス(ぶらいあん・ろーたす)は、なんとなくスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)の背に隠れるようにしている。彼は人混みが苦手なので、どうしてもこういう場では、無意識的にこのような位置取りをしてしまうのだ。
「なんだ言い訳くせーなー」
 アルは鼻白んだように言うも、なだめるようにスティンガーが言った。
「ま、団長と蓮華は正式に交際に至っていないわけだから、これはカップルをのぞいているわけではない、と言うことができる。そうすると、ブライアンの言い分も通るわけだ。……うん、我ながらこじつけかもしれない」
「それに……アルは嫌なのかい? 嫌なんだったら、庭で花火でもしてりゃいいじゃないか……」
「うおう、ブライアンお前、最近言うようになったなあ!」
 なぜかアルは嬉しそうだ。彼は二カッと笑って言う。
「嫌か、って? とんでもねー! むしろ俺もワクワクだっての! 実は会場に頼み込んで、いざとなりゃ花束が降るように仕掛けてんだからさあ。ああ、あの三白眼団長が、俺のサプライズ花束にどんな顔するのか楽しみだー」
「なんだ。アルが一番楽しみにしてたのか」
「そりゃそうだって! あの二人が新婚旅行するんだったら、俺ナノマシン拡散してついてっちゃおうかと思ってんだから! ……っていうのはさすがにウソだけどさ。でも楽しみなのはマジだよ」
 ほどほどにしておけよ、とたしなめつつ、スティンガーは前に向き直った。
 さあ、蓮華と団長は……どうなるのか。

 空には花火が上がっている。
 そうして会場には、ワルツのような音楽が流れはじめていた。
 いつかの秋と同じメロディだ。
 あのとき蓮華は勇気を出して、鋭峰を踊りに誘ったのだった。
 今年も、と蓮華が思ったとしても無理はないだろう。
「あの団長……よろしかったら今年も一曲踊りませんか? 私、踊りも上手くなりましたよ」
「いや、その前に、大事な話がある」
 ――来たーー!
 思わず叫び出しそうになって、蓮華ははやる心を懸命に抑えた。
 どうしよう。やっぱり「了解です!」にするべきか、「はい、喜んで!」でいくか、それとも「大好き!」って叫んで彼の胸に飛び込んでしまうか……!?
「董、私には謝りたいことがある。公人としてではなく、私人金鋭峰として、だ」
「え……? あ、はい」
「これまで私は君の気持ちに気づいてやれなかった。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)のように、団長として敬愛を示してくれているだけだと思っていた。それを思えば踊りに誘ったり、行き過ぎた行動があったかもしれない」
「ちょ、ちょっと待って下さい。それであの……改めて申し上げますが、私は……」
「わかっている。董蓮華」
「はいっ!」
「君とは付き合えない。願わくばこれからも、上司と部下だけの関係でいさせてほしい」
 足元が突然崩れ落ちたり、空からハンマーが落ちてきたり……という劇的なショックはなかった。ただ、蓮華は呆然と立ちつくした。
「それは……あの」
 言えばみじめになるだけだ、それはわかっているのに、訊かざるを得なかった。
「わた……私のどこが、気に入らなかったのですか……私、直しますから!」
「君に非はない。私に、君を受け入れる度量がなかった。それだけのことだと思ってくれ」
 そうしてあの鋭峰が、蓮華に深く頭を下げたのである。
 おそらくは生まれてこの方、父母の墓以外に頭を垂れたことのない彼が。
「……気が済まないのであれば頬を打ってくれて構わない。それに値するくらい、私は罪深かった」
 蓮華は、空を仰いだ。花火が煌めく空を。
 そして一度だけ、大きく息を吸って、吐いた。そして言ったのである。
「いいえ。そんなことはしません。団長、はっきりと言ってくださり、ありがとうございました!」
 きっと唇を結び直立不動、肘を肩から上に上げる正式の敬礼をする。
「董蓮華、これ以上泣き言はもうしません! 失礼を承知で一度だけ呼び捨てにさせてください……金鋭峰、あなたに恋したことを私は、決して後悔しないでしょう!」
「すまぬ」
 鋭峰も敬礼を返した。
 そして蓮華は、きびすを返すと祭の人混みのなかに、まっすぐ、歩調を乱さず、背筋を伸ばして歩き去ったのである。
 泣くまい。
 まだ泣くまい――そう決めていた。
 今も団長が見ている。きっと、私の背中を見守っている。
 彼から見えなくなるまでは、この会場から出て行くまでは。
 決して泣くまい。
「泣くもんか……!」
 董蓮華、人生初の、そしておそらく最大の、失恋であった。
 スティンガー、アル、ブライアンの三人は、顔を見合わせて彼女の背を追った。
 今夜は、残念パーティといくとしよう。