天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション公開中!

終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア 終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

リアクション


●未来は白紙、だからこそ、いい

 琳 鳳明(りん・ほうめい)は去り際にもう一度、深々と墓前に頭を垂れた。
 ――また来ます。
 心の中で、土の下に眠る人に別れを告げる。
 墓にはシンプルに、ユージーン・リュシュトマとだけ刻んであった。
 そのとき、鳳明の頭上に、さっと傘を差しだした手があった。
「雨……降ってきましたね」
 ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)だ。
 芝に雨粒が跳ね返る。
 ぽつりぽつりと散発的ではあるが、冷たい秋の雨が降り始めていた。
 吹く風も冷たい。もう、冬の足音が聞こえはじめていた。
 本日、鳳明はユマ、そして二人のパートナーと共に、リュシュトマ少佐の墓参りに来ているのだった。ユマの夫クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)はどうしても外せない任務があって参加できず、本日ユマは単身である。
 セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は鞄から折りたたみ傘を出し、「ご一緒しません?」と南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)を招き入れる。
 藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)はと見れば、天樹は静かに首を振ってホワイトボードを取り出し、
『濡れるのも一興だよ』
 と記した。
 墓石の並ぶなだらかな丘陵状の墓地、鳳明とユマは一つ傘をわけあい、元来た道をたどっていく。
 ユマはいつもの教導団制服ではなく、喪服のような黒いワンピースを着ており、それがなんだか若妻という雰囲気で色っぽい。
 別に合わせたわけではないのだが、今日は鳳明も黒がベースのPコート姿で、ぐっと大人びた装いである。
 丁寧に刈られた芝に覆われ、周囲を針葉樹林に包まれたこの墓地は、天気さえよければ目にも鮮やかな風景となるのだろうが、あいにく今日は暗い空のせいもあってか、受ける印象は寒色系の寂寥感ばかりだ。
 まばらな水滴が傘に落ちる中、鳳明は口を開いた。
「少佐がね、最期の日私の名前を呼んで、こう言ったんだ。『貴官は、私を越えた』って。嬉しさもあったけど……なんだか寂しかった」
 鳳明の視線は墓地の遠い先に向けられている。
「自分のことはもう省みるな、忘れろって言われてるみたいで……」
 ユマは無言だ。じっと、言葉に耳を傾けてくれている。
「それに、私の記憶の中の少佐は未だに越えられない壁として残ってる。だから…もっと、もっと私は身も心も強くならないといけないんだ。
 少佐の言葉を嘘にしないために。
 私自身もあの言葉を受け入れられるように」
「少佐らしい……お言葉ですね。なんだか、その口調すら思い浮かぶようです」
 ユマの言葉は吐息のようだ。
「そして鳳明さん。あなたの気持ちも、わかる気がします」
 ありがとう、と告げて、鳳明は微笑んだ。
「だから、まずは皆に誇れる自分になるよ。大学で教育について勉強するんだ。
 ゆくゆくは、お爺ちゃんから受け継いだ八極拳を正しく次代に伝えて、さらに私自身の手で拳法としての完成度を高めたい。
 ……それが私のやりたいこと、やるべきことだと思う」
「ご立派です、鳳明さん。お世辞や社交辞令ではなく、心からそう思います。だから私は鳳明さんが好きなんです」
「いや……はは、照れくさいな、それは……」
 はっきりと「好き」と言ってくれるユマ……かつての彼女からは想像も付かない姿だろう。 
「それで」
 と軽く咳払いして鳳明は言った。
「一人前になったら教導団の格技教練として戻ってくるかも! 戦場へ出る皆に、生き残る術を教えるために。少佐からもらった知識も技術も全部、伝えるために……。そしたらユマさんにも手とり足とり教えてあげようっ」
「素敵ですね。そうなったら、是非ご教授いただきたく思います」
「んふふ、お姉さんに任せておきなさい!」
 笑みかわす。ユマと話すといつも幸せな気分になる。なぜなのだろう。
「ユマさんはこれから何したい? あ、いいお嫁さんとかそういうのはナシで!」
「私、ですか……」
 ユマは少し迷ったようだが、そっと告げた。
「できることなら、母親になりたいと思っています。難しいかもしれませんが、養子をもらうことも考慮に入れて……まだクローラには話していませんが……」
「だとしたら朗報かも!」
 鳳明は目を輝かせている。
「ユマさん知ってる? ヒトと機晶姫の間でも子供ができるんだって!? ヒラニプラで英霊のヒトと知り合いの機晶姫の間に子供ができたんだ。クランジだって、きっと……」
「そうですか」
 ユマの表情も明るくなった。
「実は、友達のアイビスさん……アイビス・グラスさんから聞いたのですが、いわばクランジの原形である彼女も、生殖能力は残されているそうです。私もアイビスさんの『姉妹(シスター)』ですから、可能性はありますね」
 今度、正式に検査を受けに行きます、とユマは言い、
「ところで……あの、鳳明さんの、そちら方面のご予定は?」
「えーっと、私も……そろそろいいお嫁さんになるし……多分きっと恐らく……」
 ちょっとこのあたり自信は半々だが、鳳明はアハハと笑った。
「ところで」
 鳳明は振り向いて言う。
「セラフィーナは? これからの夢とか、目標とか聞かせてよ」
 突然話をふられるとは思っていなかったのだろう、
「ワタシ……ですか?」
 少しだけ考えてセラフィーナは言った。
「正直言って、まだ先のことは見えません。これまでずっと鳳明の手助けをすることだけを考えてきましたから」
 しかし、とここで彼女は柔和な表情をして、
「鳳明はもう自分のやるべきこと見据え歩き出しています。ワタシの後ろを歩いていたあなたは、いつの間にかワタシを抜き去っていたんです」
 ――ちょっと……いえ、結構寂しいですね。
 この想いは口には出さない。鳳明にとって良いことなのは事実だから。
 ――これ以上ワタシにあなたを拘束させてはならない。けど、ワタシ一人何を目指せばいいのか……。
 しかし悩むまい、と思い努めて明るくセラフィーナは言った。
「なので、まずは目標を探すのが目標です。ひとまずは鳳明と同じ大学に通います。ワタシ自身、他人の面倒を見るのが好きなようなので、同じ教育学部でしょうか。だからもう少しの間世話を焼かせて下さい」
 ぺこっと頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく」
 鳳明もつられてそうした。
 このあたりで墓地の出口にたどり着いた。
 雨は止んだようだ。ひょいと傘から出てヒラニィは言った。
「ところでな、わし、ちと里帰りしてくるわ。みずからが司る土地をあんまり長々離れておっても、地祇としてあまりよろしくないしのう。ついでにヒラニプラ南部を見て回ってくるわい」
 なにか言いかける鳳明を遮るように、片方の掌を彼女に見せて続ける。
「安心せい、今すぐってわけではない。しかし、帰りがいつになるかは判らん。あそこも結構広いしのー。砂漠とかあるし!」
 はっはと笑って、さらに言った。
「とはいえ最近は教導団から物が流れとるらしいから、車とかもあるかもしれんし、徒歩よかましだとは思うがのー、大変な旅になるかものー」
 言いながら彼女は懐手する。
「だからアレだ。帰ったら壮行会をするといいと思うぞ? わしの鋭気を養うために!」
 このあたりでヒラニィは、茶目っ気たっぷりの笑顔になっていた。
「提供するのは高い肉と高い酒と高いすぅぃーつがいいと思うぞ? 仕方ないから鳳明も食ってもいいんだぞ? あ、当然おぬしの奢りな」
「ちょっと、もう! なに勝手に計画立てちゃってるのよ! ……でも、計画はさせてもらうわ」
 と笑ったところで、鳳明は天樹の姿がないことに気がついた。見回しても周囲のどこにもいない。
「あれ? 天樹は?」
「さっきまでわしの後ろにおったが……」 
「ワタシも……」
 ヒラニィもセラフィーナも気がつかなかったらしい。もちろんユマもだ。
「先に帰ったか?」
「だったらいいんだけど……」
 とヒラニィの言葉にうなずいた鳳明だが、すでに理解していた。
 帰ったところで天樹はいないよね――と。
 天樹は旅に出てしまったのだ。
 もともと天樹は、一つ処に留まるような性格ではない。今までずっと近くにいたことのほうがむしろ異常であり、ふらりと放浪に出て気ままな、根無し草のような生活をするほうが似合っている。
 天樹には自分の荷物というものがほとんどない。だから、ある日突然消えてしまったところで、なにも困ることはないのだ。
 天樹のことを思って、ユマ、セラフィーナ、ヒラニィ、そして自分のこれからを思って、風吹くなか、リュシュトマの墓のある方向を振り返って鳳明は言った。
「未来ってさ、白紙だらけで判らないことだらけだけど……でもきっと、私たちの手で輝かせられるんだよ」
 この言葉を天樹は聞いているだろうか。
 もし、私のことを気にかけているのなら安心して――鳳明は天樹にそう言ったつもりである。
 ――未来は白紙、でもそれがいい。自分の力で輝かせてみせる
 いつか、天樹が帰ってくることがあるだろうか。
 永遠にないかもしれない。それもまた、天樹らしい。
 ただ、いつ帰ってきてもいいように、天樹のわずかな荷物はそのままにしておこう。

 風に乗って流れてきた鳳明の言葉を、天樹は聞いていた。
 木陰から目を細めて、向かい風のなか去って行く鳳明の背中を見つめている。
「(……僕にとって…帰る家がある事自体が不自然だった。
 ……けど、それが段々自然になっていって……。
 そろそろ……元の僕に戻ろう。
 ……でも、まぁ。
 たまには帰ってもいい……かな)」

 幸多かれと天樹は祈った。
 鳳明の未来に、幸多かれ。