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リアクション
■リアクションC
第一章 義勇隊発足
樹海の中で鏖殺寺院と対峙することになったシャンバラ教導団は、『義勇隊』という形で他校の生徒たちを受け入れることになった。規律も統率もへったくれもなく戦場をちょろちょろされるくらいなら、多少手間とコストがかかっても、組織の中に組み入れてしまった方が、教導団的には都合が良いし、他校生を戦闘に巻き込む不慮の事故も減るだろう、という思惑からである。
義勇隊のメンバーの中には遺跡を狙って樹海に入り込み、教導団に捕らわれた他校生もいる。そのため、教導団の生徒が監視をすることになった。
既に水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が督戦隊員の任に就いているが、その他に前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)とパートナーのドラゴニュート仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とパートナーのシャンバラ人セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)とパートナーの剣の花嫁フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)、後鳥羽 樹理(ごとば・じゅり)とパートナーの剣の花嫁マノファ・タウレトア(まのふぁ・たうれとあ)が、査問委員長妲己(だっき)が言うところの『他校生のお世話役』に志願してきた。
「義勇隊の中に以前の任務や依頼で知り合った者が混じっています。個人的心情としては彼らの助けになりたいですが、今は教導団の、憲兵科の生徒としての本分を全うしたいと考えています」
翔子は、現地指揮官である歩兵科教官林 偉(りん い)と妲己の前でそう言い切った。
(お姉さまの中には、本来の仕事をしなくちゃいけないという気持ちと、知り合いを監視しなきゃいけないのは辛いっていう二つの気持ちがある。なのに監視役に志願したりして、大丈夫なのかしら……)
セリエは、そんな翔子を心配そうに見ている。
「他校生に、軍隊の、戦場の厳しさを教え込んでやりましょう!」
やたら気合を入れて、岩造が言う。対照的に、義勇隊と一緒に戦う名目が欲しいだけで、監視をする気はない風次郎と伐折羅は、そ知らぬ顔で口を閉ざしている。
「そんな必要ないですよぅ。だって、たこうせいのみなさんは、みんな、危険なところでたたかうってわかってて来たんでしょお? きっと、がんばってたたかってくれますよぅ」
文字にすると平仮名ばかりになりそうな、舌足らずで間延びした口調で樹理が言う。
「だから、樹理ちゃんは、そんなたこうせいのみなさんが全力をつくしてたたかえるように、せいいっぱいお世話をしたいと思いますっ!」
元気良く手を挙げる言うの隣で、マノファは
『何かが違うような気がすんのよねー。「お世話役」って、本当にこういうことでいいのかなぁ……』
と眉間に皺を寄せて悩んでいた。
「あー……」
林はさすがに、窺うように妲己を見た。口には出さないが、
(本当に、こいつを監視役にしていいのか?)
と聞きたそうな様子だ。だが、妲己はにっこりと微笑んで、樹理に歩み寄った。
「ええ、ぜひお願いします。他校生の皆さんの中にはまだ、教導団は武装しているから怖いとか、武力をかさにきて傍若無人なことをすると思っている方もいるかも知れません。今回のことは、はからずも、本当はそうではないということを示す良い機会になります」
妲己は樹理の手を取った。
「えと、良くわからないけど、とにかくいっしょうけんめいお世話をすればいいってことですかー?」
「その通りです。一生懸命お世話をしてあげてください。判らないことは、何でも水原さんに質問してくださいね。水原さん、よろしくお願いします」
首を傾げて訊ねる樹理に、妲己はうなずきかけ、ゆかりが持っていた黒い腕章を受け取って、樹理の腕につけてやった。
「はーい、がんばりますっ!」
樹理はガッツポーズをする。続いて、他の生徒たちにも黒い腕章が渡された。
「義勇隊の宿営地は、教導団の生徒とは別になる。義勇隊が到着するまでは、その設営を手伝っていてくれ」
腕章をつけ終わった生徒たちに、林は言った。生徒たちは敬礼を返す。
昼なお暗き樹海の中を、二人の女がよろよろと進んでいた。
邪魔な枝を押しのける音や、つまずいて小さく揚げた悲鳴に驚いて、鳥が飛び立ったり小動物が逃げていく音が時折聞こえるが、そのたびに二人も驚いて身を竦ませる。
《工場(ファクトリー)》と呼ばれるようになった遺跡があるこの樹海には、現在少なからぬ数のテロリストが潜伏していると見られており、遺跡を発見したシャンバラ教導団は、関係者以外の立ち入りを事実上禁じている。遺跡が発見されたらしい、との噂が流れた当初は多かった、教導団の監視をかいくぐって遺跡に侵入しようとした他校の生徒も、最近はすっかり影を潜めていた。しかし、この二人……イルミンスール魔法学校の生徒メニエス・レイン(めにえす・れいん)とパートナーの吸血鬼ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は、
「教導団なんか大嫌い。邪魔をしてやるわ」
「わたくしも、教導団のやり方は気に入りませんの」
と、無謀とも言える勇敢さで樹海に乗り込んで来た。
樹海への立ち入り自粛勧告を出して以来、教導団は樹海上空や周辺の哨戒を続けて来た。しかし、範囲が広範囲に及ぶので、やはりどうしても穴は生じる。メニエスとミストラルはどうにか哨戒を潜り抜けて、樹海に入ることには成功した。だが、進めども進めども、教導団の姿も鏖殺寺院の姿も見当たらない。
「樹海に潜伏するなんて初めてだから、楽しみだわ」
最初はそんなことを言って、物音がするたびに身を伏せたり物陰に隠れたりを鬼ごっこをするように楽しんでいたメニエスも、だんだんと体力も精神力も削られて、今では口を開く余裕すらない。どちらへ進めば遺跡があるのか、どちらへ進めば樹海から出られるのかも判らない彼女たちは今、レジスタンスでも冒険者でもなく、遭難者と化していた。それでも進むのは、意地か、それとも遭難しているという現実を見たくないからか。
メニエスが木の根に足を取られた。前のめりになる身体を支えようとしたミストラルも一緒に、厚く積もった腐葉土の上に倒れ込む。
「大丈夫……ですか、メニエス様」
それでもパートナーを気遣うミストラルだったが、メニエスはもう答える気力がなかった。こんなに長く樹海を彷徨うことになるとは思っていなかったので、飲料水も食料も、もうほとんど残っていない。
ふと、誰かの視線を感じて、メニエスはのろのろと頭を動かした。かすむ視界に、木の下に立つ黒い人影が映ったような気がした。
「たすけて……どっちへ行けばいいのか、教えて……」
手を伸ばす。だが、ミストラルが首を横に振った。
「誰も居ませんわ、メニエス様」
ミストラルがあたりを見回した時には、確かに周囲には誰も居なかった。ミストラルは決然と言った。
「脱出いたしましょう。空飛ぶ箒を使って上空へ出れば、教導団には見つかるでしょうが、ここから出ることは出来ますわ」
メニエスを心から思いやった言葉に、メニエスは否と言うことは出来なかった。