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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)
砂上楼閣 第一部(第1回/全4回) 砂上楼閣 第一部(第1回/全4回)

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 足早に船内へと入っていくルドルフを、瑞江 響(みずえ・ひびき)は心配そうな表情で見つめていた。響がいた場所からは、会話内容までは聞こえなかったが、ヴァナを睨み付けるルドルフの様子は尋常ではなかった。
「アイツ、イエニチェリのくせして一般生徒にやりこめられてやがるの」
 アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は、響がルドルフに憧れているのが気に入らなかった。そのため彼が何か失敗をしないか、ジロジロと観察をしていたのだ。
 ニヤリと口角を上げるアイザックに、響は鋭い一瞥を向けた。
「俺はそうだとは思わない」
 相棒に睨み付けられたアイザックは、居心地が悪そうに視線を反らした。
「な…なんだよ。俺は別に…」
「俺、ルドルフさんと話してくるよ」
 そう言うと、響はルドルフの後を追うように小走りで駆けていく。
 甲板から続く急な階段を下り、長い廊下を歩いていった先にルドルフがいた。
 どうやらまた誰かに声をかけられたらしい。薔薇学生であるのは間違いないが、響の知らない生徒だ。
「タシガンは地球人排斥運動が盛んな土地なのですよね? なのに、ジェイダス校長はどうしてそんな閉鎖的な場所に薔薇の学舎を建てたのでしょうか? わざわざ中東の文化や宗教を持ち込んだことも不思議ですし」
 真剣そのものな様子でルドルフに質問を投げかけていたのは、最近転入してきたばかりの陸 雪宗(おか・ゆきむね)は真剣だ。ルドルフもまた先ほどのヴァナとのやりとりなどなかったかのように「面倒見の良い先輩」を演じていた。
「あぁ、それはだね。薔薇の学舎は、ジェイダス様のパートナーであるラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)様が所有されていた離宮に建てられたそうだよ。六学校が設立された当時、パラミタはまだ情勢が安定しきってはいなかったらしく、その土地の有力者の力を借りることで、学校設立に漕ぎ着けたそうだ」
 ルドルフの話を雪宗は何度も頷きながら聞いている。
「中東の文化については…残念ながら、ジェイダス様なりのお考えがあるのだろう。としか、答えられないかな。ジェイダス様ご自身は何年も前にイスラム教徒であることを放棄している、と伺ったことがあるが」
 と、ここでルドルフは、自分たちの方を見ている響の存在に気がついた。
「どうした? 何か異変でもあったか?」
 突然、声をかけられた響は驚き、不自然なほどに背筋を伸ばした。
「あっ、いえっ。船内の見回りをしていたら、ルドルフさんの姿が見えたので、俺も話しに入れてもらえればと思いまして!」
 まさかルドルフのことを心配して様子を見に来たとも言えなかった。咄嗟に「見回り中だ」と言えたのは、我ながら上出来だ。
 すると、ルドルフは思わぬことを言ってきた。
「それでは僕たちも一緒に見回りをしするとしよう。陸くん、君も一緒にくるといい」
 響が嬉々として了承の意を示したのは言うまでもない。



「せっかく可愛い女の子がいっぱいおるのに、こぉんな所でお預けなんてなぁ…」
 貴賓室の扉の前で見張りをしていたミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)は、口を尖らせた。
「ミケーレがじゃんけんとやらに負けたのが悪いんのだ。文句を言うな、文句を」
 黒い鎧を身にまとった英霊ジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)はミゲルを窘めた。貴賓室の中と外、どちらを警備するかを決める際、ミゲルはクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)とじゃんけんをして負けたのだ。もちろん警備は真剣に行うつもりだが、どうせならば女の子の近くでやれるに越したことはない。諦めきれないミゲルは、未練たらたらの表情で扉の方を振り返る。
「そうは言ってもなぁ…って、師匠?! 何、鍵穴から中をのぞいとるんや!」
 片膝を床に着け身をかがめたジョヴァンニは、扉に張り付くようにして鍵穴から貴賓室の中を覗き込んでいる。
「そりゃぁ、君の顔を見ているよりも、可愛い女の子を見ている方が良いに決まっているだろう?」
 イタリア人らしいキザさでウィンクをしてみせるジョヴァンニに、ミゲルは頭を抱えた。誠に正論である。正論であるのは間違いないが、やはり外務大臣の警備に携わる者としては、認められない正論であった。
 ルネサンス時期のイタリアに生きていた傭兵隊長の英霊であるジョヴァンニに、現在の社会情勢について尋ねられたとき、ミゲルは咄嗟に「今はクリスチャンも、ムスリムも、ユダヤ人も、みんな仲良く暮らしてんねんで」と答えてしまった。ジョヴァンニは何となく納得してくれたようだが、実際にはそうではない。世界のあちこちで未だに民族紛争は起こっている。ジョヴァンニに言ったことが「いつか本当になったらええなぁ…」というのがミゲルの願いだ。今回の外務大臣来訪が無事に終了すれば、ミゲルの夢の実現にも少しだけ近づくかもしれない。
 そうは言っても、やはりミゲルも年頃の少年である。貴賓室にいる女の子達の様子が気になってしょうがない。
「お、今、パンツが見えたぞ!」
「あ〜もうっ、ちょっとは代わってんか、師匠!」


 ミゲルとジョヴァンニが男の戦いを繰り広げているその頃。
 貴賓室の中では、外務大臣を囲んで接待役の少女達が談笑していた。
 ハイサム外務大臣が興味を示したのは、イルミンスール生であるエリス・カイパーベルト(えりす・かいぱーべると)が持っていた空飛ぶ箒だった。
 少女達全員は完全に武装解除された上で、飛空艇に乗り込んでいたのだが、何故かエリスの空飛ぶ箒だけはルドルフによって許可されたのだ。
 飛空艇の中とはいえ、貴賓室だけは天井まで2階分程度の高さがあった。空飛ぶ箒にまたがったエリスは、一回転してみせた後、外務大臣の目の前にスルリと降りた。
「おぉ、これは本当にすごい! まるでアラビアンナイトに出てくる空飛ぶ絨毯のようです!」
「よろしかったら外務大臣も乗ってみますか?」
 興奮した表情で手を叩く外務大臣に、エリスはニコリと笑いかける。
「ぜひに、と言いたい所ですが。契約者のいない私にはきっと無理でしょう。こうやって間近で見れただけでも貴重な体験だ。いやぁ、これは本当にすごい!」
 隣に座っていた高潮 津波(たかしお・つなみ)は、如才なく話を膨らませる。
「空飛ぶ箒だけでなく、地上ではファンタジーとしか考えられないことが、パラミタでは当たり前のようににあるんですよ。他にも、まるで熊のように大きな犬とか、木の上にできた街とか」
「ほう…それもぜひパラミタ滞在中に見てみたいものですねぇ」
 身振り手振りを交えながら、少女達がいきいきと語るパラミタの日常に、外務大臣の興味は尽きない。
 楽しげに相づちを打つ外務大臣の傍らでは、貴賓室内部の警備を担当することになったクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)の3人が密かに声を交わしていた。
「やっぱり俺達は、扉の外の警備に回った方がいいのではないか?」
 扉の外から聞こえてくるミゲルとジョヴァンニの会話に、ジィーンは顔をしかめた。
「私もその方が良いと思う」
 ローレンスもジィーンに同意するが、クライスは首を左右に振った。
「ミゲルくん達だって、やるべきことはやってくれるはずですよ。扉の外は彼らにお任せしましょう。それよりも僕は…」
 クライスの視線は、イルミンスールのエリスに向いていた。全員船に乗り込む前に武装解除はさせたものの、魔法使いはその存在自体が強力な兵器のようなものだ。絶対に油断するわけにはいかない。万が一、彼女が妖しい呪文を唱えはじめたりしたときは、迷わず斬って捨てようと、クライスは心に決めている。もちろんそんな自体にならないのが一番望ましいのだけれど。
「僕たちは僕たちの仕事を全うしましょう」
 クライスはエリスから視線を外さないまま、そう告げた。