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リアクション
待ち伏せとかしそうだから、今はまだ鍾乳洞の入り口も教えない、と言われ(入り口で押し合いなどやられて、うっかり入られたら大変、ということらしい)、結局森の中を『カゼ』探索に勤しむこととなる。
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、できれば一番に、『カゼ』君に会えないかなあ、とぶつぶつ呟きながら森を歩いていた。
「説得するためか」
パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が、後ろを歩きながら訊ねる。
「うん……だって皆、結構殺気立ってるじゃん……そりゃ、許されないことをしてるわけだけど……『カゼ』君にはさ、反省して、償って、一緒に頑張って欲しいなーと、思うわけなのよね」
「説得する過程でボコボコにするのはアリなのか」
どんな攻撃が『カゼ』に有効かと、色々と頭の中でシミュレーションしているのをしっかり気付いているキューがそう突っ込むと、あはは、とリカインはごまかし笑いをする。
「でも本心なんだよ?」
「勿論、知っている」
上手くいけばいいな、とキューに言われて、リカインは、うん、と頷いた。
葉月ショウには、『カゼ』も勿論気にはなるが、第一目標は別のことだ。
他の連中が『カゼ』探索に躍起になってる間、同様に森の中を飛び回っていたアレキサンドライトが戻ってきた時を見計らって声をかけた。
「なあ、こんな人を知らないか」
ハルカの祖父の画像を見せたが、
「知らねえな。見たこともねえよ」
と言うだけだった。
「そうか……。じゃあ、これは?」
”アケイシアの種”の写真を見せてみる。
その赤茶色の鉱石を見て、アレキサンドライトは眉間にしわを寄せた。
「……てめえ、どこでこれを?」
「知りたいのはこっちだ。友達が持ってた。知っているのか。これは何なんだ」
「知ってるも何も」
ふん、とアレキサンドライトは笑った。
「てめえなんざが知らなくていいこった」
ショウはむっとしてアレキサンドライトを睨みつける。
「言わないなら、腕ずくでも聞き出す」
「ほ――う?」
にやにやと笑って、アレキサンドライトはがっと両手でショウの頭を掴んだ。
「!!??」
「てめえそりゃ、人様に物を訊く態度じゃねえってんだよ」
「いたたたたたたたたた!!!」
両こめかみを拳でぐりぐりとやられて、ショウは悲鳴を上げる。
「ショウ!」
メモを片手に会話を聞いていたアクアが、おろおろとショウを見た。
「え? コラ」
「すっすみません教えてください……」
痛みに涙目になりながら言うと、ぱっと手を離された。
思わずショウは顔を両こめかみを両手で押さえる。
「”核”だろ」
「えっ」
「だからそりゃ、俺らが聖地で護ってるモンと同じ、”核”ってやつだろ」
「……そうだったんだ……」
全然気がつかなかった、と言って、ショウは画像を食い入るように見つめる。
だが、何故その”核”を、ハルカが持っているのだろう?
「『カゼ』が出た! 網にかかった!」
村に報せが届いて、アレキサンドライトは飛び出した。
アレキサンドライトが、何度も『カゼ』とやりあう間に森のあちこちに敷いていた、魔法結界にひっかかったのだ。
高低差の激しい森の中で、ちょっとした崖のようになっていて、小さな滝と、溜まる水が泉のように見える奥地。
『カゼ』は見えない結界に捕らわれて、岩石で出来た水辺に佇んでいた。
「おまえが、『カゼ』か」
イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、その男に初めて会う。
とりあえず戦うつもりは無く、ただ見届けるつもりでいたのだが、最初に到着してしまったので、問いを向けてみた。
「おまえは死ぬ為にここへ来たのか」
『カゼ』は冷たい視線を返す。
「死が目的なのではない。
目的の為に死があるなら、それを厭わぬだけだ」
「死に対して恐れはないのか」
続けて問うと、くっと『カゼ』の口の端が歪められた。
「成程。人間は死を恐れるのか」
「ちょっと、質問が抽象的すぎるわよ」
そこへ、ぜーはーと息を切らして、遅れて辿り着いた牧杜理緒が、びし! と『カゼ』を指差した。
「訊くことはこれ! あんたらの目的! 黒幕! 魔境化を戻す方法!!」
ふ、と『カゼ』は小さく息をつく。
笑ったつもりだったらしいと続く言葉で気がついた。
「ここに『ヒ』がいたら、大笑いしていたところだろう」
黒幕か。最初はそんなやつもいたっけな、と。
「奴が言わなかったか。目的は絶望だ、と。
魔境化を戻す方法など、知る必要のないことを知っていたりはしない」
「……こいつ、倒した方がいいんじゃねーの」
途中から話を聞いていたシルバ・フォードが『カゼ』を睨みつけた。
その時には、黎明やリカインらも揃っていて、イーオンは、あとは彼等に任せようと、パートナーのフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)と共に後ろに下がる。
「ダメだよ、そんなこと!」
リカインがシルバの言葉に反対した。
「そうよ、そんなことしたら聖地が魔境化しちゃう」
理緒も言ったが、
「違う、そういうことじゃなくて!」
リカインは首を横に振った。
自分が言いたいことは、望んでいることはそうじゃない。
敵だから、この世界に要らない、とか、そう言う考え方が、悲しいのだ。
『カゼ』だってこの世界の一部なのに。
この世界の一部なのだから、世界を壊そうとするのではなく、一緒に、行く末を見届けて欲しいから、だから消えたりしないで欲しい。
トン、と、『カゼ』が、持っていた錫杖で地面を叩いた。
ぱん、と近くで何かが破裂したような音がする。
同時に、『カゼ』は服の中から卵のようなものをいくつか取り出した。
「結界を破られたのか!」
はっとして静麻が叫ぶ。
以前にも『カゼ』は、空京の結界に穴をあけたことがあった。
今も、会話をしながらその裏で密かに意識は全く別の方を向いていて、結界を破ろうとしていたのだ。
手の平に納まる小さな卵からは、3メートル近い大きさの魔物が飛び出した。
「ハーピーか!」
2匹の半人鳥の魔物が襲いかかる隙に、『カゼ』は走り去ろうとする。
「待て!」
静麻とレイナ真っ先にそれを追い、
「ここは任せた」
と、イーオンとフェリークスも後を追って行ってしまった。
「おい!」「ちょっと! 押し付けて行くなー!」
シルバと理緒の叫びがハモる。
「……おきれいな理想論なんですが」
黎明が、走り出そうとして、ふと立ち止まった。
「彼の感覚は人間とは違うようですよ」
言いたいことだけ言い残し、さっさと走り去る黎明と、心配そうに後ろを何度か振り返りつつもその後を追うネアを悔しそうに見つめて、
「……それでも、私は!」
リカインは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「ああもう、とりあえず、こいつやるぞ! 夏希援護頼む!」
「はい」
「テュティ!」
「ええ」
シルバと理緒が、パートナーと呼吸を合わせる。
「……リカ」
ぽん、とキューに肩を叩かれて。
「……わかってる」
きっ、とリカインはハーピーを睨みつけた。
「そういうことになりやがると思ってたぜ!」
『カゼ』の行く手に、アレキサンドライトが立ちはだかった。
しまった、という顔で、『カゼ』が左右を見やる。再び、魔法結界に囲まれてしまった。
「てめえら、今度こそしとめろよ!」
アレキサンドライトの吠声に、静麻が走り寄り、黎明がネアに合図をし、イーオンとフェリークスは、やや後方で傍観する。
もう少し、聖地から離れたかったんだが、と、静麻は思った。
彼等がその死と聖地の魔境化を連動させられるのは、恐らく”柱”の周囲にいる時だけだ。
これまで、『ツチ』や『ヒ』達が、わざわざ聖地の”柱”のところまで行っているところからして、それは間違いないだろうと思う。
だったら、聖地の外で、しとめてしまえればと思ったのだ。
(ここから、何処まで連れ出せるか……?)
思った時、ネアが飛び込んできた。
「お、おい!?」
ぎょっとする静麻に構わず、ネアはがばっと『カゼ』に抱きつく。
「何を!」
振り向いて更に驚いた。
黎明が銃を構え、今まさに引き金を引こうとしている。
パートナーごと撃つ気か、と思ったが、それが光条兵器なのに気付いた。
恐らくあの銃弾は、ネアを素通りする。
だが、聖地にほど近いこの場所で、本当に彼を殺してしまっても大丈夫なのか。
躊躇する静麻とは逆に、しかし黎明に迷いは全く無かった。
ぎゅううと力いっぱい抱きつくネアを引き剥がそうとして、はっと『カゼ』は黎明の思惑に気付いた。
「くっ!」
無理矢理引き抜いた右手で左手首を、そこにある腕輪を覆う。
ピンポイント射撃の可能な黎明の銃弾が、『カゼ』の右手で弾いた。
「……ちっ、しくじりましたか」
黎明は顔を顰めた。
「……気付かれて、いたか」
『カゼ』の右手から、鮮血が滴り落ちる。
しかし左手首の腕輪を破壊することはできなかった。
「こっちも馬鹿じゃないんでね」
『ツチ』が死んだ時、剣も鎧も体と一緒に砕けたのに、腕輪だけが最後に残った。
それも少し後に崩れて消えたが、奇妙な不自然さが感じられた。
同じ腕輪を『カゼ』もしていたのを見て、確信していた。
「やはりそれが鍵でしたか。
死を恐れないんじゃなかったんですか?」
「……目的を果たしていない」
言った時、ふと、『カゼ』は何かに気付いた顔をした。
「……『ミズ』が」
口の中で小さく呟いて、僅かな間、何かを考えた。
「仕方がない。やり方を変えることにする」
「え?」
「きゃあ!」
突き飛ばされたネアが倒れ、『カゼ』は左手で錫杖を拾い上げた。
「く」
一瞬、苦痛に顔を歪めた後、ばしん! と音が響いた。
「うを!」
アレキサンドライトが何かの衝撃を感じたらしく、肩を竦める。
はっとして見れば、既に『カゼ』の姿はかき消すように消えていた。
「あの野郎、結界を破ると同時に消えやがった!」
「無理をしたっぽいですけどね」
「やり方を変える、と言っていたな」
イーオンがふむと頷く。
「恐らく、もうここには来るまい」
「やれやれ、そうだと有難いぜ。
さーてガキどもはちゃんと半人鳥を片付けたか?」
アレキサンドライトが、全く散々な目にあった、と溜め息を吐いた。
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