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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第2回/全4回)
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リアクション

「私も彼に同意するよ」
 一歩、前に進み出た榊 征一郎(さかき・せいいちろう)は、制服のポケットからダガーを取り出すと地面へと投げ捨てる。
「まずはお互い武器を捨てよう。君も知っているだろうが、最近パラミタのあちこちでテロ行為が増えているんだ。物騒なものを持っていては、テロリストとの見分けが付かないからね?」
 征一郎の飄々とした物言いに、謙信の表情がさらに険しくなる。
「馬鹿、怒らせてどうするんだよっ!」
 アルフレッド・クレイン(あるふれっど・くれいん)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が小声で窘めるが、征一郎は立て板に水が流れるように言葉を紡ぎ続ける。
「君たちが望むシャンバラ王国復興のためには、私達地球人の協力が必要なのだろう? もちろん僕達もこのパラミタに新たな可能性を感じている。お互いもっと協力するべきなんじゃないかな?」
 征一郎の提案は一見穏健なものに聞こえたが、その実は上から目線の賜物である。
 薔薇学生と謙信のやりとりを見守っていた市民達の中から、征一郎の尻馬に乗る声が上がった。
「ってか、そもそも地球人の力を借りなくちゃ、自分たちの国も復活できない時点でダメじゃねぇか?」
「ちょっ、ちょっと君、何てことを?!」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が慌てて止めに入るが、罵倒の主久多 隆光(くた・たかみつ)はひるまなかった。
「ようは俺達を利用して国を復活させたいけれど、口を出すのは止めてくれってことだろ? んな身勝手な理想だけを叫んで、何かが変わるならそりゃおめでたい。俺もいっちょ神様に、同じことをやってみるか?!」
「止めぬか!」
 ディヤーブは鋭い一喝とともに、素早く腰間の剣を抜き放つ。ディヤーブとて隆光を本気で斬りつける気はない。否、彼が本気であったならば、今頃隆光の首は胴とつながってはいなかっただろう。あくまでもこれは、罵倒されたタシガン市民に対するデモンストレーションだ。ディヤーブが剣を抜くのが後少しでも遅かったら、隆光の言葉に煽られたタシガン市民は暴徒と化したことだろう。
「おぉっとやべぇ!」
 シャムシールを突きつけられた隆光は、慌ててバーストダッシュを発動させ、その場を逃げ出す。
「鬼院、その者を追え!」
 馬で辺りを哨戒していた鬼院 尋人(きいん・ひろと)に指示を出す。
「了解!」
 猛然と馬を駆っていく尋人の後ろ姿を確認すると、ディヤーブは謙信に対して深く頭を下げた。
「失礼いたした」
 謙信は大いに気を悪くしていた。ただでさえ自分が守るべき主の屋敷が、突然押し掛けてきた地球人達によって包囲されていたのだ。その上、下等生物と侮る地球人達からあのように罵倒されては、腹ただしいことこの上ない。即座に抜刀し斬りつけたかった気持ちを咄嗟に抑え込んだのは、偏に屋敷の奥から密かに事の成り行きを見守っているであろう、主への配慮だ。
「…アンタら地球人ってのは、一体ナニサマのつもりなのさ?」
「彼女がそう言うのも当然だよね」
 謙信の前に立ち塞がる薔薇学生の後ろから、ぼそりと呟いたのは同じく薔薇学生の黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「見るからに学生の僕達が説得や交渉をしようだなんて、僕が謙信さんの立場だったら、鼻で笑ってしまうよ。馬鹿にしていると思われてもおかしくない」
 天音の言葉に、謙信の表情が少しだけ揺るんだ。
「…アンタ、分かってるじゃないさ?」
「事実を言っただけですよ」
 天音はそう言うと、謙信に優しく微笑みかける。彼の契約者であるブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は心穏やかではいられない。しかし、ブルーズは事前に天音から言い渡されていた。万が一、タシガンの民と揉め事が起きたときは、地球人である自分よりもドラゴニュートであるブルーズが説得に当たった方が、相手も受け入れやすいだろう、と。
 内心の不満を押し隠しながら、ブルーズは謙信に提案する。
「では、互いこの場を立ち去る…ということでどうだろうか? お前はアーダルヴェルト卿の家臣だと言うが、これだけの騒ぎになっていても卿は姿を見せぬ。
 タシガン出身の者の中にはお主の存在を知らぬという者もいる。我らもアーダルヴェルト卿から頼まれた手前、そのような者を通すことはできぬ。ならば、今日この場は互いに立ち去り、改めて話し合いの場を作るとしよう。場所は領主邸でも、どこでも良い。お主が好きな場所を指定してくれ。ディヤーブ殿もそれでかまわないか?」
「うむ」
 ブルーズの提案にディヤーブは即答した。ジェイダスが密かに告げた「とある目的」は、八割方達成できている。
 謙信もまた、長い思考の末にゆっくりと頷いた。
「同じパラミタ人であるアンタが言うなら信じよう」と。



 こうしてその場は丸く収まったように見えた。しかし、太刀を収め領主邸を後にした謙信が下町に足を踏み込んでいった辺りで、一組の人影が彼女に近づいていくのが見えた。粗暴な雄牛を彷彿とさせる巨漢吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)と、ひしゃげた鼻と極端に短い足が涙を誘う自称コーギー犬のゆる族アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)だ。
 彼らは何やら話し込んでいたかと思うと、連れだって近くの酒場に向かった。酒場の扉をくぐる際、竜司は横木に頭をぶつけたが、顔をしかめることなく身体をかがめて中に入っていく。
「ん、あれは?」
 その様子をつぶさに見ていたのは、先ほど隆光を追いかけていったはずの鬼院 尋人(きいん・ひろと)だ。意気揚々と飛び出して行ったものの、このとき尋人は追跡者を見失ってしまっていた。豊満な肢体を日本鎧で隠した美女に、巨漢の男、不細工なゆる族という組合せは怪しことこの上なかった。自らの失態を補う必要性を感じていた尋人の中で、功名心がむくむくと沸き起こる。
 彼らの後を付けるか否か、尋人が考えあぐねていると、彼に声をかけてきた人物がいた。
「どうしたの、鬼院さん?」
 一瞬、ビクリと身体を震わせた尋人だったが、相手が同じ学舎のクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)と知り、ホッと胸を撫で下ろす。
「さっきの謙信って奴が、妙な連中と一緒にあそこの酒場に入っていったんだ」
「付いていってみようよ。あの人がすんなり納得した理由も今ひとつよく分からないし。何か裏があるかもしれない」
 クリスティーにそう提案された尋人は腹を決めた。
 報告に戻ってまたしても見失ってしまっては、目も当てられない。念のため尋人は素早く携帯電話から天音宛にメールを送信する。それから二人は着ていた制服の上着を脱ぐと、酒場の扉に手をかけた。