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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第1回/全3回)

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●トラブル続きの精霊祭! ポロリはないよ、チラリはない、よ……?

 精霊祭の幕開けから時間が経ち、雰囲気に慣れてきた人間と精霊があちこちで賑やかな宴を開いている。
 となれば当然、羽目を外した者たちが騒ぎを起こすことも予想される。それらを未然に、あるいは被害の拡大を防がんと、警備や見回りに奔走する者たちがいた。

 生徒が投げたゴミが、設置されたゴミ箱を外れて地面に落ちる。
「もう、捨てるんだったらちゃんと捨ててよね……でも、捨てに来るだけマシかな」
 そのゴミを峰谷 恵(みねたに・けい)が拾って、仕分けされたゴミ箱に捨てる。そう、恵の呟くように、人間は比較的ゴミを捨てに来る人がいるからまだいい。問題は精霊で、これは仕方ないことではあるが、彼らにはゴミを捨てるという習慣がないため、基本的に置きっ放し、落としっ放しなのである。精霊の世界では全て自然の循環の中で処理されてしまうのだが、人間の世界ではそうはいかない。こんなところにも人間と精霊の違いが浮き彫りになっていた。
「恵、こちらを手伝ってくれないかしら。存外ゴミの量が多くて」
 ゴミ袋を両手に持ったエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が、恵を呼ぶ。
「この調子でゴミが増えていったら、処理できなくなっちゃうかな」
「どうなのでしょうか。焼却炉は最近増設されたと聞きましたけど」
 エーファの言葉通り、増え続けるイルミンスール生に対応するべく、最近になってゴミ焼却炉が増設され、しばらくの間は一日に出る全てのゴミを処理しきれるだろうということになっていた。元々イルミンスールには、資源を再利用する施設が各資材ごとに設けられており、全く再利用のあてのないものはないと豪語するくらいに循環機能が発達している。まさかゴミをイルミンスールの外に捨てるわけにはいかないからこその発展でもあった。
「とにかく、少しでも処理をする人が楽をできるようにしないと。せっかくの祭も、ゴミが散らかってたら興醒めだし、来てくれた精霊も気分良く帰れないよね」
「そうですね。来てくださったのですから、精霊には是非とも、ああ良かった、と思って帰ってもらいたいですね」
 二人顔を見合わせて頷いて、そして再び作業に取り掛かる。

 祭の最中でも、魔術の研究に休みというものはない。というより、研究に従事している者はどこかしらネジの外れた者が多く、傍目には狂っているようにしか見えない様子で、何をしているのかよく分からない実験を行っている者も決して少なくはない。
「あれ? あれれ? ここはどこなのですかー?」
 そんな者たちの巣窟と化している場所に、『クリスタリアの氷の精霊』ティスタが迷い込んだのか、辺りをきょろきょろしながら不安げな表情を浮かべていた。そして、彼女を見つめる不気味な視線がいくつも光り輝いたかと思えば――。
「おおおお嬢さん、是非ともワシの研究に付き合ってくれんかの」
「わらわの実験に協力すれば、今すぐにでもこの世界を作り変えるだけの力が手に入れられるわ」
 血走った目を浮かべる者、やたら自信過剰な者が次々と、珍客である精霊を目当てに近付いてくる。彼らは決して害意があるわけではないのだが、どうしてもこの手の人種にありがちな傾向として、『自分の研究が世界を変える』と過剰に思い込む節がある。もちろん、その思いこそが人間を動かす原動力になるのだが、時にそれが行き過ぎると、とんでもないことになるのは過去にも何度も繰り返された人間の愚かな面でもあった。
「あわわ、な、何ですかぁ……」
 目にうっすらと涙を浮かべて、ティスタが後ずさる。と、ティスタと研究者に割って入るように、二つの影が現れた。
「精霊はあくまでも来賓だ、実験材料ではない。そのことをよくわきまえてもらおうか」
「そうですよー。……大丈夫でした? 何かされたりしませんでしたか?」
 白砂 司(しらすな・つかさ)が研究者を諭し、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)がティスタを気遣う。
「あ、は、はい、大丈夫です。ごめんなさい、迷ってしまったみたいで」
 渋々と引き上げていく研究者を見遣った司に、ティスタが礼を言う。
「いや、いい。……道が分からないようなら、俺が案内しよう」
「本当は私がちょちょいっ、と連れて行きたいのですけど、私まで迷ってしまいそうですからね。じゃあ私は折角の機会、精霊さんとのおしゃべりに興じることにしますよっ」
「あ、はい。すみません、何から何まで」
 くるりと背を向けて歩き出す司の背後で、サクラコとティスタの楽しげな会話が交わされる。

「確かに君の言うように、これほどの精霊がこのイルミンスールに集まるのは例がない。何かが起きる、と考えるのはある意味当然のことと言えるね」
 現状を憂いたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の訴えに、カイン・ハルティスが頷く。彼は研究棟に一室を与えられ、そこで調査隊『アインスト』が持ち帰ったマジックアイテムの解析などを行うことで、隊を陰ながら支える役に徹していた。新リーダーであるリンネが奔放な性格なのもあって、事務処理に追われる毎日ではあるが、パートナーであるパム・クロッセの協力もあり、今のところは特に大きな問題などなく運営を行えている。
「イルミンスールは他の学校と比べて、独立独歩な面が強い。シャンバラ王国建立にも消極的というか、あまり興味はないのが現実だ。……だが、私たちは既に、シャンバラ女王に繋がるかもしれないアイテム、そして人物を迎え入れている。それを狙ってここイルミンスールに攻め込んでくる組織がないとも限らない。そうなった時に、精霊との友好関係を築いておけるかどうかは、イルミンスールの立場を決める上で重要な要素となりうるかもしれない。……あやふやなことだらけで、実際何が起きるかは私にも分からないのだけれどね」

「……そんなことを言っていたのだ」
「なるほどな。そういえばツァンダ家の娘が、女王候補に名乗りを上げたと聞く。彼女も女王器という、女王に繋がるアイテムを手に入れている。これを持たぬものは女王たる資格なし、という認識は既にシャンバラ中に広まっているであろうな」
「となれば、アイテムを持たぬ者共がイルミンスールの情報を知ったとしたら」
「狙う価値は十分にあるだろうな。指輪も、それを所持する者も。……む、噂をすれば影、か」
 ララ サーズデイ(らら・さーずでい)が指差した先には、随分とくたびれた様子のモップスと見回りを続けるミーミルの姿があった。
「あっ、リリさんにララさん。……? どうしましたか? 何かお悩みのようですけど」
「……いや、何でもないのだ。ミーミル、気を付けるのだぞ」
「? 何のことだかよく分かりませんけど……精霊さんのことなら大丈夫です、皆さんお優しい方ばかりですから」
 笑顔を見せたミーミルが、ではと頷いてその場を後にする。

「み、ミーミル、ボク疲れたんだな。どこかで休憩したいんだな」
 モップスが、もう歩けませんと全身で訴えるかのようにしゃがみ込む。
「モップスさん、まだ精霊祭は終わってないんですよ? このくらいで疲れた、なんて言わないでください」
「そ、そんなこと言ったって、ボク結構重労働……あ、ミーミルもしてたんだな」
「はい♪ 私、結構力あるんですよ?」
 そう言って笑顔を見せるミーミル、でろ〜んとした外見のモップスも見かけによらずしゃんとしたところを見せることはあるが、それ以上に見かけによらないのが、ミーミルは案外力がある、ということであった。
「おーい、モップス、ミーミル! 見回りで疲れたろ、こっちで少し休憩していかないか?」
 そこに、二人を呼ぶ声が届く。見れば緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の一行が、お菓子とお茶を囲んで会話のひとときを過ごしていた。
「はーい、今行きますねー。モップスさん、歩けないようなら私がおぶってあげましょうか? モップスさんくらいなら持ち上げられちゃいますよ」
「い、いや、それは遠慮するんだな」
 慌てて起き上がって、モップスが一行のところへ向かっていく。流石に大の大人? が少女に背負われるのは、恥ずかしさ極まりなかったのだろう。ミーミルもただ善意で言っているからこそ余計に、である。
「ミーミルさん、モップスさん、見回りお疲れさまです。なんだか二人って、意外な組み合わせですよね」
「おう、モップス! さっきリンネがカヤノとレライアと一緒に飛んでったぜ。パートナーであるお前を差し置いてなんて、こいつはいよいよカヤノ――」
「そ、それはもういいですからっ!」
 ベアが、かつてその場を永久冷凍に陥れたギャグを再び繰り返そうとして、ソアに止められる。……多分、ミーミル辺りは「あっ、そういう意味なんですね! 凄いです、ベアさん頭いいです!」なんて言ってそうではある。
「とにかく、ボクは少し休むんだな。お休みなんだな〜」
 モップスが横になったかと思うと、すぐに寝息が聞こえてくる。でろ〜んとした格好がさらにでろでろ〜んとした格好になってしまった。
「あっ、せっかくモップスに聞きたいことあったのにな」
「何をお聞きしたかったのですか?」
「いや、モップスはどうやって食事してるのかとか、あと、なんでリンネ先輩とモップスは、聖少女の事件の時には姿を見せなかったのとかさ」
 ケイの問いに、ミーミルが考えて口を開く。
「食事は、モップスさんも普通にされてますよ?」
「……いや、その普通とやらが想像できんのじゃが」
 カナタの言葉に、一行がうんうん、と頷く。一人ミーミルだけが、? と首をかしげていた。……ちなみに聖少女事件の件は、身も蓋もないことを言えば『シナリオの都合』です。おそらく先代のマスターは、リンネを出す予定をこれっぽっちも考えていなかったのでしょう。ただそれだとせっかくの公式NPCなのにキャンペーンシナリオに出てこないのはどうなのよ、という話なので、引き継いだ自分はなんとか、リンネを『アインスト』のリーダーにすること、そしてキャンペーンシナリオに『アインスト』も登場させるということで、リンネが大手を振って参加させられる理由をつけました。なんとも興醒めな話かもしれませんが、モップスに語らせるべき適当な理由が思いつきませんでしたごめんなさい。……以上、個別コメント出張版でした。
「そういえばミーミルさん、モップスさんに料理を教わっているって聞いたんですけど、ほんとうですか?」
 ソアの問いに、ミーミルが笑顔で頷く。
「はい! 私、少しでもお母さんのお役に立てたらいいなって思って、それでお母さんの好きな物を作ってあげられたら、喜ぶんじゃないかなって。モップスさんには、こんな私にいつも付き合ってくれて、感謝してます」
 モップスが聞いたら逃げそうな発言だが、幸い? にもモップスは眠りについているので問題ない。
「ミーミルさん、偉いです! もちろんモップスさんも偉いです。……今度、私もミーミルさんと一緒に、お料理を教えてほしいです。私もお料理はまだまだですし、ミーミルのお姉さんなのに、料理の腕で追い抜かれちゃったら恥ずかしいかな、って。えへへ」
「私はいいですよ。モップスさんもなんだかんだで認めてくれると思います。……私だって、負けないからね、お姉ちゃん! ……なんて、言っちゃいました。てへ♪」
 そうして、楽しい時間が過ぎていく。
「私、ちょっと回ってきますね。すみません、モップスさんのこと、お願いします」
 すやすやと眠るモップスを起こすのも可哀相だと思ったのか、ミーミルが一人で見回りに行こうとする。
「一人で大丈夫かの? まあ、今のところ魔力の流れに大きな乱れはないようじゃから、中にいる限りはさほどの心配はなさそうじゃがな。何せこれだけの精霊がおる、何が起きるか分からぬからの」
「大丈夫です。困った時には皆さんが助けてくれますから」
 微笑んでミーミルが、羽を羽ばたかせて空へと飛び立つ。

「ミーミル。精霊は、種族の性質として気難しかったり、扱い難い者達も多いだろう。そのことで当然、意見がぶつかったり、時には争いにまで発展することが、あるかもしれない」
 ミーミルと肩を並べて歩くアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、精霊、ひいては異種族に対する接し方についてを講義していた。
「だがな、もしそのような状況に陥ったとしても、それでも、物事や相手を理解し、常に真理を見抜こうとする。……これが、魔術師に課せられた使命、取り組むべき姿勢だと、私は考えている。ミーミルも、魔術師の娘として心の片隅に留め置いて欲しい」
「はい、分かりました、お父さん。……では、実際に言い争いの現場に立ち会った時には、どうすればいいですか?」
 ミーミルとアルツールの横を、仲よさげに歩く精霊のカップルがすれ違う。もしその二人が言い争いをしていたら、どのように矛先を収めさせればいいのだろう、ミーミルに疑問が生まれる。
「それは難しい質問だ。これをすればいい、という適切な回答は、言ってしまえばないのだから。でも、彼らのことをよく分からないから、と諦めてしまえば、永久に友好は結べないだろう。炎や水、風に雷、光に闇……この世界に当たり前のように存在している現象、それらを司る精霊が、一体何を思い、何を考えているのか。完全に理解することはもしかしたら叶わないかもしれない。それでも、理解しようとする姿勢こそが、彼らと接する際には大切なものになるだろう。魔法の詠唱や仕草、儀式などは、力や知識、己の修練、そして力を貸してくれる者達へ対する敬意の証であると、お父さんは思っている。ミーミルも、精霊に対して感謝の心で接することを忘れないでほしい。そうすれば、何をするべきかは自ずと出てくるものなのだ」
「……難しいですね。でも、だからこそ、お友達になれた時の嬉しさ、喜びはとっても大きいですよね。……私、頑張って意識してみますね」
 ミーミルの言葉に、アルツールも微笑んで頷いた。

 道行く生徒、そして精霊に笑顔を振りまくミーミルを、陰ながら見守る姿があった。
「あのちびちゃんが今はあんなに立派に……感動で前が見えませんわぁ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、『お母さん』のために献身的に働くミーミルを、涙を流しながら見守る。
「メイベルがミーミルを助けるつもりなら、僕も頑張っちゃうよ!」
 愛用のメイスを振り回しながら、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が意気込む。
「あらあら、微笑ましいですわね。ではわたくしは、二人を見守るお姉さんとして行かせてもらいますわ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が言って、メイベルとセシリアの背後に位置する。三人はこうして、ミーミルの仕事ぶりを見守り、もし乱暴を働く者がいようものなら、例え精霊であっても容赦はしないつもりだった、のだが――。
「あら、あそこにミーミルがいるわ。ちょうどよかった、ここは美少女戦士部の活動として、ミーミルと一緒に見回りをしましょう。もちろん変身して、ね」
「……ふぅ……仕方ない……今回ばかりは付き合ってやる……」
「クルードのやる気のなさは相変わらずね。もっと楽しめばいいのに」
「あ、あはは……クルード様のお気持ち、少し分かります。私も、少し恥ずかしいかも、って思いますし」
 ミーミルの姿を認めたクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)アメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)、そしてアイシア・ウェスリンド(あいしあ・うぇすりんど)が、美少女戦士部としての活動を行うべく、変身する。クルードは黒いロングコートとマントを羽織り、銀色の仮面を着けた姿に、アメリアは真紅を基調としたセーラー服のような、胸の大きなリボンと紅く煌めく宝石が特徴的な姿に、アイシアはアメリアと同じデザインの、白を基調とした姿に変わる。
「ああ! あれが噂の美少女戦士部!」
「見たことない顔もいるぞ!」
「あの黒づくめの男は誰だ!?」
 一行の姿を目の当たりにして、幾人かの生徒が声をあげる。
「私達も有名になったものね。……そう、私達が噂の、蒼空学園美少女戦士部よ! この世に悪がいる限り! 正義の心が煌き燃える! 陽光の輝き、【紅炎】のルビー!」
「えと……私は……この身に宿すは極光の心! 煌く吹雪をこの身に纏う! 禍祓いが私の使命、【氷雪】のダイア!」
 名乗りを上げたアメリアとアイシアに、どよめきと歓声が飛ぶ。
「……クルードも名乗りなさいよ。もう見られてるし、聞かれてるわよ」
「くっ……結局、付き合わざるを得ないのか……」
「クルード様、覚悟を決められた方がよろしいかと」
 一人黙ったままのクルードに、アメリアとアイシアからツッコミが飛ぶ。そして皆の注目が集まる中、渋々ながらクルードが口を開く。

「……【月光】のムーンライト……覚えなくていいぞ、むしろ忘れ――」

 その時、鈍い音が響き、直後クルードが膝をつき、その場に倒れ込む。
「! クルード!」
 駆け寄ったアメリアがクルードを助け起こし、アイシアが状態を確認する。辺りは予想外の事態に騒然とし始めた。
「……外傷はありませんが、気絶しています。一体誰がこのような――」

「あなたたちの存在は、私が認めません!」

 その時一行の直上、いつの間にかそこには二つの影があった。
「誰!? 名があるなら、名乗りなさい!」
 アメリアの声に、モップを手にしたメイベルが、仮面の奥から声を出す。
「名乗るほどの名はありません……強いて言うなら【謎のメイドM】ですぅ」
「僕は【謎のメイドS】! 二人合わせて『謎のメイドS&M』だよ!」
 隣に並んだセシリアが、メイスをアメリアとアイシアに向けて言い放つ。
「おお! ここに来て新たな展開が!」
「美少女戦士の次は謎のメイドか!」
「S&M……もしかしてSM」
「そこ! えっちな発言は禁止だよ!!」
 野次馬にツッコミを入れるセシリア、そしてメイベルを、クルードの介抱を終えたアメリアとアイシアが見上げる。
「名乗るほどの名はないと言っておきながら、しっかり名乗ってるじゃない。……私達の邪魔をするなら、容赦しないわ!」
「ごめんなさい、これも美少女戦士部の活動です! ここでしっかり活躍すればいずれアニメ化も……ごめんなさい、今のなしです!」
 アメリアの掌から炎が生み出され、アイシアが抜き放った剣から氷の礫が飛び、それはメイベルとセシリアへと飛び荒ぶ。
「ちょ、ちょっといきなり攻撃って、うわぁ!?」
 対して、モップとメイスが主装備の二人では大した抵抗も出来ず、地面に落とされた二人の前にアメリアとアイシアが歩み寄る。
「悪気はないんでしょうけど、私達の邪魔をした報いは、受けてもらうわよ」
 アメリアの掌に生まれた炎が、適度な大きさとなって二人へ放たれようとした瞬間。
「ッ!」
 アメリアの手を、横合いから飛んできた一輪挿しが貫き、地面にとすっ、と突き刺さる。手を押さえて振り返ったアメリアの視界に、影が生まれそこから声が生み出される。

「わたくしは【謎のメイド剣士F】……今宵のミズノは血に飢えている」

 名乗りを上げたフィリッパが、野球のバットらしきものを刀に見立てて、先端をアメリアとアイシアへ向けて不敵に微笑む。……ただのバットと侮ることなかれ。かのバットは数十メートルにも渡る氷の建造物すら打ち砕く可能性を秘めたバットなのだ。
「次から次へと私達の邪魔を……アイシア、ここは任せるわ」
「えっと……どこまで本気か分かりませんけど、行きます!」
 アイシアが剣を構え、フィリッパと対峙する。アメリアも、メイベルとセシリアも、そして既に数十名と化した野次馬も、固唾を飲んで勝負の行方を見守る。
 沈黙が痛さを伴い始めた頃、二人が同時に腰を落とし、下半身に力を込めて己の肉体を躍動させる。フィリッパはバットを、アイシアは光り輝く剣を振り上げ、互いに振り下ろす――!

「そこまでです!」

 声が響き、そして皆の前には、バットと剣を片手ずつで受け止めるミーミルの姿が映し出される。
「う、動きませんわ」
「そ、そんな細腕で、どうしてこのような……」
 フィリッパとアイシアがいくら力を込めても、二人の得物はぴくりとも動かない。
「騒がしいと思って来てみましたら……どうしてこのようなことになっているんですか? 精霊さんが迷惑していますよ」
 ミーミルの声には、静かな怒りの色が含まれていた。もっとも、大半の精霊もそして人間も、この展開を楽しんでいたのだが、ミーミルはそんなこと知る由もない。
「こんなところで喧嘩してないで、あちらで皆さんと一緒にお茶しませんか?」
「えっと、私達はその――」
「……しませんか?」
 ミーミルが笑顔のまま、掴んでいたバットに力を込めて粉砕する。
「あっ、すみません、つい力が」
 尋常でない砕け方をしたバットの後片付けをして、改めてミーミルが一行に尋ねる。
 
「一緒に、お茶しませんか?」

 もはや、頷く以外に選択肢は見当たらないといった雰囲気であった。
「断られなくてよかったです。では、クルードさんは私が連れて行きますね。皆さん、お騒がせしてすみません。気にせず、精霊祭を楽しんでいってくださいね」
 言ってミーミルが、クルードを軽々と抱きかかえて、にこにこと笑顔を振りまいて歩き出す。
「ちびちゃん……あんなにたくましくなって……ううぅ」
「す、素直に喜んでいい状況なのかなあ?」
「あらあら、困ったことになりましたわね」
 メイベルがまたもや涙を浮かべ、セシリアが苦笑混じりに呟き、フィリッパがほんわかとした笑顔を見せる。
「……クルード様、もしこのようなことが知れたら……」
「しっ。知らぬがなんとやらよ。もしクルードが知ったら、二度と変身しないって言い出すわ」
 アメリアとアイシアが確認し合うように頷き、そして一行はモップスと、のんびりとしているはずの者たちのところへ向かっていく。