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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第4回/全6回)

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着ぐるみ大戦争〜扉を開く者(第4回/全6回)

リアクション


第5章 東部戦線異状あり?

 布陣する第3師団主力の前にワイフェン軍が姿を現した。横一列に並んだ歩兵が数段重なっているようだ。姿勢を低くし、粛々と進んで来る。
 「連中、大分手慣れてきたな」
 第4歩兵連隊の陣地前面で戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)少尉は敵の進撃状況を見て言った。第3師団との戦いでワイフェン族側も近代的な戦い方を身につけつつある。ある意味、第3師団が鍛えているようなものである。
 「だんだん戦いにくくなるな、侮れん」
 連中も地形を利用し、じりじりと進んでくる。
 「数は……」
 「確実に確認できませんがざっと視界には一万くらい、三分の二が見えているとして全体では一万六千くらいかと」
 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)がざっくり見て言った。敵も一度にわっと攻めてくるわけではない。
 「何とか二倍くらいだな、とにかく、モン族兵はある意味初陣だ。後退戦は見切り時が重要だな」
 とりあえず、二個分隊をひとまとめにして後退、援護、後退、援護で下がらせることにする。
 「作戦の正否は『自分たちが押し込んでいる』と相手に思わせることだぜ」
 ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)も第4歩兵連隊の方に来ている。
 「時折反撃して、抵抗する気があるのだが、数に押し切られると思わせられれば」
 「まあ、それはそうなんだが……。モン族にそこまで演技力期待できるか?その手の策は機動歩兵連隊にやらせるべきだろう」
 ケラーの言葉に戦部は首をかしげる。初陣のモン族がそこまで器用に動けるとは考えていないからだ。
 例えばいわゆる囮作戦はどのくらい成功するか?戦国時代を例にとると実際の平均成功率はせいぜい二割である。成功しにくいからこそ成功した例が声高に叫ばれるのだ。しかし、例外的に成功率五割を誇るのが戦国大名島津家である。成功率が高い理由の一つが兵隊の練度が異常と言っていいくらい高い事だ。ただ作戦を考えるのではなく、それが実行可能かどうかを見極めなければならない。寄せ集めの兵に難しい作戦はさせられないからだ。戦部はモン族が初陣であることを気にしている。戦部とケラーは二人とも『うまく後退させる方法』を考えていると言っていいが内容と思考ベクトルは正反対である。
 そのとき、信号弾が上がった。
 「射撃開始!」
 歩兵は一斉に射撃を開始した。いままでなら相手側がばたばた倒れたところだが、相手側も伏せて射撃してくる。不用意に身を乗り出したモン族兵が撃たれる。さすがに数が馬鹿にならない。あるいは敵は飽和攻撃を仕掛けて来るつもりかもしれない。さらに風切り音がして爆発が起こる。敵の砲撃だ。もっとも、投石機で爆薬樽を飛ばしてくるのだが手慣れてきたため、結構頭を押さえられる。敵は伏せながらじりじり接近してくる。さすがにそう簡単には敵も襲いかかってこない。お陰で時間は稼げるが倒せる敵の数も思ったより少なく、じりっ、じりっと近づいてくる様は迫力がある。
 そして一時的に膠着したように見えた時である。敵陣の後ろから砂煙を上げて例の大蠍が突入してきた。数はざっと二十ほどか?
 「早速来たなあ!」
 比島 真紀(ひしま・まき)少尉はAMR(アンチ・マテリアル・ライフル)を見て言った。機動歩兵連隊の装甲猟兵中隊は今回、分散して歩兵連隊の一部で火力拠点を構築している。比島の班は一番左側、第4歩兵連隊の前面である。
 「狙うぞ!」
 金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が二メートルはあろうかという長いAMRの銃身を構えて照星に狙いをつける。高速で接近する大蠍はなかなか脅威である。わずかに金住の額に汗が流れる。強烈な反動と共に、鉄甲弾が撃ち出される。炎の槍と化した弾丸は大蠍をぶち抜いた。
 「よし!」
 周りからも驚きの声が上がる。AMRは大蠍に有効である。ぶち抜かれた大蠍はそのままひっくり返って動かなくなる。
 「気を抜くな!」
 比島が叫んでカービンを一斉射する。大蠍に気を取られているうちに敵兵が近づいている。近づかれればAMRは白兵戦に不向きである。かなりの近距離で射撃戦になった。金森はすぐ薬莢を排莢して再び構える。
 周りの兵も比島に続いて射撃を開始した。大蠍が出て来たらこの辺の兵隊にとっては金森のAMRが頼みの綱だ。皆で敵の歩兵から金森を護らねばならない。
 「よし、もう一撃、いくであります!」
 金森は再び一撃を加え、大蠍を撃破する。敵は大蠍の影に隠れるように接近してくる。したたかに敵もある意味、戦車随伴歩兵戦術を使用している。
 「鉄甲弾はあるのか?」
 「大丈夫です。まだ二十発ほどあります」
 比島の問いにけなげにレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が言った、金住の足元に弾倉を用意している。
 「AMRは威嚇にも役立つ、出来るだけ撃ってくれ!」
 「了解であります」
 再び射撃する金住、大蠍がやられるとなると、敵も頭を伏せていなければならない。
 「ちょっと待ってくれ。再度強化しておこう」
 サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が金住に『パワーブレス』を掛けた。これでしばらく反動を押さえやすくなる。
 「ひょっとしたら、それを使えば、女性でもAMR撃てる様になるのでは?」
 アラトリウスの疑問にアームストロングはちょっと考えた。
 「可能かもしれない。しかし、時間制限があるから使用には注意がいるなあ」
 比島が先頭に立って敵歩兵を火線で押さえ、金住が大蠍を仕留めていく、いつも通り、地味だが堅実に任務を果たす比島・金住コンビである。アラストリウスは負傷者にも気を配り、アームストロングは敵の魔法攻撃を警戒している。現状、敵の攻撃第一波はこうして防がれた。
 第二波はほとんど間を置かずに攻撃してきた。第一波の敵が後退するとほぼ入れ替わりで今度は大蠍の数が増えている。大蠍を先頭に立てて来た。
 (こちらローテ1、射撃開始。弾種は『APFSDS(離脱装弾筒付翼安定式鉄甲弾)!』
 シュレーダーからの通信が入る。それぞれの連隊の前面ど真ん中ででん!と鎮座している戦車は射撃に入る。遂に主砲が火を噴くときが来た。(といっても液体装薬なので煙はでるが火は噴かない。あくまで表現?)
 「よーし、えーぴーえふえす……ええいっ、横文字はわかりにくい」
 『ビートル』二号車で夏侯が言うとガイザックは承知しているとばかりに砲手席のアイピースに顔を押し当てる。
 「弾種APFSDS、了解!」
 『ビートル』には主砲弾が二種類積んでいる。APFSDSと対歩兵用の榴弾である。HEAT弾(成型炸薬弾)も使えるが大蠍に対する効果を考えて今回は積んでいない。
 「ていっ」
 主砲砲身が後退し、主砲が発射される。ほぼ同時に突撃してきた大蠍に命中、大蠍はばらばらに粉砕されて宙を舞った。
 「やったあ!」
 ルーも喜んでいる。今の所、停止しての射撃だ。今回は後退戦なので戦車というより移動トーチカに近い使い方である。しかしながら、その直後、二発目は大蠍を外してしまった。
 「どうしたの?」
 「くそっ!」
 ルーの声にガイザックは焦った。目標が速すぎるのだ。元々、『ビートル』は敵機甲兵器撃滅を考えて作られたが想定している敵は『戦車』である。これに対して大蠍は戦車よりは大分小さい、しかも速度はバイクに準じる。要するに大型バイクを狙い撃っているような物である。当たりさえすれば木っ端微塵だが当てるのが難しい。牛刀で鶏肉をさばくような物である。むしろ大蠍には取り回しが楽なAMRの方が効果的のようだ。
 第二波は再び、同様の攻撃で始まっているが、敵歩兵がある程度進んだところで伏射に移っている。すると、大蠍に混じって突っ込んでくる姿がある。人型に近いがやや姿が異なる。
 「またやっかいな物を」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)がみると、大蠍と混じっている感じだ。
 「大蠍だ、一撃目を外しても二撃目で当てればいい」
 「解っている。任せておけ」
 平然と表情を変えずにレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)少尉は肥大腕を伸ばして銃身に添えると発射!大蠍を吹き飛ばす。
 そのとき、左側の陣地で爆発が起こった。
 「何だ?」
 「あ、あれ、あれよ」
 やや慌てた様子でシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が指さした。アンスウェラーは周辺の警戒を怠らなかった。いきなりの爆発は始め敵投石機による樽爆弾と思われた。アンスウェラーが示した先にはオークが陣地につっこんくると見るや、爆発が起こる。
 「自爆してるわ!」
 「どういう事だ?」
 グリーンフィールは冷静に目を細めた。
 「デス・ボランティア(突撃自爆兵)か!」
 ルーヴェンドルフもさすがに目を見張る。皆が注目する。
 「アフガンやベトナムでゲリラが使った方法だ」
 「それじゃあ」
 「オークを撃ち漏らすなと伝えろ、ルイン!」
 ルーヴェンドルフは左手で弾幕射撃の指示を出しながら呼ぶ。
 「ここにいるよぉ」
 ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は青ざめながらも気丈に前に出る。
 「本部に伝令!、敵自爆兵により早期に一次陣地放棄の見込み、二次陣地を急がれたし」
 「復唱!敵自爆兵により早期に一次陣地放棄の見込み、二次陣地を急がれたし」
 同じように言うとティルナノーグはヘルメットを押さえ、低い姿勢で駆けだした。
 「下がるのか?」
 「まさか、まだ粘るさ、そう簡単に明け渡しては後が続かん」
 「だろうな」
 そう言って再び表情を変えずにグリーンフィールは大蠍を狙撃に移る。
 敵も投石機と自爆兵でこちらの射撃を阻害している。そろそろ数匹が陣地にたどり着いたが、そこでワイヤーに一匹がからまった。
 「よーし、よしよし、かかったのでございますぅ〜」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は喜色満面だ。いままで後ろにばっかりいたため目立たなかったが、さすがにおいて行かれるような状況なのか今回は障害物の構築にいそしんでいる。さすがにマンパワーが足りず一部ではあったが、大蠍がワイヤーに絡まってもがく、そこに戦車の主砲が命中して一匹仕留められる。
 「ふっふっふ。これで陣地転換の時間が稼げれば万々歳でございます」
 さすがに一匹引っかかると引きちぎられて効果がなくなるが多少の時間稼ぎは出来る。
 「どうせなら鉄条網の方がいいのでは?」
 すぐ近くでライフルを撃っていた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)が言った。
 「あからさまでは引っかからないのでございます」
 「ま、そりゃそうだけど」
 そこに敵から見て突破口が開いたように集まってくる。
 「りゅ〜き、何か集まってくるよお」
 マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が様子を見て言った。エニュールは味方の突出を警戒していたが、逆にこのあたりは押し込まれる形になっている
 「ちょうどいい、ここに火力集中させろ」
 曖浜は大蠍の足元を狙って斉射を加える、さすがに大蠍はこれではびくともしない。すかさず、エニュールが手榴弾を投げつける。
 「ここまでか、仕方ない、ここは一次陣地放棄だ」
 「いいの?」
 曖浜は周辺の兵を交代で下がらせながら、射撃しつつ後ろに下がる。
 「なに、出来るだけ粘って引けば敵を引き込みやすい。こっちが必死だと相手に思わせればいい」
 戦闘開始後、一時間ほどで一次陣地が放棄され、二次陣地に移ることとなった。やはり、というか一番もたついたのは第4歩兵連隊であったが交代で引いたので後退時に大きな損害は出なかった。
 二次陣地への敵の攻撃はさらに激しさを増した。敵としてもかさにかかって挽回を狙っているのだ。
 「来たわよ!」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が叫ぶ。敵は大蠍を先頭に歩兵が続く、隙を見せたら自爆オークが突っ込んでくるという寸法だ。とにかく弾幕を張らないとならない。皆ライフルやカービンを撃ちまくっている。
 大蠍が急速に近づく。
 「ええい、近寄らせるかあ!」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)はイルミン生徒だがAMR射手に選ばれているため、ここは腕の見せ所と意気込んでいる。
 「ちょっと待って!」
 フェルマータが、高月にパワーブレスを掛ける。力がみなぎってくる。射手にパワーブレスは有効のようだ。
 「すまねえ!よしっ!」
 高月はぶんっ!とAMRを振り回すと射撃を開始した。一発撃って銃口を上げて反動を逃がすとレバーを動かして素早く排莢。二発目をたたき込む。大蠍はつんのめって粉砕された。
 「よしっ絶好調」
 「ホント、イルミンとは思えないわね」
 「AMRも榴弾があれば役に立つんじゃないか?」
 「そうね、技術部に進言してもいいかも」
 そこに大蠍が固まって突っ込んでくる。素早く高月は一匹を倒したが後続が続く。
 すると、途端に大蠍の一匹の足元が凍り付き、もがき始める。チャンスとばかりに高月はそいつを仕留めた。
 「どうだ?」
 後ろからひょこっと緋桜 ケイ(ひおう・けい)准尉が現れた。
 「助かるわ」
 「連中、火術は効かないが氷術なら足止めが出来る」
 緋桜としても発見であろう。魔法使いは概ね火術、雷術などを好む物が多いが使い勝手が限られる。使い方、応用のうまさも魔法を使う物の力量である。
 「さすが魔導擲弾兵」
 高月が感心する。魔導擲弾兵は直接攻撃より間接的なアプローチで敵に多大なダメージを与える。
 「また来たわよ!」
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が弾倉を高月に手渡しながら言う。なかなか懲りないようだ。しかし、手前まで来た大蠍はひっくり返った。
 「ほほほほほ、見事に引っかかりおった。無様じゃのう」
 高笑いしながら悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が顔を出した。大蠍は落とし穴にはまってじたばたしている。そこにラピトのウサギ兵が群がってよくもやりやがったなこの野郎とばかりによってたかって手榴弾放り込んだり幸い関節が狙えるので斉射を加えたりと微笑ましく袋だたきにしている。
 「塹壕掘るのも重要じゃが、面倒くさかったのでな。いっそのこと罠を作った方が良かろうと思ったのじゃ。なかなかのものであろう?」
 戦場で扇子を広げて高笑いしている。
 そこに敵歩兵が突っ込んでくる。
 「皆、下がって」
 ストークスがラピト兵に声を掛ける。敵にはオーク兵も混じっている。
 「お前ら、邪魔だ!」
 緋桜はクロスファイアで敵兵をなぎ倒す。致命的なわけではないが広範囲でなぎ倒せるので敵はころころ転がる。そこにフェルマータやストークスが射撃を加えてなぎ倒す。
 「よっしゃあ!」
 「そうだ、戦車が苦戦してる。足止めが出来るなら戦車を支援してくれ」
 「解った。ここはまかせるぞ!」
 高月に言われ緋桜は走り出した。
 こうして二次陣地をしばらく持たせた後、三次陣地に後退した。もっとも、これが現状で最後の抵抗陣地である。作戦ではこの後、完全撤退に移る予定だ。
 わっしょいわっしょいと火力拠点に弾薬を運び込んでいるのはフェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)だ。こちらが三次陣地に後退後、敵は今度は急いで追いかけては来なかった。一次、二次の陣地でかなり態勢が崩れたので立て直しているのであろう。もちろん粛々と進撃してくる。こちらもすぐに準備を整える。
 「三次陣地はねばらにゃならん」
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)少尉はわずかな合間に煙草を吹かしている。
 「弾倉はとりあえずこのくらい」
 「上等」
 ステファンスカがAMRやライフルの弾倉を並べていく。その様子にメルヴィンはにかっと笑った。そうしてゆっくりと前線の方を見ると、軽く煙草をもみ消した。
 「さて、一丁やったろうか」
 再び大蠍を先頭にやってくる。しかし、大蠍も大分数が少ない。そろそろ今回用意した大蠍は打ち止めに近づきつつあるのであろう。
 まずは先頭の大蠍に一撃。吹き飛んでいく。その後ろから波の様にやってくるワイフェン兵。
 「それにしてもまあ、後から後からよく来るねえ」
 雲霞のごとき、と言うのであろうか数に物を言わせて攻めてくるのがワイフェン軍だ。
 「あれっていうのか?話に聞くソビエト軍だな」
 「ソビエト軍ですか?」
 双方の射撃音の喧噪の中、ステファンスカはちょっと首をかしげた。
 「さしずめ、大蠍が戦車、一緒に突撃してくる大勢の歩兵。こっちには強力だが数両しかない戦車。東部戦線って奴だな」
 「確かに第3師団は一番東で戦ってますからね」
 教導団で一番東側を担当しているのが第3師団だ。さしずめここは教導団東部戦線である。
 「もう少しすると、遊撃隊が来る。それまでは何としてもここで持たせる。と言うわけで皆、ちょいと気合い入れてね」
 「歩兵はちょっと前に出るわ」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)はカービンの弾倉を交換する。
 「おいおい、大丈夫か?」
 「遊撃隊が来るまではこれ以上引けないんでしょ?。だったら歩兵をこれ以上近づけられないわ」
 そう言うと、ひょいと前に出て伏せ撃ちの態勢に入る。
 「とりあえず、殺気は前からね」
 横から狙われている風はない。すると、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)も同じく伏せ撃ちの態勢で前に出る。にんまり笑って言った。
 「一人で格好つけないの」
 ハーレックは三グループに分けての交代制を考えた。戦部とほぼ同じ考えであるが、アサルトライフルを使用するため、戦部の言う二交代制でやっている。
 周りでも皆次々と伏せ撃ちで射撃を始める。何としてもここはしばらく食い止める。さすがにここでの射撃はかなり激しい物になった。今まで以上に敵歩兵にも損害を与えているがこちらも負傷者続出だ。
 「手榴弾行きまーす!」
 そう叫んで放り投げた影がある。キアラ・カルティ伍長である。
 「まだいたのか!」
 この間やってきたちんまいのがいつのまにか手榴弾担当になっている。メルヴィンはあきれかえった。
 「えいっ、えいっ」
 せっせと手榴弾を手当たり次第に投げつける。爆発のわりに敵に損害はあまり出ていないがセルベリアやハーレックはそれを煙幕代わりに弾をたたき込む。もっぱら、スプレーショットで弾をばらまくように撃ちまくっている。ステファンスカはせっせと換えの弾倉を放り投げてよこす。
 そのとき、山陰から急速接近する影がある。C遊撃隊が急速接近してきたのだ。
 「やったあ〜、ようやくだわ〜」
 AFV(歩兵戦闘車)の上で機関銃を撃ちまくっているのは林田 樹(はやしだ・いつき)だ。とてもうれしそうである。
 C遊撃隊が横から突っ込んできたため状況が変化した。側面から襲いかかったため、相手の右翼はかなり混乱している。敵はこちらが七千くらいと思っていたようだが、ここで千ちょっとの機動歩兵連隊が側面を突く格好になり、敵の計算を狂わせた。
 AFVはくさび形に並んで機関銃を撃ちまくりながら突撃してくる。
 「そのまま、そのままよお!」
 「あ〜あ、もうはしゃいじゃって」
 AFVを運転している緒方 章(おがた・あきら)はあきれ返った様な顔で眼鏡を直すと伏せている敵兵をごりごり轢き始めた。よけようとすると正面から撃たれる。敵右翼は大混乱になっている。もっとも味方もいるのでこちらも迂闊には撃てなくなる。
 隣の車両でもキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が機関銃を撃っている。
 「やれやれ、元気のいいことだ」
 林田が浮かれまくって機関銃を撃ちまくっている横で弾幕に差が出ないよう射撃する。そのとき、がくんと衝撃が来た。
  大蠍がぶつかったのだ。
「この野郎」
 目の前の大蠍に連続で機関銃弾をたたき込む。しかし、脚が止まったため、他の大蠍が獲物っとばかりに群がってくる。鋏を振りかざしてがっつんがっつん装甲にぶつけてくる。AFVの装甲は小銃弾はとりあえず防げるがそれほど厚くない。まもなくへこみ始める。
 「やらせるか!」
 AFVに乗っていた松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は身を乗り出すと大蠍の上に飛び乗った。AFVに乗っていたのが幸いしたようだ。松平は大剣型の光条兵器を振りかざし間接部を狙って振り下ろす。さすがに硬い。もう一度、そのとき、尻尾が後ろから狙う。
 「そうはいかんのだよ」
 ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)がライトブレードを構えて横から体当たりするように尻尾の方向を曲げた。その間に松平は大蠍の首に当たる所に大剣を突き立てた。じたばたもがいていた大蠍はまもなく動かなくなった。
 「隊長さんは無茶をする」
 その様子を見ていた隣の車両に乗っていた甲賀 三郎(こうが・さぶろう)はAFVの後ろ側に行く。
 「お嬢ちゃん、後ろ開けるぜ!」
 甲賀はジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に声を掛けると後ろのドアを蹴破るようにして外に飛び出す。本邦初の降車戦闘である。
 「あう〜。開けたら閉めて欲しいです」
 何しろAFVは走っている最中だ。フロイラインは後ろの扉を閉めると振り返る。相変わらず林田は機関銃を撃ちまくっている。フロイラインはその後ろから左右を見て敵の固まりを見つけたらソニックブレードを仕掛ける事とした。
 「少しでも敵を減らせればいいのです」
 降車した甲賀とお付きのロザリオ・パーシー(ろざりお・ぱーしー)はどちらかと言えば攪乱にいそしんでいた。パーシーは手榴弾を放り投げ、甲賀は爆炎波で目くらましを掛ける。その後、松平が討ち取っていく。
 「そろそろ戻らないと危ないねえ」
 周りをきょろきょろ見てパーシーは言った。AFVはそのまま走っていったので取り残される形になる。適当に切りあげて交代することとした。
 「喰らいやがれ〜、くけけけけけ」
 笑いながらパーシーは残った手榴弾をばらまいた。
 遊撃隊の突入により反撃のチャンスである。歩兵は一斉に逆撃に入る。
 「上からの爆弾に注意して」
 ハーレックはそう叫ぶとカービンを腰だめにして射撃する。いきなり降ってくる爆薬樽は危険である。混乱している今のうちが敵にダメージを与えるチャンスである。
 一部では白兵戦に入っている。
 ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)は雷術で周辺の兵隊を牽制する。
 「おらあ、いいぞお」
 そこに皆が加わりあちこちでウサギ・モモンガと狼のぬいぐるみ白兵戦が行われる。
 そこに再び信号弾が上がった。
 「ぬう、ここまでか」
 「皆引くのじゃ!」
 顔を上げて信号弾を見るグレイロックにシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が合図する。波が引くように一斉に後退を開始する。信号弾は分散させた敵の残りがこちらにむかっているという合図である。今回の作戦の最終段階だ。
 皆陣地に向かって駆けだしていく。ウィッカーは担いでいた小型ランチャーを構えた。
 「追うのもほどほどにな」
 ランチャーを発射。ウィッカーは機晶姫なので小型ランチャーを装備することが出来る。もっとも、人間サイズでもてる物なのでそれほど大きい物ではない。爆発の中すたこらさっさと後退する。
 「ほら、そっち持って」
 エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)はステファンスカに言って怪我人を運んでいる。大分白兵戦やら何やらで怪我人は出ている。回収は必須だ。
 「後退しますよ。急いでください」
 アシュケナージはまだ陣地にいるメルヴィンに声を掛けた。
 「ああ、最後に一発かましてやる。それはそうと……お前何やってる?」
 隣でカルティが顔を赤らめてぼーっとしている。何やら酒に酔ったような顔だ。
 「はふぅ……。大丈夫ですぅ」
 そう言いつつ、カルティはにへらっと笑いながら束にした手榴弾を取り出した。敵が近づいてくる。
 「キアラ必殺!集束手榴弾〜」
 両手でえいやっと放り投げる。
 「馬鹿、近すぎる!」
 目の前で派手な爆発が起こった。
 「ちいっ!」
 メルヴィンはAMRを脇に抱えるようにして構えた。爆炎の向こうから大蠍がやってくる。
 息を整えてから一気に三連バーストで射撃する。
 大蠍を二匹まとめて吹き飛ばす。メルヴィンはそれを見もしないとAMRを肩に担いでカルティの襟首をひっつかむとそのまま全力で引きずっていった。三連バーストの後なので息が切れる。アシュケナージやステファンスカに助けられてようやく離脱する。
 こうして、今回の作戦は事実上終了した。

 さて、今まで第3師団がいた陣地はワイフェン軍が占拠した。第3師団はそこからそう遠くないタバル砦近くの道路分岐の坂道まで後退した。この間駐屯していた辺りである。AおよびB遊撃隊も戻ってきている。そんな中、150高地の向こう側で今だにうろうろしている影がある。
 「前回は見つけられなかったから今度こそ、ミーはあきらめが悪いのだニャ」
 ニャイール・ド・ヴィニョル(にゃいーる・どびぃにょる)は元気よく、進んでいる。敵の物資集積地を確認しようとしている連中だ。
 「それにしても、大丈夫かね」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)はとりあえず食料の入ったアリスパックを背負っている。
 「問題はどっちにあるかだが?」
 敵の後方にあると言うことで探しているが当てがない。検討もつけずに歩き回っているため、大分経ったが目標は不明である。遠くに聞こえていた爆発音などもなくなっている。どうやら戦闘は終了したようだ。
 「待つニャ」
 向こうからワイフェン軍の一団が来る。
 「くそ、見つかったか、逃げるぞ!」
 閃崎はそう言うときびすを返そうとする。
 「慌てるな。こういう時の為に、準備はいいか?」
 ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)はにやりと笑うと相方を見た。
 「いきます。変身!」
 相方のルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)は途端にガチャガチャと変形を開始した。機晶姫はいろいろ機能を持っている者がいるようだ。間もなく、ビーワンビスは全長六メートルほど、高さ2,5メートルほどの戦車へを姿を変えた。1930年代後半にフランスで制作されたシャールB1・bisである。ヴァロアはそのままよじ登るとビーワンビスを前進させた。大蠍が迫ってくる。
 「さあ、どんと来なさい!」
 どんっ!!
 「ぎゃああああああああっ!」
 あっさり大蠍の鋏で装甲をぶち抜かれた。元は人間サイズな訳で仮に変形して戦車の形になったとしても質量は変わらない。であるならば装甲はむしろ人間時より『ぺっらぺら』である。あっという間にヴァロアとビーワンビスは踏みまくられて終わった。閃崎とヴィニョルは悲鳴を上げて逃げることとなった。
 前回の件で解るように物資集積所は前線近くではなく、ある程度離れた安全な所に設置する。逆にいえばそれなりに安全が確保された所でなければ集積所を置かない。ならば、当然周辺に掃討をかけ、それから移動させる。
 そもそも志賀が後退作戦を提示したのは集積所を前進させるためには敵主力をさらに前進させなければならないからだ。そう言うわけで、掃討中に引っかかりうろうろしていた連中は逃げ出した。一つだけ判明した事は再び大蠍などを敵はそろえつつあると言うことだ。