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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション

 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は孤独を深めている。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は最近、特にそう感じていた。
 上に立つものは常に孤独だが、ミルザムに関わることや、クイーン・ヴァンガードの充実に力を入れたりする様子を見ていると、少し無茶をしていて、より孤独を深めているように見えた。
「失礼します」
 そう言って校長室に入った刀真は、パソコンの前で眉根を寄せている環菜を見た。
「また仕事ですか? らしいですが、少し休憩しましょう、と言うか屋上に行きましょう」
 刀真の言葉に顔を上げぬまま、環菜が返事をする。
「この時期の屋上なんて寒いだけよ」
「だからこそ、良いこともあるんですよ」
 その言葉に環菜は少し惹かれ、椅子から立ち上がった。
「外見てないけれど、また雪ってオチじゃないでしょうね?」
 環菜の確認に、刀真は「今日は大丈夫です」と苦笑交じりに言ったのだった。

「はい、チョコレートです」
 差し出されたホットチョコを見て、環菜は尋ねた。
「寒いから良いことって何だったの?」
「寒い所の方が美味しいですからね」
 刀真の言葉を聞き、環菜は肩を竦めた。
「そんなためにわざわざこんなところに来なくても……」
「少し頑張りすぎな気がしましたから、気分転換も兼ねて連れて来ました」
「気分を転換している暇はないのよ」
「そんなに余裕がない状態だと、逆効果ですよ?」
 環菜は刀真の心配に返答せず、屋上の柵に背中を寄りかかせて、呟いた。
「余裕がない、頑張りすぎ、は私じゃないわ。ミルザムはもっと重責、重圧に押しつぶされそうなのよ」
「……態度に出せない貴女の方が心配ですよ」
 環菜はわがままだ。
 しかし、そのわがままも人を試しているのか、それで孤独でないことを確認しているのかもしれないと刀真は思っていた。
 『孤独を怯えるあまり、孤独のままでいる女の子』と刀真が感じる環菜は、大事なものをなくさないために大事なものを作らない女の子に見えた。
 同時にやはり孤独が怖いのか、一人にならないための孤独な努力をしているようにも感じた。
 2人の会話が止まったのを見計らって、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が環菜にチョコレートを差し出した。
「はい、チョコレート……ちゃんと選んで買ってきた」
 料理が下手な月夜はそれを自覚していて、室とデザインの良いチョコを買ってきたのだ。
「ああ、バレンタインだからね。ありがとう」
 環菜は刀真のホットチョコの意味にも気づき、お礼を言う。
「……何か用意しておくんだったわね。前にもらったチューリップのお礼もしてなかったし」
「バレンタインであることすら気づかずに、自分が走り続けすぎだということに気づいていてくれたら、それで満足です」
 刀真が環菜にそう言ったとき、冷たい風が吹いた。
「さむっ……」
 準備が適当だった環菜は身を震わす。
「コート、着ますか?」
 自分の黒いコートを引っ張る刀真を見て、環菜は少し笑った。
「コートの上にコートを着る人はいないでしょうに」
 環菜は白いコートを着ているのだ。
 月夜はその環菜のコートの前を閉めてあげ、じっと環菜を見た。
 環菜のことを月夜はなんとなく姉のようなイメージを抱いていて、甘えてみたいと思っている。
 でも、刀真が感じているように、孤独だとしたら人に甘えたいのだろうか?
「クリスマスにここですごいことを言いましたが……あれは冗談ではありませんよ。貴女の傍にいると、そういう意味です。改めて分かり易いように言いますよ、樹月刀真と漆髪月夜は環菜の事が好きだからどんな事があっても味方です」
「味方?」
「組織は身動きができなくなるんで、クイーン・ヴァンガードには入りませんけどね」
「そう。私は組織を作る側の人間だから、そんな好き勝手は出来ないわ」
 身動きが出来なくなろうと責任を背負おうとする環菜は、刀真と同じようなことも考えも出来なかった。
「組織を批判すること、そんなものは関係ないということ、それはひどく簡単だわ。文句さえ言って斜に構えていれば、それで済む。何でも一緒よ。作り上げて維持して上手に運営するのは難しく、維持管理もしないで批判するのだけは簡単で気楽。そんなふうに……私はならないわ」
 クイーン・ヴァンガードはいろいろな組織と比べても、まったく一枚岩ではない。
 人数は多いものの、まとまりがなく、その分、悪評を増やしている。
 それでも。
「私はクイーン・ヴァンガードをあきらめてないわ」
 環菜の表情はサングラスに隠れていて分からなかったが、その言葉には気概があった。
「自分はヴァンガードに入ってるけど従う気はないとか、入りながらこんな組織は文句だけ言う生徒もいるけど、でも、声が大きくなくても、目立たなくても、頑張ろうとしてくれる子たちがたくさんいる。だから、私も頑張るの」
 自分にどんどん枷と責任を増やそうとする環菜を心配し、月夜は言った。
「私も刀真も環菜がお願いしてくれたら、ちゃんと助けるよ?」
「本当にそう思うならば、クイーンヴァンガードなどにも参加して、協力してちょうだい」
 環菜のそれはいつものわがままと違う気がした。
「どんな組織でも生徒の中で中心となる人が必要なの。それによってまとめあげられたり、役に立ちたいけれど何をすればいいか分からないというような子たちを拾い上げたり出来る」
 そこまで言って環菜は喋りすぎたとでも言うように、息を吐いた。
 白い息を見せながら、環菜は続けて言った。
「……別にこれは校長としての協力要請とかじゃないから、気にしないでくれていいわ。でもね『助ける』っていうのは自分の都合の良いときにやりたいことをするだけじゃないと思うの。言葉の意味を、それによって負える責任を考えてから……口にしてね」
 環菜は冷える屋上から踵を返した。
「チョコレートありがとう、刀真、月夜」
 2人の名前を呼び、チョコレートの礼を言いながら、環菜は去っていった。